【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

嵩都 靖一朗

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第四章◆血ノ奴隷

血ノ奴隷~Ⅶ

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みかどノ血を継ぐ謎の少年。

その存在をさぐり出したのは、〈血ノ奴隷〉を裏取引する闇ギルドをべし某・秘密結社。
大貴族及び元老院マグナートの誰かしらが密接な関わりを持つとうわさされる。

対するは神教徒の過激派組織パルチザン
反政府態勢を示し暗殺をもいとわぬ手合いだ。

考慮こうりょするかげる表情。
カーツェルを見て察したロージーが告げる。

「監視官の面々は職務を放棄して国外逃亡したそうよ。
 まさか、バノマン枢機卿すうききょうが過激派と通じているとは思わなかったみたいね。
 カーツェル様との契約をちに来るくらいだもの、
 偉大なる帝国魔導師をかかえた軍部の一枚岩にも亀裂きれつが生じ初めてる。
 あのアレセルぼうやが外聞がいぶんもなく寝返るわけだわ」

双方の狙いはいまだ断定出来ないが。
みかどノ血をほっする大貴族及び元老院マグナートの結社と、
その策略を潰しかつ、異端ノ魔導師を引き込みたい過激派パルチザンの構図ははっきりと見えた。

ただし、過激派がフェレンスをどうあつかうつもりなのか。命の保証は無い。
ロージーは一時いっとき前にカーツェルが話した内容をかえりみて会話を続ける。

「カーツェル様なら気付いてはいるでしょうけど ... 」
「ええ。恐らく、私の兄は結社から〈ナンバー〉を与えられています」
「なら ... 過激派の暗殺者アサシンが狙っているのは、あの子なんだし。
 軍警副総監が〈№〉持ちとくれば、旦那様の恩赦おんしゃは確実でしょう?」
「いいえ、ロージー。それはあくまで ... 旦那様が、
 あの少年をおそばに置くの話しです ... 」
「 ... ... え?」

しかしついには言葉を失った。

フロアで見上げてくる少年は、小さな鼻で スンスン と息を吸い。
カーツェルから漂うフェレンスの血の香りを確かめるようにしながら、小首をかしげている。

絶句して青めるロージーをよそに、少年と見つめ合うカーツェルは言った。

「それにしても、何故なぜ ... ... 」

足の先から頭の天辺てっぺんまで見流し。
少年を真似まね、ゆっくりと首をかたむけながら。

何故なぜ、ドレスなのですか ... ... 」

まるでひとり言だった。

思いもよらぬタイミングで話がれてしまうけれども。
まず、どうしてそうなったのかと。
聞かずにはいられないと言うか。

気になるでしょ。普通。

「だって ... だって ... 」

すると、料理長シェフつとめる姉に押しつぶされたままの格好かっこうに加え、
両手で顔をおおいっぱなしの妹メイドが泣き声をらす。

「何を言っても、それしか着てくれないんですもの ... 」
「どうしても、〈ふ わ ふ わ〉が良いんですって。もう、お手上げよ ... 」

気怠けだるそうに起き上がるマリィの捕捉ほそくで、一同、納得。
しばし放心していたロージーも、こればかりは聞き逃さず。立ち直りは早かった。

「 ... ...  ハッ ! そう、それはね? 当然よ、何せこのあたしの見立てですからね ! 」

フンス と鼻息を切って胸を張ると、ブラウスの上のボタンが一つだけ、プツン と飛ぶ。
それを真横で見ていたカーツェルは、とても黙ってはいられないわけで。

「そんな事だろうとは思いましたが、あえて勧めるものでも、
 威張る事でもありません。はじを知りなさい」

口速にいましにらむと、ロージーの大きな身体からだが若干、縮こまる。
その一方で、どうも居たたたまれない気分になる。ローナーは適当に流す素振りをした。

「まぁ、まぁ。 ご苦労だったな ... 」
「って! あんたね!! 塔の上から見てたクセに!!」
「やぁ、だって、俺の仕事と関係ないものなぁ!?」

ところが、次に始まったマリィとのみ合いは皆が無視。
それよりも、涙ながらに立ち上がるリリィのただならぬ様子が気になった。

「それに ... それに ... その子 ... 」

小刻みに震える声。
白くて、小さな、何かをにぎる彼女は唇を噛みめ、顔を上げた。
そして言う。手にしたそれを胸の前に  バッ !! と開いて。

「その子ってば! パンツ!! いてくれないんです ぅぅぅ!!
 何回、履かせてあげても脱いじゃうんです ぅぅぅ!!
 姉さんが! こっそり! 素早く! 
 気付かれないように履かさせてあげても、いつの間にか脱いじゃうんです ぅぅぅ!!
 だから ... だから ... ! いつも、お部屋の真ん中にパンツ落ちてて ... !
 履いてくれたと思っても、いつの間にか落ちてて ... !
 履かせても履かせても、やっぱり落ちてて ... ! もぅ、わたし、どうしよ ぉぉぉ!?」

。゚(゚´ω`)゚。 エ ――― ン !!

号泣。
ウェストのしぼりが真っ平らになるほど広げられたのは、白のドロワーズ。
よく聞くところのカボチャパンツである。
 
「おお ... っと、そうきたか」
「他人事みたいに言わないで!! いてないのよ!? あの子!!」
「やぁ、それくらい何だよ ... 」

フロアのローナーとマリィ。

いたことが ... ないのでしょうか ... 」
「あら ♪ それじゃ、お姫様みたいにクルクル~ ってしたら、
 見えちゃうわね ♪ 〈アレ〉♪」
「はしたないですよ ... 」

踊り場のカーツェルとロージー。

ふわふわのドレスを着て上機嫌な少年だが一遍いっぺんには聞き取れず。
とりあえずは要所をおさえ、こたえてみようと意気込んだ。

「 オ、ヒメ、シャマ ァ ァ ~~~ ♪♪♪ 」

クルクル ~ ~ ふわわ ~ ~ 

「 キャアァアァアァァァ !! お婿むこに行けなくなっちゃいますわ ぁぁぁ!!」

リリィの素早いフォローの甲斐かいあって、
フリル下のモノは見事カボチャパンツでおおされた。
が、皆共々みなともども、我慢の限界だったよう。

「プププ ... クク ... 」

まずは守衛が吹き出した。

「ブ ッ ハハハハハハ ッ !!」
「ハハハハハ !!」

「おい、ソード! アックス! うるせぇぞ! お前ら!!」

「す、すみません ... でも ... ハハハハハ !!」
「ガハハ !!」

次いではメイド達。 

「フフフ ... 」
「どうしてお部屋の真ん中に?」
「わざわざ置いていたのかしら? 抗議?」
「ヤダ、カワイイ ... 」

顔をせ、こらえてはいるようだが、クスクス と笑うたび肩がらいでいる。

カーツェルは待った。
だが、いつまでっても笑い声はえないのだ。
こんななごやかな光景を見るのは、久方ひさかたぶりである。

嗚呼ああ ... フェレンスにも見せてやりたい ... ...

ふと思い、気がゆるんだ。
そんな彼の口元を見ていて、ロージーもまた微笑む。

視線を感じ、カーツェルはぐ様、我に返った。
彼は再び気を引き締めてせきを払い、一同に呼び掛ける。

「お静かに ... !」

軍警の動向をうかがえば、少年の所在を見当付けるくらいの事は容易と見て警戒すべきと。

「旦那様のお帰りまで、守衛は少年のそばを離れぬよう。
 他も例外ではありません。常に複数人で移動し仕事するように。
 いては、料理長とメイド頭の指示を逐一ちくいちたずね受け、
 各自、持ち場を明確にしておくこと」

カーツェルの申し付けを聴き、一人 々 が姿勢を正していくのを見ながら、少年は思った。

「パ ... ン ... チュ ... 」

嫌でもこうかな ... と。

ドロワーズを握りしめるリリィの顔を チラリ とのぞき見れば、
涙でうるむ瞳をひしと開いて耳を傾ける様子に、胸の辺りが チクリ とする。
我儘わがままを言って困らせてしまったという自覚はあるよう。
けれども、話の最中に取り返してく訳にもいかず。

モジモジ ... モジモジ ...

その動作が、また目立つ。

踊り場から言い渡すカーツェルは、終わり頃に一つだけ付け足した。

「それから、少年。 貴方あなたはリリィからそれを受け取り、ここへ来るように。
 わたくしかせて差し上げましょう。 無論、嫌とは言わせません。
 覚悟し、おいでなさい。 ... 以上!」

一言で締めくくるカーツェルに各役が一礼。
彼らはやがて、上役と打ち合わせるべくつどった。

フロアへと降りていくロージーが手を打つと、掃除担当のメイドが。
厨房ちゅうぼうへと戻るマリィの元には前掛けをした男性姿の見習いが二人。
その場で持ち場を言い渡すローナーのそばには、先程まで大笑いをしていた守衛役の二人。

リリィはその場を離れる前に、少年の前でひざをついて優しく微笑んだ。
そして、手にしたそれをあずける。

少年はカーツェルに言われたとおり。
受け取った下着を持って階段を駆けのぼっていった。

ふわりふわりと揺らめくドレスのすそにぎり、
足元を確認しながらやって来る幼子おさなご

目で追うカーツェルは、そばまで来た彼が
少しだけ恥ずかしそうに モジモジ と身体からだする様子を見て向き直った。

すると、たずさえたそれを広げ差し出す少年のほほが、 ポッ 赤く染まる。

黙って受け取り片膝かたひざをついてかがみ込むと、
片方ずつ順に靴を脱がせては、しぼりに足を通てやりつつ。
カーツェルは、ある事を思い出し、気に掛けた。

そう言えば ... シャンテノンでの戦いの前。
フェレンスも、咄嗟とっさき込んだボトムス一枚きりだった気がする ... が ...
その、どうしたのだろうかと。

まさか ... まさか ... 

今更、心配しても仕方がないのに。
主人の身嗜みだしなみに手の行き届かなかった執事役の心、此処ここらず。
顔をのぞき込んできて首をかしげる少年と目が合い、我に返った彼はあらため思った次第だ。

いやいや、それよりも今後、この少年をどうあつかうべきか ... ...

一先ひとまずは相応ふさわしいよそおいをと、腕組み作戦をるとする。

「ふむ ... ... 」
「 フ、ム ?」

こしまで上げた下着のしぼりが馴染まないのを仕切りに気にする少年を ジッ と見て。
ドレスの上から整えてやり。
肩を押し回しては、後ろのリボンをゆるめ、結び直すあいだ

少年もまた、押し黙るカーツェルを観察するかのように視線を ヒシ と見て追った。
彼から漂う ... フェレンスの魔ノ香が心地よい。
カーツェルの肩口で スンスン とぎ取ると、少年は確信を込めて言う。

「 ツェル ! ニオイ、シャマ、ノ ! スル ! ヤッ ... パリ !!」
「え?」

それはきっと、移り香。
魔導装置マギカリウムの動力として使用した魔石が、
フェレンスの血から生成されたものであったからに違いない。


血の恩恵を受ける、従僕じゅうぼくらしいじゃないか ... ...


ある者は言った。

「しかし強すぎます。お陰で、居場所を特定するのも訳無いですが」
「隠すつもりが無いのだろう。この私が、あれだけ勧めた君すら
 〈血ノ奴隷〉として召しかかえることを拒み続けたのだから」
「 ... 自身の血に群がる魔物を狩るが効率的とでも、お考えなのでしょうか」
「一理ある。彼が君を受け入れようとしなかった理由にはならないが」

「 ... ... ... 」

紅玉ルベウスになど目もくれず、彼ノみことと取り引きするつもりなのだ。彼という男は」
「同じ等級に属する身としては、少々傷つきます」
「同じ? ... はてさて、それはどうかな?」
「 ... はっきりと仰って頂けないでしょうか」

ストレッチ・リムジンのキャビンにて向き合う両者共に、視線は窓の外。

「アシェル ... 修道院で長年、彼を世話してきた君よりも、あの少年よりも、
 〈みかどノ血〉がひいでていて比較にならぬ事を、彼は身をもって知り、生き残った。
 無駄死にさせる気にはならなかったのだろう」
「バノマン枢機卿。もう一度、申し上げます。
 はっきりと仰って頂かなくては ... 正直に御仕えする気が失せますので」
「ははは ... 口をつつしたまえ ... 」

高齢の男が笑うと、紅蓮のローブを飾る埋め込みの宝石が妖艶に輝いた。
対して問うは、壮年の修道士。

「あの方は受け入れない ... そうと分かっていて私を差し向けた理由は?
 あの方なら目もくれないはず ... そんな少年に何の憂慮がおありでしょう。
 何故なぜ、自由すら無い〈血ノ奴隷〉の抹殺に ... 御執心されるのですか?」

年齢にそぐわず厚みのある体格。肩口から胸元に垂れ落ちる白髪。
修道士が睨んだ男は口髭くちひげみながら鋭い視線を返し、それでも彼をじかに見ることはなく。
ただ、足元を見下げていた。


史実上。統一に先立ち、根幹をになったのは二十八の国々における最高権力者である。
歴代の王に限らず。所により革命を主導したギルドや民団の筆頭が寄り合い、
地位と国勢の保持につとめた。結果の統一と言える。

安寧をもたらしめる権威の象徴として祭り上げられた
ノ皇帝の血縁は、現在においても国家元首として君臨する。

ただし、政治に関与する事は無い。

建国後、権威と権力が隔絶されて以来。
実際に国を治めたのは統一にたずさわった者達 。
現代の大貴族始祖しそと、彼らを導いたとされる神教の先駆者だった。

 ――― 地上に降る星は神々の意を宿す。

星をみ、神理をて、戦乱をしずめしは〈預言者エレミア〉の偉業。

アレセルの言うところによれば。

「ウォルテアの伝説と、星詠みについて調べてみましたが。
 シャンテの民が地上を去るより以前に決別した同種族であるという説について、
 事実にもとづく文献は何ら残されておらず、略々ほぼほぼ憶測でしかないようです」

賢者ヘルメスの定めた制約を基礎とする法をつかさどり、裁定をになう神教徒こそが帝国の実権を握る。
そう言っても過言ではないのだ。

「仮にそれらの説が正しいのであれば、〈エレミア神教〉を名乗りながら
 聖人の実像を ... 数ある出来事の当事者でもあったはずの預言者の名を、
 秘密にしておかなければいけない理由として、納得は出来ます ... ... が ... 」

護送車両による移動中。
彼の話を聴きながら道先を見つめる。
フェレンスは只々ただただ、無言。

時に視線をせる彼のそばを片時も離れること無く、寄り添う。
アレセルのたくましい腕が、前から、そして後ろから、肩に添えられても顔色一つ変えず。
考え事にふけっているようだった。

ローブのえりあごの先で返し、首筋に顔を寄せるアレセルの吐息を感じ。
ようやっと我に返る。

「すまない、アレセル。聴いてはいた。 そう、教皇ですら〈使者〉と呼ばれているのだから。
 実在するなら、彼ノみことの復活も見通していたはず。知っていて私達を泳がせていたとすれば、
 シャンテと決別した側という説も現実味を帯びてくる ... ... 」
「つまり、フェレンス様を迎えに見えたみかどの側とも言えるのです」

上の空だったくせに。

アレセルは彼の首筋に溜め息を吹き掛け、悪戯いたずらした。
そうしていると、また、フェレンスの顔が下を向く。

「私には、君の考えている事がよく分からない。
 私のことを想ってくれていながら、何故なぜ、私の行くべき道をはばむ?」
「それは ... 貴方あなた様の決めた事が、御自身の幸福に結び付くとは、到底、思えないから ... ... 」

ささくアレセルのくちびるが、みゃくに触れた。
フェレンスは、彼をこばまない。

「そもそも自身の幸福のために生きられない身。そのように生み出されたのだから」
「分かっています。だからこそあらがうのです。
 定めあっての貴方あなた様の生 ... ですが、一度はじ曲げられた。
 ならば何度でも ... そう願わずにはいられないのです。
 貴方様を守り抜いて死したノ騎士のようにとはいかない。
 僕に彼ほどの力は無い。ですから、貴方様がうっかり力を与えてしまった ... 
 あの男に賭けるしか ... ... そうする事しか、僕には出来ないのです ... ... 」

鼻の先で脈をくすぐるようにしながら、寄せた身体からだをフェレンスの胸の前に滑り込ませ。
肩を抱くうでこしの下まで降ろすアレセル。

フェレンスは静かに言った。

「アレセル 、よさないか ... 運転手がこちらに気を取られている」
「〈クワトロ〉の息がかかる者です。喉元のどもとには常にやいばを当てられているも同然。
 あるじが不利になるような情報は身内にすららしません。
 嫌であれば、お逃げ下さい。 僕から ... そして、この帝都に渦巻く陰謀から ... 」

お願いです... フェレンス様 ... 

アレセルは繰り返す。

どうか ... ...  どうか ... ...

しかし、フェレンスの手は胸を押して距離を置いた。

「 ... ... すまないが アレセル。それは出来ない ... ... 」

答えは変わらない。
変えられないのだ。

やはり、僕では ... ...

アレセルの瞳が悲痛を宿す。
そんな眼差まなざしのずっと奥を、フェレンスは見ていた。

立ち込むきりの気配。

嫉妬などといった言葉だけでは収まりがつかない想いが、脳裏を満たした瞬間だった。
鳩尾みぞおちにぶら下がる憂鬱が、フッ と消え去ったよう。
フェレンスの首筋が視界に入り、気付けば歯をき出していたのだ。
しかし理性を失ってはいない。みずからのうで代替だいたいにするつもりである。

ところが、素早く手でさえぎるフェレンス。

心からしたう人の手首が犠牲になったのを見て、
アレセルはうずくまり、身を預けて涙をこらえた。

みかどへの貢物みつぎもののように取り引きされるよ姿を黙って見送る事なんて、僕には出来ない... ...
かと言って、思いとどまらせる事も出来ない ... ...
どうして、僕を選んで下さらなかったのですか ... ...
何故なにゆえ、あの男でなければならなかったのですか ... ...

「フェレンス様 ... ... 」

くしたくてそうしている。どんなにみじめな思いをしようとも覚悟の上だった。
それなのに、がれる人の真意が見えない。
え難きは全てを愛する事すら叶わぬ立ち位置。

あの男には、見えているのだろうか ... ...

思いをめぐらせる程に苦しかった。


〈アレセル。お前は昔から、特殊な力を受け継いだ私に羨望せんぼう眼差まなざしをそそいでいたが。
 お前が異端ノ魔導師に向ける想いの強さに比べたら、他愛ない ... ... 〉

時を同じくして、クロイツもまた思いをせる。

薄暗い樹海の底にひそみ。各自が息を殺して耳をます船内で。
ほのかな光をびて風に乗る、発光植物の花粉が海流を描くかのような光景を見上げつつ。

「何をお考えで?」

辺りを見張る部下の気に触らぬよう、極僅ごくわずか、
息を払う程度にささやいたノシュウェルには目もくれず。
金糸のような髪をまとめるめを外し、
森林の香りをふくませるようにき降ろす指先をひざに置いて。

クロイツは、やがて答えた。

「弟の事だ。... 貴様等きさまらからすれば私と比べても、
 あれの方が至極しごくまともに見えるのだろうが。
 あれはな、昔、重大な罪を犯しているのだ。 
 裁かれずに済んだのは、フェレンスと関わった事を良しとしなかった
 教会の働きかけがあったせい。私は最近、知らされた ... ... 」

「そりゃあまた... 重い話ですなぁ ... 」
「後悔を重ね打ちひしがれるが良い。おろか者め」

 「あ ... はい ... 」

たずねたからには黙って聞けと。そういう事か。
一蹴いっしゅうされてノシュウェルは項垂うなだれる。

「フェレンスに絶対服従の精霊よりも。
 もしかするなら、奴を友と呼ぶ ... あの男よりも。
 おのれを投げ打って生きてきたのやも知れぬ。亡き母に対し何も出来なかった分 ...
 義理の母と妹のため、地下墓地に安置された死人の身を
 心臓をえぐっていたという。あれの行いを正すことで死にかけた
 ノ魔導師の存在は、あれにとって ... アレセルにとって ... 」

「悪魔に手渡す最後の心臓であるずだった ... 
 自身のそれをささげるに相応ふさわしい ... って、やつですかな?」

「 ... ... ... 」

「 ... え。と言うか、それと言うのは、もしや ... 例え話では!?」

「「「 シィ ーーーーーーーーーーーーーーー ッッ !!」」」

想像して思わず語尾が強まり、大声を発するノシュウェルを皆が一斉いっせいにらんだ。


人をした末裔まつえい身体からだは、人と同様にもろく。
魔力を宿す血が通っていようと、多量に失えば疾患しっかんを生じるのも当然。


「元が硝子ノ宮ガラスのみやで育成された練生体れんせいたい
 その場を追われて以来、彼の身体からだは時を刻むようになった。
 人よりはるかに長寿とは言え。そんな彼が我々の目の届かぬところで瀕死におちいった ... 
 あの日。彼を生かすためにおのれの心臓をささげると申し出た〈生贄いけにえ〉が、
 まさか寝返るとは予想外だった」

枢機卿すうききょうくらいを示すくれないの衣が、車内灯の明かりにつやめく様子を見ながら聞く。
壮年の修道士は軽く溜め息をしてつぶやいた。

「 ... 問答無用ですか ... 」

問い詰めを聞き流されたかたち。

「彼の鼓動を補助する〈生贄いけにえノ心臓〉が、彼と行動を共にしては意味をさない。
 もっとも、彼に生贄を魔導兵として従える気があったなら、別の話だったがね。
 我々のもとを去る事の危険性を知っていて ... つ裏切りを働いたのは、
 我々の動きから〈みこと〉の意向を悟ったからだろう。あれは、彼の不利益に敏感だ」

あきらめ本題にう。修道士は支度を始めた。

みことと疎通する若者の足取りがつかめるまで、待ってもいられない訳ですね。
 なるほど。 ... 向かわせる予定の信者を開放してまいります」

おびき、肩口から腰元こしもとまである隠しめを外せば前開きに脱ぎ着可能な羽織りローブ。
修道士のよそおいいでは目立つため。
タイトインナーの内にロザリオをしまって、黒革のジャケットをたずさえる。

「彼女のいだく絶望の種子が我々の救いによって華開き、
 世界の修正をたさんとす〈救世主メシア〉の再生をうながすだろう。 
 アシェル ... 君の〈紅玉ルベウス〉で美しく染め上げてくれたまえ」

車外に出て背筋を伸ばし、彼は答えた。

かしこまりました」

サンディブロンドの短髪が、帝都を吹き抜ける風になびき立つ。
 
 
 
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