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本編
12 収穫祭② 前編
しおりを挟む松明が赤々と燃えている。
夜はもう肌寒い季節なのに、火を囲む人々は上着など纏ってはいない。ダンスと酒は上着の代わりになる程、温もりを与えてくれるらしい。
昨年までならレティレナもあの松明の側で踊り、寒さなんて気にしていなかった。今だって用意された上着は暖かく、決して寒さに悩まされている訳じゃない。
けれど、差し込むように胸が冷えて痛むのは何故なのだろう。
――こんな最悪な気分で収穫祭を迎えるなんて、五年ぶり。
少し離れたダンスの輪の中、女性の手を取るランバルトを見る度に苦しくなる。
それなら見なければいいと、隣のゲイルの陰に隠れるように視界をずらすのに、なかなか上手くいかない。
無理やり輪に加えられた十歳の時から、彼とレティレナが踊る姿は収穫祭の恒例のようになっていた。
家族と親族以外で一緒に踊るのはランバルトだけ。ランバルトの方もレティレナと踊るようになってからは、それ以外の相手と踊る姿を見たことはなかった。
「レティの子守りを隠れ蓑に、領内の若い娘達から上手く逃げてるんだぞ。ずるいよなぁ」
と、ジャイスがぼいていたのは三年目の収穫祭だっただろうか。
四番目の兄のジャイスは中身の雑さとは比例せず、見た目は母似。茶色の混じった金の髪に、レティレナよりは幾分濃い緑の瞳。領地の令嬢達からは、瞳が宝石のようだとか、金の髪に触れてみたいだとか言われて追いかけられていた。うら若きご令嬢から逃げ回る自分と、歳の近いランバルトの姿を重ねて、そんなことを口にしたのだろう。その時には「ふぅん」と生返事をするような感想しか湧かなかった。
なのに、今になって踊る姿を一方的に見せられるのが妙に苦しい。
今宵ランバルトと踊っているのが、全員母と呼べるような年代の既婚のご婦人たちだとしても。
――そもそも今までだって、ランバルトが本番の祭りでどうしていたのかなんて、知らないもの。
毎年領主の一族が参加するのは宵の口あたりまで。祭りの本番はもっと夜が更けてからだ。その先のランバルトの様子なんて彼女は知らない。
もしかしたら毎年レティレナが下がったあとに、多くの女性達と踊っていたのかもしれない。今だって城内制覇でも目指しているのかというくらい、多くの女性の相手をしている。
そんな姿が視界の端に入りこんで、その度に胸の辺りがチクチクするのだ。
それでも領主の妹としての矜持で、ゲイルの隣で笑顔を湛えたまま祭りを見守っていた。
例年なら既婚の夫人達の相手をするのは領主のゲイルで、レティレナの側にはランバルトが居た。
ゲイルはランバルトが踊っているからなのか、今宵はずっと近くに居てくれる。踊るランバルトを見るのは胸が苦しいけれど、多忙な長兄と過ごせるのは嬉しくもあった。
毎年顔を出す叔父一家が今年は不参加で、おしゃべりなタンジェもいない。これでゲイルが側に居てくれなかったら、レティレナは十歳の頃の収穫祭のようにひとりぼっちになるところだった。
それよりはずっと良い。
……そのはず。
「レティ」
「はい?」
ゲイルに呼ばれて、いつのまにか伏せていた目線を上げる。
その拍子に人垣の向こう、ランバルトと目が合った。合ってしまった。
なんというタイミングの悪さ。
ランバルトは丁度ブルース夫人と踊り終えたところだ。灰色の瞳はしっかりとこちらを見ている。
ばっちりと視線が合ってから慌てて逸らし、すぐに己の失敗に気付く。手痛い失策に額を打ちたくなった。
――にっこりと笑い返してしまえば良かったのに! ああもう馬鹿ね!
そうすれば、忙しさにかまけて会えなかっただけだと取り繕えた。癇癪を起こした前回のことを、全て無かったことに出来たのに。
隣に立つゲイルの裾を弱く引く。
「ゲイル兄様」
「なんだ」
今度はゲイルがレティレナに視線を向けた。
「私気分が優れませんの。下がらせて頂いても?」
領主一族としての役割なら、今晩分は十分に果たせたはず。
それに視線が合ってしまったのは、いきなり呼ばれたのが原因だもの。と、ちょっとだけ心の中でゲイルのせいにしてみる。
ゲイルはレティレナを目を細めて観察した後、正面に注意を戻して笑った。
「さすがにこの機会を逃すほど、おっとりではなかろうよ」
ゲイルの眺める先を追えば、すぐそこまでランバルトが近づいている。
先々で声をかけられているのに、川を泳ぐ魚のように上手く人波をぬい、あしらい、レティレナの前まで器用に辿り着く。出会った当初の世慣れた雰囲気の、いけ好かない貴族っぽいランバルトを思い出した。
何故かレティレナの足は逃げるように一歩下がりそうになる。けれど、そんな弱気な行動なんて、彼女の負けん気と矜持が許さない。ついさっき仮病を使って逃げようとしたことは脇に置いておく。
ぐっと背筋を伸ばし、彼女は微笑んだ。
淑女の笑みは万能の仮面だ。
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