だから私はその手に触れる

アルカ

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後日談

2 手紙 

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「寝坊したっ!!」
 うつ伏せの体勢で寝ていた私は、がばっと起きあがる。
 春眠暁を覚えず。最近の私は弛んでいる。いや、お腹周りじゃなく気持ちがね。
 変な体勢で寝ていたので首が痛い。若干寝違えただろうか。

 わたわたしながらベッドを降りようとすると、後ろから不穏な気配が。
 熊さんに捕食されそうになり必死でもがきます。

「どこへ行く? 今日は執務は休みだぞ」
 寝ぼけながらも離す気は無い様なので、面倒だ。

「知ってます。今日はアレクとリームとデートです!」
 久々の全員揃っての休日なのです!
 場所は例によって敷地内のピクニックランチなのが悲しいけど、これはしょうがない。

「………」
 おや、旦那様が大人しくなりましたよ。その感じで手も離して頂けるとありがたい。
 て、おいこら。何で動きを再開する!?

「ちょっ。約束の時間に遅れます! リームだって来ちゃいますよ!?」
 旦那様は離してくれない。
 ぎゃ~!!

 旦那様との攻防は五分以上に及んだ。……勝ったけどね!!



 アレクとの待ち合わせに遅れた。
 でも出来るだけ急いだし、フラフラしながらも身だしなみを整えた。
 隣でリームはずっと赤い顔をしている。
 ……部屋の外でずっと控えてたんですよね、ごめんね。もう、穴があったら埋まりたい……。

「おはようございます、カオルお姉様、リームさん」
「……おはようアレク」
「おはようございます、アレク様」
 うわー。アレクちゃんの笑顔がキラッキラしてる。美人は怒ると怖いけど、笑顔もメーター振り切るとある意味恐怖なんだね。知らなかったよ…。



「旦那様がウザい」

 私の一言に、二人が同時に茶を噴いた。

 これは未婚のお嬢さん達に言う事なのか微妙に悩む所だけど、友達少ないんだよ。相談させてよ。ていうか、アレクとかはゴシップマニアだから耐性ありか。侍女のリームには既に知られてるしね。

「う、ウザいというのは、遠ざけたいという意味ですか……?」
 意味を測りかねたリームが不安げに聞いてくる。

「ごめん、そんな重い話じゃない。ただ正直告白をしてからのこっち、暑苦しい。階段を降りる時に腰とかに手を回されるとか……恥ずかしくて死ねる」

 旦那様はスキンシップ過多だと思う。

「つまり、惚気ですわね!」
 アレクの笑顔超怖い……。

「まあ! カオル様の口から惚気が出るなんて」
 そっと涙をふく振り・・をするリーム。貴方は私のおかんですか?

 合流したビオラも一緒に四人でまったりしていると。
 遠くから見える人影は旦那様と、ロレンさんと、セブンスさんだ。
 デジャヴを感じるのは私だけではないはず。

 そして二人残されて、ブランケットに寝そべる旦那様。
 デジャヴを感じるのは……以下略。

「せっかくの私の花園タイムを~……」
 睨んでみたけど、旦那様はどこ吹く風で寝そべってる。

 そんなに一生懸命見張らなくっても、私は急に居なくなったりしないよ?

 ――そう言えたら良いのにね。


 ・・・・・・・・・・


 王家から翻訳依頼が届いたのは、そんな時だった。
 私の翻訳能力と異世界人である事は、ブラック領外では王都に滞在中の旦那様のご両親、そして王家の高貴な方しか知らない機密事項だ。
 あちらから翻訳依頼をしてくる事なんて初めての事だ。今までは機密を守るため、気を使って頂いていたらしい。

 託された封書、その添え書きの紋章に指が震えそうになる。

「私を秘匿してくださっていたのは、王太子殿下だったんだ」

「殿下とは一応、又従兄弟またいとこという事になる。陛下とは特に交流はないが、殿下には気安く接して頂いているんだ。歳も近いしな」
 私のびっくりした顔に、旦那様は笑いながら答える。

 だって秘匿を協力してくれている人が『王家の高貴な方』とは聞いてたけど、そんな権力中枢が出てくるとは思わなかったんだよ。

 確かに先代陛下が旦那様の大伯父にあたる訳だから、交流があってもおかしくはないんだけど。
 王都での社交や外交は先代であるご両親が引き受けてくれているから、旦那様、辺境から出ないしね……。イメージが沸かん。

「それにしても、随分古い物みたい」
 改めて解読依頼の封書を見る。数百年は経っていそうだ。
 その宛名書きを見て固まった。


『親愛なる カオル・ブラック伯爵夫人へ』

 それは日本語で書かれた文字だった。


 急いで殿下からの添え書きを読む。
『親愛なる、カオル・ブラック伯爵夫人

 我が友人であり又従兄弟、グンナルとの結婚おめでとう。心よりお祝いを送ろう。
 少し遅くなったが、これは君への結婚祝いだ。
 王家に代々伝わっていた、解読不能の『カオル』という名のブラック伯爵夫人宛ての手紙だ。

 きっと君の心の平穏に貢献する事だろう。

 落ち着いたなら、夫婦で王城に訪ねてくれるとありがたい。
 君達夫婦に幸多からんことを。

 レオナルド・オールフォリオ』

 添え書きを机に置き、そっと封筒から中の便せんを取り出す。

「形状保存のギフトが使われているな。既に切れかかっているが、良く保っている」

 旦那様の言葉が耳から入るが、ほとんど頭には入ってこなかった。
 中の手紙も達筆な日本語で書かれていた。
 私にとっては翻訳なんて必要ない、懐かしい文字。


『はじめまして、桜木薫さん。
 突然のお手紙で驚いていらっしゃるとは思いますが、少しの間お付き合いください。

 私の名前は阿部麻利亜あべまりあ。両親は絶対にふざけて付けたと思いますが、結構自分でも気に入っている名前です。今の名前はマリア・オールフォリオと申します。
 お察しの通り、この世界に落ちてきた日本人です。

 あなたがギフトを得たように、私にもギフトがありました。
 それは先見の能力です。
 私の能力は非常に不確かで、見た未来が絶対に起こるという訳ではありません。
 それでもあなたにこの手紙が届いたのなら、きっとあなたは私の子孫と夫婦として過ごしているのでしょう。

 そんなあなたに伝えたい。
 私の見た未来に、あちらへと帰る事の出来た方はおりません。
 ある人にとっては、それは残酷な宣告でしょう。でも私達にとって、それは心を穏やかにしてくれる事実ではないでしょうか。

 私は今、孫たちに囲まれて夫と共に穏やかな毎日を過ごしております。
 この歳まで生きてきて、あちらの世界とは完全に切り離され、この世界に組み込まれている自分を強く感じるようになりました。

 何が言いたいかというと、薫さんにはこの世界を、人を、恐れることなく愛して欲しいのです。
 あなたが私の子孫の側で幸せでありますよう、心より祈っております。

 阿部 麻利亜 』

 涙が便せんに落ちないように、手紙をそっと机に置く。
 旦那様が涙を後ろから拭ってくれる。
 でも最後の追伸に笑ってしまいそうになって、実はほとんど涙は引っ込んでいたりする。

「マリア・オールフォリオ様って知ってる?」
「初代国王陛下の妃だな。先見のギフトをお持ちだったとか。……おそらくカオルと同郷だ」
「うん、一緒だったよ。この手紙、マリア様からだもん」

 手紙の内容を掻い摘んで旦那様に話した。

「ねえ、彼女って天寿を全うしたのかな……」
 私の言いたい事が分かったのだろう。旦那様が後ろからきつく抱き締めてくる。

「ああ。晩年は初代陛下と離宮で過ごされ、最後は眠るように亡くなったそうだ。異世界人の事を調べた時に、父と殿下から聞いてはいたんだ。手紙の存在など誰も教えてくれはしなかったがな」
 少し不機嫌そうな声が聞こえたけど、仕方ないよね。

「お見通しって事だったんじゃない? 本当の夫婦になった途端、翻訳依頼と言いながら、結婚祝いを送ってくださったんだから」
「相変わらず、殿下はいい性格をしてる……」
「落ち着いたら王都に行ってみたいな」
 マリア様のお墓参りと、レオナルド殿下にお礼を言いに。少し遅めのハネムーン。

「ねえ、グンナル。ずっとずっと側にいてくれる?」
 仰ぎ見るように振り返り、その顔をこちらから引き寄せる。



『追伸 そろそろ名前で呼んであげたらどうでしょう? 』


    名前で呼んだら、とっても喜んでくれました。
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