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第2章 いきなりロボットアニメみたいな世界に放り込まれたんですけど
幕間:プライドと死
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~鎮守府を襲撃した建御名方に応戦するまでのプリシラ~
横浜にある葦原鎮守府で建御名方が暴れ出したらしい。
あたしは横須賀基地に併設されたアイギスの格納庫へ急いでいた。
そんな緊急事態だというのに、あたしは昔のことを思い返していた。つまらない話だ。
***
あたしがOSドライバー候補生になって技官学校に入ったその日に、頭の中に描いていた光景が崩れ落ちたような気がした。
どいつもこいつもヘラヘラしたような顔をして交流を深めようとする。何のためにここに来たのか分かっていたのだろうか?
「よろしく。私はエイプリル。あなたがプリシラね?」
技官学校では全員が寮での生活を強いられる。その寮はたいていが二人の相部屋で、初日に部屋に入るなり彼女はにこやかに手を差し出してきた。
その時すでに学校の雰囲気に嫌気が差していたあたしの答えは決まっていた。
「あたしはあんたと馴れ合うつもりはない」
あたしは一刻も早くOSドライバーとして選ばれなければならなかった。だから、彼女の手を握り返す暇があれば、荷ほどきをしてトレーニングや勉強に費やす方が効率的なのだ。
だけど、エイプリルは食い下がった。
「私たちは将来、お互いを補い合う関係になるかもしれない。その時にお互いを信頼できなければいけないと思うわ」
大人しそうな、どこにでもいそうな女だった。そんな彼女が微笑を浮かべながら、あたしに差し出した手を引っ込めないのだ。ちょっとした恐怖だった。
素早く手を握り返して、形だけの笑みを返した。
「あたしはOSのドライバーになるの。邪魔はしないで」
***
他の候補生と一緒にされたくはなかった。彼らが休日を喜んでいる時、あたしはトレーニングとアイギスのOS戦闘プロトコルマニュアルを使ったシミュレーションなどのスケジュールを組み立てていた。常に開放されているトレーニングジムではあたしが使う器具が自然と空くようになった。
簡単に言えば、あたしのまわりから腑抜けた連中は消えていった。
もちろん、知っていた。そいつらがあたしを変人として扱っていることを。
この国じゃ、OSドライバーは顔も簡単な経歴も開示されている。だから、一度OSドライバーやターンオーバーとして任命されれば、有名人の仲間入りだ。そういう名声とやらを手に入れようとして技官学校にやって来る奴らもいるということを、あたしはここに入って初めて知った。クソみたいな連中だ。
あたしをいつでも支え、奮い立たせてくれたのは、色褪せた家族写真だった。もう二度と会うことの叶わない家族だ。あたしの心はずっと写真が撮られたあの頃に置き去りにされている。
家族とのひとときを過去のものにした異獣を殺し尽くすために、あたしはここにいるのだ、と強い思いを抱き続けることができた。
***
技官学校在籍時にOSのドライバーとして任命を受けるのことは稀だ。たいていは三年の候補生時代を過ごし、アイギスの技官としてキャリアをスタートさせることになる。そこでOSの整備や戦闘サポートのオペレーターなどとして働き、任命の時を待つのだ。
だから、あたしがメツトリドライバーのターンオーバーとして任命され、技官学校とアイギスを往復する生活を送るようになった時、あたしは期待と妬みの両方の視線を受けることになった。
あたしは知っている。
メツトリの正ドライバーが死んだ経緯が経緯だけに、技官学校の連中があたしを〝死神〟と呼んでいたことを。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
あたしは異獣を殺すためのステップを一歩一歩踏んでいるのだと実感できたのだから。
***
技官学校を卒業する頃には、あたしはメツトリの正ドライバーの地位を掴みかけていた。実際のところ、実戦を二度経験した。正ドライバーとあたしでは、あたしの汚染耐性の方が高く、リスクを嫌うアイギスとしては、ドライバーの技量と汚染による危険度では、後者の方を重要視していたのだ。
メツトリの正ドライバーはカマラという21歳の女だった。あたしが正ドライバーとして出撃することになったと知って、彼女が見せた安堵の表情をあたしは忘れることができなかった。
初めてのブリーフィングが終わり、彼女を呼び出した。弱々しく微笑んでやって来る彼女の胸倉を掴んで、壁に押しつけた。
「そんな覚悟で戦ってたのかよ、あんたは!」
カマラは抵抗しようとしなかった。諦めにも似たような笑みを浮かべて目を背けていた。
「あのコックピットにいるとね、テイラーの声が聞こえる気がするの」テイラーは戦闘中に死んだ前の正ドライバーだ。「『あなたも私のようになる』って。私たちには死が待っている。それを痛感させられるあの狭い空間が私は恐ろしい……」
「戦って守ることを誇りに思え!」
カマラは小さく笑った。
「あなたもいつか分かる。死を前にしたら、そんなプライドなんてかなぐり捨てるほどちっぽけなものだったんだって」
殴る気も失せて、あたしは格納庫へ向かった。
初めての実戦だ。臆病者に水を差されたが、ここから突き進んでいくんだと決意に満ちて歩を進めた記憶がある。
***
だからこそ、イーサンに日本へ飛ぶように言われた時のあたしは動揺した。あたしが守るべきは母国しかないのに。
おまけに、日本を守っていたドライバーの問題で、その穴を埋めろと言うのだ。それじゃあ、まるでターンオーバーみたいじゃないか。
技官学校にへばりついていたターンオーバー狙いのクズどもの顔が次々と瞼の裏に浮かんでは消えた。
「私ね、オペレーターを目指すことにしたよ」
技官学校の卒業式の一週間前、エイプリルがあたしに打ち明けた。彼女だって、ドライバーへの夢を抱いていた。トレーニングジムであたしの隣が定位置だった彼女。その夢が潰えた目の光は、どこかせいせいしたような響きすらあった。
「プリシラに託すよ、私の夢を」
あたしは負けるわけにはいかない。
つまらない任務などさっさと切り上げて、異獣どもをぶっ殺すんだ。
守るために。
横浜にある葦原鎮守府で建御名方が暴れ出したらしい。
あたしは横須賀基地に併設されたアイギスの格納庫へ急いでいた。
そんな緊急事態だというのに、あたしは昔のことを思い返していた。つまらない話だ。
***
あたしがOSドライバー候補生になって技官学校に入ったその日に、頭の中に描いていた光景が崩れ落ちたような気がした。
どいつもこいつもヘラヘラしたような顔をして交流を深めようとする。何のためにここに来たのか分かっていたのだろうか?
「よろしく。私はエイプリル。あなたがプリシラね?」
技官学校では全員が寮での生活を強いられる。その寮はたいていが二人の相部屋で、初日に部屋に入るなり彼女はにこやかに手を差し出してきた。
その時すでに学校の雰囲気に嫌気が差していたあたしの答えは決まっていた。
「あたしはあんたと馴れ合うつもりはない」
あたしは一刻も早くOSドライバーとして選ばれなければならなかった。だから、彼女の手を握り返す暇があれば、荷ほどきをしてトレーニングや勉強に費やす方が効率的なのだ。
だけど、エイプリルは食い下がった。
「私たちは将来、お互いを補い合う関係になるかもしれない。その時にお互いを信頼できなければいけないと思うわ」
大人しそうな、どこにでもいそうな女だった。そんな彼女が微笑を浮かべながら、あたしに差し出した手を引っ込めないのだ。ちょっとした恐怖だった。
素早く手を握り返して、形だけの笑みを返した。
「あたしはOSのドライバーになるの。邪魔はしないで」
***
他の候補生と一緒にされたくはなかった。彼らが休日を喜んでいる時、あたしはトレーニングとアイギスのOS戦闘プロトコルマニュアルを使ったシミュレーションなどのスケジュールを組み立てていた。常に開放されているトレーニングジムではあたしが使う器具が自然と空くようになった。
簡単に言えば、あたしのまわりから腑抜けた連中は消えていった。
もちろん、知っていた。そいつらがあたしを変人として扱っていることを。
この国じゃ、OSドライバーは顔も簡単な経歴も開示されている。だから、一度OSドライバーやターンオーバーとして任命されれば、有名人の仲間入りだ。そういう名声とやらを手に入れようとして技官学校にやって来る奴らもいるということを、あたしはここに入って初めて知った。クソみたいな連中だ。
あたしをいつでも支え、奮い立たせてくれたのは、色褪せた家族写真だった。もう二度と会うことの叶わない家族だ。あたしの心はずっと写真が撮られたあの頃に置き去りにされている。
家族とのひとときを過去のものにした異獣を殺し尽くすために、あたしはここにいるのだ、と強い思いを抱き続けることができた。
***
技官学校在籍時にOSのドライバーとして任命を受けるのことは稀だ。たいていは三年の候補生時代を過ごし、アイギスの技官としてキャリアをスタートさせることになる。そこでOSの整備や戦闘サポートのオペレーターなどとして働き、任命の時を待つのだ。
だから、あたしがメツトリドライバーのターンオーバーとして任命され、技官学校とアイギスを往復する生活を送るようになった時、あたしは期待と妬みの両方の視線を受けることになった。
あたしは知っている。
メツトリの正ドライバーが死んだ経緯が経緯だけに、技官学校の連中があたしを〝死神〟と呼んでいたことを。
だけど、そんなことはどうでもよかった。
あたしは異獣を殺すためのステップを一歩一歩踏んでいるのだと実感できたのだから。
***
技官学校を卒業する頃には、あたしはメツトリの正ドライバーの地位を掴みかけていた。実際のところ、実戦を二度経験した。正ドライバーとあたしでは、あたしの汚染耐性の方が高く、リスクを嫌うアイギスとしては、ドライバーの技量と汚染による危険度では、後者の方を重要視していたのだ。
メツトリの正ドライバーはカマラという21歳の女だった。あたしが正ドライバーとして出撃することになったと知って、彼女が見せた安堵の表情をあたしは忘れることができなかった。
初めてのブリーフィングが終わり、彼女を呼び出した。弱々しく微笑んでやって来る彼女の胸倉を掴んで、壁に押しつけた。
「そんな覚悟で戦ってたのかよ、あんたは!」
カマラは抵抗しようとしなかった。諦めにも似たような笑みを浮かべて目を背けていた。
「あのコックピットにいるとね、テイラーの声が聞こえる気がするの」テイラーは戦闘中に死んだ前の正ドライバーだ。「『あなたも私のようになる』って。私たちには死が待っている。それを痛感させられるあの狭い空間が私は恐ろしい……」
「戦って守ることを誇りに思え!」
カマラは小さく笑った。
「あなたもいつか分かる。死を前にしたら、そんなプライドなんてかなぐり捨てるほどちっぽけなものだったんだって」
殴る気も失せて、あたしは格納庫へ向かった。
初めての実戦だ。臆病者に水を差されたが、ここから突き進んでいくんだと決意に満ちて歩を進めた記憶がある。
***
だからこそ、イーサンに日本へ飛ぶように言われた時のあたしは動揺した。あたしが守るべきは母国しかないのに。
おまけに、日本を守っていたドライバーの問題で、その穴を埋めろと言うのだ。それじゃあ、まるでターンオーバーみたいじゃないか。
技官学校にへばりついていたターンオーバー狙いのクズどもの顔が次々と瞼の裏に浮かんでは消えた。
「私ね、オペレーターを目指すことにしたよ」
技官学校の卒業式の一週間前、エイプリルがあたしに打ち明けた。彼女だって、ドライバーへの夢を抱いていた。トレーニングジムであたしの隣が定位置だった彼女。その夢が潰えた目の光は、どこかせいせいしたような響きすらあった。
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