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一章 八月~九月
四 クラブ
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放課を告げるチャイムがなった。「よし、今日はここまで」教科担任の言葉と同時に、週番が号令をかける。皆が帰り支度を整え、掃除のために机を後ろに下げていく。ぼくもその中にまじりながら、
「あれ? なあ、中富、今日、水曜だっけ?」
ぼくは近くの級友に問うた。「ん? そうだけど?」
水曜。クラブの活動日。でも、今日はあまり気分じゃないんだよなぁ。……どうすっかなぁ。さぼるか、出るか。ぼくは掃除の担当区域に向かって歩きながら、そんなことを考えていた。
結局、クラブに出ることにしたのは、活動日が週に三日しかないということ、そして、早々と家に帰っても、なにもすることがないこと、という理由からだった。
ぼくは部室まで、のんびりと歩いていった。
部室のドアをあけると、五人ほどがもう集まっている。「ちはー」ある意味ではクラスのみんなよりもとけ込んだ面々。「おう、久保かぁ」
「今日は集まりがいいですね」
部員が全部で八人だから、ぼくを含め、すでに六人も集まっているというのは、珍しいことだ。「おや、ほんとうだ」部長は回りを見渡して、つぶやいた。
「すごいな。活動時間前から出席率が八十パーセントだぞ。幻想文学研究会創設以来の快挙じゃないか?」
回りの人に尋ねる部長。「確かに」などと相づちをうつ他の人たち。
「幻想文学研究会」なんていうごたいそうな名前はついているけれども、何のことはない、メルヘンだの、ファンタジーだのといった話が好きな人が集まっているだけのクラブだ。
三年生引退後の構成人数は、二年生が三人。一年生が五人。男女比は、男子が三に、女子が五。このクラブの妙に和気あいあいとした雰囲気を、ぼくは気に入っていた。
やがて、残る二人のメンバーもやってきて、それを確認した部長が、「じゃあ、はじめるよ」
声をかけて、
「ええと、今日から、二ヶ月に一回発行している、『幻文だより』の作成に入りたいと思っているんだけれども、これが三年生引退後、初めてのぼくらの仕事なんで、しっかりやってもらいたい。で、今回は何をするか、なんだけれども、とりあえず、今まで三年生がやっていた連載を引き継ぎたい人は?」
「はぁい!」立ち上がったのは、二年生の阿賀野先輩。「あたし、ずっと『幻文レビュー』やりたいと思ってたの」
「じゃ、決まりね。幻文レビューは阿賀野洋子。他に、やりたい人は? 推薦でもいいよ?」
その阿賀野先輩が立ち上がる。「じゃあ、推薦しまぁす。うーんとぉ、『掘出幻文』に、一年生の久保路長くぅん」
何をするでもなしにその様子を聞いていたぼくは、突然の名指しに泡くって立ち上がった。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
しかし、抵抗もむなしい。
「そうだ。幻文研一の蔵書量をほこる久保くんなら、このコーナーの担当は適任だ!」
「異議なーし!」
圧倒的賛成多数という、民主主義の理論ならぬ数の暴力をうけ、ぼくは泣く泣く、堀出幻文のコーナーをやらされる羽目になってしまった。
「よし、それじゃあ、残りの二つのコーナーは指名制でいこう。久保、誰でもいいから、どっちか、やってほしいコーナーにあげてくれ」
……残り二つ、ったって。……さっき、いちばんぼくを推していたのは……
「じゃあ、幻想用語辞典に、敦美先輩を」
先輩のあいた口がふさがらなくなる。資料集めが大変なこのコーナーは、先代からずっと人気がなく、「いい加減やめようよぉ、このコーナー」という部員の悲鳴にも関わらず続いている、妙なコーナーだ。
そして、「はぁい! 幻文クイズ、あたしやりたい!」自薦したのは、同学年の三宅律子だった。
「よし、じゃあ、新生『幻文だより』スタッフ、発表するよ」
部長の言葉に、意味もなく盛り上がる面々。
「えーと、編集長は通例通り、部長のぼくがやらせてもらいます」
わーっ! 拍手と歓声。……嫌いじゃないんだけどね、こういうノリは。
「幻文レビュー、阿賀野洋子、光屋桐子。以上二名。光屋桐子は、前回から引き続き。掘出幻文、久保長路。特集担当、御津村芳恵、峰岸春香。幻想用語辞典、敦美桂子。で、幻文クイズ、三宅律子。以上」
ふたたび、歓声と拍手。それが静まるのを待って、部長は口を開いた。
「じゃ、担当者はそれぞれ次回までにどんなものをかくか、決めておくように。おもしろそうな記事には原稿の枚数を多く割り振るので、自分が目立ちたいと思ったら、いいものを考えて、目立ちたくなかったら、つまらないものを考えるように」
笑い声があがる。
「じゃ、今日はこれで解散しよう」
部長の一言で、ぼくらは立ち上がった。荷物をまとめて、時刻を確認する。
「ちゃー。バスまで、時間があるな……」
ぼくはつぶやいて、バスの時間までどうやって時間をつぶすかを考えはじめていた。カバンを抱えて、玄関までのんびりと歩いていく。
「久保くん、今帰り?」
後ろからかかった声にぼくは振り返り、
「あ、香澄さん」
帰り支度を整えた彼女の姿を確認する。「香澄さんも、今帰りですか?」うん、とうなずく香澄さん。「久保くんはクラブ?」はい、とうなずくと、
「いいなぁ。まだ、そういうことができるって」
うらやましそうにつぶやく。
「香澄さん、今まで何を?」ぼくの問いに、
「補習よ、補習」はあ、と、ため息一つ。「たいへんよぉ。……なんていっても、今まで勉強していなかった自分が悪いんだけどね」自嘲気味に笑う。
「久保くんも、きちんと勉強しておいた方がいいわよ」
「……心します」ぼくは応えた。……考えたくないよ。やっと受験から解放されたばかりなのに。思わずため息がでてしまう。
「……そういえばさ、一学期も、こんなふうにすれ違っていたかも知れないんだね」
香澄さんの言葉に、ぼくはうなずいた。
「そうですよね。気がつかなかっただけで」応えて、ぼくは靴をはきかえた。「あ、ちょっと待ってて。途中まで、一緒でしょう?」
いって、ぱたぱたとかけていく香澄さん。……バス停までいっても、バスがないんだけどな。ぼくは胸の中でつぶやいた。
一緒に歩きながら、香澄さんが問う。
「クラブ、何に入ってるの?」
「幻想文学研究会です」
「へぇ。意外」わずかに驚きの色を見せる香澄さん。「運動部かと思ってた」香澄さんの言葉に、苦笑を返す。「中学生の時は、運動部にいましたけどね」ぼくはいって、あ、なるほど、と、香澄さんはうなずいた。
「香澄さんは、何をやっていたんですか?」
「私? 私は……なんだと思う?」
香澄さんに問われ、ぼくはうーん、と、うなった。確か、音楽関係の大学に進みたい、っていってたよな。
「吹奏楽?」
「残念」にこやかにいう香澄さん。「音楽関係は当たっているけどね」
……音楽関係、か。あと、うちの学校の音楽関係のクラブは……なにかあったっけ?
記憶を掘り返しているぼくの沈黙をどうとったのだろう。「軽音部、なんだけどな」くすり、と笑って香澄さんはいった。「うそぉ?」思わず声がでてしまう。へぇ。なんというか、その……
「意外でしょう?」ぼくはうなずいていた。どうやらそういう言葉はいわれなれているらしく、香澄さんは微笑して、「昔、ピアノやってたの。で、今はキーボード」
へぇぇぇ。ぼくは驚きの声をあげた。「じゃ、やっぱり、プロに?」
うん。と、香澄さんはうなずいた。
「なりたいよね。やっぱり。そういうのって、あこがれる」
小さくはにかむ香澄さん。
「作曲とか、するんですか?」
ぼくの問いに、香澄さんは小さくうなずいてみせた。
「最近、やっとはじめたの。今まで、人がつくったのを弾いているだけで楽しかったんだけど、やっぱり、それだけじゃ、もの足りなくって」
ぼくはうなずいた。「すてきですね、そういうの」
「あ、そうかな?」もう一度はにかむ香澄さん。「なんだか、うれしくなっちゃった。そういうこといわれたの、はじめてだから」
照れくさそうにいう香澄さん。
「……そういえば、香澄さん……」
口を開いてから、ようやくぼくは自分が何をいいたいのかを理解した。夏休みのこと、覚えていますか? ぼくは尋ねてみたくなった。
けれども。
「なに?」問い返す香澄さんを見て、ぼくは問うのをやめた。とてもじゃないけど、聞けるようなことではない。あの日の香澄さんの涙には、たぶん、人にはいえないような事情があるに違いないのだろうから。かわりにぼくは、
「香澄さん、誕生日、いつですか?」
「六月だけど?」応える香澄さんに、「じゃ、車の免許、持っているんですか?」
はっはっは、と、香澄さんは優越の笑いをもらした。
「ひかえおろう、これをなにと心得る?」
冗談まじりに取り出したのは、香澄さんの免許証だった。「苦労したわよぉ。運動神経鈍いから、ずいぶん規定時間をオーバーしちゃったしねぇ」
あはは、と、ぼくは笑いを返した。そして、ぼくはふと思いつき、
「あ、香澄さんの演奏、聞いてみたいな」なにげなしにいった。
「あたしの?」問う香澄さんにうなずきを返して、香澄さんは、「あんまり、人に聞かせられるほど上手じゃ、ないんだけどな」
「あ、じゃ、いいですよ」ぼくは軽く応えた。ただ、思いついたからいってみただけなのだし。
何気ない世間話をしながら歩くうち、とある家の前で、
「じゃ、私の家、ここだから。じゃね」
香澄さんはいって、片手をあげた。
「あ、さようなら」ぼくは応えて、そして家の中に入っていく香澄さんを確認してから、バス停に向かっていった。
今日一日で、今まで知らなかった、香澄さんのいろいろなことを知ったぼくは、なんだかうれしくなって、バスを待つ四十分あまりの時間も、気になりはしなかった。
「あれ? なあ、中富、今日、水曜だっけ?」
ぼくは近くの級友に問うた。「ん? そうだけど?」
水曜。クラブの活動日。でも、今日はあまり気分じゃないんだよなぁ。……どうすっかなぁ。さぼるか、出るか。ぼくは掃除の担当区域に向かって歩きながら、そんなことを考えていた。
結局、クラブに出ることにしたのは、活動日が週に三日しかないということ、そして、早々と家に帰っても、なにもすることがないこと、という理由からだった。
ぼくは部室まで、のんびりと歩いていった。
部室のドアをあけると、五人ほどがもう集まっている。「ちはー」ある意味ではクラスのみんなよりもとけ込んだ面々。「おう、久保かぁ」
「今日は集まりがいいですね」
部員が全部で八人だから、ぼくを含め、すでに六人も集まっているというのは、珍しいことだ。「おや、ほんとうだ」部長は回りを見渡して、つぶやいた。
「すごいな。活動時間前から出席率が八十パーセントだぞ。幻想文学研究会創設以来の快挙じゃないか?」
回りの人に尋ねる部長。「確かに」などと相づちをうつ他の人たち。
「幻想文学研究会」なんていうごたいそうな名前はついているけれども、何のことはない、メルヘンだの、ファンタジーだのといった話が好きな人が集まっているだけのクラブだ。
三年生引退後の構成人数は、二年生が三人。一年生が五人。男女比は、男子が三に、女子が五。このクラブの妙に和気あいあいとした雰囲気を、ぼくは気に入っていた。
やがて、残る二人のメンバーもやってきて、それを確認した部長が、「じゃあ、はじめるよ」
声をかけて、
「ええと、今日から、二ヶ月に一回発行している、『幻文だより』の作成に入りたいと思っているんだけれども、これが三年生引退後、初めてのぼくらの仕事なんで、しっかりやってもらいたい。で、今回は何をするか、なんだけれども、とりあえず、今まで三年生がやっていた連載を引き継ぎたい人は?」
「はぁい!」立ち上がったのは、二年生の阿賀野先輩。「あたし、ずっと『幻文レビュー』やりたいと思ってたの」
「じゃ、決まりね。幻文レビューは阿賀野洋子。他に、やりたい人は? 推薦でもいいよ?」
その阿賀野先輩が立ち上がる。「じゃあ、推薦しまぁす。うーんとぉ、『掘出幻文』に、一年生の久保路長くぅん」
何をするでもなしにその様子を聞いていたぼくは、突然の名指しに泡くって立ち上がった。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……」
しかし、抵抗もむなしい。
「そうだ。幻文研一の蔵書量をほこる久保くんなら、このコーナーの担当は適任だ!」
「異議なーし!」
圧倒的賛成多数という、民主主義の理論ならぬ数の暴力をうけ、ぼくは泣く泣く、堀出幻文のコーナーをやらされる羽目になってしまった。
「よし、それじゃあ、残りの二つのコーナーは指名制でいこう。久保、誰でもいいから、どっちか、やってほしいコーナーにあげてくれ」
……残り二つ、ったって。……さっき、いちばんぼくを推していたのは……
「じゃあ、幻想用語辞典に、敦美先輩を」
先輩のあいた口がふさがらなくなる。資料集めが大変なこのコーナーは、先代からずっと人気がなく、「いい加減やめようよぉ、このコーナー」という部員の悲鳴にも関わらず続いている、妙なコーナーだ。
そして、「はぁい! 幻文クイズ、あたしやりたい!」自薦したのは、同学年の三宅律子だった。
「よし、じゃあ、新生『幻文だより』スタッフ、発表するよ」
部長の言葉に、意味もなく盛り上がる面々。
「えーと、編集長は通例通り、部長のぼくがやらせてもらいます」
わーっ! 拍手と歓声。……嫌いじゃないんだけどね、こういうノリは。
「幻文レビュー、阿賀野洋子、光屋桐子。以上二名。光屋桐子は、前回から引き続き。掘出幻文、久保長路。特集担当、御津村芳恵、峰岸春香。幻想用語辞典、敦美桂子。で、幻文クイズ、三宅律子。以上」
ふたたび、歓声と拍手。それが静まるのを待って、部長は口を開いた。
「じゃ、担当者はそれぞれ次回までにどんなものをかくか、決めておくように。おもしろそうな記事には原稿の枚数を多く割り振るので、自分が目立ちたいと思ったら、いいものを考えて、目立ちたくなかったら、つまらないものを考えるように」
笑い声があがる。
「じゃ、今日はこれで解散しよう」
部長の一言で、ぼくらは立ち上がった。荷物をまとめて、時刻を確認する。
「ちゃー。バスまで、時間があるな……」
ぼくはつぶやいて、バスの時間までどうやって時間をつぶすかを考えはじめていた。カバンを抱えて、玄関までのんびりと歩いていく。
「久保くん、今帰り?」
後ろからかかった声にぼくは振り返り、
「あ、香澄さん」
帰り支度を整えた彼女の姿を確認する。「香澄さんも、今帰りですか?」うん、とうなずく香澄さん。「久保くんはクラブ?」はい、とうなずくと、
「いいなぁ。まだ、そういうことができるって」
うらやましそうにつぶやく。
「香澄さん、今まで何を?」ぼくの問いに、
「補習よ、補習」はあ、と、ため息一つ。「たいへんよぉ。……なんていっても、今まで勉強していなかった自分が悪いんだけどね」自嘲気味に笑う。
「久保くんも、きちんと勉強しておいた方がいいわよ」
「……心します」ぼくは応えた。……考えたくないよ。やっと受験から解放されたばかりなのに。思わずため息がでてしまう。
「……そういえばさ、一学期も、こんなふうにすれ違っていたかも知れないんだね」
香澄さんの言葉に、ぼくはうなずいた。
「そうですよね。気がつかなかっただけで」応えて、ぼくは靴をはきかえた。「あ、ちょっと待ってて。途中まで、一緒でしょう?」
いって、ぱたぱたとかけていく香澄さん。……バス停までいっても、バスがないんだけどな。ぼくは胸の中でつぶやいた。
一緒に歩きながら、香澄さんが問う。
「クラブ、何に入ってるの?」
「幻想文学研究会です」
「へぇ。意外」わずかに驚きの色を見せる香澄さん。「運動部かと思ってた」香澄さんの言葉に、苦笑を返す。「中学生の時は、運動部にいましたけどね」ぼくはいって、あ、なるほど、と、香澄さんはうなずいた。
「香澄さんは、何をやっていたんですか?」
「私? 私は……なんだと思う?」
香澄さんに問われ、ぼくはうーん、と、うなった。確か、音楽関係の大学に進みたい、っていってたよな。
「吹奏楽?」
「残念」にこやかにいう香澄さん。「音楽関係は当たっているけどね」
……音楽関係、か。あと、うちの学校の音楽関係のクラブは……なにかあったっけ?
記憶を掘り返しているぼくの沈黙をどうとったのだろう。「軽音部、なんだけどな」くすり、と笑って香澄さんはいった。「うそぉ?」思わず声がでてしまう。へぇ。なんというか、その……
「意外でしょう?」ぼくはうなずいていた。どうやらそういう言葉はいわれなれているらしく、香澄さんは微笑して、「昔、ピアノやってたの。で、今はキーボード」
へぇぇぇ。ぼくは驚きの声をあげた。「じゃ、やっぱり、プロに?」
うん。と、香澄さんはうなずいた。
「なりたいよね。やっぱり。そういうのって、あこがれる」
小さくはにかむ香澄さん。
「作曲とか、するんですか?」
ぼくの問いに、香澄さんは小さくうなずいてみせた。
「最近、やっとはじめたの。今まで、人がつくったのを弾いているだけで楽しかったんだけど、やっぱり、それだけじゃ、もの足りなくって」
ぼくはうなずいた。「すてきですね、そういうの」
「あ、そうかな?」もう一度はにかむ香澄さん。「なんだか、うれしくなっちゃった。そういうこといわれたの、はじめてだから」
照れくさそうにいう香澄さん。
「……そういえば、香澄さん……」
口を開いてから、ようやくぼくは自分が何をいいたいのかを理解した。夏休みのこと、覚えていますか? ぼくは尋ねてみたくなった。
けれども。
「なに?」問い返す香澄さんを見て、ぼくは問うのをやめた。とてもじゃないけど、聞けるようなことではない。あの日の香澄さんの涙には、たぶん、人にはいえないような事情があるに違いないのだろうから。かわりにぼくは、
「香澄さん、誕生日、いつですか?」
「六月だけど?」応える香澄さんに、「じゃ、車の免許、持っているんですか?」
はっはっは、と、香澄さんは優越の笑いをもらした。
「ひかえおろう、これをなにと心得る?」
冗談まじりに取り出したのは、香澄さんの免許証だった。「苦労したわよぉ。運動神経鈍いから、ずいぶん規定時間をオーバーしちゃったしねぇ」
あはは、と、ぼくは笑いを返した。そして、ぼくはふと思いつき、
「あ、香澄さんの演奏、聞いてみたいな」なにげなしにいった。
「あたしの?」問う香澄さんにうなずきを返して、香澄さんは、「あんまり、人に聞かせられるほど上手じゃ、ないんだけどな」
「あ、じゃ、いいですよ」ぼくは軽く応えた。ただ、思いついたからいってみただけなのだし。
何気ない世間話をしながら歩くうち、とある家の前で、
「じゃ、私の家、ここだから。じゃね」
香澄さんはいって、片手をあげた。
「あ、さようなら」ぼくは応えて、そして家の中に入っていく香澄さんを確認してから、バス停に向かっていった。
今日一日で、今まで知らなかった、香澄さんのいろいろなことを知ったぼくは、なんだかうれしくなって、バスを待つ四十分あまりの時間も、気になりはしなかった。
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