4 / 8
第三話 沈黙の機兵に宿る意志
しおりを挟む
……空間転移は成功。周辺に障害物はなし。
私は宇宙船〈アルフェルム〉の操縦席で、基本的な状況確認をおこなった。
魔物の魔力を探知。……いた。予定よりも少し離れたところに転移してしまったようで、思っていたよりも距離がある。
だからといって〈アルフェルム〉でさらに距離を詰めるには少し近すぎる。〈アルフェルム〉の戦闘能力は高くはないので、魔物の襲撃を受けてしまうと、被害が大きくなってしまう可能性が高い。
少し時間はかかるけれども、〈ドルソーラス〉単騎で接近したほうが安全だろう。
私は操縦席の一角にある魔石に手を触れた。魔石は〈アルフェルム〉の魔力の貯蔵庫である巨大な魔晶石につながっている。この魔晶石に魔力を満たしておけば、私が不在であっても、最長で十日くらいは船体を維持してくれる。
魔晶石に魔力が満たされたことを確認して、私は操縦席を立った。当初は複数人で運用されることが想定されていた〈アルフェルム〉の操縦室は一人で使用するのには少々広すぎるけれども、すべての機能は操縦席に集約されているので、特別不都合はない。
当初の想定なら船長や管制官が座っていたであろう席を後目に、私は操縦室を出た。
〈アルフェルム〉は、ざっくりいうと三階建てになっており、操縦室は最上階の三階にある。操縦室を出てすぐのところにある階段を降りて、居住区画の二階へ。二階には少なくとも二十人が生活できるだけの個室が備えられていたけれども、〈アルフェルム〉が建造されて以降、使われたのは……厳密にいえば現在私が使っているのは……一部屋だけ。
通路の先に伸びている、一度も開いたことのないドアの群れを一瞥して、一階に降りる。〈ドルソーラス〉発進の際にエアロックとなる部屋を抜けて、格納庫に入る。
格納庫は静かだった。〈アルフェルム〉のほとんどの機能は、私が供給している魔力によって稼働している。機械的な機構で動作する設備も皆無なので、船内はどこも静かではあるけれど。
……そういえば、最初の頃はこの静けさが苦痛だったな。
魔物との戦いを繰り返している間に慣れてしまったけれども、それと同じくらいの頃からだろうか。恋人を殺されてしまった怒りや悲しみ、恨みといった思いもどこか遠いものになってしまっていた。
今は、魔物を殲滅するという使命だけが、私のすべてになっている。
静かな格納庫を歩いていく。
格納庫は〈ドルソーラス〉も含めて最大で六機の魔導機兵を格納、整備できる設備が整っている。ただ、これも当初の計画から変更があったため、現在格納されているのは〈ドルソーラス〉一機だけ。
私は〈ドルソーラス〉を格納している三番ケージへ向かった。
〈ドルソーラス〉は、前回の戦闘終了後に帰還したときと同じく、片膝をついた前傾姿勢で待機している。
大昔、まだ魔法が発展していなかった頃に使われていたという甲冑……板金鎧……を模した、紫色の魔導機兵。当時の鎧は鉄などの金属でつくられたという話だけれども、〈ドルソーラス〉の全身を覆っているのは、魔力だけでつくられた魔導金属とでも呼ぶべきものだった。
魔力だけでつくられたその金属は、魔力の供給さえあれば、多少の損傷なら即座に、大規模な損害であってもものの数秒で修復することができる。
私は〈ドルソーラス〉の魔導金属製の脚部に触れて、魔力を注入した。
注入された魔力に反応して、〈ドルソーラス〉の装甲に金色の魔力紋様が浮かび上がる。起動時や大規模な魔法を使用するときなど、大量の魔力を必要とする際に、装甲にも魔力を蓄えるための仕組みだった。
全身に紋様が浮かび上がったことを確認して、私は〈ドルソーラス〉に触れていた手を離した。一時的に装甲に蓄えられた魔力が消費され、それに伴って金色の魔力紋様の輝きも薄くなっていく。
私は一歩下がって、〈ドルソーラス〉の顔を見上げた。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
私が魔物殲滅の命を受け〈アルフェルム〉で宇宙に飛び立ったときからの習慣。たぶんこの習慣を始めたときの私は〈ドルソーラス〉に親近感のようなものを感じていたのだと思う。
けれども、いつしかそれは、出撃前のただの儀式となっていた。
……そもそも〈ドルソーラス〉は私の操縦で動く魔導機兵にすぎない。
思考もせず感情ももたない、魔法でつくられた金属の巨人に声をかける意味なんてないのだから。
〈ドルソーラス〉からの応えはない。当たり前だ。
私は〈ドルソーラス〉の膝に足をかけ、胸部の操縦席に身体を滑り込ませた。胸部装甲を閉じ、気密を確認する。薄暗い、青白い光で照らされた操縦席で、私は〈ドルソーラス〉の操縦桿を握った。
〈ドルソーラス〉の中から、宇宙船〈アルフェルム〉に指示を送る。
二階への階段につながっているエアロックが封鎖され、出撃用のハッチが開く。格納庫の中の空気がすべて宇宙空間へと排出されると同時に、〈アルフェルム〉の船内と宇宙空間とがつながる。
私は〈ドルソーラス〉の歩を進めた。
ハッチから宇宙空間へと飛び移る。魔法によって生み出されていた重力が消え、宇宙に飛び出した慣性で背後の〈アルフェルム〉が遠ざかっていく。
〈ドルソーラス〉の背中に収納されている六枚の翼を展開。
魔力による推進力を生み出す翼によって、〈ドルソーラス〉は無重力空間はもとより、重力下でも物理法則を無視した飛行をすることができる。
少し離れたところに、赤い惑星が見えた。探知魔法をその惑星に向けてみたけれども、生命の反応はない。
続けて全周に広がる魔物の探知魔法を放つ。魔物の集団の位置を確認して、私は〈ドルソーラス〉の進行方向をそちらに定めた。
魔物との距離が離れているため、接触まではまだ少し時間がある。〈ドルソーラス〉の進路を固定して、操縦桿から手を離した。
〈ドルソーラス〉の操縦室は広くはないけれども、操縦者の身体的負担が少なくなるように設計されている。座り心地のいいシート。自然な姿勢で握れるように配置された、握りやすく、操作しやすい操縦桿。
……操縦桿、か。
唐突に、前回の出撃のことを思い出した。
まるで〈ドルソーラス〉に意思があるかのように操縦桿が動いた。
そしてその意志は、的確だった。敵からの攻撃を正確に予測して、攻撃を避けるべき方向へ行きたがった。
あのときは戸惑った……そう、久しぶりに戸惑いなんて感情が浮かんでしまった……けれども。
長い戦いの中で〈ドルソーラス〉に意志が宿った、などというという可能性はありえない。そもそも〈ドルソーラス〉には、自律的な行動ができるような機能は備わっていないのだから。
だから、あのとき〈ドルソーラス〉が自らの意志を示すかのように操縦桿を動かしたのは……おそらく私が無意識のうちに敵の行動を認知し、「そう行動しなければ」と思ったものが「〈ドルソーラス〉が自らの意志を示して操縦桿を動かした」かのように錯覚したのだろう。
結論づけて、私は現在の目標に意識を集中した。
もう一度探知魔法を放って、魔物の位置を確認する。群れの位置は真正面から動いていない。距離は確実に近づいてきているけれども、まだ視界にとらえるには遠すぎるようで、その姿を目視することはできない。
と。
不意に、私の視界の左手に、魔力による球体が浮かび上がった。球体の大きさは直径三十センチほどだろうか。操縦室のぼんやりとした青白い光に照らされた球体は半透明で、中心には青い点が視界の邪魔にならない程度の輝度で輝いていた。
中心の青い点を頂点に、半透明の黄色い円錐が広がっている。そして黄色い円錐の底面の外側には、多数の赤い点があった。
……これは、一体?
疑問には、すぐに答えが出た。
今さっき、私が使った探知魔法を視覚化したものだ。青い点が探知魔法を使った私……と〈ドルソーラス〉。球体は探知魔法が届く範囲。そして赤い点一つが、それぞれ一体の魔物を表している。
魔法による探知に慣れていた……そしてそれで不自由していなかった……ので、〈ドルソーラス〉にこんな機能が搭載されていたことは初めて知った。
確かにこうして魔物がいる場所を視覚的に確認できるのは直感でわかりやすい。加えて定期的……もしくは不定期……に、敵の位置を魔法で確認する必要がないのは画期的といえるかもしれない。
……けれども。
なぜ今、突然この機能が起動したのだろう。
魔物との戦いを始めてもう何百年……もしかしたらそれ以上……もの時間が過ぎている。こんな機能があったのならもっと早い時期に起動してもいいはずなのに。
──やめよう。どうせ答えは出ない。考えても無駄だ。
私は思考を振り払った。もう一度魔物の位置を確認しようと探知魔法を使いかけたけれども、視界の端にさきほどの探知球が入ってきた。
……ああ、これがあったんだ。
私は探知魔法の発動を中断して、探知球に目を向けた。
間もなく魔物が視認できる距離になる。向こうがこちらに気づいているかはわからない。ただこれまでの経験から、ある程度まで近づくと向こうから一斉にこちらをめがけてやってくるだろう、ということは予測できる。
私は操縦桿に手をかけた。
ほどなくして、遠方にぼんやりと魔物らしき姿が浮かび上がってくる。目をこらして探知球の赤い点と見比べないとそれとわからないくらいの大きさではあったけれども、魔物の群れのうち、端にいた一部が視界を表す黄色い円錐の中に入っていた。
魔物はまだこちらには気づいていないようだけれども、この距離ではこちらの攻撃も相手には届かない。身を隠せるような浮遊物もない視界の開けた宇宙空間で、ゆっくりと、けれども確実に魔物との距離を詰めていく。
やがて、魔物を示す赤い点が、視界を表す黄色い円錐の中間地点あたりに到達したところで。
魔物の一匹が、こちらに顔を向けた。
……気付かれた。
もう少し近づくことができればこちらから先制攻撃を仕掛けることもできただろうけれども、事実は事実として受け入れなければならない。
魔物の群れが、大挙してこちらに押し寄せてきた。
遠隔攻撃で何匹かを撃破する。しかしその間にも、魔物の群れの進撃は止まらない。たちまちのうちに、私は無数の魔物に取り囲まれていた。
いつものことだ。
多勢に無勢とはいえ、私には無限の魔力がある。たとえ百匹の大型の魔物に囲まれたとしても、負ける道理はない。
私は〈ドルソーラス〉を駆って魔物の殲滅を開始した。
四足獣に似た小型の魔物を蹴散らし、ヒトに似た四肢をもつ中型を一刀両断に切り捨てる。
魔法の暴走事故によってアトラニカに発生した、人類に敵対する魔法生物……魔物。当初の人類は魔物に抗する手段をもっていなかったけれども、今は違う。
かつては一体を倒すために何人もの魔法使いが犠牲になったという魔物のほとんどは、〈ドルソーラス〉の敵ではない。
数を頼みに押し寄せる魔物を、私と〈ドルソーラス〉は無限の魔力で粉砕していく。時には魔法の弾で跡形もなく消滅させ、時には〈ドルソーラス〉の拳そのもので文字通りに叩きつぶす。
そうしていつもどおりに戦いは進んでいたけれども。
……違和感がある。
この戦闘が始まってから……いや、〈ドルソーラス〉に乗り込んだときから感じられていた、「いつもと違う」という感覚。
私の操縦よりも一瞬だけ早く、「動かそう」と思っていた方向に操縦桿が動く。真正面から迫る魔物を上昇して回避しようとした瞬間、操縦桿が右方向へ反応する。
〈ドルソーラス〉は、いつもどおりの機敏さで私の操縦に反応している。
しかし。
私の操縦以外にも、〈ドルソーラス〉に意思を伝えている誰かがいるような、そんな感覚があった。
……そう、前回の戦闘のときのように。
戦いは続く。魔物の波状攻撃……個々の魔物には他者と連携するといった高度な知性は備わっていないから、連携した攻撃を仕掛けてきたように見えるだけだ……を躱し、団子になった魔物の群れの中に魔力弾を撃ち込んで殲滅する。
直後だった。
波状攻撃を仕掛けてきた魔物に集中していたためか、真正面に別の魔物がいるのが見えていなかった。結果的に私は真正面の魔物に自らぶつかりにいくような格好になってしまった。機体の損傷そのものはたいしたことはなかったけれども、失態だった。
機体の損傷は即座に修復される。私は衝突してしまった魔物を粉砕して、近くの敵を次の目標に定めた。
それから少しの間、私は魔物の殲滅を続けたけれども、今度は謎の意思による介入はないように思えた。
周辺の魔物を一掃し、一時的に敵からの攻撃が落ち着く。
私は探知球に目を向けた。魔物はまだかなり残ってはいたけれども、戦闘開始から比べればだいぶ数を減らしている。
ここまでくればあとはどうとでもなる。右方向から次の魔物の群れが接近しつつあるけれども、まだ少し時間に余裕はありそうだ。
操縦桿から手を離し、小さく息をつく。その矢先だった。
右方向から敵襲。群れの中でも速度に秀でた一体が突出してこちらに向かってきていた。
油断しているつもりはなかった。けれども、このわずかな時間で、視覚的に敵の位置が見える探知球の有用さに依存してしまっていたという事実は猛省しなければならないだろう。
私は再び操縦桿を握った。この攻撃を回避しなければ。
次の瞬間。
〈ドルソーラス〉が「右を向け」と指示してきた。
さらに。
〈ドルソーラス〉は、魔法の矢……最も基本的な遠隔攻撃魔法……の連射を指示してくる。
……またか。
思うと同時に、この「〈ドルソーラス〉の意思」とも呼ぶべきものが、これらまで的確な判断を下していたという事実を、私は噛みしめていた。
指示に従い、〈ドルソーラス〉を右に回頭。同時に魔法の矢を連射。慣例的に「矢」と呼んではいるけれども、実際には魔力のかたまりをそのままぶつけるだけのごく初歩の魔法だ。
〈ドルソーラス〉の腕に組み込まれている三門の砲身から、無数の「矢」が次々と放たれる。
初弾が命中。それで突進してくる魔物の勢いを止められるはずもなかったけれども、一瞬だけ、魔物が怯んだかのように動きを止めた。
続けざまに、連射した魔法の矢が魔物に命中していく。そのたびに、魔物の身体が右へ左へ、上へ下へと不規則に揺れた。
無数の魔法の矢によってつらぬかれた魔物は、ほどなくして突進する勢いを失った。
暴走した魔力によって生まれてきた生物はその力を失い、ずたずたになった四肢を投げ出しいる。
魔法の矢の、最後の一発が魔物に命中した。もはや自らの意思で動くことのなくなった魔物は、命中した矢による反動を推進力に、ゆらゆらと後退していく。魔物の後背はるか先には、戦闘開始前に見えていた巨大な赤い惑星がたたずんでいた。
その姿を見送っていると。
不意に、〈ドルソーラス〉が上昇の意思を示した。
状況の確認もできないまま、けれども私はその意思に従った。
直後、〈ドルソーラス〉の足下を高速で移動する物体が通過していった。
これは……魔物の遠隔攻撃?
それに気づいて、〈ドルソーラス〉が回避運動をするように指示してきた、ということか。
なぜ〈ドルソーラス〉にそんな意志が宿ったのかはわからない。
けれども。
意志などもつはずのないはずの兵器……魔導機兵……に意志のようなものが芽生え、戦闘支援をしてくれているというのは間違いなさそうだ。
私は手近なところにいる敵集団に目標を定め、そちらへ〈ドルソーラス〉を飛翔させた。
残る敵の掃討は、これまでに何百回となく繰り返してきた魔物との戦闘に比べれば、はるかに容易だった。
私は普段どおりに戦っていればいい。そうすれば、要所要所で〈ドルソーラス〉が私を導いてくれる。
そんな安心感……そう、「安心」だ……の中、私は〈ドルソーラス〉の意思とともに魔物との戦いを続けて。
気付いたときには、普段よりもはるかに短い時間で、魔物の殲滅が終わっていた。
私は遠方で待機していた宇宙船〈アルフェルム〉を呼び寄せ、〈ドルソーラス〉を格納庫に着地させた。
格納庫の三番ケージに〈ドルソーラス〉を片膝立ちの姿勢で駐機させ、〈ドルソーラス〉の操縦室から格納庫へと降り立つ。
「任務成功。今回も魔物の殲滅を完了しました。……いつもありがとう、〈ドルソーラス〉」
〈ドルソーラス〉を見上げながら、いつものどおりの言葉を〈ドルソーラス〉に向かってかけながら。
私は久しぶりに、「ありがとう」という言葉の重みを、かみしめていた。
私は宇宙船〈アルフェルム〉の操縦席で、基本的な状況確認をおこなった。
魔物の魔力を探知。……いた。予定よりも少し離れたところに転移してしまったようで、思っていたよりも距離がある。
だからといって〈アルフェルム〉でさらに距離を詰めるには少し近すぎる。〈アルフェルム〉の戦闘能力は高くはないので、魔物の襲撃を受けてしまうと、被害が大きくなってしまう可能性が高い。
少し時間はかかるけれども、〈ドルソーラス〉単騎で接近したほうが安全だろう。
私は操縦席の一角にある魔石に手を触れた。魔石は〈アルフェルム〉の魔力の貯蔵庫である巨大な魔晶石につながっている。この魔晶石に魔力を満たしておけば、私が不在であっても、最長で十日くらいは船体を維持してくれる。
魔晶石に魔力が満たされたことを確認して、私は操縦席を立った。当初は複数人で運用されることが想定されていた〈アルフェルム〉の操縦室は一人で使用するのには少々広すぎるけれども、すべての機能は操縦席に集約されているので、特別不都合はない。
当初の想定なら船長や管制官が座っていたであろう席を後目に、私は操縦室を出た。
〈アルフェルム〉は、ざっくりいうと三階建てになっており、操縦室は最上階の三階にある。操縦室を出てすぐのところにある階段を降りて、居住区画の二階へ。二階には少なくとも二十人が生活できるだけの個室が備えられていたけれども、〈アルフェルム〉が建造されて以降、使われたのは……厳密にいえば現在私が使っているのは……一部屋だけ。
通路の先に伸びている、一度も開いたことのないドアの群れを一瞥して、一階に降りる。〈ドルソーラス〉発進の際にエアロックとなる部屋を抜けて、格納庫に入る。
格納庫は静かだった。〈アルフェルム〉のほとんどの機能は、私が供給している魔力によって稼働している。機械的な機構で動作する設備も皆無なので、船内はどこも静かではあるけれど。
……そういえば、最初の頃はこの静けさが苦痛だったな。
魔物との戦いを繰り返している間に慣れてしまったけれども、それと同じくらいの頃からだろうか。恋人を殺されてしまった怒りや悲しみ、恨みといった思いもどこか遠いものになってしまっていた。
今は、魔物を殲滅するという使命だけが、私のすべてになっている。
静かな格納庫を歩いていく。
格納庫は〈ドルソーラス〉も含めて最大で六機の魔導機兵を格納、整備できる設備が整っている。ただ、これも当初の計画から変更があったため、現在格納されているのは〈ドルソーラス〉一機だけ。
私は〈ドルソーラス〉を格納している三番ケージへ向かった。
〈ドルソーラス〉は、前回の戦闘終了後に帰還したときと同じく、片膝をついた前傾姿勢で待機している。
大昔、まだ魔法が発展していなかった頃に使われていたという甲冑……板金鎧……を模した、紫色の魔導機兵。当時の鎧は鉄などの金属でつくられたという話だけれども、〈ドルソーラス〉の全身を覆っているのは、魔力だけでつくられた魔導金属とでも呼ぶべきものだった。
魔力だけでつくられたその金属は、魔力の供給さえあれば、多少の損傷なら即座に、大規模な損害であってもものの数秒で修復することができる。
私は〈ドルソーラス〉の魔導金属製の脚部に触れて、魔力を注入した。
注入された魔力に反応して、〈ドルソーラス〉の装甲に金色の魔力紋様が浮かび上がる。起動時や大規模な魔法を使用するときなど、大量の魔力を必要とする際に、装甲にも魔力を蓄えるための仕組みだった。
全身に紋様が浮かび上がったことを確認して、私は〈ドルソーラス〉に触れていた手を離した。一時的に装甲に蓄えられた魔力が消費され、それに伴って金色の魔力紋様の輝きも薄くなっていく。
私は一歩下がって、〈ドルソーラス〉の顔を見上げた。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
私が魔物殲滅の命を受け〈アルフェルム〉で宇宙に飛び立ったときからの習慣。たぶんこの習慣を始めたときの私は〈ドルソーラス〉に親近感のようなものを感じていたのだと思う。
けれども、いつしかそれは、出撃前のただの儀式となっていた。
……そもそも〈ドルソーラス〉は私の操縦で動く魔導機兵にすぎない。
思考もせず感情ももたない、魔法でつくられた金属の巨人に声をかける意味なんてないのだから。
〈ドルソーラス〉からの応えはない。当たり前だ。
私は〈ドルソーラス〉の膝に足をかけ、胸部の操縦席に身体を滑り込ませた。胸部装甲を閉じ、気密を確認する。薄暗い、青白い光で照らされた操縦席で、私は〈ドルソーラス〉の操縦桿を握った。
〈ドルソーラス〉の中から、宇宙船〈アルフェルム〉に指示を送る。
二階への階段につながっているエアロックが封鎖され、出撃用のハッチが開く。格納庫の中の空気がすべて宇宙空間へと排出されると同時に、〈アルフェルム〉の船内と宇宙空間とがつながる。
私は〈ドルソーラス〉の歩を進めた。
ハッチから宇宙空間へと飛び移る。魔法によって生み出されていた重力が消え、宇宙に飛び出した慣性で背後の〈アルフェルム〉が遠ざかっていく。
〈ドルソーラス〉の背中に収納されている六枚の翼を展開。
魔力による推進力を生み出す翼によって、〈ドルソーラス〉は無重力空間はもとより、重力下でも物理法則を無視した飛行をすることができる。
少し離れたところに、赤い惑星が見えた。探知魔法をその惑星に向けてみたけれども、生命の反応はない。
続けて全周に広がる魔物の探知魔法を放つ。魔物の集団の位置を確認して、私は〈ドルソーラス〉の進行方向をそちらに定めた。
魔物との距離が離れているため、接触まではまだ少し時間がある。〈ドルソーラス〉の進路を固定して、操縦桿から手を離した。
〈ドルソーラス〉の操縦室は広くはないけれども、操縦者の身体的負担が少なくなるように設計されている。座り心地のいいシート。自然な姿勢で握れるように配置された、握りやすく、操作しやすい操縦桿。
……操縦桿、か。
唐突に、前回の出撃のことを思い出した。
まるで〈ドルソーラス〉に意思があるかのように操縦桿が動いた。
そしてその意志は、的確だった。敵からの攻撃を正確に予測して、攻撃を避けるべき方向へ行きたがった。
あのときは戸惑った……そう、久しぶりに戸惑いなんて感情が浮かんでしまった……けれども。
長い戦いの中で〈ドルソーラス〉に意志が宿った、などというという可能性はありえない。そもそも〈ドルソーラス〉には、自律的な行動ができるような機能は備わっていないのだから。
だから、あのとき〈ドルソーラス〉が自らの意志を示すかのように操縦桿を動かしたのは……おそらく私が無意識のうちに敵の行動を認知し、「そう行動しなければ」と思ったものが「〈ドルソーラス〉が自らの意志を示して操縦桿を動かした」かのように錯覚したのだろう。
結論づけて、私は現在の目標に意識を集中した。
もう一度探知魔法を放って、魔物の位置を確認する。群れの位置は真正面から動いていない。距離は確実に近づいてきているけれども、まだ視界にとらえるには遠すぎるようで、その姿を目視することはできない。
と。
不意に、私の視界の左手に、魔力による球体が浮かび上がった。球体の大きさは直径三十センチほどだろうか。操縦室のぼんやりとした青白い光に照らされた球体は半透明で、中心には青い点が視界の邪魔にならない程度の輝度で輝いていた。
中心の青い点を頂点に、半透明の黄色い円錐が広がっている。そして黄色い円錐の底面の外側には、多数の赤い点があった。
……これは、一体?
疑問には、すぐに答えが出た。
今さっき、私が使った探知魔法を視覚化したものだ。青い点が探知魔法を使った私……と〈ドルソーラス〉。球体は探知魔法が届く範囲。そして赤い点一つが、それぞれ一体の魔物を表している。
魔法による探知に慣れていた……そしてそれで不自由していなかった……ので、〈ドルソーラス〉にこんな機能が搭載されていたことは初めて知った。
確かにこうして魔物がいる場所を視覚的に確認できるのは直感でわかりやすい。加えて定期的……もしくは不定期……に、敵の位置を魔法で確認する必要がないのは画期的といえるかもしれない。
……けれども。
なぜ今、突然この機能が起動したのだろう。
魔物との戦いを始めてもう何百年……もしかしたらそれ以上……もの時間が過ぎている。こんな機能があったのならもっと早い時期に起動してもいいはずなのに。
──やめよう。どうせ答えは出ない。考えても無駄だ。
私は思考を振り払った。もう一度魔物の位置を確認しようと探知魔法を使いかけたけれども、視界の端にさきほどの探知球が入ってきた。
……ああ、これがあったんだ。
私は探知魔法の発動を中断して、探知球に目を向けた。
間もなく魔物が視認できる距離になる。向こうがこちらに気づいているかはわからない。ただこれまでの経験から、ある程度まで近づくと向こうから一斉にこちらをめがけてやってくるだろう、ということは予測できる。
私は操縦桿に手をかけた。
ほどなくして、遠方にぼんやりと魔物らしき姿が浮かび上がってくる。目をこらして探知球の赤い点と見比べないとそれとわからないくらいの大きさではあったけれども、魔物の群れのうち、端にいた一部が視界を表す黄色い円錐の中に入っていた。
魔物はまだこちらには気づいていないようだけれども、この距離ではこちらの攻撃も相手には届かない。身を隠せるような浮遊物もない視界の開けた宇宙空間で、ゆっくりと、けれども確実に魔物との距離を詰めていく。
やがて、魔物を示す赤い点が、視界を表す黄色い円錐の中間地点あたりに到達したところで。
魔物の一匹が、こちらに顔を向けた。
……気付かれた。
もう少し近づくことができればこちらから先制攻撃を仕掛けることもできただろうけれども、事実は事実として受け入れなければならない。
魔物の群れが、大挙してこちらに押し寄せてきた。
遠隔攻撃で何匹かを撃破する。しかしその間にも、魔物の群れの進撃は止まらない。たちまちのうちに、私は無数の魔物に取り囲まれていた。
いつものことだ。
多勢に無勢とはいえ、私には無限の魔力がある。たとえ百匹の大型の魔物に囲まれたとしても、負ける道理はない。
私は〈ドルソーラス〉を駆って魔物の殲滅を開始した。
四足獣に似た小型の魔物を蹴散らし、ヒトに似た四肢をもつ中型を一刀両断に切り捨てる。
魔法の暴走事故によってアトラニカに発生した、人類に敵対する魔法生物……魔物。当初の人類は魔物に抗する手段をもっていなかったけれども、今は違う。
かつては一体を倒すために何人もの魔法使いが犠牲になったという魔物のほとんどは、〈ドルソーラス〉の敵ではない。
数を頼みに押し寄せる魔物を、私と〈ドルソーラス〉は無限の魔力で粉砕していく。時には魔法の弾で跡形もなく消滅させ、時には〈ドルソーラス〉の拳そのもので文字通りに叩きつぶす。
そうしていつもどおりに戦いは進んでいたけれども。
……違和感がある。
この戦闘が始まってから……いや、〈ドルソーラス〉に乗り込んだときから感じられていた、「いつもと違う」という感覚。
私の操縦よりも一瞬だけ早く、「動かそう」と思っていた方向に操縦桿が動く。真正面から迫る魔物を上昇して回避しようとした瞬間、操縦桿が右方向へ反応する。
〈ドルソーラス〉は、いつもどおりの機敏さで私の操縦に反応している。
しかし。
私の操縦以外にも、〈ドルソーラス〉に意思を伝えている誰かがいるような、そんな感覚があった。
……そう、前回の戦闘のときのように。
戦いは続く。魔物の波状攻撃……個々の魔物には他者と連携するといった高度な知性は備わっていないから、連携した攻撃を仕掛けてきたように見えるだけだ……を躱し、団子になった魔物の群れの中に魔力弾を撃ち込んで殲滅する。
直後だった。
波状攻撃を仕掛けてきた魔物に集中していたためか、真正面に別の魔物がいるのが見えていなかった。結果的に私は真正面の魔物に自らぶつかりにいくような格好になってしまった。機体の損傷そのものはたいしたことはなかったけれども、失態だった。
機体の損傷は即座に修復される。私は衝突してしまった魔物を粉砕して、近くの敵を次の目標に定めた。
それから少しの間、私は魔物の殲滅を続けたけれども、今度は謎の意思による介入はないように思えた。
周辺の魔物を一掃し、一時的に敵からの攻撃が落ち着く。
私は探知球に目を向けた。魔物はまだかなり残ってはいたけれども、戦闘開始から比べればだいぶ数を減らしている。
ここまでくればあとはどうとでもなる。右方向から次の魔物の群れが接近しつつあるけれども、まだ少し時間に余裕はありそうだ。
操縦桿から手を離し、小さく息をつく。その矢先だった。
右方向から敵襲。群れの中でも速度に秀でた一体が突出してこちらに向かってきていた。
油断しているつもりはなかった。けれども、このわずかな時間で、視覚的に敵の位置が見える探知球の有用さに依存してしまっていたという事実は猛省しなければならないだろう。
私は再び操縦桿を握った。この攻撃を回避しなければ。
次の瞬間。
〈ドルソーラス〉が「右を向け」と指示してきた。
さらに。
〈ドルソーラス〉は、魔法の矢……最も基本的な遠隔攻撃魔法……の連射を指示してくる。
……またか。
思うと同時に、この「〈ドルソーラス〉の意思」とも呼ぶべきものが、これらまで的確な判断を下していたという事実を、私は噛みしめていた。
指示に従い、〈ドルソーラス〉を右に回頭。同時に魔法の矢を連射。慣例的に「矢」と呼んではいるけれども、実際には魔力のかたまりをそのままぶつけるだけのごく初歩の魔法だ。
〈ドルソーラス〉の腕に組み込まれている三門の砲身から、無数の「矢」が次々と放たれる。
初弾が命中。それで突進してくる魔物の勢いを止められるはずもなかったけれども、一瞬だけ、魔物が怯んだかのように動きを止めた。
続けざまに、連射した魔法の矢が魔物に命中していく。そのたびに、魔物の身体が右へ左へ、上へ下へと不規則に揺れた。
無数の魔法の矢によってつらぬかれた魔物は、ほどなくして突進する勢いを失った。
暴走した魔力によって生まれてきた生物はその力を失い、ずたずたになった四肢を投げ出しいる。
魔法の矢の、最後の一発が魔物に命中した。もはや自らの意思で動くことのなくなった魔物は、命中した矢による反動を推進力に、ゆらゆらと後退していく。魔物の後背はるか先には、戦闘開始前に見えていた巨大な赤い惑星がたたずんでいた。
その姿を見送っていると。
不意に、〈ドルソーラス〉が上昇の意思を示した。
状況の確認もできないまま、けれども私はその意思に従った。
直後、〈ドルソーラス〉の足下を高速で移動する物体が通過していった。
これは……魔物の遠隔攻撃?
それに気づいて、〈ドルソーラス〉が回避運動をするように指示してきた、ということか。
なぜ〈ドルソーラス〉にそんな意志が宿ったのかはわからない。
けれども。
意志などもつはずのないはずの兵器……魔導機兵……に意志のようなものが芽生え、戦闘支援をしてくれているというのは間違いなさそうだ。
私は手近なところにいる敵集団に目標を定め、そちらへ〈ドルソーラス〉を飛翔させた。
残る敵の掃討は、これまでに何百回となく繰り返してきた魔物との戦闘に比べれば、はるかに容易だった。
私は普段どおりに戦っていればいい。そうすれば、要所要所で〈ドルソーラス〉が私を導いてくれる。
そんな安心感……そう、「安心」だ……の中、私は〈ドルソーラス〉の意思とともに魔物との戦いを続けて。
気付いたときには、普段よりもはるかに短い時間で、魔物の殲滅が終わっていた。
私は遠方で待機していた宇宙船〈アルフェルム〉を呼び寄せ、〈ドルソーラス〉を格納庫に着地させた。
格納庫の三番ケージに〈ドルソーラス〉を片膝立ちの姿勢で駐機させ、〈ドルソーラス〉の操縦室から格納庫へと降り立つ。
「任務成功。今回も魔物の殲滅を完了しました。……いつもありがとう、〈ドルソーラス〉」
〈ドルソーラス〉を見上げながら、いつものどおりの言葉を〈ドルソーラス〉に向かってかけながら。
私は久しぶりに、「ありがとう」という言葉の重みを、かみしめていた。
1
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる