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四章 十月~十一月
五 鈴木香澄
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少しの間、ぼくらは黙ったまま、注文したお茶とお菓子を、胃の中へ流していた。
ぼくは二分目ほどにまでになった紅茶のカップをおき、香澄さんに目を向けた。
レア・チーズケーキを口に運んでいた香澄さんは、どうやらぼくの視線に気づいたらしく、手をとめると、ぼくの視線を受けとめる。
「ライブで、香澄さんが歌っているときに、ぼくが逃げたの、わかりました?」
香澄さんは微笑んでうなずいた。「どうしてだろうね。結構、距離はあったのに。久我さんと二人でいる久保くんは、不思議なくらい、はっきり見えてたわ」
「……あそこで、香澄さんの歌を聴いてたら……よくよく考えたら、ぼくが知っている香澄さんは、きっと、香澄さんの全部のうちの、いくらでもないんだろうな、ってことに気がついて」
ぼくは一息ついて、紅茶を一口、飲み下した。
「夏休みのことを、香澄さんに聞くことができたらいおうと思ってたことがあるんだけど、でも、なんだか、それが……その、自分の独りよがりだってことに気がついて」
「それで、『私に呼ばれるような資格はない』なんていったのね? ……久我さんから、聞いたわ」
ぼくはうなずきを返した。香澄さんは微笑み、
「でもね、私だって、久保くんが思っているほど、いろいろあるわけじゃないのよ。久保くんに見せた私が、私のほとんどなんだから。私生活、すごくだらしないから、久保くん、呆れちゃうかも」
部屋なんて、久保くんの部屋の方がずっときれいだったよ。
そう付け足して、香澄さんはふふふ、と笑った。
「私も、もう少し久保くんのことをよく知りたいし。……そういうのは、お互いに意識してそういう時間を作るようにすれば、どうとでもなることだと思わない?」
「そう……ですね」ぼくはうなずいた。香澄さんもうなずきを返して、そして、意地悪く微笑んだ。
「さっき、私から夏休みのことを聞いたら、いおうと思ってたことがある、っていったよね? あの時のことは話したから、それ、聞かせてもらえるのかな?」
たぶん今、ぼくは真っ赤になっていただろう。
「……だから、それは……」
香澄さんはくすりと微笑むと、
「鈴木香澄、六月三十日生まれ、十八歳。身長百五十二センチで体重はヒミツ。趣味は音楽鑑賞と演奏。特技、特になし。好きな教科は国語と音楽、嫌いなのは体育と理科。好きな花はかすみ草とひまわり、好きな食べ物はトマトとプリン、嫌いな食べ物はキウイ。……他に、何か知りたいことはある?」
「は?」
突然自己紹介をはじめた香澄さんの真意がつかめず、ぼくは間の抜けた声を返してしまった。そんなぼくを見て、香澄さんはしれっとした表情で、
「久保くん、私のことをあんまり知らない、って、いってたでしょう? それなら、ここで私のこと、教えてあげればいいかな、って思って」
ぼくは絶句して、香澄さんを見た。
「香澄さんって、そういう意地悪をいうような人じゃないと思ってたんですけど……」
ぶつぶつといいながらも、ぼくは、ほんの少しその片鱗をのぞかせた、ぼくの知らない香澄さんの姿を見ることができたことに、ちょっとした満足をおぼえていた。
ぼくは大仰にため息を一つつくと、
「えーと」
一つ大きく深呼吸して、ぼくは腹をくくった。
「ぼくは……」
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
あの青空みたいな
とびっきりの笑顔を
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
いつか見たひまわりのような
誇らしく咲き誇る笑顔を
たとえば ぼくが
どんな大きな困難にぶつかっても
ただまっすぐに
歩いてゆけることとか
そんな大げさなことでなくても
ほんの小さなことで
ぼくがくさくさしているときに
元気を出すきっかけになることとか
きみの笑顔には
そんな不思議な力がある
だから きみにあげよう
瞳いっぱいの笑顔を
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
雨上がりの雲間からのぞく陽光のような
きらきらと輝く笑顔を
ぼくは二分目ほどにまでになった紅茶のカップをおき、香澄さんに目を向けた。
レア・チーズケーキを口に運んでいた香澄さんは、どうやらぼくの視線に気づいたらしく、手をとめると、ぼくの視線を受けとめる。
「ライブで、香澄さんが歌っているときに、ぼくが逃げたの、わかりました?」
香澄さんは微笑んでうなずいた。「どうしてだろうね。結構、距離はあったのに。久我さんと二人でいる久保くんは、不思議なくらい、はっきり見えてたわ」
「……あそこで、香澄さんの歌を聴いてたら……よくよく考えたら、ぼくが知っている香澄さんは、きっと、香澄さんの全部のうちの、いくらでもないんだろうな、ってことに気がついて」
ぼくは一息ついて、紅茶を一口、飲み下した。
「夏休みのことを、香澄さんに聞くことができたらいおうと思ってたことがあるんだけど、でも、なんだか、それが……その、自分の独りよがりだってことに気がついて」
「それで、『私に呼ばれるような資格はない』なんていったのね? ……久我さんから、聞いたわ」
ぼくはうなずきを返した。香澄さんは微笑み、
「でもね、私だって、久保くんが思っているほど、いろいろあるわけじゃないのよ。久保くんに見せた私が、私のほとんどなんだから。私生活、すごくだらしないから、久保くん、呆れちゃうかも」
部屋なんて、久保くんの部屋の方がずっときれいだったよ。
そう付け足して、香澄さんはふふふ、と笑った。
「私も、もう少し久保くんのことをよく知りたいし。……そういうのは、お互いに意識してそういう時間を作るようにすれば、どうとでもなることだと思わない?」
「そう……ですね」ぼくはうなずいた。香澄さんもうなずきを返して、そして、意地悪く微笑んだ。
「さっき、私から夏休みのことを聞いたら、いおうと思ってたことがある、っていったよね? あの時のことは話したから、それ、聞かせてもらえるのかな?」
たぶん今、ぼくは真っ赤になっていただろう。
「……だから、それは……」
香澄さんはくすりと微笑むと、
「鈴木香澄、六月三十日生まれ、十八歳。身長百五十二センチで体重はヒミツ。趣味は音楽鑑賞と演奏。特技、特になし。好きな教科は国語と音楽、嫌いなのは体育と理科。好きな花はかすみ草とひまわり、好きな食べ物はトマトとプリン、嫌いな食べ物はキウイ。……他に、何か知りたいことはある?」
「は?」
突然自己紹介をはじめた香澄さんの真意がつかめず、ぼくは間の抜けた声を返してしまった。そんなぼくを見て、香澄さんはしれっとした表情で、
「久保くん、私のことをあんまり知らない、って、いってたでしょう? それなら、ここで私のこと、教えてあげればいいかな、って思って」
ぼくは絶句して、香澄さんを見た。
「香澄さんって、そういう意地悪をいうような人じゃないと思ってたんですけど……」
ぶつぶつといいながらも、ぼくは、ほんの少しその片鱗をのぞかせた、ぼくの知らない香澄さんの姿を見ることができたことに、ちょっとした満足をおぼえていた。
ぼくは大仰にため息を一つつくと、
「えーと」
一つ大きく深呼吸して、ぼくは腹をくくった。
「ぼくは……」
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
あの青空みたいな
とびっきりの笑顔を
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
いつか見たひまわりのような
誇らしく咲き誇る笑顔を
たとえば ぼくが
どんな大きな困難にぶつかっても
ただまっすぐに
歩いてゆけることとか
そんな大げさなことでなくても
ほんの小さなことで
ぼくがくさくさしているときに
元気を出すきっかけになることとか
きみの笑顔には
そんな不思議な力がある
だから きみにあげよう
瞳いっぱいの笑顔を
瞳いっぱいの笑顔を
きみにあげよう
雨上がりの雲間からのぞく陽光のような
きらきらと輝く笑顔を
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