2 / 16
本編
2 異世界はファンタジー風味
しおりを挟む
「グンナル様は私の旦那様になるのです。邪魔な貴方は愛人とさっさと駆け落ちでも何でもなさってください。そのために馬車まで用意して差し上げたのですよ。」
すっごい上目線で言われた。私、君より一回り以上年上なんですけど。
マリーちゃんてば、おっもしろい思考回路のお嬢さんだわ。
「お嬢様。いい加減になさってください。お嬢様は思い違いをされていらっしゃるのです。これ以上ご迷惑をかけるとなると、旦那様や奥様にも咎が及んでしまいます」
侍女にしては、はっきり言うねリリームちゃん。
そんな君の性格、お姉さん嫌いじゃないぜ?
二人がヒートアップする中、またまたこっそり小声で会話する。
(ね、ね、セブンスさん、マリーちゃんの言うグンナル様って怪しすぎるよね?)
(マリー……ちゃん? ゴホン、ええ確かに。此方が二人で出掛けることを知った上での馬車の手配ならば、情報が漏れているということですしね……)
(隠してはいなかったけどね。タイミング良すぎるし、乗ってみようか!)
ふふ……とセブンスさんに笑われた。今笑うとこ違うじゃん!
(仰ると思いました。旦那様への連絡と、男手を少し集めてまいります。よろしいですね)
(了解! 三人で楽しくお話しして待ってるよ)
セブンスさんがそっと席を離れる。目の前の二人は口論に夢中で気づかない。
「リリー、お前はいっつもそう! 私のやる事為す事全てにケチをつけて。いくら羨ましがっても、所詮お前は卑しい妾の子。正妻の子である私に姉ぶるなんて許されないのよ。お父様が望むから侍女にしてあげているというのに! 帰ったらお母様に言いつけますからね! 今日も二人とも夕食抜きになればいいんだわっ!」
わ~昼ドラ展開! マリーちゃんとリリームちゃん、異母姉妹ってやつですね。リアルだとキツイわー。
「お嬢様、違います。姉だなんておこがましいこと、考えた事も御座いません。お嬢様の将来を、ひいてはハイカラー家を思えばこそです。……罰すると仰るのでしたら、私だけになさってください。幼い妹のビオラに、咎はございません」
目を伏せるリリームちゃん。良かれと思って正そうとするのに、分かってもらえないのって虚しいよね。
というかリリームちゃん、幼い妹いるの!? そっか、真ん中に正妻の子のマリーちゃんを挟んで、上と下にお妾さんの子か。
複雑だわ~。みんな父親一緒なら、ほんと昼ドラも真っ青! 私なら父親と縁切るね!
完全にモブ扱いとなって昼ドラ鑑賞をしていたら、セブンスさんが戻ってきた。
頷いてくれたので、オッケーらしい。
「はい。じゃあ、姉妹の修羅場(?)も一区切り付いたところで、馬車に移動しましょうか!」
にっこり立ち上がって言ったら、ポカンとされた。
「は。……え?」
「駆け落ち、手伝ってくださるんでしょう? マリーお嬢様」
「い、いけません!!」
リリームちゃんが必死に止めようとするが、マリーちゃんに「お黙りっ」と叱責を受け下がった。
あまりにも悔しそうな顔をしていたので、隣を通り過ぎる時に「大丈夫」ってウィンクしてみた。でもウィンク苦手だから多分両目つぶってて、分かってもらえなかったっぽい。
……館に帰ったら練習しようかな。
町のはずれ、裏街道沿いの林の側に隠れる様に、その馬車は停まっていた。
昼間だからまだ良いけれど、夜になったらこの辺りはかなり淋しいだろうな。
「さあ、どうぞ駆け落ちなさってください!」
そう言ってマリーちゃんが馬車を指差すと、その陰から数人の男達がゆっくりと姿を現す。
はい、ビンゴー! 怪しさ爆発だね。
「これはこれは、伯爵夫人。こんな簡単に捕まえられるとは思いもよりませんでしたよ。ブラック伯爵とは既に冷え切っていて、愛人がいるという噂は本当だったようですな」
そう言って近づいてきたのは、帽子を目深に被った髭の男。おそらく付け髭かな。
そんな噂、何処の誰がたてたんだ? 冷えるどころか奥方って名の職業なんですがね。
そしてお一人様街道まっしぐらの私と噂になる可哀相な愛人って誰?
セブンスさんなの? やめたげて! 可哀相だからやめたげてー。
「???」
未だ意味が解らずキョトンとするマリーちゃんの横で、リリームちゃんが声を上げる。
「奥様、逃げてください! お嬢様、私達も逃げましょう!」
「まあまあ。距離を取るのは大事ですけど、その必要はありません。セブンス、其方の皆さんにブラック領での不信行為の件で、ご同行願いましょうか」
伯爵夫人らしく微笑んでみせる。ちゃんとお仕事しないとね。
「お任せください、奥様」
セブンスさんが私たちと髭の男の間に入る。
固まってしまっているマリーちゃんとリリームちゃんの二の腕をそっとつかんで、一緒にゆっくり後ろに下がっていく。
男達は数で押せると踏んだのだろう、数人でセブンスさんを取り囲もうとする。
しかし、相手が悪いんだよね。
セブンスさんはただのダンディー中年と見せかけて、実は元軍人の戦う執事さんなんです!
相手の拳をサラリと避ける。動きは最小限に。繰り出された腕を取り、逆に引きながら、体勢を崩したところに顔面に膝蹴り。
軍事行動中に内臓に傷を負ってしまって持久力はないけれど、短期決戦ならまさに鬼です。しかも今回はすでに援軍呼んでますから!
男たちはセブンスさんの思わぬ強さに怯んだところで、周りを町の男衆に囲まれていることに漸く気が付いた様です。
「首謀者はどいつだ」
後ろから、唐突に声をかけられる。動物の唸り声にも聞こえそうな低い声。
おや、早かったですね!
「声をかけてきたのは、帽子に付け髭の男です。彼がおそらく」
「よし」
それだけ言って颯爽と獲物に向かっていきますよ。
まさに熊の狩りです! 第一印象間違ってなかったね!
知ってます? 熊ってめっちゃ足早いんですよ。あと鼻が良くてしつっこい(笑)
その後ろに兵士を引き連れているっていうのに、めっちゃ良いタックルかましてます。
「……だれ、あれ」
勇猛果敢な暴れっぷりに、若干怯えながらのマリーちゃん。
誰ってそりゃあ――
「私の旦那様ですよ?」
その日、一人のご令嬢が町はずれで悲鳴と共に気絶した。
首謀者はわりと簡単に割れた。
本気の旦那様には、誰も隠し事なんて出来ませんから。
隣国からの間者が、伯爵夫人の誘拐を企んだらしい。
愛人との駆け落ちを望んでいる(笑)伯爵夫人に、夫の浮気相手の見目麗しいお嬢さんを近づけて、誘い出して捕まえる。という作戦だったらしい。
私は野生動物か何かかっ! 餌につられてホイホイ付いて行ったりしないよ?
そして一言、言いたい。餌は厳選してください! どうせなら、見た目だけじゃなくて中身も可愛い子が良かった……。
ここ二年で更に領地の守りが強固になったのは、私が嫁いだ為だという結論に至った上での犯行らしい。
少しは合ってるけど、嫁いだからじゃあないんだな。
・・・・・・・・・・
翌日。ブラック伯爵の執務室。
旦那様、課長、私の、いつもの職場の面子です。
さて、目下の問題は隣国の間者ではなく。
身内の綻びってやつですね。
「ハイカラー家自体が隣国と通じているということは無いようです」
ロレンさんは部下からの報告に目を通し、結論を口にする。
マリーちゃんは、町で偶然出会った自称グンナル様と、逢瀬を重ねるうちにすっかり騙されて、奥方が愛人と駆け落ちして消えてくれれば結婚できるから、説得して連れてきて欲しい。と言われたようだ。チョロ過ぎるでしょ……。
「俺が視ても何も出なかったしな」
旦那様は首を揉んでいる。昨日暴れすぎて筋でも痛めたんですかね?
「でも無罪放免って訳にはいきませんよね?」
「当然だ。ハイカラー家の娘は、領主の妻の誘拐に加担したのだ。相応の罰を与えなければ示しがつかない」
「郷士の罷免と、貿易権の剥奪が妥当でしょうね」
「あら、結構厳しいっすね」
旦那様にギロリと睨まれた。怖いんですけど!?
「これでも甘い。領主の妻の命を脅かすということは、領主に剣を突きつける行為と同義だ。未遂だったからこそ、この程度だが、誘拐が起こっていれば一族の首が飛ぶ」
「流石にハイカラー家の令嬢も、グンナル様だと思い込んでいたのが隣国の間者だと知って、事態の深刻さに気付いたようですが。止めなかった侍女の責任だと温情を訴えておりましたね……」
と、ロレンさんは苦笑いだ。やっぱりマリーちゃんてば、残念すぎるわー。
「はい! 旦那様、その点はご心配なく。マリーちゃんに反省の色が見られなければ、それなりのお仕置きが発動しますんで」
挙手して発言してみた。
「ほう?」
旦那様が目を細めてこちらを促すので、説明する。
ただ、旦那様の決めた罰とミックスされると、結構過酷になっちゃったかな?
「相変わらず、絶妙なタイミングで出してくるな。良くやった」
褒めてる笑顔がちょっと怖い。悪い事考えてる時の顔だね、うん。
「ところで、リリームちゃんはどうなっちゃうんですか?」
ここが私の関心事ですよ!
「うむ、郷士を罷免となれば、妾の子を面倒見るなどという行為は出来んだろう」
「ではでは! 路頭に迷わせるわけにもいきませんし、リリームちゃんは領主館の働き手として雇うというのでどうでしょうか。もちろん幼い妹さんも一緒に」
「カオル。最初から狙っていただろう、それ」
旦那様が、ため息ついてこっちをじと目で見てる。
「というか、既に動いていますよね。奥様が馬車をハイカラーの家へ送り出したと部下から報告が上がっておりますが」
あら、ロレン課長ってばさすがですねー。
「やだなあ、旦那様。使用人の采配は私の範囲ですよ? 彼女は有能な侍女ですし、損はありませんって。あんな中身残念なお嬢さんをあそこまで磨き上げるんだもん。彼女の腕は確かでしょ!」
「……まあ、侍女の一人も付けないのは問題だったから、な。但し、侍女にするかは俺が彼女を視てからだ」
「ふっふっふ。結構心配性ですよね、旦那様って」
ニヤニヤしながら言ったら、鼻をつままれた。私の鼻が低いからってケンカ売ってます!?
ここは異世界。
あんまりそれっぽい出来事が無いから忘れそうになるけど、旦那様の能力――ギフトと言うそうです――に関しては、やっぱりファンタジーな感じなんだよね。
素手で触れた人間の、記憶の場面を視る事が出来るらしい。
どの位の範囲で、どの位の精度でというのは個人的な事だから詳しく聞いたことはないけど、旦那様の力はかなり強くて、精度が高いらしい。
すげーな異世界。って思ったけど、これ、かなり稀有な能力らしい。
何せ、この能力によりオールフォリオ王家はこの国に君臨し続けているのだから。
つまり、旦那様は王族の血を引いてるんですって。おばあ様が先代国王の妹だったそうで、そもそもブラック伯爵家は辺境の守りを強固にするため、数代おきに王族が降嫁するそうな。
間者とかは生きて捕まったが最後、洗いざらい視られちゃうもんね。自白剤いらず……。わお。
だから、中央から引っ切り無しに嫁候補が来てたんだねー。王家と縁続きになれるって、血筋を尊ぶ貴族には魅力的だもんね。みんな帰っちゃったけど……。根性足んないな!
ちなみに、視るかどうかの選択は出来るけど、周りに気を使って旦那様は夏でも基本は手袋装備です。執務室では書類仕事の邪魔なので、外してますけどね。
あれ、さっき素手で鼻つままれた?
……まあ、いっか。見られて困るようなもんはない、多分。
私の場合、見られて困るのは記憶じゃなくって妄想の方だからね!
すっごい上目線で言われた。私、君より一回り以上年上なんですけど。
マリーちゃんてば、おっもしろい思考回路のお嬢さんだわ。
「お嬢様。いい加減になさってください。お嬢様は思い違いをされていらっしゃるのです。これ以上ご迷惑をかけるとなると、旦那様や奥様にも咎が及んでしまいます」
侍女にしては、はっきり言うねリリームちゃん。
そんな君の性格、お姉さん嫌いじゃないぜ?
二人がヒートアップする中、またまたこっそり小声で会話する。
(ね、ね、セブンスさん、マリーちゃんの言うグンナル様って怪しすぎるよね?)
(マリー……ちゃん? ゴホン、ええ確かに。此方が二人で出掛けることを知った上での馬車の手配ならば、情報が漏れているということですしね……)
(隠してはいなかったけどね。タイミング良すぎるし、乗ってみようか!)
ふふ……とセブンスさんに笑われた。今笑うとこ違うじゃん!
(仰ると思いました。旦那様への連絡と、男手を少し集めてまいります。よろしいですね)
(了解! 三人で楽しくお話しして待ってるよ)
セブンスさんがそっと席を離れる。目の前の二人は口論に夢中で気づかない。
「リリー、お前はいっつもそう! 私のやる事為す事全てにケチをつけて。いくら羨ましがっても、所詮お前は卑しい妾の子。正妻の子である私に姉ぶるなんて許されないのよ。お父様が望むから侍女にしてあげているというのに! 帰ったらお母様に言いつけますからね! 今日も二人とも夕食抜きになればいいんだわっ!」
わ~昼ドラ展開! マリーちゃんとリリームちゃん、異母姉妹ってやつですね。リアルだとキツイわー。
「お嬢様、違います。姉だなんておこがましいこと、考えた事も御座いません。お嬢様の将来を、ひいてはハイカラー家を思えばこそです。……罰すると仰るのでしたら、私だけになさってください。幼い妹のビオラに、咎はございません」
目を伏せるリリームちゃん。良かれと思って正そうとするのに、分かってもらえないのって虚しいよね。
というかリリームちゃん、幼い妹いるの!? そっか、真ん中に正妻の子のマリーちゃんを挟んで、上と下にお妾さんの子か。
複雑だわ~。みんな父親一緒なら、ほんと昼ドラも真っ青! 私なら父親と縁切るね!
完全にモブ扱いとなって昼ドラ鑑賞をしていたら、セブンスさんが戻ってきた。
頷いてくれたので、オッケーらしい。
「はい。じゃあ、姉妹の修羅場(?)も一区切り付いたところで、馬車に移動しましょうか!」
にっこり立ち上がって言ったら、ポカンとされた。
「は。……え?」
「駆け落ち、手伝ってくださるんでしょう? マリーお嬢様」
「い、いけません!!」
リリームちゃんが必死に止めようとするが、マリーちゃんに「お黙りっ」と叱責を受け下がった。
あまりにも悔しそうな顔をしていたので、隣を通り過ぎる時に「大丈夫」ってウィンクしてみた。でもウィンク苦手だから多分両目つぶってて、分かってもらえなかったっぽい。
……館に帰ったら練習しようかな。
町のはずれ、裏街道沿いの林の側に隠れる様に、その馬車は停まっていた。
昼間だからまだ良いけれど、夜になったらこの辺りはかなり淋しいだろうな。
「さあ、どうぞ駆け落ちなさってください!」
そう言ってマリーちゃんが馬車を指差すと、その陰から数人の男達がゆっくりと姿を現す。
はい、ビンゴー! 怪しさ爆発だね。
「これはこれは、伯爵夫人。こんな簡単に捕まえられるとは思いもよりませんでしたよ。ブラック伯爵とは既に冷え切っていて、愛人がいるという噂は本当だったようですな」
そう言って近づいてきたのは、帽子を目深に被った髭の男。おそらく付け髭かな。
そんな噂、何処の誰がたてたんだ? 冷えるどころか奥方って名の職業なんですがね。
そしてお一人様街道まっしぐらの私と噂になる可哀相な愛人って誰?
セブンスさんなの? やめたげて! 可哀相だからやめたげてー。
「???」
未だ意味が解らずキョトンとするマリーちゃんの横で、リリームちゃんが声を上げる。
「奥様、逃げてください! お嬢様、私達も逃げましょう!」
「まあまあ。距離を取るのは大事ですけど、その必要はありません。セブンス、其方の皆さんにブラック領での不信行為の件で、ご同行願いましょうか」
伯爵夫人らしく微笑んでみせる。ちゃんとお仕事しないとね。
「お任せください、奥様」
セブンスさんが私たちと髭の男の間に入る。
固まってしまっているマリーちゃんとリリームちゃんの二の腕をそっとつかんで、一緒にゆっくり後ろに下がっていく。
男達は数で押せると踏んだのだろう、数人でセブンスさんを取り囲もうとする。
しかし、相手が悪いんだよね。
セブンスさんはただのダンディー中年と見せかけて、実は元軍人の戦う執事さんなんです!
相手の拳をサラリと避ける。動きは最小限に。繰り出された腕を取り、逆に引きながら、体勢を崩したところに顔面に膝蹴り。
軍事行動中に内臓に傷を負ってしまって持久力はないけれど、短期決戦ならまさに鬼です。しかも今回はすでに援軍呼んでますから!
男たちはセブンスさんの思わぬ強さに怯んだところで、周りを町の男衆に囲まれていることに漸く気が付いた様です。
「首謀者はどいつだ」
後ろから、唐突に声をかけられる。動物の唸り声にも聞こえそうな低い声。
おや、早かったですね!
「声をかけてきたのは、帽子に付け髭の男です。彼がおそらく」
「よし」
それだけ言って颯爽と獲物に向かっていきますよ。
まさに熊の狩りです! 第一印象間違ってなかったね!
知ってます? 熊ってめっちゃ足早いんですよ。あと鼻が良くてしつっこい(笑)
その後ろに兵士を引き連れているっていうのに、めっちゃ良いタックルかましてます。
「……だれ、あれ」
勇猛果敢な暴れっぷりに、若干怯えながらのマリーちゃん。
誰ってそりゃあ――
「私の旦那様ですよ?」
その日、一人のご令嬢が町はずれで悲鳴と共に気絶した。
首謀者はわりと簡単に割れた。
本気の旦那様には、誰も隠し事なんて出来ませんから。
隣国からの間者が、伯爵夫人の誘拐を企んだらしい。
愛人との駆け落ちを望んでいる(笑)伯爵夫人に、夫の浮気相手の見目麗しいお嬢さんを近づけて、誘い出して捕まえる。という作戦だったらしい。
私は野生動物か何かかっ! 餌につられてホイホイ付いて行ったりしないよ?
そして一言、言いたい。餌は厳選してください! どうせなら、見た目だけじゃなくて中身も可愛い子が良かった……。
ここ二年で更に領地の守りが強固になったのは、私が嫁いだ為だという結論に至った上での犯行らしい。
少しは合ってるけど、嫁いだからじゃあないんだな。
・・・・・・・・・・
翌日。ブラック伯爵の執務室。
旦那様、課長、私の、いつもの職場の面子です。
さて、目下の問題は隣国の間者ではなく。
身内の綻びってやつですね。
「ハイカラー家自体が隣国と通じているということは無いようです」
ロレンさんは部下からの報告に目を通し、結論を口にする。
マリーちゃんは、町で偶然出会った自称グンナル様と、逢瀬を重ねるうちにすっかり騙されて、奥方が愛人と駆け落ちして消えてくれれば結婚できるから、説得して連れてきて欲しい。と言われたようだ。チョロ過ぎるでしょ……。
「俺が視ても何も出なかったしな」
旦那様は首を揉んでいる。昨日暴れすぎて筋でも痛めたんですかね?
「でも無罪放免って訳にはいきませんよね?」
「当然だ。ハイカラー家の娘は、領主の妻の誘拐に加担したのだ。相応の罰を与えなければ示しがつかない」
「郷士の罷免と、貿易権の剥奪が妥当でしょうね」
「あら、結構厳しいっすね」
旦那様にギロリと睨まれた。怖いんですけど!?
「これでも甘い。領主の妻の命を脅かすということは、領主に剣を突きつける行為と同義だ。未遂だったからこそ、この程度だが、誘拐が起こっていれば一族の首が飛ぶ」
「流石にハイカラー家の令嬢も、グンナル様だと思い込んでいたのが隣国の間者だと知って、事態の深刻さに気付いたようですが。止めなかった侍女の責任だと温情を訴えておりましたね……」
と、ロレンさんは苦笑いだ。やっぱりマリーちゃんてば、残念すぎるわー。
「はい! 旦那様、その点はご心配なく。マリーちゃんに反省の色が見られなければ、それなりのお仕置きが発動しますんで」
挙手して発言してみた。
「ほう?」
旦那様が目を細めてこちらを促すので、説明する。
ただ、旦那様の決めた罰とミックスされると、結構過酷になっちゃったかな?
「相変わらず、絶妙なタイミングで出してくるな。良くやった」
褒めてる笑顔がちょっと怖い。悪い事考えてる時の顔だね、うん。
「ところで、リリームちゃんはどうなっちゃうんですか?」
ここが私の関心事ですよ!
「うむ、郷士を罷免となれば、妾の子を面倒見るなどという行為は出来んだろう」
「ではでは! 路頭に迷わせるわけにもいきませんし、リリームちゃんは領主館の働き手として雇うというのでどうでしょうか。もちろん幼い妹さんも一緒に」
「カオル。最初から狙っていただろう、それ」
旦那様が、ため息ついてこっちをじと目で見てる。
「というか、既に動いていますよね。奥様が馬車をハイカラーの家へ送り出したと部下から報告が上がっておりますが」
あら、ロレン課長ってばさすがですねー。
「やだなあ、旦那様。使用人の采配は私の範囲ですよ? 彼女は有能な侍女ですし、損はありませんって。あんな中身残念なお嬢さんをあそこまで磨き上げるんだもん。彼女の腕は確かでしょ!」
「……まあ、侍女の一人も付けないのは問題だったから、な。但し、侍女にするかは俺が彼女を視てからだ」
「ふっふっふ。結構心配性ですよね、旦那様って」
ニヤニヤしながら言ったら、鼻をつままれた。私の鼻が低いからってケンカ売ってます!?
ここは異世界。
あんまりそれっぽい出来事が無いから忘れそうになるけど、旦那様の能力――ギフトと言うそうです――に関しては、やっぱりファンタジーな感じなんだよね。
素手で触れた人間の、記憶の場面を視る事が出来るらしい。
どの位の範囲で、どの位の精度でというのは個人的な事だから詳しく聞いたことはないけど、旦那様の力はかなり強くて、精度が高いらしい。
すげーな異世界。って思ったけど、これ、かなり稀有な能力らしい。
何せ、この能力によりオールフォリオ王家はこの国に君臨し続けているのだから。
つまり、旦那様は王族の血を引いてるんですって。おばあ様が先代国王の妹だったそうで、そもそもブラック伯爵家は辺境の守りを強固にするため、数代おきに王族が降嫁するそうな。
間者とかは生きて捕まったが最後、洗いざらい視られちゃうもんね。自白剤いらず……。わお。
だから、中央から引っ切り無しに嫁候補が来てたんだねー。王家と縁続きになれるって、血筋を尊ぶ貴族には魅力的だもんね。みんな帰っちゃったけど……。根性足んないな!
ちなみに、視るかどうかの選択は出来るけど、周りに気を使って旦那様は夏でも基本は手袋装備です。執務室では書類仕事の邪魔なので、外してますけどね。
あれ、さっき素手で鼻つままれた?
……まあ、いっか。見られて困るようなもんはない、多分。
私の場合、見られて困るのは記憶じゃなくって妄想の方だからね!
2
あなたにおすすめの小説
15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~
深冬 芽以
恋愛
交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。
2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。
愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。
「その時計、気に入ってるのね」
「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」
『お揃いで』ね?
夫は知らない。
私が知っていることを。
結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?
私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?
今も私を好きですか?
後悔していませんか?
私は今もあなたが好きです。
だから、ずっと、後悔しているの……。
妻になり、強くなった。
母になり、逞しくなった。
だけど、傷つかないわけじゃない。
私の容姿は中の下だと、婚約者が話していたのを小耳に挟んでしまいました
山田ランチ
恋愛
想い合う二人のすれ違いラブストーリー。
※以前掲載しておりましたものを、加筆の為再投稿致しました。お読み下さっていた方は重複しますので、ご注意下さいませ。
コレット・ロシニョール 侯爵家令嬢。ジャンの双子の姉。
ジャン・ロシニョール 侯爵家嫡男。コレットの双子の弟。
トリスタン・デュボワ 公爵家嫡男。コレットの婚約者。
クレマン・ルゥセーブル・ジハァーウ、王太子。
シモン・グレンツェ 辺境伯家嫡男。コレットの従兄。
ルネ ロシニョール家の侍女でコレット付き。
シルヴィー・ペレス 子爵令嬢。
〈あらすじ〉
コレットは愛しの婚約者が自分の容姿について話しているのを聞いてしまう。このまま大好きな婚約者のそばにいれば疎まれてしまうと思ったコレットは、親類の領地へ向かう事に。そこで新しい商売を始めたコレットは、知らない間に国の重要人物になってしまう。そしてトリスタンにも女性の影が見え隠れして……。
ジレジレ、すれ違いラブストーリー
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他
猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。
大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
恋愛
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
私は彼に選ばれなかった令嬢。なら、自分の思う通りに生きますわ
みゅー
恋愛
私の名前はアレクサンドラ・デュカス。
婚約者の座は得たのに、愛されたのは別の令嬢。社交界の噂に翻弄され、命の危険にさらされ絶望の淵で私は前世の記憶を思い出した。
これは、誰かに決められた物語。ならば私は、自分の手で運命を変える。
愛も権力も裏切りも、すべて巻き込み、私は私の道を生きてみせる。
毎日20時30分に投稿
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる