5 / 8
第四話 夢の向こうの孤影
しおりを挟む
その日のゲーマー仲間との練習試合は、ぼくの圧勝だった。ネットワークの向こう側で対戦相手をつとめてくれていたハルトがコントローラーを投げ出すのが、モニターの隅に表示されているビデオチャット画面に映っていた。
『相変わらず絶好調だなあ、蓮。とても勝てる気がしねえよ』
「たまたまだよ、たまたま」
ぼくは苦笑いを返した。
「長いこと調子いいのが続いてるし、そのうち反動が来て長い絶不調になりそうで、ちょっと怖いんだよね」
『またまたぁ。シャークゾンビ・バスターズの世界チャンピオンがそんなご謙遜をしなくてもいいのにぃ』
女の子の声。ハルトとの対戦途中にチャットルームに入ってきて、ぼくらの試合を観戦していたサキだった。
『それにしても、ハルトじゃないけどほんとに最近絶好調だね。なんかあった?』
「うーん、あったといえばあったし、なかったといえばなかった、感じかなあ」
『なにそれ? ヘンなの』
サキがからからと笑う。
……。
なにかあった、といえば確かにあった。ぼくは夢の中のゲームで〈ドルソーラス〉というロボットになって、夢の中で〈ドルソーラス〉を操作している誰かと一緒に、ゲーム内のミッションを攻略した。
なにもなかった、といってしまえばそれも確かに正しい。しょせんは夢の中の話。現実になにか影響があるわけではない。
けれども。
ふと思いついて、ぼくは口を開いた
「ねえ、インディーズでもなんでもいいんだけど、ロボットを操縦して宇宙で戦うゲームってなにがあるっけ? FPSかTPSで」
チャット画面のハルトとサキが目線を交わし合った。
二人は次々に思い当たるタイトルを挙げてくれたけれども、どれも知っているゲーム作品で、少なくともぼくの夢と一致するものはないようだった。
やっぱりあれは、夢の中にだけ存在している幻のゲーム、ってことなのだろうか。
『どうしたの? こんどはそっち系のゲームでチャンピオンを目指すの?』
サキの言葉に、
「そういうわけじゃないけど、ちょっとね」
ぼくは言葉を濁した。
──夢を見た。
今日も、ぼくの目の前には青銀色の髪をもった女性が立っている。
……あれ?
髪が、短い。
昨日の夢では背中まで届くような長い髪をしていたはずだけれども、今日はその髪が肩の上でばっさりと切り落とされている。
夢の中のゲームだから、そういう演出があってもおかしくはないとは思うけれど、ゲームの登場キャラの髪型が変わるというのは、なかなか凝っている。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
彼女は、いつもの無表情でいつものセリフをいい、いつものように片膝立ちをしている〈ドルソーラス〉に乗り込む。
そしていつものように胸部のコックピットハッチが閉じたけれども。
「今日も、私を手助けしてくれる?」
姿の見えなくなった女性の声が聞こえてきた。
驚いた。
ゲーム内の演出的に、コックピットに座っている彼女が発した言葉だというのは理解できた。けれども、前回もその前も、コックピットの彼女がしゃべる演出がなかったので「そういうものなんだ」と思っていたのだ。
……まあ、それはともかくとして。
ゲームのキャラとはいえ、美女に「手助けしてくれる?」なんて訊かれたら、否と応えるわけにはいかないだろう。
我ながら単純だな、とは思ったけれども、「前よりも張り切るぞ!」と思ってしまったのは確かだった。これがゲームでなければふざけ半分で親指を立てて彼女に応えているところだけれど……。
……。
〈ドルソーラス〉は右腕を持ち上げて、親指を立ててみせた。
「〈ドルソーラス〉……?」
驚きと戸惑いが入り交じった声で、女性がつぶやいた。続けて彼女が「どういうことなの?」と小さな声でいったのも、ぼくはしっかりと聞き取っていた。
そういえば。
これまでずっと、二種類の棒読みのセリフだけを聞かされていたけれども、感情が交じった彼女のセリフを聞いたのは、初めてかもしれない。
「まさか、本当に?」
本当になんなのか、彼女は皆までいわなかった。
ぼくは、違和感に気づいた。
ずっとこの夢は、コンピューターゲームの夢だと思っていた。
だから出撃前の彼女が表情も変えずに棒読みのセリフをしゃべり、戦闘中は口をきかず、戦闘終了後に無表情のまま棒読みのセリフをしゃべることを、そのまま受け入れていたのだ。
でも。
今の彼女は、とてもゲームの登場キャラのようには思えなかった。……いや、彼女だけじゃない。ぼくの意志に従ってサムズアップをした〈ドルソーラス〉も。普通のゲームなら、ぼくがたった今思いついたおふざけに対応した挙動をあらかじめ仕込んでおくなんてことは、まずしないだろう。
……もちろん、これは「なんでもアリ」な夢の世界だ。夢の世界のゲームなんだから「なんでもアリ」なのだろうとは思う。
でもそれなら。
なんで思うようになる部分と、そうじゃない部分とがある? 「なんでもアリ」な夢の世界なら、なんでもかんでもぼくの思うとおりになってもいいじゃないか。
そんなことを考えていると、唐突に地面が揺れた。
「しまった」
青銀色の髪の女性がいった。
同時に、いつも使っている出撃用ハッチが開き、ぼくは宇宙へと飛び出した。
ぼくの背後には、魚に似た流線型のシルエットの宇宙船。
そしてその宇宙船をめがけて次々と迫ってくる敵の群れ。
今日は敵の奇襲を受けた、というシチュエーションらしい。
宇宙船に到達した敵の数はまだ多くはないけれど、まごまごしていたら大量の敵が押し寄せてくるだろう。
宇宙船は、お世辞にも戦闘に適している、とはいえないような外観をしている。SF映画に出てくるようなビーム砲の砲台もミサイルの発射口のようなものもないし、船首に巨大な砲口があいている、なんてこともない。
まずは宇宙船のごく近くにいた何体かの敵を撃破。レーダーを確認すると、次の敵集団が到達するまでに、少し時間的な余裕がありそうだ。
幸いなことに、宇宙船は敵集団に包囲されているというわけではなかった。
敵の集団は一か所に固まっている。それ以外に敵の姿はなく、すべての敵はその場所から押し寄せてくるだけのようだった。
この状況なら、包囲される前にこちらから敵集団に突っ込んで殲滅を狙うのがいいだろう。
どうやら〈ドルソーラス〉を操作している誰かも、同じ事を考えたらしい。〈ドルソーラス〉……ぼく……は、一直線に敵集団の先頭に向かって突っ込んでいった。
遠隔攻撃で先頭集団の一角をくずし、そのまま集団の中に飛び込む。武器を接近戦用のビームソードっぽい光る剣に切り替え、当たるを幸い斬りまくる。
これまでの戦いで予想できていたけれども、敵の思考ルーチンはかなり単純なようで、自分たちの近くにいる存在に対して優先的に攻撃目標を定めている様子が見受けられる。
当然ながら攻撃目標は後方の宇宙船ではなくぼくらのほうに向き、「宇宙船を守る」という当面の目的は達成できそうだった。
そうして敵集団の中で大暴れすることしばし。前回の戦いから引き続いて、ぼくは〈ドルソーラス〉を実際に操作している誰かのクセに気づいていた。
右からの攻撃を左方向に躱し、続く正面からの攻撃を躱しきれずにもらってしまう。上か下かに回避していれば一発も攻撃をもらわずにすんだはず、と思うのだけれども、どうも三次元的な機動はちょっと苦手らしい。
それからもう一つ。これは心底意外だったのだけれど、どうやら距離をとっての撃ち合いよりも、接近しての格闘戦のほうが、この誰かさんはお好みらしい。
基本的に敵のほとんどは遠隔攻撃の手段をもっていないようなので、遠くからの射撃で撃ち落としてしまったほうが有利なはずなのに、敵が近づいてくるとすぐに接近戦に切り替えてしまう。
ただ、「接近戦を好む」ようだという彼女の思考に反して、その戦い方は優雅にして繊細だった。軽やかな動きで敵を翻弄し、的確な一撃で目標を両断する。
たぶん動体視力や反射神経に優れているのだろう。でなければ、ここまでの動きは難しい。
……のだけれども。
集中力が切れてしまうのか、それとも元々うっかりさんなのか。時折「えっ、なんでその攻撃をもらっちゃうの?」と思わずにはいられない単純な攻撃を回避しそこねる、みたいなことをしでかしてしまうのはご愛嬌か。
まあそのあたりをフォローするのもぼくの仕事だと理解はした。自画自賛にはなってしまうけれども、ぼくの先導によって〈ドルソーラス〉が敵の攻撃を受ける回数は激減し、結果として敵の殲滅に要する時間は大いに短縮されたはずだ。
そしてぼくは……いやぼくらは、後方に控えている宇宙船への到達を許すことなく、敵の殲滅に成功した。
レーダーに敵影がなくなった状態で〈ドルソーラス〉は周囲をぐるりと一望する。
遠くに青白い太陽が輝いていた。その色はそんなに似ているというわけではなかったけれども、ぼくはその青白い太陽の輝きが、〈ドルソーラス〉の操縦室にいる女の人の髪の色に似ているような気がした。
そして〈ドルソーラス〉は宇宙船に帰還する。
いつの間にか青銀色の髪の女性は言葉を発しなくなっていた。いつものようにぼくは格納庫の三番ケージに駐機され、胸のコックピットハッチが開いて青銀色の髪の女性が降りてくる。
女性はいつもの無表情で、いつもの言葉をいった。
「任務成功。今回も魔物の殲滅を完了しました。……いつもありがとう、〈ドルソーラス〉」
そしてぼくは目を覚ました。
それから何日か。
ぼくは毎日、同じだけれども違う夢を見た。
ぼくは〈ドルソーラス〉の視点で、誰とも知らないプレイヤーが操作する〈ドルソーラス〉にアドバイスを送って、ステージをクリアしていく。
戦場となる宇宙空間は、毎回異なっていた。
大小様々な岩石が大量に浮かんでいる岩石宙域で。
カチコチに凍り付いた惑星の上空で。
薄暗い、赤黒い小さな太陽を間近に見ながら。
……「誰とも知らないプレイヤー」というのは嘘だ。
ぼくは気付いていた。〈ドルソーラス〉を操縦しているのは、毎回ぼくに、無表情のまま「今日もよろしくね」と挨拶してくれる青銀色の髪の女の人だということに。
そしてあれから、彼女は「よろしくね」のあと、〈ドルソーラス〉に乗るたびに「今日も、私を手助けしてくれる?」と尋ねてくるようになった。もちろんぼくは、それにサムズアップで応える。
そんなやりとりが加わった以外は相変わらずで、彼女は無表情だったし、戦闘中も終始無言だった。
それからもう一つ、気付いたことがある。
夢の中の彼女の髪が、少しずつ伸びていた。
ただその伸び方は一定しておらず、一気に何センチも伸びたこともあれば、伸びたのか伸びていないのかわからない、といったときもあった。
……それはともかくとして、ぼくと彼女の連携は、「手助けしてくれる?」にサムズアップで応えるというやりとりを重ねるたびに、上達していった。
一回の戦いを経るごとに、ぼくは彼女の戦い方のクセに気付く。そんな彼女の戦い方のクセに合わせて、〈ドルソーラス〉の操作指示をする。
そしてまた、ぼくの指示に応える彼女の「遅延」は短くなっていった。時にはぼくの指示と彼女の操縦が完璧に一致することもあって、そんなときは「してやったり」と思ったりもするようになった。
同時に、ぼくは少しずつ、別の事実にも気付いていった。
ぼくが「ゲームの世界」だと思っていたこの夢の世界は、夢の世界でもゲームの世界でもないのではないか、ということに。
そう。ぼくが毎日見ているこの夢は「なんでもアリな夢の世界」でもなければ、決められたルールやシステムの中だけで物事が完結するゲームの世界でもない。
たぶんこれは、「異世界」というやつだ。
科学が高度に発達した現代と異なり、魔法が高度に発達した世界。そんな世界に存在している〈ドルソーラス〉というロボットに、ぼくは夢の中で乗り移っているんだ。
夢は必ず彼女の「今日もよろしくね」で始まり、「いつもありがとう」で終わる。どんなに「よろしくね」よりも前を、「ありがとう」よりあとを確認したくても、それよりも前やあとを見ることができない。
おそらく〈ドルソーラス〉が起動すると、ぼくは夢の中で〈ドルソーラス〉とつながり、彼女が〈ドルソーラス〉のエンジンを切る(といういい方が正しいのかどうかはわからないけど)と、ぼくは目覚める。そんな仕組みになっているんだろう。
なぜぼくが〈ドルソーラス〉とつながってしまったのか、これはいつまで続くのかとか色々と疑問はあるのだけれども、今のところその点に関しては答えは出そうにない。
……ただ、答えが出そうな疑問が一つある。
なぜ、彼女は一人なんだろう。
〈ドルソーラス〉の拠点となっている宇宙船。
ぼくはその外観と格納庫しか見たことがないのだけれども、格納庫にいるのは常に彼女一人だった。
SF映画やアニメなら、格納庫で機体の整備をするメカニックスのスタッフや、ほかの戦闘ロボット、そして同僚のパイロットなんかがいてもおかしくはないはずなのに。
格納庫にいるのは常に彼女一人。
ほかに〈ドルソーラス〉みたいなロボットを格納・整備できそうなケージはいくつもあるのに、この格納庫には〈ドルソーラス〉が一機あるだけ。
この大きな宇宙船に乗っているのは本当に彼女一人だけなのだろうか。一人だけなのだとしたら、なぜ彼女は、たった一人で宇宙船に乗って、敵と戦い続けているんだろう。
ぼくは、そのことを彼女に問うてみたいと思った。
『相変わらず絶好調だなあ、蓮。とても勝てる気がしねえよ』
「たまたまだよ、たまたま」
ぼくは苦笑いを返した。
「長いこと調子いいのが続いてるし、そのうち反動が来て長い絶不調になりそうで、ちょっと怖いんだよね」
『またまたぁ。シャークゾンビ・バスターズの世界チャンピオンがそんなご謙遜をしなくてもいいのにぃ』
女の子の声。ハルトとの対戦途中にチャットルームに入ってきて、ぼくらの試合を観戦していたサキだった。
『それにしても、ハルトじゃないけどほんとに最近絶好調だね。なんかあった?』
「うーん、あったといえばあったし、なかったといえばなかった、感じかなあ」
『なにそれ? ヘンなの』
サキがからからと笑う。
……。
なにかあった、といえば確かにあった。ぼくは夢の中のゲームで〈ドルソーラス〉というロボットになって、夢の中で〈ドルソーラス〉を操作している誰かと一緒に、ゲーム内のミッションを攻略した。
なにもなかった、といってしまえばそれも確かに正しい。しょせんは夢の中の話。現実になにか影響があるわけではない。
けれども。
ふと思いついて、ぼくは口を開いた
「ねえ、インディーズでもなんでもいいんだけど、ロボットを操縦して宇宙で戦うゲームってなにがあるっけ? FPSかTPSで」
チャット画面のハルトとサキが目線を交わし合った。
二人は次々に思い当たるタイトルを挙げてくれたけれども、どれも知っているゲーム作品で、少なくともぼくの夢と一致するものはないようだった。
やっぱりあれは、夢の中にだけ存在している幻のゲーム、ってことなのだろうか。
『どうしたの? こんどはそっち系のゲームでチャンピオンを目指すの?』
サキの言葉に、
「そういうわけじゃないけど、ちょっとね」
ぼくは言葉を濁した。
──夢を見た。
今日も、ぼくの目の前には青銀色の髪をもった女性が立っている。
……あれ?
髪が、短い。
昨日の夢では背中まで届くような長い髪をしていたはずだけれども、今日はその髪が肩の上でばっさりと切り落とされている。
夢の中のゲームだから、そういう演出があってもおかしくはないとは思うけれど、ゲームの登場キャラの髪型が変わるというのは、なかなか凝っている。
「今日もよろしくね、〈ドルソーラス〉」
彼女は、いつもの無表情でいつものセリフをいい、いつものように片膝立ちをしている〈ドルソーラス〉に乗り込む。
そしていつものように胸部のコックピットハッチが閉じたけれども。
「今日も、私を手助けしてくれる?」
姿の見えなくなった女性の声が聞こえてきた。
驚いた。
ゲーム内の演出的に、コックピットに座っている彼女が発した言葉だというのは理解できた。けれども、前回もその前も、コックピットの彼女がしゃべる演出がなかったので「そういうものなんだ」と思っていたのだ。
……まあ、それはともかくとして。
ゲームのキャラとはいえ、美女に「手助けしてくれる?」なんて訊かれたら、否と応えるわけにはいかないだろう。
我ながら単純だな、とは思ったけれども、「前よりも張り切るぞ!」と思ってしまったのは確かだった。これがゲームでなければふざけ半分で親指を立てて彼女に応えているところだけれど……。
……。
〈ドルソーラス〉は右腕を持ち上げて、親指を立ててみせた。
「〈ドルソーラス〉……?」
驚きと戸惑いが入り交じった声で、女性がつぶやいた。続けて彼女が「どういうことなの?」と小さな声でいったのも、ぼくはしっかりと聞き取っていた。
そういえば。
これまでずっと、二種類の棒読みのセリフだけを聞かされていたけれども、感情が交じった彼女のセリフを聞いたのは、初めてかもしれない。
「まさか、本当に?」
本当になんなのか、彼女は皆までいわなかった。
ぼくは、違和感に気づいた。
ずっとこの夢は、コンピューターゲームの夢だと思っていた。
だから出撃前の彼女が表情も変えずに棒読みのセリフをしゃべり、戦闘中は口をきかず、戦闘終了後に無表情のまま棒読みのセリフをしゃべることを、そのまま受け入れていたのだ。
でも。
今の彼女は、とてもゲームの登場キャラのようには思えなかった。……いや、彼女だけじゃない。ぼくの意志に従ってサムズアップをした〈ドルソーラス〉も。普通のゲームなら、ぼくがたった今思いついたおふざけに対応した挙動をあらかじめ仕込んでおくなんてことは、まずしないだろう。
……もちろん、これは「なんでもアリ」な夢の世界だ。夢の世界のゲームなんだから「なんでもアリ」なのだろうとは思う。
でもそれなら。
なんで思うようになる部分と、そうじゃない部分とがある? 「なんでもアリ」な夢の世界なら、なんでもかんでもぼくの思うとおりになってもいいじゃないか。
そんなことを考えていると、唐突に地面が揺れた。
「しまった」
青銀色の髪の女性がいった。
同時に、いつも使っている出撃用ハッチが開き、ぼくは宇宙へと飛び出した。
ぼくの背後には、魚に似た流線型のシルエットの宇宙船。
そしてその宇宙船をめがけて次々と迫ってくる敵の群れ。
今日は敵の奇襲を受けた、というシチュエーションらしい。
宇宙船に到達した敵の数はまだ多くはないけれど、まごまごしていたら大量の敵が押し寄せてくるだろう。
宇宙船は、お世辞にも戦闘に適している、とはいえないような外観をしている。SF映画に出てくるようなビーム砲の砲台もミサイルの発射口のようなものもないし、船首に巨大な砲口があいている、なんてこともない。
まずは宇宙船のごく近くにいた何体かの敵を撃破。レーダーを確認すると、次の敵集団が到達するまでに、少し時間的な余裕がありそうだ。
幸いなことに、宇宙船は敵集団に包囲されているというわけではなかった。
敵の集団は一か所に固まっている。それ以外に敵の姿はなく、すべての敵はその場所から押し寄せてくるだけのようだった。
この状況なら、包囲される前にこちらから敵集団に突っ込んで殲滅を狙うのがいいだろう。
どうやら〈ドルソーラス〉を操作している誰かも、同じ事を考えたらしい。〈ドルソーラス〉……ぼく……は、一直線に敵集団の先頭に向かって突っ込んでいった。
遠隔攻撃で先頭集団の一角をくずし、そのまま集団の中に飛び込む。武器を接近戦用のビームソードっぽい光る剣に切り替え、当たるを幸い斬りまくる。
これまでの戦いで予想できていたけれども、敵の思考ルーチンはかなり単純なようで、自分たちの近くにいる存在に対して優先的に攻撃目標を定めている様子が見受けられる。
当然ながら攻撃目標は後方の宇宙船ではなくぼくらのほうに向き、「宇宙船を守る」という当面の目的は達成できそうだった。
そうして敵集団の中で大暴れすることしばし。前回の戦いから引き続いて、ぼくは〈ドルソーラス〉を実際に操作している誰かのクセに気づいていた。
右からの攻撃を左方向に躱し、続く正面からの攻撃を躱しきれずにもらってしまう。上か下かに回避していれば一発も攻撃をもらわずにすんだはず、と思うのだけれども、どうも三次元的な機動はちょっと苦手らしい。
それからもう一つ。これは心底意外だったのだけれど、どうやら距離をとっての撃ち合いよりも、接近しての格闘戦のほうが、この誰かさんはお好みらしい。
基本的に敵のほとんどは遠隔攻撃の手段をもっていないようなので、遠くからの射撃で撃ち落としてしまったほうが有利なはずなのに、敵が近づいてくるとすぐに接近戦に切り替えてしまう。
ただ、「接近戦を好む」ようだという彼女の思考に反して、その戦い方は優雅にして繊細だった。軽やかな動きで敵を翻弄し、的確な一撃で目標を両断する。
たぶん動体視力や反射神経に優れているのだろう。でなければ、ここまでの動きは難しい。
……のだけれども。
集中力が切れてしまうのか、それとも元々うっかりさんなのか。時折「えっ、なんでその攻撃をもらっちゃうの?」と思わずにはいられない単純な攻撃を回避しそこねる、みたいなことをしでかしてしまうのはご愛嬌か。
まあそのあたりをフォローするのもぼくの仕事だと理解はした。自画自賛にはなってしまうけれども、ぼくの先導によって〈ドルソーラス〉が敵の攻撃を受ける回数は激減し、結果として敵の殲滅に要する時間は大いに短縮されたはずだ。
そしてぼくは……いやぼくらは、後方に控えている宇宙船への到達を許すことなく、敵の殲滅に成功した。
レーダーに敵影がなくなった状態で〈ドルソーラス〉は周囲をぐるりと一望する。
遠くに青白い太陽が輝いていた。その色はそんなに似ているというわけではなかったけれども、ぼくはその青白い太陽の輝きが、〈ドルソーラス〉の操縦室にいる女の人の髪の色に似ているような気がした。
そして〈ドルソーラス〉は宇宙船に帰還する。
いつの間にか青銀色の髪の女性は言葉を発しなくなっていた。いつものようにぼくは格納庫の三番ケージに駐機され、胸のコックピットハッチが開いて青銀色の髪の女性が降りてくる。
女性はいつもの無表情で、いつもの言葉をいった。
「任務成功。今回も魔物の殲滅を完了しました。……いつもありがとう、〈ドルソーラス〉」
そしてぼくは目を覚ました。
それから何日か。
ぼくは毎日、同じだけれども違う夢を見た。
ぼくは〈ドルソーラス〉の視点で、誰とも知らないプレイヤーが操作する〈ドルソーラス〉にアドバイスを送って、ステージをクリアしていく。
戦場となる宇宙空間は、毎回異なっていた。
大小様々な岩石が大量に浮かんでいる岩石宙域で。
カチコチに凍り付いた惑星の上空で。
薄暗い、赤黒い小さな太陽を間近に見ながら。
……「誰とも知らないプレイヤー」というのは嘘だ。
ぼくは気付いていた。〈ドルソーラス〉を操縦しているのは、毎回ぼくに、無表情のまま「今日もよろしくね」と挨拶してくれる青銀色の髪の女の人だということに。
そしてあれから、彼女は「よろしくね」のあと、〈ドルソーラス〉に乗るたびに「今日も、私を手助けしてくれる?」と尋ねてくるようになった。もちろんぼくは、それにサムズアップで応える。
そんなやりとりが加わった以外は相変わらずで、彼女は無表情だったし、戦闘中も終始無言だった。
それからもう一つ、気付いたことがある。
夢の中の彼女の髪が、少しずつ伸びていた。
ただその伸び方は一定しておらず、一気に何センチも伸びたこともあれば、伸びたのか伸びていないのかわからない、といったときもあった。
……それはともかくとして、ぼくと彼女の連携は、「手助けしてくれる?」にサムズアップで応えるというやりとりを重ねるたびに、上達していった。
一回の戦いを経るごとに、ぼくは彼女の戦い方のクセに気付く。そんな彼女の戦い方のクセに合わせて、〈ドルソーラス〉の操作指示をする。
そしてまた、ぼくの指示に応える彼女の「遅延」は短くなっていった。時にはぼくの指示と彼女の操縦が完璧に一致することもあって、そんなときは「してやったり」と思ったりもするようになった。
同時に、ぼくは少しずつ、別の事実にも気付いていった。
ぼくが「ゲームの世界」だと思っていたこの夢の世界は、夢の世界でもゲームの世界でもないのではないか、ということに。
そう。ぼくが毎日見ているこの夢は「なんでもアリな夢の世界」でもなければ、決められたルールやシステムの中だけで物事が完結するゲームの世界でもない。
たぶんこれは、「異世界」というやつだ。
科学が高度に発達した現代と異なり、魔法が高度に発達した世界。そんな世界に存在している〈ドルソーラス〉というロボットに、ぼくは夢の中で乗り移っているんだ。
夢は必ず彼女の「今日もよろしくね」で始まり、「いつもありがとう」で終わる。どんなに「よろしくね」よりも前を、「ありがとう」よりあとを確認したくても、それよりも前やあとを見ることができない。
おそらく〈ドルソーラス〉が起動すると、ぼくは夢の中で〈ドルソーラス〉とつながり、彼女が〈ドルソーラス〉のエンジンを切る(といういい方が正しいのかどうかはわからないけど)と、ぼくは目覚める。そんな仕組みになっているんだろう。
なぜぼくが〈ドルソーラス〉とつながってしまったのか、これはいつまで続くのかとか色々と疑問はあるのだけれども、今のところその点に関しては答えは出そうにない。
……ただ、答えが出そうな疑問が一つある。
なぜ、彼女は一人なんだろう。
〈ドルソーラス〉の拠点となっている宇宙船。
ぼくはその外観と格納庫しか見たことがないのだけれども、格納庫にいるのは常に彼女一人だった。
SF映画やアニメなら、格納庫で機体の整備をするメカニックスのスタッフや、ほかの戦闘ロボット、そして同僚のパイロットなんかがいてもおかしくはないはずなのに。
格納庫にいるのは常に彼女一人。
ほかに〈ドルソーラス〉みたいなロボットを格納・整備できそうなケージはいくつもあるのに、この格納庫には〈ドルソーラス〉が一機あるだけ。
この大きな宇宙船に乗っているのは本当に彼女一人だけなのだろうか。一人だけなのだとしたら、なぜ彼女は、たった一人で宇宙船に乗って、敵と戦い続けているんだろう。
ぼくは、そのことを彼女に問うてみたいと思った。
1
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
聖女を追放した国は、私が祈らなくなった理由を最後まで知りませんでした
藤原遊
ファンタジー
この国では、人の悪意や欲望、嘘が積み重なると
土地を蝕む邪気となって現れる。
それを祈りによって浄化してきたのが、聖女である私だった。
派手な奇跡は起こらない。
けれど、私が祈るたびに国は荒廃を免れてきた。
――その役目を、誰一人として理解しないまま。
奇跡が少なくなった。
役に立たない聖女はいらない。
そう言われ、私は静かに国を追放された。
もう、祈る理由はない。
邪気を生み出す原因に目を向けず、
後始末だけを押し付ける国を守る理由も。
聖女がいなくなった国で、
少しずつ異変が起こり始める。
けれど彼らは、最後まで気づかなかった。
私がなぜ祈らなくなったのかを。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる