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三章 九月~十月
四 音楽室
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翌朝、母さんにたたき起こされたときには、すでに朝食をとる時間がなくなっていた。夕べの夜更かしがやはりきいたのだろう。ぼくはパンをくわえて、制服に着替えるのももどかしく、家を飛び出していた。ほとんど滑り込みでバスに乗り込み、そして肩で息をしながら、ぼくは椅子に腰掛けた。
ほっと息をついて、まだ半分ほど残っているパンをかみくだく。
「めずらしいね。どうしたの?」
久我が近くによってきて、ぼくに問うた。「文化祭の劇の脚本、書いてたんだ」ぼくはなまあくびをかみ殺しながら応え、そして久我は納得した顔でうなずいた。「ごめんね、めんどうなこと、引き受けさせて」
「久我のせいじゃないよ」ぼくは応え、もう一度、あくびをかみ殺した。
バス停を降りると、中富と志太さんが、こちらにやってくるのが見えた。いつもはあうことはないのだから、彼らがぼくに時間をあわせたのだろう。
「久保、できた?」開口いちばん、問う中富に、「うん。夜中の三時までかかって仕上げたよ」
中富は、ははは、と、笑った。「太陽がまぶしいだろう?」彼の問いに、ぼくは素直にうなずく。「なんでもいいから、睡眠が欲しいよ」ぼくは目をこすり、「今日は、ゆっくり眠るんだね」中富は笑いながらいった。
その日の昼休み。さっそく配役と、もろもろの係りを決める。「久保は、何かやりたいこと、あるか?」問われて、ぼくは「これ以上、何かをやれってのか?」じと目でそいつを見た。
「ゆっくりと、進行状況を眺めさせてもらうよ」ぼくはいって、とりあえず、周囲の喧噪をよそに、目を閉じて、浅い眠りに落ちた。
ねむい。どうしようもなくねむい。ぼくは、放課後の図書室で、半分眠ったようになりながら、本を読んでいた。実際、読んでいることの半分も、頭の中に入ってきはしない。しばらく、夜更かしなどというものとは縁がなかったせいだろう。とにかくねむい。
実際、図書室ほど、居眠りをするのに適した空間はないだろう。本を読むための静寂も、こうなってしまえば眠りを誘ってくれる甘い誘惑でしかない。
うー。だめだ。
ぼくは本を読むのを、ついにあきらめた。半分寝ぼけた頭で、ふらふらと図書室を出る。
なぜだかしらないけれども……いや、理由はわかっている。香澄さんだ……、ぼくの足は、自然と、音楽室へと向かっていた。
当然のように、音楽室の扉はしまっており、ぼくはそれを確認するためだけに、扉をあけようとした。
扉に手をかけて、スライドさせる。当然あるはずの、鍵の手ごたえがないことに驚く間もなく、音楽室の扉は、あっけなく開いてしまった。
そしてぼくは、そこに、香澄さんの姿を見た。今度の香澄さんは、泣いてはおらず、驚きの表情でぼくを見ていた。
香澄さんは……。
ピアノの前に座っている。これから、何かの曲をを弾くつもりだったのか、それとも何かを弾いたばかりだったのか。その手が鍵盤に伸びていた。
その、香澄さんの後ろには、おそらく彼女と同学年だろうと思われる男がいた。彼女の椅子の後ろに立ち、腰をかがめて、香澄さんの肩を優しく抱くようにして。その顔が、香澄さんの顔に、意味ありげに接近しているのは、彼が彼女の肩を抱いているためだけなのか、それとも別の意味があるのか。
……なんだ、そうだったのか。
眠気が、いっぺんに覚めた。
「……久保くん……」
うろたえたような、驚いたような目で、ぼくを見る香澄さん。
怒りか、失望か、それとも……とにかく、ぼくの中でそんな感情が、ぐるぐると回りはじめ、そしてぼくは、頭の中でいっぺんにはじけた感情に、ものをいうすべもなく、ただ呆然と、つったっていた。
そうする間に、男はゆっくりと香澄さんから身体をはなし、平然とした表情でぼくの方に目を向けた。
椅子に座ったままの香澄さんの目は、おろおろと、ぼくと、そしてその三年生の間を往復していおり、ぼくは、その様子を、冷めた目で、眺めていた。
不意に、先日、久我の様子がおかしかったことを思い出す。そのわけが、今、ようやく理解できたような気がした。
たぶん、久我は見たのだろう。この男か、あるいは……想像したくはないけれども……別の男と一緒にいる香澄さんを。親しそうに街中を歩く二人を見つける久我。それで動転して、彼女はあんなふうになってしまったんだろう。
香澄さんは、すがるような目で隣の男を見て、同じような、困ったような目を彼女に向けるその男。そいつは、ゆっくりとぼくに目を向けて、そしてやがて、香澄さんもこちらに目を向けた。
ぼくの中で、時間がとまった。
どこからともなく聞こえてくるいろいろな声も耳に入らず、そして、見慣れた校舎も、ぼくの視界から消えていた。見えていたのは、ぼくと香澄さんの、遠く隔たった距離だけ。
香澄さんと目が合う。ややあって、香澄さんは、ゆっくりと目をそらした。
隣の男に目をやる。彼は、困り顔でぼくを見つめ返し、そして今度は、ぼくのほうから目をそらした。あまりに……あまりにも、香澄さんに、似合いすぎていたから。
彼は、香澄さんの横を一緒に歩いても遜色ないくらいに美形で、背が高くて、そして……。こんなのが相手じゃ、ぼくなんかじゃ、太刀打ちどころか、歯牙にもかけられまい。
ぼくはもう一度、香澄さんに目を向けた。
香澄さんは黙ったまま、うつむいている。香澄さんの右手が、ゆっくりと、その口をおおった。
奇妙な静寂の中で、自分の鼓動をうつ音だけが、やけにリアルに聞こえる。ぼくの手からカバンが滑り落ちたけれども、ぼくはそれに気づかなかった。
「……」
沈黙だけが、ぼくらの間を支配する。
黙ってうつむいたままの香澄さんと、それを見つめるぼく。そして、そのぼくを見つめている、香澄さんのとなりに立っている男。
……彼が、香澄さんのあの雨の日の涙の原因、なのだろうか? ありえないことではないだろう。この二人には、どんなかたちの破局であれ、似合いそうな気がした。……そして、その二人が、やがてもとの鞘に収まる。……これほど、劇的なドラマもないだろう。
なんだか、ぼくは香澄さんに遊ばれていたようで、自分がみじめになってきていた。
言葉が、口をついて出てきた。そんなことをいったって、ますます自分がみじめになるだけだってことは、十分にわかっていたけれど、ぼくはいわずにはいられなかった。
「よく、似合ってますね、香澄さん」
はじかれたように、香澄さんの顔があがった。香澄さんの顔から、血の気がひいていく。蒼白になった香澄さんは、絞り出すように、口を開いた。
「……久保くん……あの、これは……」
聞きたくなかった。そんないいわけなんか、いくら聞いたっておなじだった。そんな、そんな顔をされたって、目の前にあるのは、事実なんだ。人気のない部屋で、二人きりなんて、そんなできすぎたシチュエーションを目の前に突きつけられて、そんないいわけを信じる人間が、どこにいるっていうんだ?
「ぼくは、なんだったんですか?」
たぶん、ぼくの言葉は、冷たく、鋭くとがっていただろう。さらに蒼白になる香澄さんの顔。ぼくは幾分、そのサディズムにも似た感触に酔っていたのかもしれない。
「違うのよ、久保くん……。あのね、この人は……」
ゆっくりと首をふり、やっと声を出しているような様子の彼女の言葉を遮り、
「うそつき」
ぼくは静かにいった。
「そんな人は……そんな人はいないって、いってたじゃないか。……だから、……だからぼくは、ずっと、ずっと香澄さんを……」
あとは、言葉にならなかった。先を続けたかったけれども、感情のかたまりが喉につかえてしまい、その先をいうことはできなかった。
ずいぶんと、ぼくの呼吸は荒くなっていた。けれどもなぜだか、白いのを通りこして青くなってしまった香澄さんの肌と、そして、わずかに震わせている、彼女の身体だけは、しっかりとぼくの目に焼き付いていた。
その場から逃げ出してしまいたかったけれども、なぜか、それができなかった。それを確認すると、ぼくはもう一度、ゆっくりと、口を開いた。香澄さんが拳を強く握って、ぼくの言葉に身構えるのが、やけに客観的に、自分の目に入ってくる。
「どうせぼくは、本が好きなだけの、何も知らない、ただの一年生ですよ。……でもだからって、そんなことを隠しておく必要なんてないでしょう?」
ぼくは香澄さんの答えを待つかのように、少し沈黙した。もちろん、答えが返ってくるわけはないのは承知の上だった。
「香澄さん、前にいいましたよね? 『そういうこと、苦手だからみんな断ってる』って。……ほんとは、その人がいるからなんでしょう? ……ならどうして、ぼくに声なんてかけたんです? そんな人がいるんなら、ぼくみたいな一年生のことなんて、無視してればよかったじゃないですか!」
香澄さんを怒鳴りつけてから、ちょっと声が大きかったか、と、奇妙なくらい場違いで、冷静な考えがぼくの頭の中を横切っていった。相変わらず、うつむき、拳をぎゅっと握りしめている香澄さんの姿を見ているうちに、ひどく不愉快な、どちらかといえば被害妄想気味な考えが浮かんできた。
「それとも、なんですか? わざとぼくに近づいて、ぼくが香澄さんにどういう反応をしたか、って、二人でぼくのことを物笑いの種にでもしてたんですか?」
一息にいうと同時に、再び、香澄さんの顔がぼくの方に向いた。
「……そんな……! ……ちがう……!」
香澄さんの言葉は、耳には入らなかった。今度こそ足が動くのを確認して、ぼくは、香澄さんに背を向け、走り出していた。
「久保くん! ちょっと、ちょっと待って!」
香澄さんの制止の言葉も、左の耳から右の耳へと、素通りしていく。後ろからぼくを追う足音が聞こえたけれども、ぼくは何も考えずに、全力で走った。
外は、まぶしいくらいの、快晴だった。
ほっと息をついて、まだ半分ほど残っているパンをかみくだく。
「めずらしいね。どうしたの?」
久我が近くによってきて、ぼくに問うた。「文化祭の劇の脚本、書いてたんだ」ぼくはなまあくびをかみ殺しながら応え、そして久我は納得した顔でうなずいた。「ごめんね、めんどうなこと、引き受けさせて」
「久我のせいじゃないよ」ぼくは応え、もう一度、あくびをかみ殺した。
バス停を降りると、中富と志太さんが、こちらにやってくるのが見えた。いつもはあうことはないのだから、彼らがぼくに時間をあわせたのだろう。
「久保、できた?」開口いちばん、問う中富に、「うん。夜中の三時までかかって仕上げたよ」
中富は、ははは、と、笑った。「太陽がまぶしいだろう?」彼の問いに、ぼくは素直にうなずく。「なんでもいいから、睡眠が欲しいよ」ぼくは目をこすり、「今日は、ゆっくり眠るんだね」中富は笑いながらいった。
その日の昼休み。さっそく配役と、もろもろの係りを決める。「久保は、何かやりたいこと、あるか?」問われて、ぼくは「これ以上、何かをやれってのか?」じと目でそいつを見た。
「ゆっくりと、進行状況を眺めさせてもらうよ」ぼくはいって、とりあえず、周囲の喧噪をよそに、目を閉じて、浅い眠りに落ちた。
ねむい。どうしようもなくねむい。ぼくは、放課後の図書室で、半分眠ったようになりながら、本を読んでいた。実際、読んでいることの半分も、頭の中に入ってきはしない。しばらく、夜更かしなどというものとは縁がなかったせいだろう。とにかくねむい。
実際、図書室ほど、居眠りをするのに適した空間はないだろう。本を読むための静寂も、こうなってしまえば眠りを誘ってくれる甘い誘惑でしかない。
うー。だめだ。
ぼくは本を読むのを、ついにあきらめた。半分寝ぼけた頭で、ふらふらと図書室を出る。
なぜだかしらないけれども……いや、理由はわかっている。香澄さんだ……、ぼくの足は、自然と、音楽室へと向かっていた。
当然のように、音楽室の扉はしまっており、ぼくはそれを確認するためだけに、扉をあけようとした。
扉に手をかけて、スライドさせる。当然あるはずの、鍵の手ごたえがないことに驚く間もなく、音楽室の扉は、あっけなく開いてしまった。
そしてぼくは、そこに、香澄さんの姿を見た。今度の香澄さんは、泣いてはおらず、驚きの表情でぼくを見ていた。
香澄さんは……。
ピアノの前に座っている。これから、何かの曲をを弾くつもりだったのか、それとも何かを弾いたばかりだったのか。その手が鍵盤に伸びていた。
その、香澄さんの後ろには、おそらく彼女と同学年だろうと思われる男がいた。彼女の椅子の後ろに立ち、腰をかがめて、香澄さんの肩を優しく抱くようにして。その顔が、香澄さんの顔に、意味ありげに接近しているのは、彼が彼女の肩を抱いているためだけなのか、それとも別の意味があるのか。
……なんだ、そうだったのか。
眠気が、いっぺんに覚めた。
「……久保くん……」
うろたえたような、驚いたような目で、ぼくを見る香澄さん。
怒りか、失望か、それとも……とにかく、ぼくの中でそんな感情が、ぐるぐると回りはじめ、そしてぼくは、頭の中でいっぺんにはじけた感情に、ものをいうすべもなく、ただ呆然と、つったっていた。
そうする間に、男はゆっくりと香澄さんから身体をはなし、平然とした表情でぼくの方に目を向けた。
椅子に座ったままの香澄さんの目は、おろおろと、ぼくと、そしてその三年生の間を往復していおり、ぼくは、その様子を、冷めた目で、眺めていた。
不意に、先日、久我の様子がおかしかったことを思い出す。そのわけが、今、ようやく理解できたような気がした。
たぶん、久我は見たのだろう。この男か、あるいは……想像したくはないけれども……別の男と一緒にいる香澄さんを。親しそうに街中を歩く二人を見つける久我。それで動転して、彼女はあんなふうになってしまったんだろう。
香澄さんは、すがるような目で隣の男を見て、同じような、困ったような目を彼女に向けるその男。そいつは、ゆっくりとぼくに目を向けて、そしてやがて、香澄さんもこちらに目を向けた。
ぼくの中で、時間がとまった。
どこからともなく聞こえてくるいろいろな声も耳に入らず、そして、見慣れた校舎も、ぼくの視界から消えていた。見えていたのは、ぼくと香澄さんの、遠く隔たった距離だけ。
香澄さんと目が合う。ややあって、香澄さんは、ゆっくりと目をそらした。
隣の男に目をやる。彼は、困り顔でぼくを見つめ返し、そして今度は、ぼくのほうから目をそらした。あまりに……あまりにも、香澄さんに、似合いすぎていたから。
彼は、香澄さんの横を一緒に歩いても遜色ないくらいに美形で、背が高くて、そして……。こんなのが相手じゃ、ぼくなんかじゃ、太刀打ちどころか、歯牙にもかけられまい。
ぼくはもう一度、香澄さんに目を向けた。
香澄さんは黙ったまま、うつむいている。香澄さんの右手が、ゆっくりと、その口をおおった。
奇妙な静寂の中で、自分の鼓動をうつ音だけが、やけにリアルに聞こえる。ぼくの手からカバンが滑り落ちたけれども、ぼくはそれに気づかなかった。
「……」
沈黙だけが、ぼくらの間を支配する。
黙ってうつむいたままの香澄さんと、それを見つめるぼく。そして、そのぼくを見つめている、香澄さんのとなりに立っている男。
……彼が、香澄さんのあの雨の日の涙の原因、なのだろうか? ありえないことではないだろう。この二人には、どんなかたちの破局であれ、似合いそうな気がした。……そして、その二人が、やがてもとの鞘に収まる。……これほど、劇的なドラマもないだろう。
なんだか、ぼくは香澄さんに遊ばれていたようで、自分がみじめになってきていた。
言葉が、口をついて出てきた。そんなことをいったって、ますます自分がみじめになるだけだってことは、十分にわかっていたけれど、ぼくはいわずにはいられなかった。
「よく、似合ってますね、香澄さん」
はじかれたように、香澄さんの顔があがった。香澄さんの顔から、血の気がひいていく。蒼白になった香澄さんは、絞り出すように、口を開いた。
「……久保くん……あの、これは……」
聞きたくなかった。そんないいわけなんか、いくら聞いたっておなじだった。そんな、そんな顔をされたって、目の前にあるのは、事実なんだ。人気のない部屋で、二人きりなんて、そんなできすぎたシチュエーションを目の前に突きつけられて、そんないいわけを信じる人間が、どこにいるっていうんだ?
「ぼくは、なんだったんですか?」
たぶん、ぼくの言葉は、冷たく、鋭くとがっていただろう。さらに蒼白になる香澄さんの顔。ぼくは幾分、そのサディズムにも似た感触に酔っていたのかもしれない。
「違うのよ、久保くん……。あのね、この人は……」
ゆっくりと首をふり、やっと声を出しているような様子の彼女の言葉を遮り、
「うそつき」
ぼくは静かにいった。
「そんな人は……そんな人はいないって、いってたじゃないか。……だから、……だからぼくは、ずっと、ずっと香澄さんを……」
あとは、言葉にならなかった。先を続けたかったけれども、感情のかたまりが喉につかえてしまい、その先をいうことはできなかった。
ずいぶんと、ぼくの呼吸は荒くなっていた。けれどもなぜだか、白いのを通りこして青くなってしまった香澄さんの肌と、そして、わずかに震わせている、彼女の身体だけは、しっかりとぼくの目に焼き付いていた。
その場から逃げ出してしまいたかったけれども、なぜか、それができなかった。それを確認すると、ぼくはもう一度、ゆっくりと、口を開いた。香澄さんが拳を強く握って、ぼくの言葉に身構えるのが、やけに客観的に、自分の目に入ってくる。
「どうせぼくは、本が好きなだけの、何も知らない、ただの一年生ですよ。……でもだからって、そんなことを隠しておく必要なんてないでしょう?」
ぼくは香澄さんの答えを待つかのように、少し沈黙した。もちろん、答えが返ってくるわけはないのは承知の上だった。
「香澄さん、前にいいましたよね? 『そういうこと、苦手だからみんな断ってる』って。……ほんとは、その人がいるからなんでしょう? ……ならどうして、ぼくに声なんてかけたんです? そんな人がいるんなら、ぼくみたいな一年生のことなんて、無視してればよかったじゃないですか!」
香澄さんを怒鳴りつけてから、ちょっと声が大きかったか、と、奇妙なくらい場違いで、冷静な考えがぼくの頭の中を横切っていった。相変わらず、うつむき、拳をぎゅっと握りしめている香澄さんの姿を見ているうちに、ひどく不愉快な、どちらかといえば被害妄想気味な考えが浮かんできた。
「それとも、なんですか? わざとぼくに近づいて、ぼくが香澄さんにどういう反応をしたか、って、二人でぼくのことを物笑いの種にでもしてたんですか?」
一息にいうと同時に、再び、香澄さんの顔がぼくの方に向いた。
「……そんな……! ……ちがう……!」
香澄さんの言葉は、耳には入らなかった。今度こそ足が動くのを確認して、ぼくは、香澄さんに背を向け、走り出していた。
「久保くん! ちょっと、ちょっと待って!」
香澄さんの制止の言葉も、左の耳から右の耳へと、素通りしていく。後ろからぼくを追う足音が聞こえたけれども、ぼくは何も考えずに、全力で走った。
外は、まぶしいくらいの、快晴だった。
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