【異端ノ魔導師と血ノ奴隷】

嵩都 靖一朗

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第六章◆精霊王ノ瞳

精霊王ノ瞳~Ⅲ

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何となく、聞きづらいだけと思ってたが、どうやらトラウマになっていた模様もよう

「昔は散々さんざん、無視されたからな。
 けど、もう、後戻あともどりは御免ごめんだからさ」

彼のつぶやきを聞いて、フェレンスはうなづく。

分かっていているはずだった。
どの道、取り返しはつかないのだと。

何度も言い聞かせてきたのだから。
自身にも、相手にも。

なのにりない。

たがいの念押ねんおし無くして話は進まないのだ。
さっしたフェレンスが、こうり返す。

「安心していい。もう、そんな事にはならない」

そんな事には ... ... 。



しかしそれは、あきらかな〈うそ〉。



 ――― その魔導兵は恋心の封止忘却ふうしぼうきゃくを繰り返す。
     主人とい、生きるためだけに ... ...



めたおもいを自覚じかくするごと
潜在意識せんざいいしき粛清しゅくせいはかるのだ。

封止忘却ふうしぼうきゃくじゅつはたらくきかけているにぎず。
それでいて彼は、決して〈記憶〉を手放てばなさないため。
顕在けんざい意識が繰り返しをけ始めたとも推察すいさつできる。

何日頃いつからか、心にしょうじはじめた亀裂きれつ

その気配けはいを一番身近みじかに感じ取っていたのは ... ... 彼、
カーツェル自身だったのかもしれない。



つい最近までは同程度どうていどと思っていたカーツェルの体格たいかく
身長は今や、フェレンスの一回りワンサイズ上をいく。

そんな彼の襟元えりもとに手をえ、せる。
フェレンスは次に、こう言った。

「さあ。何を話そう」

まるで民話みんわでも語りだしそうな口ぶりだが。

あらため考えた時にかぎって パッ と出て来ないのは何故なぜだろうかなどと。
返事もたずに話すので、まるでひとり言のようでもある。

耳元で聞くゆるやかな息遣いきづかい、
声色こわいろからは、安寧あんねいを思わす微笑ほほえみみまで想像できた。

すると、カーツェルが声をしぼる。

「取りめなくても良い?」

たいするは余裕よゆうの回答。

かまわない。その方が面白そうだ」

なので一つ 々 ひとつひとつ、思い付いたじゅんたずねてみようと思う。
まずは、気になっていた事からだ。

「ついこのあいだ、お前がチェシャの宝物ぶんげた時さ。
 俺が手伝うって言ったら、何か気が付いた素振そぶりでうれしそうにしてただろ?
 実は、あれすごく気になってた。 ... ... どうして?」

それから、それから。
ひそかに夢見ていた事とか。

「あと、もし ... さ、その。
 もし、コレでお前と遊んでみたい ... なんて、言ったらさ。遊んでくれる?」

時系列も滅茶苦茶めちゃくちゃ

「つーか、本当ホント ... 取りめなくて悪い。けど」

ここまで来ると止まらない。

挙げ句あげくには、餓鬼臭ガキくさいコト言ってんなとか。
本当はすごずかしいだとか。
自分に対するツッコミすらじる始末しまつだが。

「なあ、フェレンス!」

ある時、一歩を引いた彼は思いつめた表情で質問をかさねた。

「あの頃のお前は、俺のコト ... ...
 どう思ってた? 今のお前は、どう思ってる?」

ところが次の瞬間、ギクリ として息く。

なかば自分自身に返ってくる質問ばかりだと。
今更いまさらのように気が付いたのだ。


気不味きまずい。

途轍とてつもなく気不味きまずい。

カーツェルの目が、あちらこちらへおよぐ。
当然、彼の主人はさっし、思いめぐらせるだろう。
しかし言いとどまった。

やや首をかしげるフェレンスの仕草しぐさに視線をられ、見てみると。
もう少し待ったほうが良いか? とでも言いたそう。

カーツェルは何故なぜか、赤面せきめんしていた。

め込みぎて言いたいことの整理せいりがつかないのだと、理解をしめすフェレンスにたいし。
上手うまく言えないどころか、逆に聞き返されたらどうしようなどと考えている。
自身の未熟みじゅくさを痛感つうかんしているのだろうか。

いや、そうではない。

本来であればずべき事。
あるまじき衝動しょうどうを自覚してしまい、泥沼どろぬまおちいっているのが今の彼。
カーツェルの現状げんじょうである。

あえて言うなら。

その余裕よゆうすがり、甘えたおしたい ... ... だとか。

何て不謹慎ふきんしんな。

理性にいさめられ左右に首をる彼は、無言で両の手のひらを見せるようにし。
二度、三度、前に押し出したあと。

待て 々まてまて ... ...

心の中でつぶやいた。
そしてさら後退あとずさりしていく。

どうしたいのだろう。
よく分からないが。

何と彼は、そのまま スッ ... と、退室たいしつしてしまったのだ。
りにも寄って、無言のまま。

〈 は? 〉

自分自身にあきれ、とびらに背中をあずけるように脱力だつりょくしたのはとうの本人。

これには流石さすがのフェレンスも、かたで小さく溜息ためいきする。
ところがだ。り向きもとせきまで戻るみを浮かべる、目元、口元めもと、くちもと

挙動不審きょどうふしんな彼を一先ひとまず見送ったのには理由わけがあった。
たいして時間をようさないはずなので、扉を見つめしばとうか。

するとまた、耳をくすぐる。
極々控ごくごくひかええめなノック音。

フェレンスはふたたび答えた。

「入りなさい」



――― り返すのは、ここまでだ。



それは、カーツェルの心の声。
なのに自分ではない何者かの声が、かさなって聞こえたような。

最早もはや日常的にちじょうてき

カーツェルは気にもめず。
フェレンスが返す言葉にいざなわれ、三度みたび ... 扉を開いた。

かつて魔導兵としてフェレンスにつかえていたという男。
竜騎士グウィンが残した記憶から幻聴げんちょうだろう。

そう思っていたからだ。

彼の主人はおだやかな笑みをたたえた面持おももちのまま。

たいし、取りみだしてしまったことをもうわけなく思う。
カーツェルはとびらかげかくれるようにしながら小声で、こう言った。

「 あ ー そ ー ぼ ? 」

するとついに、言葉をうしなうフェレンス。
だがけっして動じず。向き合った。

彼の内面的本質はおさなころなんら変わっていない。

ずっと、ずっと長いあいだ
無くすまいと胸にしまい込んできたのだろう。
そうと知ったからには、その情想じょうそうきずつけぬようおうじてやりたい。

フェレンスの覚悟かくご相当そうとうなものである。

が、しかし。

「 ナンダ コノ カワイイ イキモノ ハ 」

 ... ... ん? 

カーツェルは勿論もちろんが耳をうたがった。
けれども真顔まがおのフェレンスが淡々たんたんと言いつらねるので、聞くしかない。

仕方しかたがないな。良いだろう、来なさい ... ...

とは、彼の主人の思うところだが。

体格たいかくの良い大人おとなが、物影ものかげかくれて何か言っている。
 一般いっぱんにおいて〈ツンデレ〉と言われるらしい分野ぶんやぞくするであろう男が。
 まるで忠犬ワンコ属性をかくし持っていますと言わんばかりの上目遣うわめづかいなどして。
 うむ。可愛かわいいな。よしよし。めてやろう」

待て 々まてまて待て 々まてまて待て 々まてまて ... ...

これ以上は無理ムリ
らず下を向く彼は、やっとの思いでさえぎった。

待て 々 まてまて。待てって。お前、それ、言ってるコトと思ってるコト逆じゃねーの?
 て、言うか。おい!! 誰が忠犬ワンコだ! 出任でまかせ言ってんじゃねーぞ!」

せられた顔はおそらく真っ赤まっか
何故なぜなら、もう耳まで赤い。

まさかの異端ノ魔導師が。
思っている事だだれだなんて。
前代未聞ぜんだいみもんである。

ところが相手に不都合ふつごうは無さそう。
何せ反論はんろんすらされない。

え。何。どういうコト ... ... ?

カーツェルが恐る 々 おそるおそる顔を上げ、目でうったえると。
フェレンスは素直すなおに答えた。

「私にどう思われているのか、知りたかったのだろう?」

そ う じ ゃ ね ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ ぇ  ... ... 

とは言え間違まちがってもないが。
微妙びみょうにズレているので。

最早もはやどっちもどっちと言うか。
カーツェルの思うところも小声になってれはじめているし。

ない。

執事役しつじやくの大きな両手が。
すっかりとふさいだ自身の顔から熱を感じ取って狼狽うろたえているのだ。

しかしもう、いい加減かげんにしておきたくて。
素早すばや深呼吸しんこきゅうし ススッ ... とせきいた彼は、取りつくろうように調子ちょうしを合わせる。

「まったく、ふざけやがって。
 つーか、もう少しまとめてくれていいんだけどな」

「 ... ... 」

なのにどうして。
だまりり込んでしまった。
フェレンスが。

ああ。もう。どうしたら ... ...

つい先程さきほど、手元にもどってきた父の形見かたみを取り出すカーツェルは、
わせづらい顔をそむけたまま。カードを切る。

ただ会話をしているだけなのに。
何故なぜこうも息苦いきぐるしいのか。

相手の言葉に、何か期待しているのかもしれない。
けれど自分では検討けんとうもつかないのだから、お手上げだ。

たいし、彼の手捌てさばきを見つめながら考える。
フェレンスは次に一言ひとことだけ、こうかえした。


「 愛してる ... ... 」


息のを止める衝撃しょうげき
世界から音が消えた瞬間。

カーツェルの目がくらむ。

何もかも錯覚さっかくだ。
思考力しこうりょくうばった言葉のせい。
まるで不意打ふいうちちではないか。

短く、かぼそ呼吸こきゅうは、喉元のどもととどかずき出される。
その時、脳裏のうりかけめぐった記憶は、誰のモノ?

彼は、そのまぼろしなつかしいと思った。
窓際に立つわかかりし日のフェレンスが白色はくしょくの朝日をにし、こちらをり向く。

事の背景が曖昧あいまい描写びょうしゃ
番人ばんにん流刑者るけいしゃ、帝国魔導師。
いつごろ姿すがたかも分からないのに。

縷々切々るるせつせつと。

その眼差まなざしに想いを込めるフェレンスのみが、只々ただただとうとく。

したわしいのだ。

幻覚げんかくと現実をかさね見る。
彼がわれに返るまで、どれほどの時をようしたろう。

感極かんきわまる一方いっぽう
何処どこからともなくあふれた悲哀ひあい息詰いきづまる思いがした。

一つの言葉にまとめ、あらわした ... そのじょうが。
どういった理由からしょうじたものかも分かっていないくせに。

彼の視線は、やがて深々ふかぶかしずみ込んでいく。

フェレンスは、そう。

無神経むしんけいにも人間らしさをよそおって。
の自分ではられないであろう知覚ちかく変幻へんげん精査せいさし、たのしんでいるだけ。

カーツェルは、そう。

思い込もうとしている自分に気付かない。
彼は引き続きカードを切って、交互こうごくばり会話を続けた。

「いや。それ ... さ、お前。意味とかべつにしたって、友人ダチに使うような言葉じゃねーぞ」

「そうなのか。すまない ... 何せ初めて使う言葉なので」
「へぇ。 ... てか、マジかよ」

顔を上げ見合みあわせると、フェレンスはうなづいた。

うそだろ? 

異端ノ魔導師が言う〈初めて〉を頂戴ちょうだいしてしまった。
彼ノ下僕かのしもべいだいたのは、まさかの高揚こうよう

生きてきた年数も不明確ふめいかく主人しゅじんへの疑念ぎねんではないところが、ある意味、彼らしい。

「お前って案外あんがい ... いや、やっぱワケかんねーよな」

するともう一度、微笑ほほえんでうなづくフェレンス。
だが、それとなくにごされた言葉に気を止める。

かたや、つかみどころのない体裁ていさいかんがみ。
仕方しかたのないやつだなと言って受け流すカーツェルは、気のない素振そぶり。

強くかれる心を、とどめておく必要があった。

錬金術をたしなかんなぎとしてまたたに名を馳せた目の前の有名人は、しずかにつ。
その気配けはいはだに感じながら。
カードをくばり終えた執事役しつじやくり返るのは、このところの日常にちじょう

儀球オブジェクトを立ち上げれば、誰もがひとみかがやかせ、い入るように見つめる。
問診中もんしんちゅうだって窓の外は人だかり。

おもに町の子だが。
時には子をむかえに来たはずの親までくわわっているので。
目が合うなり愛想笑あいそうわらいをして、やりごす日々。

さわがしい時には声をけ、はらうことも。

「こらこら。見世物みせものではありませんよ?」

大人しく退散たいさんしていく子の中に、チェシャがまぎれ込んでいる日もあった。
あの人はおこるとこわいから ... なんてげ口でもしていたにちがいない。

戦線せんせんに立てば、血腥ちなまぐさ攻防こうぼう最中さいちゅうですら夢見る。
これが ... 平穏無事へいりおんぶじらし。

まとはずした銃弾じゅうだんくだく、石積いしづみの削片さくへん
風に流れる機関砲きかんほう硝煙しょうえんくぐっては、血をび続ける。
それが、戦役せんえき時の日常にちじょうであるからして。

小さな夢がかなえられていく今を、この幸せな時間を。
出来るものなら、終わらせたくない。
手元のJOKERジョーカー見詰みつめ、彼は思った。

この切り札トランプを自由にあやつれたら良いのにな ... ...

そうして沈黙ちんもくやぶる。
その口元くちもとからげらたゲームの名は〈Spitスピット〉。

頭脳ずのう理詰りづめだけでは勝てないが、そのぎゃくしかり。
とは言え、反射神経、素早さといった運動能力が高いほど有利ゆうりではあるので。
カードを出し合う位置と、手持ちをならべる距離をたがいいに調整ちょうせいすると言う。

カーツェルの提案ていあんを受けたフェレンスは、彼を ジッ ... と見たまま。
そっ ... と、低卓ローテーブルたて向きに置きなおした。
その上、さら片手縛かたてしばりを要求ようきゅうする。

無論むろん承諾しょうだくしたが。

「コレ、遊びなんだけど。わり本気マジなんだな」
当然とうぜん。それだけ、お前の能力を高く買っているので」

そう言われると気恥きはずかしい。

「けど、何か ... ... 大分だい ――― ぶけてねーか?」

このやり取りも戦略せんりゃくうちだろうか。
あらため引きはなされた間合まあいを見て ハッ ... とした。
この距離だと中腰ちゅうごしいられる。

しかもだ。

片手縛かたてしばりされるまでもなく。
テーブルに片手を付き、き手をばしてやっととどく見立て。
なかなかの鬼仕様おにしようだ。

けれども、そこは彼の主人しゅじん

「これくらいしてもわなければ。お前の本気は引き出せないだろう?」

遊びにいても巧言こうげんかりなし。

上等じょうとうじゃねーか」

受けて立つ ... ...

え無くせられたカーツェルを窮地きゅうちに追い込むまで、そう苦労はしなさそう。
だが、いざ始めてみるとまさに良い勝負。

カーツェルが時を忘れ集中するほどだった。

俊敏しゅんびんさで上手うわてを取り、行けると思った瞬間。
ジョーカーをし込んでくる。
その洞察力どうさつりょく度々たびたび身悶みもだえさせられるものの。
はらが立つほど面白おもしろい。

たいしフェレンスが彼に見せるすきは、
勝負事にかんするそれとは少しちがった模様もよう

何せ年頃としごろの成人男性が夢中むちゅうになって遊んでいる姿すがたを見せられている。
しかも時々、クネクネ とよじってくやしがるものだから、また面白くて。

心がなごめば動作どうさゆるむという理由わけ

手持ちが十五枚を切るまでしばらかった気がする。
最終的に勝利したのは、やはりフェレンスだったけれど。
一度、してから顔をむように頬杖ほおづえするカーツェルは、じつ満足気まんぞくげ


流石さすがは ... 帝国ノ公爵子息こうしゃくしそく無自覚むじかく口説くどき落とし、
魔導兵まどうへいとして仕立したてて上げた男 ... と、誰が思ったか。


闇夜やみよまぎれる気配けはいにも気付かぬまま。
せきを立った彼は主人のそばへとあゆり、たわむれ続けた。

互いのソファーは一人け。
だが、おかまいなし。

背凭せもたれをまたぐようにしてすわみ、主人の背後はいご占領せんりょうしてやるとする。

普段ふだん生真面目きまじめ執事役しつじやくが、退行たいこうしたかのよう。
前に押し出されたフェレンスの背に密着みっちゃくしながら、かたあごを乗せ彼は言う。

「なぁ。手加減てかげんしてたろ」
「気のせいでは?」

「ムカつく」
「私がすきを見せるのは不自然だとでも?」

「だってさ」
「私は ... ただ、何も考えずにれてみたかっただけ」

かっていた。
フェレンスの言い分を聞き出すには辛抱しんぼう必要ひつよう

だけど、今は、大人対応、お休み中、だから。

みついていい?」

遠慮えんりょなく。
いつもより端的たんてきかす。

フェレンスは聞き流していた。
けれども、シャツのえりを立てたりして。
きっちり対策たいさくし続ける。

先日せんじつ、チェシャを泣かせてしまった時。
 お前が昔、話していた事を思い出したので」

「俺が?」
「そう」

かたうわそら
襟元えりもと魔ノ香まのかい込む彼は、思った。

シャツの上からでも余裕よゆうでいけるんだけどな ... ...

話を最後まで聞く前からみ付く事ばかり考えているよう。
そんなカーツェルのほほを爪先でで、注意をらす。
フェレンスは当時をかえり。
思い出の中のおさなき友人が泣きながらうったえかけてくる姿に、声をかさねた。

何事なにごとも、やってみなければ分からないと」

すると息を飲み、静止せいしする当事者とうじしゃ
彼は、耳をませて聞く。

あえてそうする事に何の意味があるのか。
 そう考えた時、当時の私はみ出せなかった。
 しかし、この通り。
 現在げんざい状況じょうきょうことなる。
 ならば今こそ、お前の言う通りに ... そう思った。
 
 記憶は過程かてい、そして結果けっか
 より道筋みちすじ見通みとおすための参考諸事さんこうしょじ

 とは言えぎた事にとらわれると、危険予測がむずかしい道をけがちだ。
 それよりも有意義ゆういぎかつみのゆたかな道が開けていたとしても見落みおとしたりなどする。

 お前は、そういった道の先にあるかくへといざなってくれるような友人。

 賢者ヘルメスもたらした叡智えいちとは全て、人々が切り開き残した記憶からすくい上げ、再構成さいこうせいされたもの。

 お前が切り開こうとしている道に興味きょうみがある。
 お前がのぞむ道を、私も歩いてみたい。

 教えられてみたい。

 そう考えると。
 理由りゆう道理どうりが分からないままだろうが、どうにでもなる気がして」

話のなかばには、かつて見た夢のような日々の断片だんぺん脳裏のうりかんだ。

りし日の姿すがたしげみをき分け、り向き。
べた手を見つめているのは、フェレンス。

やがてむすびついた手と手のぬくもりは、本当に夢だったのだろうか。

時をて決意をあらためたとかたる声は、すずやか。
それでいて力強い。

危険リスクともな対価たいか、行った先にある障害しょうがい災厄さいやくすべて私がはらう」

ああ、また。
人間ばなれしたことを言いはじめた。

定期ていき

聞かされるがわとしては、複雑ふくざつな気分である。

相手は異端ノ魔導師。
もとより世間せけんからけがれかたまりのようにうわさされてきた男の言葉だ。

ある伝承でんしょうによると。
火は神々からぬすまれ、人々にもたらされたのだという。
そのむくいとしておくられたのが、この世をのろやまい悪徳あくとくわざわい。

安息ノ地エデンかこわれた人に心を宿やどしたへびが、みことであるならば。

俺は ... ...

自身じしん幸福こうふく利得りとくのため力を使うようそそのかす悪魔か。
どうあれ、覚悟かくごの上だったはず。

なのに ... ...

カーツェルは思う。
そう、今は、とても強く言える立場ではないのだ。

「だから ... ... 」

フェレンスが、そう言いかけた時。

「じゃあ、ずっと ... こうしてらしていきたいって言ったら?」

つい、話のこしってしまった。

逃避とうひしかけた彼の言葉を、どうとらえたか。
フェレンスは一度、口をざす。

不本意ふほんいだ。

たがいのすべき事、何もかもげ出してしまおうだなんて。
出来できるわけがないのに。

当然とうぜんたしなめられるだろう。
彼は答えをたずに言いくわえた。

「分かってる ... ... 言ってみただけだ」

ところが逆にさえぎられる。

「お前が私のことを、どう思っているかによるかもしれない」

ギクリ ... ...

どうして一々気不味いちいちきまずい思いをしてしまうのだろう。

「また俺か」

うなづく相手のかたし、脱力だつりょく
いさぎよ清聴せいちょうするとしようか。

そんなカーツェルを余所よそに、反復はんぷくべる。
フェレンスに躊躇ためらいの色はない。

「先も言ったが。つまり私は、お前の気持ちにこたえたい。
 厳密げんみつには、目的もくてきたすため力をくす。

 そうさせているのはまぎれもない ... カーツェル。お前だ。

 私は、お前を愛している。

 そして理屈りくつに行きまる。
 あらゆる意味で、どう形容けいよう理解りかいすべきかからない。

 グウィンにはたずねることすら出来なかった。
 疑問ぎもんいだくにもいたらなかったので。

 だから ... ... 」

手に手を重ねられたカーツェルは息急いきせく。

「だから、次はお前に答えてもらいたい。
 教えて欲しい。カーツェル ... ... 」

「やめとけよ ... ... 」
何故なぜ?」

「俺がくるったコト言いはじめないともかぎらねーだろうが」
「その時は私がせる」

「でも ... ... 」
「落ち着きなさい」

安心して。
答えるんだ。

フェレンスは言う。

「お前は、どうして私とともに生きたいと思う?」

「俺が聞きたいんだよ!!」

かたうずくるカーツェルの手は、はんしてひらかえし。
指と指をからめ、やがて強くつめを立てた。

フェレンスが口をむすぶのは、痛みを意識せぬよう歯をめているせい。

カーツェルは言う。

「自分の事なのに。
 めて考えていくうち、頭が真っ白になって」

導線どうせんが焼き切れてしまったかのように。
思考しこうはじけるのだ。

「お前と同じだフェレンス」

答えられないから。
聞けなかったのだ。

実例ケースべつとして。

孤高ノ民ここうのたみ故国ノ番人ここくのばんにん
かつて帝国魔導師をつとめながら、異端ノ魔導師とささやかれおそれられた。

フェレンスが。

話を聞きしたがうどころか、のぞみをかなえてやると言っているのに。
あまつさえ、後述こうじゅついたっては随分ずいぶんと重い意味合いになる。
くされるとはそういうこと。

上出来じょうできなんてものではない。
している。行きぎだ。

つい先程さきほども言いかけたように。

フェレンスは案外あんがいと、いや、いたって単純たんじゅんで ... 純粋じゅんすい

だけど ... ... そんな風に意識しはじめたら、―― ニ ナッテ シマ ― ソウ。


するとはじける。
まるで、意識をつかのように。


このところは、いつもそう。
夢からめた時とている。
 
次には少しだけ気持ちが落ち着いているのだ。

「それに、昔って言うけどさ。
 どうしてそんな話になったのか、お前、おぼえてる?」

フェレンスはだまって首を左右にる。
はっきりと言葉にしないのは、何故なぜだろう。

「すまない。当時は、お前の話を聞き流すようにしていたせいだろうと思う」

びるフェレンスは、また何か言いかけたような。
たいし彼の苛立いらだちは、自身に向けられた。

「お前があやまるコトじゃない。けど、さ ... ... 」

次第しだいに地をう声。
やがてき出されるいきどおり。

「お前の記憶にのこるほど強く主張しゅちょうした内容を、俺がおぼえてないのはおかしい」

彼の言葉は、核心かくしんいていた。

そこまで言うからには、何かしらの葛藤かっとうがあったはず。
それをまさか、忘れてしまうなんて。

この俺が? そんな、まさか ... ...

胸がめ付けられる。

フェレンスとごす時間。
当時は貴重きちょうだったのだ。

そんな大事なことを、この俺が忘れるわけがない。
おぼえていないなんて、ない。

「ローレシアとの思い出だってそうだ」

フェレンスは ハッ とする。
彼は何を言おうとしているのだろう。

「カーツェル?」

名を呼んでも、彼はこたえない。
 
 
 
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