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欧米の同性愛者はなぜ同性婚を求めたのか?

2.隔離収容されていた欧米の同性愛者。

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キリスト教諸国では、同性愛者は差別されてきただけではない――法律で取り締まられてきたのであり、精神病患者であると考えられてきたのだ。

同性愛を取り締まる法律をソドミー法という。

ソドミー法を最初に作ったのは英国だ。一五三三年に制定され、最高刑は死刑であった。

ソドミー法が廃止されたのは、イングランドとウェールズでは一九六七年(昭和四十二年)、スコットランドでは一九八〇年(昭和五十五年)、北アイルランドでは一九八二年(昭和五十七年)、マン島では一九九二年(平成四年)である。

なお、この章では、当時の日本の状況を連想し易いように、近世以降の西暦には和暦を併記している。

欧米諸国でソドミー法が廃止された年を記すと、次のようになる。

ドイツ 一九九四年(平成六年)
フランス 一七九一年(寛政三年)
イタリア 一八九〇年(明治二十三年)
スペイン 一九七九年(昭和五十四年)
ロシア 一九九三年(平成五年)
アメリカ合衆国 二〇〇三年(平成十五年)
カナダ 一九六九年(昭和四十四年)
オーストラリア 一九九七年(平成九年)

ちなみに、一八七二年(明治五年)から一八八二年(明治十五年)まで、同性愛を取り締まる「鶏姦律条例」が日本にも存在した。ともかくも欧米を真似して作ったのだ。しかし、機能したことはほとんどない。このような法律がフランスに存在しないと判った後は廃止された。

ソドミー法の被害者で有名なのは、アイルランド出身の作家・オスカー゠ワイルドだろう。『幸福な王子』『サロメ』などの作者である。ソドミー法に違反した彼は、四十一歳から四十三歳の時まで服役していた。

ソドミー法が存在していた頃の英国では、男同士でキスをしている者を警官が見たら駆けつけてきて現行犯逮捕した。また、下院議員選挙では、政敵を陥れるためにソドミー法違反の事実がでっち上げられることも行なわれていたのである。

同性愛者に対する殺戮を行ったのはドイツだ。

ホロコーストで殺戮されたのはユダヤ人ばかりではない――身体障碍者・精神障碍者・同性愛者・ロマ人など、ナツィによって「生きるに値しない」とされた人々が殺戮された。死者数の予想は次の通りである。

ユダヤ人 五百万から六百万人
身体゠精神障碍者 二百七十万人
同性愛者 五千から一万五千人
ロマ人 十三万から五十万人

そんなドイツは、平成六年までソドミー法を維持していた。

刑法百七十五条(ドイツ)
「反自然的な猥褻行為は、男性である人の間でなされるものであるか、獣との間で人が行なうものであるかを問わず、禁錮に処する。これに加えて、公民権の剝奪を言い渡すことも出来る。」

同性愛は精神疾患であるとも考えられていたため、様々な「治療」も試みられていた。

広く行われた治療の一つが「嫌悪療法」だ。

まず、治療対象となるゲイに電極をつなぎ、男の裸の写真を映写機で見せる。そして五十ボルトから四百五十ボルト(!)程度の電気ショックを流すのだ。手元のボタンを「患者」が押すと、男の裸の写真は消え、女の裸の写真に替わり、電気ショックも止む。これを繰り返してゆくと、「男の裸=不快な物」という認識になり、「患者」は異性愛まともになるはずだと考えられていた。

また、メトラゾールという薬を投与し、てんかんの発作を人為的に起こすことも行なわれていた。これにより脳を刺激し、同性愛を治療しようとしていたのである。

一九一七年(大正六年)には、オーストリアの生物学者・オイゲン゠シュタットが、異性愛者の精巣をゲイに移植する手術を行った。これにより、「同性愛者の治療に成功した」とシュタットは主張する。

しかし、他の研究者が同じ手術を行っても、同性愛は全く治らなかった。

一九三〇年代、男性ホルモンのテストステロンと女性ホルモンのプロゲストロンが精製される。すると、男性ホルモンをゲイにに注入する治療が試みられるようになる。男性ホルモンを増加させると男らしくなり、異性愛者になると考えられたのだ。

しかし実際にやってみると、性的指向は変わらないまま性慾が強くなっただけだった。なので、せめて性慾を消滅させようということで、今度は逆に女性ホルモンが注入される。――同性愛に対して行われた究極の「治療」は科学的去勢だったのだ。

国家的な功労者にもこの「治療」は行われた。

アラン゠マシスン゠チューリングは、英国の数学者・暗号研究者・計算機科学者である。「人工知能の父」と呼ばれる人物であり、第二次世界大戦中はドイツの暗号機・エニグマの解読に貢献した。

一九五九年(昭和三十四年)、ソドミー法に違反してチューリングは逮捕される。そして、一年間の禁錮刑の代わりに、女性ホルモンの注入を命じられたのだ。結果、チューリングには小さな乳房が出来たものの、性衝動が治まることはなかった。

治療が終わった一年後、チューリングは自殺する。

このような「治療」は過去のものではない。

『ある少年の告白』という映画がある。これは、アメリカの小さな町で生まれ育った少年の経験を描いたノンフィクションだ。作中では、ゲイであることが発覚した主人公に対し、自己啓発セミナーを連想させるような治療が行われている。

この少年が「治療」を経験したのは、驚いたことに二〇〇四年(平成十六年)のことだという。

このような治療を禁止する法律があるのは、全米で二十州しかない。現在でさえも、おおよそ七十万人の同性愛者がアメリカでは「治療」を受けている。
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