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第四章◆血ノ奴隷

血ノ奴隷~Ⅵ

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まぶたを閉じれば、自然と浮かぶ。
想い出の中にたたずんだカーツェルは、真冬の修道院、裏手にて、呼び鈴に手を掛けたところ。

士官学校、在学中。
学部の冬季休業時には毎年、憂鬱ゆううつともなった。

「今年もいらしたのですね。お父上様には、何とご説明を?」
「いつもと変わんねーよ。軍事研究の手伝いって事にしてきた」

「公爵家ご子息でらせられながら ... よくも毎年、同じ手が通用するものですね」
「あの一族にとって俺や親父なんかは、なるべく内輪事に関わって欲しくねー人間だからな。
 親父も分かってて、止めやしねーのさ ... 」

「年末年始くらいは、お顔見せなさるのでしょうね?」
「さぁて。どうすっかな」
「さすがに叩き出しますよ? 私達も、忙しくなりますので ... 」
「あっそ、じゃあ適当に飲み明かしてくるわ」

「 ... 帰れよ 」
「 あ?」

「いえ、その。あきれたお方だなと」
「聞こえてんだよ。とぼけてんじゃねーぞ、毒吐き修道士 ... 」

大きなボストンバッグに必要そうな物、一式を詰め込んで押し掛けて来るのが恒例こうれい化。
無視すると、公爵邸使用人達が彼の世話を焼きにおとずれ、面倒なので。
例年通りの対応で済ませたい。

院内の薄闇に映える、白土しらつちのフードローブと短髪のサンディブロンド。
先を行く壮年そうねんの修道士は、敷地のずっと奥まで続く回廊の手前で立ち止まる。

「現在、収容所は無人です。が、散らかしたりしたら、お解りですね?」
「そこの庭池で水行すいぎょうしてもらう ... だっけ?」

「それと、あの方は ... まだしばらくお戻りになりませんので。
 暖炉の火入れや炊事等、ご自分で ... 」
「あぁ ―― 分かってる。置いてもらってる間は朝夕の礼拝にも行くし。他に何かあったか?」

「 ... ... いいえ 」

話を聞く襟留えりどめを外すカーツェルは次に、肩の雪をはらった。
すそかかとにまで届く、軍指定ダブルロングコートは厚手のウールが採用されている。
特殊加工により、撥水はっすい抜群ばつぐんなので。
溶けた雪は玉のしずくとなり、転がるように落ちていった。

他に話す事は無い。

軽く礼をして引き返して行く修道士を見送ったのち
カーツェルは一人、雪景色の回廊を歩く。

フェレンスのため、いつも仕入れの肩代わりをしていたのは、あの男だったか。
地方へ派遣されることの多かった異端ノ魔導師の、世話係を言い付かった人物と聞いているが。

叙階じょかいを辞退してまで付き添っているらしいとのうわさを聴くと、
もしや男色のでもあるのではないかと、うたがいたくもなる。
しかし、そういう素振りは一切、見たことがないので。

フェレンスへ向けた純然じゅんぜんたる関心からなのか、単なる人嫌いか。
実のところ分かりかねる。
誰に対しても冷たい態度をとる男であるがゆえだった。

かたや、何十室もある収容所にたった一人。
住まわされているの魔導師はどうだろう。
大抵の事には無関心なのだから、考えたことも無さそう。

両開きの扉から入り、正面の螺旋らせん階段を登るあいだ、カーツェルは草々そうそうと思いめぐらせた。
例の部屋は五階の右、二部屋目。

「相変わらず、殺風景な部屋だな」

ドアを開くと、いつも思う。
広いテーブルと一対いっついの椅子。それから、大きくて長いチェストがあるだけ。
真向かいには一つきりの格子こうし窓。カーテンすら無いのだ。

おもむろにバッグを置いて箱の中を見れば、霊草ハーブ
薬品らしき液体の入った小瓶、古びた本、器具、紙、インク、鉱石標本 ... ...
何もかもがゴチャゴチャと詰め込まれているのだから、しかめっ面もしたくなる。

ふたを閉じ、まずは深呼吸。
意を決したカーツェルは立ち上がり、コートを脱ぎはじめた。

やはり今年もかと。

それから数日後。任を終えて戻ったフェレンスは思うのだった。
自室のドアしに、暖炉火の音を聴きながら。
しばらくは ... 握りに手を掛ける気も起きない。

なか呆然あぜんと立ち尽くしていると、突然に開くドア。

夕暮れ時、黄金こがね色のを浴びたフェレンスは、少しだけ目を丸くする。
だが、ぐに目元をしぼり上げ、驚き ワッ と声を上げる影の姿を確かめた。

「な、なな、何だよ、びっくりするだろうが! 居るなら居るって言えよな!?」

勝手に泊まり込んでおきながら、何を言う。

フェレンスの無表情から、言いたい事の察しはついたらしい人影。
彼は弁明するでもなく横を通って、部屋の外に干し掛けていたシーツを取り込み戻った。

次いでは、立ちっぱなしだったフェレンスの肩を引き込み、背を突っぱねて部屋に押し込む。

「自宅に帰りたがらないお前の事だと、予想はしていた。
 しかしカーツェル ... 何故なぜ、毎年ここなんだ」

あきれられたところで、何とも思わない。
目も合わせぬまま、無言で叩き出されていた頃に比べたら。
言葉が返ってくるだけで ... ... 嬉しい。


再び走り出した車中、カーツェルはうずくまり手で顔をおおった。
ほんの数年前の記憶だが。感慨かんがい深く、意識が同調する。


「お前こそ、どうしてそんな、どうでもいい理由なんか毎年聞くんだよ?」

まともに答えてやるつもりは無かった。
シーツを椅子に掛け、ふくみ笑いを見せつけるのも彼なりの思慮しりょ

伊達だてつね日頃、異端ノ魔導師の攻略にいそしむでも無し。

教えてやったところで、関わり合う機会を増やすまいとする相手の事。
接触をこばむための手掛かりを与えてしまうだけ。

「先にたずねたのは私だ。質問に答えなさい ... ... 」

返されても知らぬ素振りで。
暖炉上のポットを取り、テーブルに置きながらカーツェルは思う。

共に居る事の心地良さを、少しずつでいい ... 覚え込ませて。
いずれは、何があっても手放したくない存在であると認識させてみせる。
俺の言うことを少しでも聞けるようになれば上出来だ。

とでも言えばいいのか?

正直に話したところで通用しないだろう。
ならば適当に受け流すのが得策。

「まぁ、あれじゃねーの。お前が俺の部下になるつもりは無いって言うから?
 つまり、えーと ... 友達ダチって言うか、お互い譲歩じょうほし合ってこうなったワケだしな」

ところがだ。言い終わる手前。

「だから、もっと親しみ合いたいなーとかさ」

「私は思わない」

シレッ として口をはさむフェレンスにおったまげ。

「お前が俺に聞いたんだろうーが。ソコ、俺が言わなきゃないトコな。最後大事。分かる?」

言われるような気が、しないでもなかった。
カーツェルは割りと冷静に、淡々と言い聞かせながらめ息する。

「 ハァ ... ... まぁ、いいけどさ。俺だってたまには息抜きしてーんだよ」
「息抜き? こんなところで?」

「出来てるよ? 息抜き。お前と話すの面白れーもん」
「よく言う。気に食わなければゴネるじゃないか」
「それはそれだもーん」

そうして、カップを取りに行く片手間に台拭きを畳み直しつつ、彼は思った。

だって、こうでもしないと ... ... 

うつろな眼差まなざしをせると、手元の動作がにぶる。

「よし。じゃあ次は俺の番だよな」

けれども気を取り直して洗い場から戻ってみると。
気のくフェレンスは、部屋を見渡して茶葉の入った瓶を探している模様。

しまっておいたものを、どうして、わざわざ出して並べるんだ。
なんて話には、今更ならない。

フェレンスからすると、呼べば出てくるように仕掛けておいた箱に放り込んでおくだけ。
何の不便も無いのだろう。 ... けれども。
それでは一緒に暮らしているこっちが困ると説明済み。

しかし、この話だけは別なのだ。

「さっきも言ったけど。どうして毎年、同じことを聞く?」

瓶を見つけて手に取ったフェレンスは、何故なぜかいつもと様子が違った。

何、その顔 ... ...

少しだけ恥ずかしそうに、二度、三度、手元とカーツェルのあいだを行き来する視線。

珍しく戸惑とまどってんじゃねーよ ... ...
あ、でも、ちょっと待て、俺もか ... ...

人のことを言えない自分に気付かされる。
悪戯いたずら心をくすぐられた。

「俺の顔を見るのが、そんなに嫌か?」
「 ... ... いいや」
「 フ ー ン 。 なら、どうして?」

「 ... ... お前が、毎年、有耶無耶うやむやにして答えたことがないから ... ... 」

聞いた瞬間、腹の底が ゾクリ と震える。

それって、つまり ... ...

「気になってた?」

確かめると、黙って一つうなずくフェレンス。

例え辛いことがあったって、どうでも良くなる瞬間。
これだからやめられない。

びない男の知られざる心情をあばき、手懐てなずけることがそもそもの目的だったはずなのに。
意外な一面を目にするたび、増していく愛着。

どんなにあきれる事があっても。
どれだけあきれられる事になろうとも。

くせる。くしてやりたい。そう思える相手。

何度でも言おう。
あの日、一目見て思ったのだ。
こいつならと。

だが一方的にしてやったところで、受け止めてもわない事には意味が無い。

親愛なる友、フェレンス。
異端ノ魔導師とさげすささやかれる亡国ノ末裔まつえいよ。

もし、お前が善悪の見境みさかいなく命をけねばならぬと思う、その時が来たなら。
り立てているのは、大勢の命を救う反面、同じだけの命を奪いもする ... お前の力と知識だ。

望んでもない、死に方だけはするな。

まるで空でもながめるように、上辺うわべ意識を見上げる心の底のお前は、
それが己の意志ではないということに、気付いているはずだろう。

なのに ... おのれを捨てることすらいとわぬ。

そんなお前を止められる者など、この世には存在しない。
ならば自分がり代わろう。

カーツェルは、そう考えたのだ。

無理矢理にでも押しかけて、茶を飲み、ゆったりとした時間を共に過ごしながら。

「さて、相変わらず軍用食レーションばっか食ってんだろ? 何か作ってやるよ」

節介せっかいなんか焼いてみたり。

目を離せば、自分もやってみようかとナイフを握るフェレンス。
そんな彼の様子を物影からのぞいてみては。

〈 プルプルプル ... ... ... スコォ ―― ン !! 〉

手元から危うい音がした瞬間。
け寄って、人参もナイフを取り上げて。

「やめろ。やめだ。止めてくれ。やめよう ... ... な?」

せっかく上手く切れたのに ... とでも言いたげな顔を見るなり。
また何とも言えない気分になりながら。


偉大なる帝国魔導師が、人参を切らせてもらえないくらいでヘコんでんだから世話ねーや ... ... 


カーツェルは笑った。
あの時のように、簡単にはいかないだろうが。

やるしかない ... ...

決意を新たにまぶたを開く。
と、そこは車中にあらず。

見覚えのある黒大理石の天井を、ぼんやりながめ、思い返しても。
この場にいたるまでの記憶は無い。

何度目だろう。

車中で寝てしまったのか。
意識が朦朧もうろうとする。

チャプン ... としたたる水音を聞いて、ようやく自分が風呂にかっていると気付いた。

おぼれてないわよね ... 良かった。 あんた車で気を失ってたのよ~?
 揺すっても起きないもんだから、勝手に脱がしちゃったわ~。
 前にも増して、イイカラダになったじゃない ... ? 旦那様とは、その後どうなの~?」

背後から声がして、ぐったりと重い身体からだひねって見れば。
仕切りの隙間から、こちらをのぞき見るロージーの姿。

「気持ち悪ぃ言い方すんじゃねーよ ... つか、検問は大丈夫だったのか?」
「何事も無かったワケじゃないわね~。
 買い取った霊草ハーブをしこたまき詰めて、
 旦那様が作り置きしてくれた冥影符インビシブルを使ってみたけど。
 役人の、あの様子... 間違いなくあんたに気付いてたわ~。
 どうして通してくれたのかしらね~。あんた、心当たりあるんじゃないの~?」

「 ... 兄貴の差し金だな。こういう時だけ面倒見の良い野郎だ ... 忌々いまいましい... 」

「あら、あたし達なんかをあてにするような御坊おぼっちゃんが生意気じゃな~い?
 まぁ、今にはじまったコトじゃないって分かってはいるんだけどね」

立ちあらため、アラベスク模様の金淵がほどこされた硝子ガラス戸を開き、湯気の中へ立ち入る。
ロージーの手には何かが握られていた。

「しかし、この草だらけの湯船は何なんだ ... 」

ついでにたずねると、大理石の継ぎ目を見て辿たどりながらの返答。

「旦那様のヒーリングレシピ通りに取り分けた霊草ハーブよ。
 冥府ノを宿したあんたの身体からだにいくら耐性があったって、
 覚醒からの神化を重ねるごとに魂をかされてるんだから ... 
 調整もせずに過ごせば不具合が生じるのは当然。
 時々他人の夢を見たり、記憶や言葉が頭に浮かんで混乱したりね。
 精神回路の異常なんですって」

「 ... ... どうして、お前が知ってる?」
「あんたなんかが、どんなに頑張って隠したところで ... 旦那様はお見通しなのよ」

あいつ、いつの間に ... ...

大きく息を吐き出しながら横髪をき上げ
バスタブのふちに腕をかけると、あきれ顔をしていたはずのロージーが笑った。

「あーあー。 笑えよ ... ったく ... 」

開き直りもはなはだしく、湯船から両足をね上げ肩を沈める。
カーツェルの不貞腐ふてくされ顔は見ものだ。

天井をながめる彼の視界にあえて押し入るロージーは、なお薄ら笑いを見せつけるかのよう。
まるでお子ちゃまよねーとでも言いたげなのだ。

お陰様で。

カーツェルは手にすくい上げた葉を千切り取って、
しゃくさわるその横っつらに ベッチン と貼り付けてやるくらいには気分を損ねている。

「でも、あんた ... 少しは強くなったんじゃない?」

だがおどろいた。

「上辺だけなんて、腹の立つ言い方だったけど。
 旦那様の本当の気持ちを感じ取れる人間なんて、そうはいないもの」

胸の真ん中を指で突いて話すロージーの瞳は、穏やかさをたたえた瑠璃るり色。
思わぬ激励に言葉を失ったカーツェルは次に、胸を差す手がたずさえた黒い生地を見る。

広げ取り出されたのは、くれないに輝く一粒の魔石だ。

「旦那様の〈血〉よ ... 今からあんたの精神ここに蓄積した
 瑕疵かしを洗い流しますからね。大人しくしてるのよ? いいわね?」

組み積まれた壁石の一部が薄っすらと発光し、手前に浮き上がったところ。
細かに刻まれた複合陣の中心にあかいそれを収めるロージー。

継ぎ目をつたい広がる光はやがて、あおみをびて強く輝き。
幾箇所いくかしょに仕込まれた法陣を起動させる。

誘導放出により生じ、直線を描く光子。
まじわる点から派生した円陣が、次々と宿す印文。

宙に浮くそれらを見て、フェレンスの義球オブジェクトを連想した。
そうして静かに瞳を閉じる。

フェレンスみずからが仕込んだ魔導装置マギカリウムなら、案ずることは無い。

はしから凍てつきはじめる湯船と身体からだしもが立ち。
睫毛まつげの先からこぼれても。
カーツェルは動かず、身をゆだねた。

麻痺まひした感覚と意識に走る亀裂きれつ辿たどり、浸透する治癒法。
正常化にともない沸き起こる心身の熱によって再生した彼の炎は、いつにも増してクリアに見える。

バスルームのすみに居て見守るロージーは、
ユラリ ... ユラリ ... 揺れる蒼炎そうえんながめつつ、安堵あんどした様子で微笑んだ。


報道によれば、公会議に召喚され審問を受けている頃。
リリィの用意した衣服を受け取ったロージーが、あらためて近況を伝えた。

身体からだに貼り付いた霊草ハーブをシャワーで洗い流しながら聞く
カーツェルには、もう疲れの色など無い。

丹念たんねんに水気をぬぐった彼は、長い黒髪をき手早くい上げる。

その後姿を見ていたところ。
えきれずにれる独り言。

「う~ん♪ やっぱり、あ・た・し ... 
 どっかのヤサグレ御坊おぼっちゃんより、こっちの方が断然、好みだわぁ~」

すくみ上がる肩を自らの手で抱きながら、ほほを赤らめ惚れ々ほれぼれとする。
そんな〈心だけ乙女〉を鏡しに チラリ と見流しつつも。
置かれた衣服を着用するまで、カーツェルは無言だった。

シャツのめを掛ける手つきは、きびきびとして素早い。
クロスタイをえりに通した彼は、前端まえはしすそを引いて整えながら先にめ。
燕尾えんびのジャケットに サッ と袖を通してからベルトをしぼる。

そでは、カフスをつまみ前方に腕を張る2ステップで正し。
あごの真下にタイの中心をそろえるのは、両肩をえたあと

一見、ただ急いでいるだけのように思えるが。
動作による乱れに配慮した、順当な着込みと見受ける。

以降は手袋をはらい、め、鏡の前に置いた片眼鏡かためがねを取って眉間から下ろす流れだが。

ことほか、関心した。

偉大なる帝国魔導師の従者じゅうしゃとして相応ふさわしきを
演じるにあたり、身につけたと思われる卒無そつなさにしろ。

別人のごとく心を入れ替えてまで一人の友人におうするなど
普通であれば考えられないような身の振り方。

時により、変貌へんぼうする彼の ... この瞬間にかれるのだ。

「さあ。支度を急がなくては。あなたの言うヤサグレ御坊おぼっちゃんの親族と、
 その側に寝返った不届き者の思惑通りに事が運ぶなら、議論が長引くことはありません。
 本公判まで、旦那様は自宅謹慎きんしんを言い渡され、今夜か明日にでもお戻りになるでしょう。
 処罰されるか、恩赦おんしゃを受けるか。いずれにせよ 、裁決が下されるまでは身分を保証される訳ですから」


帝都の幽霊屋敷と言えば有名な話。


使用人を演じるは、屋敷のあるじに絶対服従の精霊たちである。
そして、あるじの留守等、場合に応じ精霊たちを取り仕切る権限を ... 
唯一ゆいいつ、与えられたのが彼だ。

自由に変じ行動することを許される精霊は、魔導師との契約をもってのみ、その存在を認められる。
漠然ばくぜんとした思念体ではなく、確たる意志を持った〈使い魔〉として。

――― よって ... 我々精霊が契約を交わしたあるじの他、
    たかが人間、増してや若輩者じゃくはいものしたがう事などは異例中の異例である。

見晴らしに立ち、二階ファストフロアを行く黒の燕尾服テールコートを目で追う守衛の心做こころなし。

見計らってホールにつどう使用人役が向き合い整列したところ。
塔から素早く移動して踊り場に対し向き合ったローナーは、やがて迎えた。

支度部屋ドレッシングルームの渡りを幾重いくえかに仕切る、
重厚なドレープカーテンの分け合いからでたる重役を。

やかたあるじがプライベートを過ごす場であろうと、彼なら私用での立ち入りを許される。

――― それも ... 神々のうつわわり
   あるじと生死を共にする、そう誓った男であればこそ。

各役にく精霊たちは、ホール前の踊り場に向かって一礼し、口をそろえた。

〈お帰りなさいませ、カーツェル様 ... 〉

ローナーは重ね、緊褌一番きんこんいちばんの言葉をべる。

「お役に立ちますよう。何なりとお申し付け下さいませ」

実は、この男。使用人の格付け上はカーツェルに次ぐ第二位。
第三位は自らをメイド頭と自負じふするロージーだが。

目付役の立志りっしを確認していくカーツェルはそこで、第四位の姿が見えないことに気付きたずねた。

料理長シェフは、取り込み中ですか?」

言われてみれば姉妹共に姿が見えない。
するとだ。そばに居たロージーが、見渡した後に思い出す。

「 あっ ! ... そう! 
 カーツェル様のお迎えに上がる前、おチビちゃんの着付けを頼んだっきりだわ !
 でも、何時間もつのに。 何してるのかしら ... あなた達、知らな~い?」

フロアのメイドに答えを求めるも、皆々、左右に首を振るだけ。 
見ていると、カーツェルの目元がすぼむ。

鼻先に漂う何かに感づいた様子だ。

おぼえのある魔ノ香まのか ... ...

ぎ取った彼は、瞬時に察したよう。

「 ... 旦那様のはからいですね?」
「さっすがぁ ~ ご名答よ♪」

その時だ。大広間に隣接する控え室からバタバタと物音がれ出し、
何やら事情を知ってるらしいローナーがあえて顔をそむけたところ。

〈 ガチャガチャ !〉

片開きの持ち手が激しく上下。

〈ダメー!〉
〈 ダメよ!!〉

〈ダメってば!〉
〈待ちなさい!!〉

マリィとリリィの声を交互こうごに聞いた一同一斉いっせいに見やるとだ。

〈 ガチャ バ ――― ン !!〉

勢い良く開けはなたれる扉。

ふわり ふわり。

飛び出してきた幼子おさなごの着るころもすそが、
フロアランプの光しに美しい模様もようかして揺れた。

かたや、止めるに止められなかった姉妹が重なってドアの前に倒れ込むのを見て、ひたいに手を当てるローナー。
ロージーは身体からだの前で手を握り合わせ、キラキラ と瞳を輝かせていた。

幼子おさなごは言う。

「シャマ! ニオイ! スル!」

カーツェルは思った。

やはり ... 貴方あなたでしたか ... ...
 
 
 
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