【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

嵩都 靖一朗

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第五章◆石ノ杜

石ノ杜~Ⅻ

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長く、重厚な低卓ローテーブルの天板には黒の強化硝子ガラス
黒鏡くろかがみごとき卓上に映し出されたひげの人物は、白頭長眉ちょうび小柄こがら老君ろうくん

落ち着かないのか、肩をすくめてうつむく。
老人は彼の質問に対し、こう答えた。

「そんなコト ... わしが知るワケないじゃん?」

ションボリ ... として力無く、実に弱々しい声だった。

「そもそもじゃ。たずねる相手を間違まちごうておるわい」

何を恐れているのだろう。
戸惑とまどっているようにも見えるが。

アレセルは立ち上がり、相手のそばまで歩いて行く。

〈 コツ ... コツ ... コツ ... 〉

靴のかかとが大理石の床をらす音を数えてみると。
低卓ローテーブルはしから端まで、大人の足で八歩。

「なるほど。風のうわさに聞いてはいましたが。
 ご嗜好しこういささか悪趣味ですね。とんだ猿芝居さるばいだ」

相手の真横まで来て、卓上に片手を乗せたアレセルは依然いぜんとして無表情だが。
ゆっくりと握られていく手に力が込められる様子を目の当たりにする。
老人は、密かに汗した。

対して、またいくつか問う。

「では少しばかり質問を変えますので、お答え頂けますか?」

置かれたこぶしは、やがて引き下ろされた。
けれども不穏ふおんな気配を放つ彼は、老人の背後を行ったり、来たり。

「直接的ではないにしろ、〈クアトロ〉にやとわれた事実上の工作員。
 貴方あなたが、その一人である事は分かっているのです。
 風のうわさなどと、あの男に情報を流し続け。
 そればかりか、禁断ノ翠玉碑エメラルド・タブレットを手に入れたあかつきには
 関連する研究活動に参加させてやってもいいと ... ...
 そう吹き込まれ貴方あなたが取引した相手は、あの男だけではない事も」

不安定な息づかい。
強張こわばり震える腹の底からしぼり出されたような、声音こわねの重圧。

「果たして貴方あなたは、誰にとっての二重スパイなのでしょう。
 あの御方おかたですか? ... それともクアトロ? もしくは ... ... 」

吐く息は細く、長く。
吸う息は一度に、早く。

並の人間であれば、危険人物と認識し震え上がるだろう。
だが老人は、あっけらかんとして返した。

「あの魔物小僧キメラこぞうだけは無いて」
「 ... ... そんな事は分かっています」

じゃあ、何で今、言いかけたの ... ...

老人は心の中で思う。
そうして無理やり飲み込んだ。
まずは話を最後まで聞いてみようかと。

アレセルは続ける。

「あの男は、フェレンス様とのめぐり合わせが自身の兄によって仕組まれたものだと知っていました。
 自分に都合の良いよう誰にでも情報をらすような、向こう見ずで口の軽い人物は、
 そこそこ名の知れた〈秘術師〉であるとも聞いています。もっとも ... ...
 記憶の改竄かいざんを恐れ、故意こいに口をすべらせようともとがめる者はいないそうですが」

拍子抜ひょうしぬけしたのか、少しばかり冷めた口ぶりだった。
なのに態度だけは相変あいかわわらず。

「限定的記憶の抹消まっしょう
 あの男がみずから望んで申し出るよう仕向けるまでがクアトロ筋書きシナリオだったのです。
 実行したのは他でもない、貴方あなただ。そうでしょう?
 星詠ノ郷ほしよみのさとに伝わる秘術を受け継ぐ者。水郷ウォルテアノ民。
 オルフォード・ルフ・カルロ ... ... さあ、お答え下さい」

此奴こやつ。またしても言い切りおったわ ... ...

思うところは様々あるし、うんざりもする。
しかし老人は肩で大きく息を吸って、吐くだけ。
決して答えようとはせず、そればかりか話をそらした。

おごりが過ぎるのぅ、若造わかぞう
漏洩ろうえいすると分かっていて、主犯しゅはん正犯せいはんに真意を明かすわけがないとっしゃりたいのですか?」

「違うの」

それ以前の問題よ? と、続けて。
老人は意見する。

アレセルは歯を食いしばって聞いた。

「手順がっておらんのじゃ。諜報ちょうほう活動のすぐれ者であるなら、
 上手くすればられる事を相手に分からせたうえ、引き込むものじゃろうてのぅ」

問い掛けを完全に無視された駄目だめ出しを食らってしまうとはおどろきである。
まろゆたかな口調が、アレセルの神経を逆撫さかなでているよう。
老人はなおも軽口を叩いた。

忘れたの? そんなはずはないよね?

そう、彼のたがはずれてしまったのは、指摘にぐ指摘のせい。

「お主、何をあせっておるのじゃ?」

「 こ っ ち が 聞 き た い !!」

突然のガチ切れ。
だが、老人は動じなかった。

それどころかすずしい面持おももちで茶をすすりはじめる。
今のアレセルに、それら老人の振る舞いをかえりみる余裕は無かった。

目の焦点しょうてんを合わせる事すら難しい中で、彼は言う。
焦燥しょうそう感のにじ言行げんこうだった。

「鼓動で ... ... あの御方おかたの心身のみだれが伝わってくるのです ... ... !!
 何があったのか、知るよしもないのに!! どうにか、どうにかして知りたい ... ... !!

 どうしたら良い!? 少しでもあの御方おかたの置かれた状況を予測し手を打たねばならないのです!!

 公判前、あの御方おかたから水郷ウォルテア伝承でんしょうについて触れる文献ぶんけんは無いかとたずねられました。
 けど、あの時の僕は気付かなかった。水郷ウォルテアに伝わる秘術については知っていたのに!!

 催眠さいみん法の一種。
 深層意識に働きかけ記憶を操作する事により精神疾患しっかんの元を取りのぞく秘術師が存在すると。
 思い出した時、あの御方おかたたずねた理由が分かった。すべて繋がった。

 あの男の記憶が関係しているに違いないのです!!

 でも手掛かりが足りない。
 その昔、行方ゆくえ知れずとなった秘術師とその弟子について調べました。
 弟子に限っては今も存命している可能性があった。
 更に調べると、あの御方おかたと薬品や霊草ハーブを取引し配達を行っていた人物に行き着いたのです。

 貴方あなただ! 

 各勢力と通じる貴方あなたなら、クアトロたくらみについて如何いかばかしかは推測すいそく可能なはず。
 クアトロの狙いが分かれば、あの御方おかた懸念けねんする〈あの男の欠点〉が見えてくるかもしれない! 
 そうでしょう!?」

要するにだ。

うぬが知りたいと言う実のところは、異端ノ魔導師と契約した小僧こぞうの〈弱み〉と言う事か?」

狂っている。

老人の声色こわいろ豹変ひょうへんし、地をしたにも関わらず。
アレセルをひるませるにはいたらない。

「 ... ... そう」

ユラリ ... 立ち返る彼は細々ほそぼそと答えた。

「あの御方おかた仇成あだな要因よういんがあるなら。
 即刻、取りのぞかねばならないのです ... ... 」

けむる街景色に目を向ける彼は、落ち着きを取り戻したかのように見えた。
ところが、よく見れば血の気のない顔色をしている。
激昂げっこうを通り越し卒倒そっとうしていても不思議ではない。
執着、執念、いずれにもとれる強い想いが、その姿を支えているのだろう。

嗚呼ああ ... ... 気が狂いそうだ。あの男は一体、フェレンス様に何を ... ... 」

「狂いそう? これはまた、今更いまさらな事を言う」

すると、茶のうつわを置いて言葉を返す。
老人の物言いは威風いふうたえ、厳格げんかくきわめた。

うぬが気狂いを起こしたのは、うの昔。
 今や限られた自身の寿命をけ、それをしずめたのがシャンテの傀儡くぐつ
 これだけ思い詰めているにもかかわらず、
 きりやまいを発症せずにおるのが不思議と、自分でも思わぬか?
 それもそうじゃろう。うぬが正気のつもりでいられるのは
 〈傀儡くぐつノ心臓〉として機能しておるからじゃて ... ... !」

「僕の大切な人を〈傀儡くぐつ〉呼ばわりするのは や め ろ !!」

末尾まつびまで持たず、声れするほどの拒絶きょぜつ反応。
その時、部屋の片隅かたすみで見守っていたメイドの肩、がビクリとねた。

何のため立ち会う羽目はめになったのだろう。
老人の気掛かりは、彼女にも向けられる。

するとアレセルは言った。あららぐ呼吸をしずめながら。

「僕は知っています。貴方あなたですら僕には手が出せない。
 そう ... ... 僕は、あの御方おかたの心臓なのですから」
「どこまでも生かされておきながら、あわれじゃのう。
 そんな事ではな。知っていたところで、とても聞かせてやれんわ」
 
「 ... ... 」

更に。突如とつじょとして椅背きはいにぎり込んだ彼は、不気味に笑う。
そうして、老人の座る椅子いすが部屋のかべに ガツン! と押し当たるまで力一杯、引くのだ。

正面に立ってかがみ込み、視界をさえぎ凶眼きょうがん
長尾ちょうびの影に隠れたするどい視線を凝視ぎょうしする。
彼の挙動きょどうに危機感をおぼえずにはられなかった。

「やはり ... ご存知ぞんじなのですね ... 」
「おやめ下さい! アレセル様!!」

嫌な予感に押し切られ口走ったのは、立ち会っていた一人のメイドである。

「少し黙っていてくれませんか! リリィ!
 僕は、この老漢ろうかん味方みかたとは思っていないのです!!」
「いいえ、黙りません! だって、だって ... !
 その御方おかたは旦那様から大事なお役目を!!」

「おバカじゃのぅ ... 精霊の娘御むすめごやぁ ... 」

言いかけたところで老人にさえぎられた。
リリィは ハッ ... として口元をおさえる。

アレセルの苛立いらだちは最高ちょうたっし。
ギリリ ... 食いしばると。
引きくちびる隙間すきまから、れ出す歯軋はぎしりの

「では、それもふくめ洗いざらいお聞かせ願います。さもないと ... ... 」

軍警に属する法制管理官の制服に佩用はいようされた、略綬ロゼットを横切る目向き。
老人が実際に見ていたのは、その向こうだった。

黒光りする銃身バレル

彼が取り出した拳銃けんじゅうは、老人のあごの下へき付けられる。
こりゃたまらん。シワシワとしぼみ込む口からこぼれたのは、本音だろうか。

「シャンテの厄介者やっかいものめ、何のためにうぬを生かしたのか理解不能じゃ。つくづく、迷惑な!」
「聞こえていたでしょう? 二度はありませんよ?」

受け流しは通用しない。銃口があごの下をえぐり上げてきた。
今となっては、もう自棄糞やけくそ

わしは記憶の抹消まっしょうなぞしておらん!」

老人は矢継やつばやに言い立てる。

わしが受け継いだのは〈封止忘却ふうしぼうきゃくノ術〉と言うてな!
 記憶を深層へ沈め、意識への干渉かんしょうを防ぐ封じわざじゃ!!
 あくまでも忘れているだけにすぎん! 何をけに思い出すやもしれぬ!
 クアトロ思惑おもわくなぞ知った事か! 一時いっときの不都合を排除はいじょするだけと思うたわ!!」

「つまり、そうではなかったのですね?」

わしは確かにシャンテの厄介者に関する記憶と、矛盾むじゅんが生じるを前後のいくつつかを封じた。
 小僧の兄も事故と言って取りつくろったはずなのじゃ。
 なのに彼奴あやつめ、あの厄介者の存在だけは忘れなんだ!
 いや。小僧の中には自身のそれとはことなる記憶が
 暗号のようにき付いておる! おそらくは、そのせいじゃ!
 引き出せるのは、記憶の持ち主のたましいに触れ、散り々ちりぢりになったそれが元の形をそうとした時!!」

「いやですね ... ... ハハハ ... ... 冗談じゃない。それでは、まるで ... ... あの男が、
 かつて魔導兵としてつかえた竜騎士の記憶を受け継ぐ、生まれ変わりと。
 そう言っているように聞こえます ... ... 」

うぬが言うたのじゃ。推測すいそくせぇとな」

アレセルは言葉を失った。

「あの厄介者。シャンテの中枢ちゅうすうつかさどった者の一人である〈記憶ノ番人〉が、
 何時いつ、何を仕出しでかしおったかはわしにも分からん!
 しかし、あの小僧め。思い出すまでかぬうち、次から次へとアレを好きおる!
 その都度つど幾度いくどとなく封止忘却が発動してきたのじゃ!
 うぬに分かるか。小僧の心の奥底でひしめき合うのは、恋慕れんぼの情ばかりではない!!」

「 ... ... そう、ですね。あの御方おかたむ者への嫌悪感など、数え上げたら切りが無い」

「そっとしておくのじゃ。
 〈神々ノうつわ〉と言うが、魔導兵たる者の本質なぞ魔物キメラと変わらん!
 それがどうにかなってみろ、何が起こるか分からんぞ!!」
 
どうにかなるだって ... ... ?

「 ハハ ... ハハ。ハハハ! ハハハハハハ!! どうにかなる? あの男が!?
 それはそれで好都合ですよ? あの御方おかたが帝都を去り、
 みことと距離を置く決心をしてくれさえすればよかったのですから!!」

「何、じゃと?」

「あの男は僕にとって、もう、用済みなのです ... ... 」

堕落だらくした魔導兵は真正しんせい魔物まもの
契約主けいやくぬしとのきずなを強化し、原形再生の後ろだてとなるくさびノ法が、
契約者によって打ちやぶられる事を意味するのだ。

「お陰様で。クアトロねらいが見えてきました」

落ち着きはらってささやく。
アレセルの様子が打って変わり、ただならぬ空気がただよった。
老人とリリィ。二人は同時に息を殺す。

胸騒ぎ。いわく言いがたし。

「よもや、うぬわるつもりではあるまいな!? 何たる傲慢ごうまん!!
 傀儡くぐつノ心臓に、そんな事が出来るはず ... ... ! ぐ! ああ!!」

老人の胸元をつかみ上げるアレセルの手は、こうを返し。
うでをあてがうや壁に押し付け、首をめ込む。

最早もはや、声にもならない。
リリィは、すっかりと青打震うちふるえるばかりだった。

「二度は無いと言ったはずです」

彼は続ける。

今は方法が無い。
けど、いつかは見つけ出してみせると。

そして、多少なり話を整理した。

「竜騎士ノ記憶が元々あの男の内にあったものかどうか。今となっては貴方あなたにしか見通せない。
 あの御方おかたは、そう判断なさったのかもしれませんね。ただ、それでは単なる生まれ変わりとはわけが違う」
 
そう。宗教的意味合いを込めて言いあらわすならば。
それは最早もはや〈転生〉ではなく ... ... 〈復活〉。

それから、もう一つだけ問い掛ける。

貴方あなたが口を割らずとも連中に始末される事はありません ... ... が、
 ごらんの通り。あの御方おかたが取り付けた話の内容を知る者は、貴方あなただけではないのです」

わかり頂けますね ... ... ?

彼女が口をすべらせた時。
同席させられている理由についてはさっし済みである。
老人の心はらいだ。

物を傷つけようが、壊そうが、買いえるか作り直すだけと思うのが人間。
中でも凶悪とおぼしき冷血漢れいけつかんかっては、
小間使いごとき物ノ精霊など簡単にし折られてしまうに違いない。

呼吸もままならなず意識が遠退とおのく中、老人は思う。

気狂いを起こしても女性へ向ける尊念そんねんに変わりはないらしい。
例えそれが、精霊の仮の姿であろうと。

思いもよらぬり取りを聞いて息をらすリリィは、壁にもたれ。
今にもへたり込んでしまいそう。

だが、やがて気を失った老人の身体からだが脱力しきると、
直様すぐさまに力をいて血流を戻してやっているアレセルのもとまでる。

もしもの事があってはいけない。
老人をたくされたリリィは、そばの長椅子に寝かせたうえみゃくうかがった。

無言で立ち去るアレセルには目もくれず、介抱かいほうするのみ。
そんな彼女の横顔を振り向く退室の間際まぎわに。

何を思ったか。

アレセルの面差おもざしは、逆光によるい影におおされている。
その心情をうかがい知る者は、誰もいないのだ。


上級貴族及び上院議員マグナートの結社に属する権力者、ナンバー4。
クアトロ策略さくりゃくに落ちようが、やつなら切り抜けるだろう。


愛情深い男であるがゆえに。
注ぐ相手が存在するかぎり、くっする事は無いはず。

二人の母を同やまいくし、一時いちじは正気を失っても。
今、アレセルが想いをせているのは良くも悪くも、あの ... ... 異端ノ魔導師なのだから。

状況じょうきょうをまとめ上げ、思いいたる。

それと言うのもアレセル元審問官の裏切りについてだが。
クロイツが言うには、結社のしんの狙いをさぐるためだろうとの事。

「この国、アイゼリアには信教徒過激派パルチザンの連中ですら不都合と思う、何かしらが存在するのだ。
 出来る事なら、フェレンスに始末させたいのだろう」

主従しゅじゅうの契約を断っていたなら、不要だったさくと思われるが。
あくまでも真相は謎のままである。

それよりも不可解なのは、結社の動きなのだそう。

「それを知っていたにしろ、一時いっときとは言えフェレンスを手放すような真似まねをするとは」
流石さすがに、紅玉ルベウスを保護させるためだけ ... ... ではなさそうですな。
 不都合に関係する利害の一致いっちでもあったんでしょうか」

「 ... ... ハァ ... ... 貴様きさまという奴は、つくづく ... ... 」

ぁぁ。はいはい。馬鹿だなって言いたいんでしょ。
口に出して言いかけたが、くちびるこらえる。

気を取り直したノシュウェルは少しだけ見方を変え、こう切り出した。

「ぇぇと。帝都で主従の契約を断とうとしたのは枢機卿すうききょうでしたな」
「手出し出来ぬようアレセルを引き込み、一芝居ひとしばい打たせた事に何の意味があると思う?」

「単に魔導兵を操る異端ノ魔導師の利用価値を失いたくないからでは?」
「アイゼリアに主従を追いやれば利用価値はたもたれるのか?」
「価値がどうのと言う前に、利用する事が難しくなりますね ... ... 」

頭がこんがらがるなぁ。
会話を聞いている誰もが思うところ。

「ううん ... ... ! 自分には分かりません!!」
「安心しろ。私もだ」

何それ。え。何それ。

一同、拍子抜ひょうしぬけ。
カクン ... とひざから力が抜ける。

仕方が無いのは分かっているのだ。
何しろ情報不足すぎて。

「でも、あなたがそれを言っちゃった時の〈してやられた気分〉は格別かくべつだわー」

誰かのつぶやきが聞こえたので振り返って見るが。
彼の元部下達はみな、空気を読んで顔をらす。

仮釈放かりしゃくほうされてもないのだ。
うっかりしたとは言え、出来ればり飛ばされたくない。

その気持も分かる ... ...

元上司として、ノシュウェルもまた沈黙を守った。

すると気が付く。元部下のうち一人が、いつまでも顔を上げようとしないので。
何やらふさぎ込んでいるように見えるが、どうしたのだろう。

ノシュウェルが近くまで足を運んでみると、小さなめ息を耳にする。

同じように気にけていたのは、彼の同期だが。
実を言うと、ちょっと聞きづらくて。

どうしようかなぁ ... ...

なんて思っていたのだ。

何せ、そいつときたら。
部隊の解散後に乗っ取った巡視船じゅんしせん操縦桿そうじゅうかんを握りながら、
自分とクロイツを相手にキレ散らかした意外性の人であるからして。

相手が気をかせるのをしばし待つ。

会話にいたったのは、その場から少し距離を置く相手の視線に呼ばれ、行ってみたのちの事。

「何かね、シャンテノンで失踪しっそうした女の子の件を気に病んでるみたいなんだ」
「そういやぁ、御方おかたから直々じきじきに頼まれてたのはアイツだったか」

「うん。一緒にいなくなった裏切り者とも、それなりに仲良かったしね。
 あえて泳がせる作戦なんて知らされたところで、心配なものは心配なんでしょ」

しかも、音信不通の別働隊には彼の義兄ぎけいが所属していた ... ...

不意に押し黙るノシュウェルの、思うところを見通したか。
一つ二つ、言い残して話を切り上げたのも相手の方だった。

「今さ、考えてる事。言ってやる必要は無いみたいだよ。アイツも、とっくにさっしてるから」

フェレンスに聞かされた事とは言え。別働隊の全滅を立証するのは不可能。
人をかいする憶測おくそくは、あたかも事実であるかのように伝わりやすい事情。
ただでさえ思い悩む。

現状を受け入れるための考察なら、各自にゆだねるのが一番、当たりさわりが無くて済むだろうか。

床板ゆかいたの目を辿たどって歩くかのような姿勢でクロイツのそばまで戻ったノシュウェルは、
腕組みした片方の手で、しきりに自身のあごむ。

気まずそうにする男共をにらみがてら、それとなく目で追っていたが。

隊の中でもっとも責任感の強い人物と言えば、皆が指差すであろう某隊員の気負いとは裏腹。
クロイツの関心は、思わぬ角度からせられていた。

「奴は、貴様きさまの隊の中堅ちゅうけんだな?」

隊員の序列じょれつなんて気にする人ではないと思ったが。どういう風の吹き回しだろう。
はたとして考え事を一時中断し、ノシュウェルは答える。

「分かりますか? ひかえめな性格をしてますが、気立ての良い男ですよ」

真面目すぎるといった話の展開を予想し、高をくくっていたのだ。
けれども、クロイツは不敵な笑みを浮かべる。

たぬきに着せる化けの皮としては、もってこいと言うわけか」

 ... ... ん?

横目で チラリ ... 様子をうかがうなり、意表を突かれた気分だった。
まるで話が見えない。ノシュウェルはたずねた。

「いえ、待って下さい。いったい何の話ですか?」

突然でてきたたぬきが迷子です。

言ってみたところで、クロイツは聞かない。
そうと知りながら、あえて。

対し、皆に聞こえるよう声を張る。
クロイツの声は、今後を案ずる個々の目的意識をり立てるかのよう。

が弟が奴等やつらの側に付いたのは、例の少女のくへを探るためでもある。
 私は、いずれまた帝都へ戻らねばならん。だがその前に、やる事がある。
 アレセルと交渉し、情報を引き出すための取引材料が必要なのだ」

そのため、不本意ながら異端ノ魔導師に取り入るつもり。そこでだ。

貴様きさまらは ... ... どうする?」

このまま西ノ二カ国、ローランド、もしくはハイランドのいずれかに亡命するも良し。
そう言ってクロイツは続ける。

「好きにするが良い」

ただし、この場で決めてもらうと。

何処どこの施設かも知れぬ。
広々とした石造りの応接間パーラーにて、おとずれた選択の時。

中心に向かって数段、掘り下げられた各所にこしを下ろす者は皆。
帝都をだっした時から、たまたま行動を共にしていたに過ぎない。

今となっては、ただの顔見知りといったところ。

おずおずとして、たがいに見合う。
彼らは、やがて心を決めた。

そうして、各々おのおのが順に告げていくのだ。
結果、亡命希望者は十名。

クロイツと行動を共にする。
そう答えたのは、先の話題に関わった二名のみである。

意外と言えば意外。

中堅ちゅうけんだった一人は分かる。 ... が、まさかと思った。

「あの、おっかないのが付いて来るとはおどろきましたね」
「中堅の同期と言うではないか。義理でもあるのだろう」

会合を終え、場所を変えるクロイツに同行したのはノシュウェルだが。

「いやぁ、それが。たまたま二人の会話を近くで聞いてたんですがね?
 そうでもなさそうでしたよ」

先の様子が一瞬だけ思い返される。

『え、うそ ... ... お前も来るの?』
『何、その言い方 ... ... 行っちゃ悪い?』

衝撃しょうげきを受け後退あとずさる話題の男と、うで組みしてにらみをかせる、もう片方。

『いいえ、とんでも御座ございません!』

なんて。聞いていただけなのに声をそろえて言いそうになったもんな ... ...

出来事を振り返るノシュウェルは軽く身震みぶるいし、やがて気を取り直す。

「それはそうと。一つ、おたずねしたい」

対してクロイツはめ息をこぼした。

「元部下たちに亡命をすすめたのは、やはり ... 
 先々に各方面から情報をるための布石ふせきですか?」

チラリ ... となりを見ても、クロイツは無反応。
バルコニーのふち片腕かたうでを置き、森ノ海を展望する。

「誰が勧めた?」

いや、誰って ... ...

「あなたですよ?」

ざわめく樹々。滑昇霧かっしょうぎりしょうじ、湿しめりを吐き出すかのような森淵しんえん

帰郷ききょうあきらめさせたのは分かります。
 例えあなたが、異端ノ魔導師に取り入る事で釈明しゃくめいの機会をあたえられ、恩赦復権おんしゃふっけんしたとしてもだ。
 力の無い者は、それまでに関わった人物や弱みをかせるための格好の餌食えじきですもんねぇ。
 身の安全のためそばに置いておけるのはごく少数。選定は必要だった。
 それに、いたって真面目な元中堅ちゅうけんなんか、奴等やつらや連中が飛びつきそうじゃないですか」

〈化けの皮〉とはよく言ったものだなと思う。

「このままでは布石にもならん。西ノ二カ国はアイゼリアを盾に帝国の顔色をうかがうような食わせ者。
 亡命客を保護させるには政治的利点、国益こくえきを匂わせ、
 いつの日か我々われわれが必要とするやもしれぬ人物であると、思わせなければならぬのだ」

その上、あっさり答えが返ってきたぞと。
ノシュウェルの目が丸々と開いた。

あら素直。認めた。びっくり ... ...

帝国と西ノ二カ国。

双方が同じ事を期待し動くよう仕込み、結果として人材を生かすと同時。
自身も双方の情報をていくのが狙い。

二重スパイの二股ふたまたとは、何て大胆だいたん ... ...

普通であれば消されてしまう。
だが、これからクロイツが取り入ろうとしている相手は、あの、異端ノ魔導師。

先が思いやられる。いくら何でも無謀むぼうが過ぎるのではと。
確かに、これまでもそうだった。

しかし、比較ひかくにならんよなぁ ... ...

随分ずいぶんと目の前が暗くなった気がする。
流石さすがのクロイツも、心做こころなしか素直になるわけだ。


するとそこへ、け付ける足音。


開け放たれた硝子ガラス扉の内側からバルコニーへ向け吹き出す風。
振り向いたのはノシュウェルだけだった。

あおられ棚引たなび窓掛けカーテンを手でけ、あらわれたのは保護観察官をよそおう若者。

「ヴォルトが呼んでます。あの男が明日あすにも動きそうだって」

エルジオだった。
 
 
 
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