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第二部 運喰らい
三
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ぼくは黒板をうつす手をやすめ、ちらりと腕時計に目を向けた。授業の終わりまで、あと五分。今、授業をしている現国の広田先生は、チャイムと同時にやってきて、チャイムと同時に授業を終了することで有名だった。つまり、昨日までの宮島の行動パターンから考えれば、十分に時間に余裕はあることになる。
そのことを確認すると、ぼくは、ノートの余白を埋めにかかった。
そして。
授業終了のチャイム。先生が「じゃあ、今日はここまで」宣言し、教壇を下りる。そして先生が教室から出ていくのを見届けると、ぼくは大急ぎでカバンから弁当箱を出し、立ち上がった。が。
「みっねっぎっしくぅーん!」
聞き慣れた、やけに明るい声が、教室の後方の出入口から、教室中に響きわたる。教室中の視線がまずその声の主……もちろん、他ならぬ宮島順子だ……に向かい、そして続いてぼくの方へ。ぼくの前の席の本間が、にやにや笑いながら声をかけてくる。
「ほら、峰岸。カノジョがお呼びだぞ」
月曜日から、こうして昼休みのたびに教室にやってくる宮島が、ぼくの「カノジョ」である、というのは、その当人であるはずのぼくの「公式な発表」もないままに、既成の事実になってしまっていた。こうなってしまうと、なんだか否定するのもばかばかしくなってしまい、ぼくはクラスの連中が勘違いするにまかせておくことに決めていた。
「わかってるよ」ぼくはなるべく感情がこもらないように注意しながら応え、弁当箱を持って宮島の方へ駆け足で向かった。さすがに三日目ともなると、クラスのみんなも昼休みになるとやってくる、このちょっと変わった二年生のことは、意識的に注意を払わなくなるようになってはいたけれども。
「いいかげんにしてよ、宮島。恥ずかしいなあ」
どうせ、いっても聞きはしない、とわかってはいたけれども、文句の一つもいいたくなる。けれども、宮島は
「別にいいじゃない。あたしだって、峰岸くんと同じくらい恥ずかしい思いをしているんだから」ちっとも「恥ずかしい」なんて思っていないような口調で、しれっと言葉を返す。先にたってすたすたと歩き始めた彼女の後を追って歩き始め、ぼくは大仰にため息をついた。
「あのさ、ぼくのクラスで、宮島がどんなふうに思われてるか、わかってる?」
「カノジョでしょ? 峰岸くんの」それがどうした、とでもいうように、宮島は言葉を返し、「峰岸くんは、あたしがカノジョじゃ、不満なの?」
冗談とも本気ともつかない問い。
「そういう問題じゃないだろ」ぼくは答えをごまかして、少し声のボリュームを落とした。「ぼくが宮島のボディガードをするのは、今週だけなんだよ。来週からぱたっと宮島が来なくなったりしたら、それこそいい笑いものだよ」
「なんだ、お前は自分の体面を気にしているのか?」
突然、耳元で声。さすがになれてきたとはいえ、やはり、唐突に耳元で声が聞こえる、というのはあまり気持ちのいいものではない。「脅かすなよ、ヤーナス。こっちに来たら、合図してくれ、っていってるだろ?」ぼくは、肩の上にいるはずの「運喰らい」に声をかけた。「今のが合図だ」ヤーナスは応え、「まあ、そういうことなら安心しろ。順子は来週も……」
「ヤーナス」短くつぶやき、宮島はヤーナスの言葉をさえぎった。けれども。
「来週も?」ぼくは宮島に目を向けた。
「……悪い?」今ので開き直ったのだろうか。宮島はぼくの方に目を向け、悪びれずに応えた。「来週も、なんてけちくさいこといわないで、再来週も、その次も。毎日いってあげるからね」
にっこりと笑う宮島の言葉を聞きながら、「恥ずかしい」とか何とかいいながらも、本気で自分がそれをいやがっているわけではないということに、ぼくは気づいていた。
けれども、それに気づいていながらも、宮島の言葉には、大仰なため息でしか応えることのできない自分が、なんだか妙に、情けなかった。
「何よ、そのため息?」少しむくれた宮島の言葉に、「別に」ぼくは投げやりに応え、外を見た。秋晴れの、いい天気。
「天気いいから、外でご飯食べようか?」ぼくはいい、
「そうだね」
宮島もうなずきを返した。
中庭の、人目につきにくい場所を選んで、ぼくらはそこで昼食を広げた。ヤーナスも姿をあらわし、中庭の木陰で三人、不自然なくらいに穏やかな時間が過ぎていく。
初めてぼくらの前に姿をあらわしたヤーナスは、哀れなくらいにやせていたけれど、こうしてぼくらと一緒に食事をするようになってからは、栄養状態が良くなったおかげか、この三日で見違えるほどに、柔らかな、女性の体つきになっていった。
今まで着ていたぼろをつぎはぎしたような服は、魔法を使って小さくした宮島の古着に着替え、純白の髪をきちんと切りそろえ、今日はポニーテールにまとめている。一日ごとに変わるヤーナスの髪型は、宮島がやっているものだ、ということだった。『楽しいよぉ。どんな髪型にしても、この子、すごく似合うんだもん』心底楽しげに、宮島はいったものだ。
それにしても。あらためて、ぼくはこの、身長二十センチほどの女の子をまじまじと見つめた。彼女が、今も宮島の運を吸い取っているなんて。
確かに、宮島は外見上なんの変化もないようだったけれども、月曜日から、つきのなさが目立ちはじめるようになっていた。道を歩けば何かにつまづいて転びかけ、気を取り直して喫茶店に入れば、財布を学校に忘れる。昨日も、家で何かあったらしく、彼女の右手人差し指に、包帯が巻かれていた。
ぼくが気がついただけでもこれだけあるのだから、きっと彼女の教室でも、同じようなことはいくらでも起きているのだろう。たぶん、それをいちいちぼくに報告する必要はないと思って、ぼくには教えていないだけで。
と、ぼくの視線に気づいたのか、ヤーナスがぼくの方に目を向ける。「どうした?」ヤーナスの問いに「別に」ぼくは曖昧に言葉を返す。「なんか、やーらしいことでも考えてたんでしょ?」宮島が横から茶々を入れてくるのに、
「違うって」
苦笑しながら言葉を返す。「宮島のこと、考えていたんだ」
「あたしの?」目を少し大きく開いて、宮島はぼくに目を向けた。「ヤーナスを見ながらじゃ、説得力がないんじゃない?」意地悪く問うてくる。ぼくは小さく苦笑すると、
「ヤーナスが、宮島の運を吸い取っている、ってことが、まだ信じられなくて」
ぼくの言葉に、「そうね」表情をあらため、宮島も同意の言葉を返した。「あたしだって、こんなのに自分の運が吸い取られているなんて、まだ信じられないもん」
ヤーナスに目を向ける宮島。「こんなので悪かったな」ヤーナスは少し憮然とした面もちでいい、「それなら、母がお前にとりついた方がよかったか? あっちは、どこから見てもただの化け物だったぞ」
あくまで淡々としたヤーナスの言葉に、宮島はぶるり、と身体をふるわせた。「そっちの方が、できれば遠慮したいなぁ」そしてにこり、とヤーナスに微笑みかける。
「大丈夫だよ。大山が、絶対に何とかしてくれるから」
自信たっぷりに宮島はいい、ぼくの方に目を向ける。「ちょっと頼りないけど、あたしを守ってくれるナイトもいるしね」そして、ヤーナスに向けたのと同じ微笑み。
『峰岸くんには、登下校の時とあいてる時間、あたしのボディガードをやってもらうからね』
宮島にそういわれたとき、とっさに思ったのは、学年が同じなんだから、学校の中では大山さんが宮島を守ってあげればいいじゃないか、ということだった。それに大山さんは、自分自身を「有能だ」といえるほどに有能な魔法使いなのだから。ぼくなんかよりも、よほど頼りになるじゃないか。
口元まででかかった言葉は、けれども大山さんの言葉で、消えてしまった。
『そうだな。その方がいいだろう。……日曜まで、一週間、おれは学校を休むから』
その理由は、はっきりしていた。そして大山さんはぼくに目を向け、『本当なら、こういうのはおれの仕事なんだろうけどな。迷惑だろうけど、頼んだぞ』
……「ナイト」、か。ぼくは、宮島の言葉を反芻した。なんだか、その役回りは、自分にはひどく不釣り合いな気がした。どんなにがんばったところで、ぼくは、彼女のナイトになることはできないのだから。
宮島の言葉に、ぼくは小さく自嘲の笑みを浮かべた。「せめて、ぼくも魔法使いだったなら、ね」そして、ため息。
ふとぼくは、宮島が、悲しげな瞳でぼくを見ていることに気づいた。その、彼女の悲しげな視線を受けとめているうちに、なんだか、そんなことをいっている自分がひどくつまらない人間のような気がしてきて、ぼくはもう一つ、自己嫌悪のため息をついた。
「それで? 峰岸、お前が魔法使いだったら、どうなるのだ?」
唐突に問うたのは、ヤーナスだった。「え?」とっさのことに返事ができず、ぼくは頭の中で言葉をまとめようとした。けれども、その問いは、どうやらぼくの答えを期待してのものではなかったらしい。一時の間をおいて、ヤーナスが再び口を開いた。
「仮にお前が魔法使いだったとしても、きっとまだ見習いだろうな。で、その見習いのお前が、どうやって順子を守る?」
どうやって?
あ、そうか。
ようやく、ぼくは、ヤーナスが「魔法使いの運」を食う怪物だ、という事実を思い出した。仮にぼくが魔法使いだったとしても、宮島と一緒に、運をヤーナスに食われてしまってはどうしようもないのだ。
「この前、順子がいっていただろう? 順子は、順子にできる精一杯のことをする。だから、お前は、お前にできることをすればいい。それだけのことだ」
その言葉だけで、ぼくが抱えているもやもやしたものがいっぺんに吹っ切れたわけではなかったけれども、それでもなんとなく、すっきりした気分になれた。「そうだね」ぼくは小さく、ヤーナスにうなずいて見せた。ヤーナスもまたぼくにうなずきかけ、
「ついでだから、おもしろい話しをしてやろう。順子はな、お前がいたから、もう一度魔法の勉強をやり直す気になったらしいぞ」
「ヤーナス!」
宮島が、顔を赤くしてヤーナスを怒鳴りつける。「峰岸くんには内緒、っていったじゃない」彼女は語気荒くヤーナスに詰め寄ったけれども、ヤーナスはそんな彼女の態度などどこ吹く風と、平然と受け流す。「夕べ、お前が一方的に『峰岸には内緒だよ』といっただけで、私はそんな約束、した覚えはないぞ」
「ひっどぉい」宮島が頬をふくらます。
……ぼくがいたから、魔法の勉強をやり直す気になった? 思いもかけない言葉に、ぼくは少し戸惑って、彼女に目を向けた。まず最初に、彼女が一度魔法の勉強を中断しているらしい、ということに驚き、つづいて、それをやり直すきっかけになったのが、他ならぬぼくであるということに驚く。
「宮島……」思わず声がもれたけれども、それは響きわたる予鈴に、かき消されてしまった。
「いけない、次、移動教室なんだ」宮島はあわてて立ち上がり、ヤーナスを抱えると自分の肩に乗せる。次の瞬間、ヤーナスの姿がふっとかき消え、宮島はぱたぱたと駆け出した。「おーい、気をつけろよぉ」その背中に声をかけた直後、ぼくも次の時間は体育だということを思い出した。
「やべっ。急がなきゃ」
ぼくは一人つぶやき、駆け出した。
翌日、電車の中で宮島と合流したぼくは、彼女の変貌に、思わず目を見張った。
いつもと変わらない調子で「おはよう」と声をかけてきた彼女に、ぼくも「おはよう」と言葉を返し、そして少し間をおいて、問うた。
「昨日、ぼくと別れたときは、まだ長かったよね?」
ぼくの言葉の意味がわからなかったらしく、宮島は一時小首をかしげてぼくを見ていたけれども、唐突に、はっと納得顔になった。
「あ、髪の毛ね」いって、ぼくと同じくらいか、へたをすればぼくよりも短くなってしまった髪に、手を触れた。
「どう? 似合う?」冗談めかして問う宮島。
……今まで髪の長い彼女のイメージしかなかったので、似合うとか似合わないとか、そういう以前に、戸惑いの方が先にたってしまう。
「もうすぐ冬になるんだよ。そんなに短くしたら、寒いんじゃないの?」ひとまず彼女の質問には応えずに、ぼくは逆に問い返した。と、何かがぼくの耳を引っ張る。どうやら、ヤーナスがぼくの方へ移ってきたらしい。そのままヤーナスは、ぼくの耳元でささやいた。
「順子の運が、かなり落ちてきている」簡潔に、要件のみを伝えるヤーナス。「なんだって?」ぼくは、ヤーナスがいるとおぼしき場所に目を向け、小声で応えた。車両はあまり込んではおらず、ぼくらの周囲には、人はいない。ぼくはちらりと宮島に目を向け、ヤーナスの次の言葉を待った。
「私に運を吸い取られているのもそうなのだが、まずいことに順子本人も、運が落ち込む時期になってきていてな。今日明日あたりが、そのピークになりそうなのだ」
続けてヤーナスは、今朝、駅に着くまでに何度か、宮島が「運悪く」、危険な事態に遭遇した、と告げた。
そこまで聞いて、ぼくはひとまず、ヤーナスとの会話を打ち切り、
「宮島」彼女に顔を向けた。どうやら彼女は、ヤーナスがぼくに事情を説明するのを待っていたらしい。「なに?」応えたその表情には、何かいい様のない、張りつめたものがあった。
「学校、休んだ方がよかったんじゃないの?」そうすれば、少なくとも交通事故なんかの、不慮の事態はさけることができるはずだ。けれども、ぼくの言葉に、宮島は、小さく首を横にふった。
「いきなり学校を休んだら、峰岸くんが心配するでしょ?」
「ぼくのことなんか、気にしなくてもいいのに」
どうせぼくは、大して役にはたてないのだから、という言葉を、かろうじてのところで飲み込む。昨日、宮島がぼくに向けてきた、悲しげな視線を思い出したから。そしてふとぼくは、とっくの昔に気づいていても良さそうなことに、ようやく気づいたのだった。
「ねえ、宮島。なんだったら、ぼくがヤーナスを預かろうか?」
「峰岸くんが?」その突飛な申し出に、宮島が驚きの視線を向けてくる。うん、とぼくはうなずき、
「ヤーナスは、魔法使いの運を吸い取っちゃうんだろ? それなら、魔法使いじゃないぼくなら、運を吸い取られることはない、ってことだよね?」
宮島は、ぼくの思いつきに、小さな、申し訳なさそうな表情で応えた。「それができるのなら、とっくに峰岸くんに頼んでるわ」
……ということは、それはすでに検討され、そして却下されていた、ということか。「ヤーナスはね、魔法使いの運で、自分の命を維持しているんだって。だから、あたしから離れちゃうと、一時間もしないで、死んじゃうんだって」
「そっか」ぼくは短く応えた。我ながらいい案だと思ったんだけど。ため息をついたぼくに、
「あんまり気にしないでね。峰岸くんの気持ちは、ありがたく受け取っておくから」
宮島はいって、優しい微笑みを浮かべた。そして彼女は、ふと思いついたらしく、少し甘えるような口調で、
「そうだ、それで、峰岸くん。一つだけ、お願い、聞いてもらえるかな?」
「なに? ……ぼくにできることなら、なんでも協力するけど」
ぼくの言葉に、彼女は、うん、とうなずき、
「悪いんだけど、昼休み、あたしを迎えに来てもらえるかな? さすがに、今の状態で、一人で学校の中をうろうろする気になれないから」
「うん、わかった」ぼくは気安く請け負った。
そして、昼休み。授業が長引いて昼休みに食い込んでしまったので、ぼくは小走りに、宮島の教室へ向かっていった。まったく、あの先生はいっつもああなんだから……。
さすがに、めったに訪れることのない、年上の人しかいないところを一人歩くのはけっこう気後れがして、教室の前の廊下で、宮島がぼくを待っていることに気づいたときには、自分でもばからしくなるほどに、安堵をおぼえた。
すぐに宮島もぼくに気づいたようで、ぼくの方へ駆け寄ってくる。が、彼女が駆け出した次の瞬間、そばの教室から突然一人の男子生徒が飛び出して、宮島に衝突しそうになる。たまらず、宮島はしりもちをつき、けれども彼女とぶつかりそうになった男子生徒は、うまい具合にバランスを保ち、よほど急いでいるのか、「わりい!」一言声をかけて、走り去っていった。
そのあいだに、ぼくは宮島のところへ駆け寄り、彼女に手を差し出す。「大丈夫?」
「うん、へーき」宮島はぼくの手を取って立ち上がり、めずらしくも、気弱そうに微笑んだ。「ありがと。……峰岸くんの顔見たら、安心した」
彼女がこんな弱音を吐くなんて。朝から、よほどひどい目にあっているのだろう。
「やっぱり、今日は学校休んで、おとなしくしてた方がよかったんじゃないの?」
ぼくの言葉に、けれども宮島は、はっきりと首を横にふった。「大丈夫だよ。……峰岸くんがいるから」そして、じっとぼくを見つめる。
「宮島……」
ぼくはそれ以上何もいえずに、しばらくぼくらは、黙ったまま互いにじっと見つめあっていた。
先に動いたのは、宮島だった。ぼくから目をそらすと、右肩に目を向け、小さくうなずく。そして彼女はあらためてぼくに向き直り、「ヤーナスがね、おなかがすいた、って」くすり、と、小さく笑った。
「ご飯、どこで食べる?」いく当てもなしに、屋上へ向かう階段を上りながら、宮島が問うた。「このまま、屋上でいいんじゃない?」何気なしに応えたぼくに、意地悪く宮島がいう。
「もし、屋上で突風が吹いて、『運悪く』あたしがその風にあおられて転落しちゃったりしたら、きっと峰岸くん、寝覚めが悪いよね」
「よしてよ、縁起でもない」どこをどうひねったらそんな発想ができるのか。彼女を教室まで迎えにいったときのしおらしさはどこへいったのやら。
「そんなことが起きないように、ぼくがついているんだろ?」
ぼくはため息をついて、宮島に応えた。まったく、たとえ冗談だとしても、よくそんなことがいえるものだ。感心半分、あきれ半分で宮島に目を向ける。
屋上についたぼくたちは、手頃な場所がないかと、きょろきょろとあたりを見回した。
屋上は、不自然なくらいにがらんとしていた。いつもなら、太陽の黒点観測をしている天文部の連中だとか、何かの大会だの、校内行事だののために練習をするブラバンの連中だとかの姿がちらほらとしているというのに。
たぶん、そんなことは気にしなければどうという事はないのだろう。けれども、なんだかひどくいやな予感がして、ぼくは先に立ってすたすたと歩き出した宮島を呼び止めた。
「ねえ、宮島。場所、かえない?」ぼくの言葉に、宮島は立ち止まり、振り返った。「どうして?」
たとえ見習いとはいえ、本職の魔法使いに向かって「いやな予感がする」なんていっていいものかどうか。迷ったのも一瞬だった。
「なんか、いやな予感がするんだ」ぼくの言葉に、宮島はいたずらな笑みを返してきた。
「なに、峰岸くん。もしかして、あたしがいったこと、気にしてるの?」
宮島がいったこと? ……ああ、突風に吹かれてどうのこうの、ってやつか。ぼくは首を横にふった。「そんなんじゃないよ。でも……」
「なんとなく、そんな予感がする、ってこと?」
宮島の問いに、ぼくはしっかりとうなずきを返した。彼女は少しの間首をかしげ、そして「わかった」うなずいた。「峰岸くんがそういうんなら」
けれどもそれは遅すぎた。最初にぼくが「場所を変えよう」といったときに、無理矢理彼女を引っ張っていれば、こうはならなかったのかもしれない。けれども、そう。
それは起きてしまったのだ。
ばしっ。
奇妙な音とともに、巨大な光の塊が落ちてきた。
そう。それは、確かに「光の塊」としかいい様のないものだった。そして、それを追うように、もう一つ、黒い人影がぼくらの目の前にふってくる。
「このぉっ! 逃がしゃしねえ、っていっただろ!」黒い人影がそういうのと同時に、光の塊は、あろう事かぼくらの方へと向かってくる。
「峰岸! 宮島! そいつを校舎に入れるな!」
反射的に、ぼくはその黒い人影……大山さんの指示に従っていた。屋上から校内へと続くドアをぴしゃりと閉め、光の塊の進路をふさぐ。光の塊は、ぼくの閉じたドアに進路を阻まれ、ボールか何かのようにはねとばされる。一度、二度、三度バウンドした光の塊は、四度目の着地でしっかりと地面をつかみ、進路を変えて大山さんから逃れようとする。
その光の塊の進行方向に、宮島がいたというのは、彼女の「不運」が招き寄せた偶然だったのか、それともその光の塊が、あえて進路をそちらに向けたのか。
ともあれ、結果としてその光の塊は、驚きのあまりか、ぴくりとも身動きしないでいる宮島に向かって、猛然と突き進んでいった。
そのことを確認すると、ぼくは、ノートの余白を埋めにかかった。
そして。
授業終了のチャイム。先生が「じゃあ、今日はここまで」宣言し、教壇を下りる。そして先生が教室から出ていくのを見届けると、ぼくは大急ぎでカバンから弁当箱を出し、立ち上がった。が。
「みっねっぎっしくぅーん!」
聞き慣れた、やけに明るい声が、教室の後方の出入口から、教室中に響きわたる。教室中の視線がまずその声の主……もちろん、他ならぬ宮島順子だ……に向かい、そして続いてぼくの方へ。ぼくの前の席の本間が、にやにや笑いながら声をかけてくる。
「ほら、峰岸。カノジョがお呼びだぞ」
月曜日から、こうして昼休みのたびに教室にやってくる宮島が、ぼくの「カノジョ」である、というのは、その当人であるはずのぼくの「公式な発表」もないままに、既成の事実になってしまっていた。こうなってしまうと、なんだか否定するのもばかばかしくなってしまい、ぼくはクラスの連中が勘違いするにまかせておくことに決めていた。
「わかってるよ」ぼくはなるべく感情がこもらないように注意しながら応え、弁当箱を持って宮島の方へ駆け足で向かった。さすがに三日目ともなると、クラスのみんなも昼休みになるとやってくる、このちょっと変わった二年生のことは、意識的に注意を払わなくなるようになってはいたけれども。
「いいかげんにしてよ、宮島。恥ずかしいなあ」
どうせ、いっても聞きはしない、とわかってはいたけれども、文句の一つもいいたくなる。けれども、宮島は
「別にいいじゃない。あたしだって、峰岸くんと同じくらい恥ずかしい思いをしているんだから」ちっとも「恥ずかしい」なんて思っていないような口調で、しれっと言葉を返す。先にたってすたすたと歩き始めた彼女の後を追って歩き始め、ぼくは大仰にため息をついた。
「あのさ、ぼくのクラスで、宮島がどんなふうに思われてるか、わかってる?」
「カノジョでしょ? 峰岸くんの」それがどうした、とでもいうように、宮島は言葉を返し、「峰岸くんは、あたしがカノジョじゃ、不満なの?」
冗談とも本気ともつかない問い。
「そういう問題じゃないだろ」ぼくは答えをごまかして、少し声のボリュームを落とした。「ぼくが宮島のボディガードをするのは、今週だけなんだよ。来週からぱたっと宮島が来なくなったりしたら、それこそいい笑いものだよ」
「なんだ、お前は自分の体面を気にしているのか?」
突然、耳元で声。さすがになれてきたとはいえ、やはり、唐突に耳元で声が聞こえる、というのはあまり気持ちのいいものではない。「脅かすなよ、ヤーナス。こっちに来たら、合図してくれ、っていってるだろ?」ぼくは、肩の上にいるはずの「運喰らい」に声をかけた。「今のが合図だ」ヤーナスは応え、「まあ、そういうことなら安心しろ。順子は来週も……」
「ヤーナス」短くつぶやき、宮島はヤーナスの言葉をさえぎった。けれども。
「来週も?」ぼくは宮島に目を向けた。
「……悪い?」今ので開き直ったのだろうか。宮島はぼくの方に目を向け、悪びれずに応えた。「来週も、なんてけちくさいこといわないで、再来週も、その次も。毎日いってあげるからね」
にっこりと笑う宮島の言葉を聞きながら、「恥ずかしい」とか何とかいいながらも、本気で自分がそれをいやがっているわけではないということに、ぼくは気づいていた。
けれども、それに気づいていながらも、宮島の言葉には、大仰なため息でしか応えることのできない自分が、なんだか妙に、情けなかった。
「何よ、そのため息?」少しむくれた宮島の言葉に、「別に」ぼくは投げやりに応え、外を見た。秋晴れの、いい天気。
「天気いいから、外でご飯食べようか?」ぼくはいい、
「そうだね」
宮島もうなずきを返した。
中庭の、人目につきにくい場所を選んで、ぼくらはそこで昼食を広げた。ヤーナスも姿をあらわし、中庭の木陰で三人、不自然なくらいに穏やかな時間が過ぎていく。
初めてぼくらの前に姿をあらわしたヤーナスは、哀れなくらいにやせていたけれど、こうしてぼくらと一緒に食事をするようになってからは、栄養状態が良くなったおかげか、この三日で見違えるほどに、柔らかな、女性の体つきになっていった。
今まで着ていたぼろをつぎはぎしたような服は、魔法を使って小さくした宮島の古着に着替え、純白の髪をきちんと切りそろえ、今日はポニーテールにまとめている。一日ごとに変わるヤーナスの髪型は、宮島がやっているものだ、ということだった。『楽しいよぉ。どんな髪型にしても、この子、すごく似合うんだもん』心底楽しげに、宮島はいったものだ。
それにしても。あらためて、ぼくはこの、身長二十センチほどの女の子をまじまじと見つめた。彼女が、今も宮島の運を吸い取っているなんて。
確かに、宮島は外見上なんの変化もないようだったけれども、月曜日から、つきのなさが目立ちはじめるようになっていた。道を歩けば何かにつまづいて転びかけ、気を取り直して喫茶店に入れば、財布を学校に忘れる。昨日も、家で何かあったらしく、彼女の右手人差し指に、包帯が巻かれていた。
ぼくが気がついただけでもこれだけあるのだから、きっと彼女の教室でも、同じようなことはいくらでも起きているのだろう。たぶん、それをいちいちぼくに報告する必要はないと思って、ぼくには教えていないだけで。
と、ぼくの視線に気づいたのか、ヤーナスがぼくの方に目を向ける。「どうした?」ヤーナスの問いに「別に」ぼくは曖昧に言葉を返す。「なんか、やーらしいことでも考えてたんでしょ?」宮島が横から茶々を入れてくるのに、
「違うって」
苦笑しながら言葉を返す。「宮島のこと、考えていたんだ」
「あたしの?」目を少し大きく開いて、宮島はぼくに目を向けた。「ヤーナスを見ながらじゃ、説得力がないんじゃない?」意地悪く問うてくる。ぼくは小さく苦笑すると、
「ヤーナスが、宮島の運を吸い取っている、ってことが、まだ信じられなくて」
ぼくの言葉に、「そうね」表情をあらため、宮島も同意の言葉を返した。「あたしだって、こんなのに自分の運が吸い取られているなんて、まだ信じられないもん」
ヤーナスに目を向ける宮島。「こんなので悪かったな」ヤーナスは少し憮然とした面もちでいい、「それなら、母がお前にとりついた方がよかったか? あっちは、どこから見てもただの化け物だったぞ」
あくまで淡々としたヤーナスの言葉に、宮島はぶるり、と身体をふるわせた。「そっちの方が、できれば遠慮したいなぁ」そしてにこり、とヤーナスに微笑みかける。
「大丈夫だよ。大山が、絶対に何とかしてくれるから」
自信たっぷりに宮島はいい、ぼくの方に目を向ける。「ちょっと頼りないけど、あたしを守ってくれるナイトもいるしね」そして、ヤーナスに向けたのと同じ微笑み。
『峰岸くんには、登下校の時とあいてる時間、あたしのボディガードをやってもらうからね』
宮島にそういわれたとき、とっさに思ったのは、学年が同じなんだから、学校の中では大山さんが宮島を守ってあげればいいじゃないか、ということだった。それに大山さんは、自分自身を「有能だ」といえるほどに有能な魔法使いなのだから。ぼくなんかよりも、よほど頼りになるじゃないか。
口元まででかかった言葉は、けれども大山さんの言葉で、消えてしまった。
『そうだな。その方がいいだろう。……日曜まで、一週間、おれは学校を休むから』
その理由は、はっきりしていた。そして大山さんはぼくに目を向け、『本当なら、こういうのはおれの仕事なんだろうけどな。迷惑だろうけど、頼んだぞ』
……「ナイト」、か。ぼくは、宮島の言葉を反芻した。なんだか、その役回りは、自分にはひどく不釣り合いな気がした。どんなにがんばったところで、ぼくは、彼女のナイトになることはできないのだから。
宮島の言葉に、ぼくは小さく自嘲の笑みを浮かべた。「せめて、ぼくも魔法使いだったなら、ね」そして、ため息。
ふとぼくは、宮島が、悲しげな瞳でぼくを見ていることに気づいた。その、彼女の悲しげな視線を受けとめているうちに、なんだか、そんなことをいっている自分がひどくつまらない人間のような気がしてきて、ぼくはもう一つ、自己嫌悪のため息をついた。
「それで? 峰岸、お前が魔法使いだったら、どうなるのだ?」
唐突に問うたのは、ヤーナスだった。「え?」とっさのことに返事ができず、ぼくは頭の中で言葉をまとめようとした。けれども、その問いは、どうやらぼくの答えを期待してのものではなかったらしい。一時の間をおいて、ヤーナスが再び口を開いた。
「仮にお前が魔法使いだったとしても、きっとまだ見習いだろうな。で、その見習いのお前が、どうやって順子を守る?」
どうやって?
あ、そうか。
ようやく、ぼくは、ヤーナスが「魔法使いの運」を食う怪物だ、という事実を思い出した。仮にぼくが魔法使いだったとしても、宮島と一緒に、運をヤーナスに食われてしまってはどうしようもないのだ。
「この前、順子がいっていただろう? 順子は、順子にできる精一杯のことをする。だから、お前は、お前にできることをすればいい。それだけのことだ」
その言葉だけで、ぼくが抱えているもやもやしたものがいっぺんに吹っ切れたわけではなかったけれども、それでもなんとなく、すっきりした気分になれた。「そうだね」ぼくは小さく、ヤーナスにうなずいて見せた。ヤーナスもまたぼくにうなずきかけ、
「ついでだから、おもしろい話しをしてやろう。順子はな、お前がいたから、もう一度魔法の勉強をやり直す気になったらしいぞ」
「ヤーナス!」
宮島が、顔を赤くしてヤーナスを怒鳴りつける。「峰岸くんには内緒、っていったじゃない」彼女は語気荒くヤーナスに詰め寄ったけれども、ヤーナスはそんな彼女の態度などどこ吹く風と、平然と受け流す。「夕べ、お前が一方的に『峰岸には内緒だよ』といっただけで、私はそんな約束、した覚えはないぞ」
「ひっどぉい」宮島が頬をふくらます。
……ぼくがいたから、魔法の勉強をやり直す気になった? 思いもかけない言葉に、ぼくは少し戸惑って、彼女に目を向けた。まず最初に、彼女が一度魔法の勉強を中断しているらしい、ということに驚き、つづいて、それをやり直すきっかけになったのが、他ならぬぼくであるということに驚く。
「宮島……」思わず声がもれたけれども、それは響きわたる予鈴に、かき消されてしまった。
「いけない、次、移動教室なんだ」宮島はあわてて立ち上がり、ヤーナスを抱えると自分の肩に乗せる。次の瞬間、ヤーナスの姿がふっとかき消え、宮島はぱたぱたと駆け出した。「おーい、気をつけろよぉ」その背中に声をかけた直後、ぼくも次の時間は体育だということを思い出した。
「やべっ。急がなきゃ」
ぼくは一人つぶやき、駆け出した。
翌日、電車の中で宮島と合流したぼくは、彼女の変貌に、思わず目を見張った。
いつもと変わらない調子で「おはよう」と声をかけてきた彼女に、ぼくも「おはよう」と言葉を返し、そして少し間をおいて、問うた。
「昨日、ぼくと別れたときは、まだ長かったよね?」
ぼくの言葉の意味がわからなかったらしく、宮島は一時小首をかしげてぼくを見ていたけれども、唐突に、はっと納得顔になった。
「あ、髪の毛ね」いって、ぼくと同じくらいか、へたをすればぼくよりも短くなってしまった髪に、手を触れた。
「どう? 似合う?」冗談めかして問う宮島。
……今まで髪の長い彼女のイメージしかなかったので、似合うとか似合わないとか、そういう以前に、戸惑いの方が先にたってしまう。
「もうすぐ冬になるんだよ。そんなに短くしたら、寒いんじゃないの?」ひとまず彼女の質問には応えずに、ぼくは逆に問い返した。と、何かがぼくの耳を引っ張る。どうやら、ヤーナスがぼくの方へ移ってきたらしい。そのままヤーナスは、ぼくの耳元でささやいた。
「順子の運が、かなり落ちてきている」簡潔に、要件のみを伝えるヤーナス。「なんだって?」ぼくは、ヤーナスがいるとおぼしき場所に目を向け、小声で応えた。車両はあまり込んではおらず、ぼくらの周囲には、人はいない。ぼくはちらりと宮島に目を向け、ヤーナスの次の言葉を待った。
「私に運を吸い取られているのもそうなのだが、まずいことに順子本人も、運が落ち込む時期になってきていてな。今日明日あたりが、そのピークになりそうなのだ」
続けてヤーナスは、今朝、駅に着くまでに何度か、宮島が「運悪く」、危険な事態に遭遇した、と告げた。
そこまで聞いて、ぼくはひとまず、ヤーナスとの会話を打ち切り、
「宮島」彼女に顔を向けた。どうやら彼女は、ヤーナスがぼくに事情を説明するのを待っていたらしい。「なに?」応えたその表情には、何かいい様のない、張りつめたものがあった。
「学校、休んだ方がよかったんじゃないの?」そうすれば、少なくとも交通事故なんかの、不慮の事態はさけることができるはずだ。けれども、ぼくの言葉に、宮島は、小さく首を横にふった。
「いきなり学校を休んだら、峰岸くんが心配するでしょ?」
「ぼくのことなんか、気にしなくてもいいのに」
どうせぼくは、大して役にはたてないのだから、という言葉を、かろうじてのところで飲み込む。昨日、宮島がぼくに向けてきた、悲しげな視線を思い出したから。そしてふとぼくは、とっくの昔に気づいていても良さそうなことに、ようやく気づいたのだった。
「ねえ、宮島。なんだったら、ぼくがヤーナスを預かろうか?」
「峰岸くんが?」その突飛な申し出に、宮島が驚きの視線を向けてくる。うん、とぼくはうなずき、
「ヤーナスは、魔法使いの運を吸い取っちゃうんだろ? それなら、魔法使いじゃないぼくなら、運を吸い取られることはない、ってことだよね?」
宮島は、ぼくの思いつきに、小さな、申し訳なさそうな表情で応えた。「それができるのなら、とっくに峰岸くんに頼んでるわ」
……ということは、それはすでに検討され、そして却下されていた、ということか。「ヤーナスはね、魔法使いの運で、自分の命を維持しているんだって。だから、あたしから離れちゃうと、一時間もしないで、死んじゃうんだって」
「そっか」ぼくは短く応えた。我ながらいい案だと思ったんだけど。ため息をついたぼくに、
「あんまり気にしないでね。峰岸くんの気持ちは、ありがたく受け取っておくから」
宮島はいって、優しい微笑みを浮かべた。そして彼女は、ふと思いついたらしく、少し甘えるような口調で、
「そうだ、それで、峰岸くん。一つだけ、お願い、聞いてもらえるかな?」
「なに? ……ぼくにできることなら、なんでも協力するけど」
ぼくの言葉に、彼女は、うん、とうなずき、
「悪いんだけど、昼休み、あたしを迎えに来てもらえるかな? さすがに、今の状態で、一人で学校の中をうろうろする気になれないから」
「うん、わかった」ぼくは気安く請け負った。
そして、昼休み。授業が長引いて昼休みに食い込んでしまったので、ぼくは小走りに、宮島の教室へ向かっていった。まったく、あの先生はいっつもああなんだから……。
さすがに、めったに訪れることのない、年上の人しかいないところを一人歩くのはけっこう気後れがして、教室の前の廊下で、宮島がぼくを待っていることに気づいたときには、自分でもばからしくなるほどに、安堵をおぼえた。
すぐに宮島もぼくに気づいたようで、ぼくの方へ駆け寄ってくる。が、彼女が駆け出した次の瞬間、そばの教室から突然一人の男子生徒が飛び出して、宮島に衝突しそうになる。たまらず、宮島はしりもちをつき、けれども彼女とぶつかりそうになった男子生徒は、うまい具合にバランスを保ち、よほど急いでいるのか、「わりい!」一言声をかけて、走り去っていった。
そのあいだに、ぼくは宮島のところへ駆け寄り、彼女に手を差し出す。「大丈夫?」
「うん、へーき」宮島はぼくの手を取って立ち上がり、めずらしくも、気弱そうに微笑んだ。「ありがと。……峰岸くんの顔見たら、安心した」
彼女がこんな弱音を吐くなんて。朝から、よほどひどい目にあっているのだろう。
「やっぱり、今日は学校休んで、おとなしくしてた方がよかったんじゃないの?」
ぼくの言葉に、けれども宮島は、はっきりと首を横にふった。「大丈夫だよ。……峰岸くんがいるから」そして、じっとぼくを見つめる。
「宮島……」
ぼくはそれ以上何もいえずに、しばらくぼくらは、黙ったまま互いにじっと見つめあっていた。
先に動いたのは、宮島だった。ぼくから目をそらすと、右肩に目を向け、小さくうなずく。そして彼女はあらためてぼくに向き直り、「ヤーナスがね、おなかがすいた、って」くすり、と、小さく笑った。
「ご飯、どこで食べる?」いく当てもなしに、屋上へ向かう階段を上りながら、宮島が問うた。「このまま、屋上でいいんじゃない?」何気なしに応えたぼくに、意地悪く宮島がいう。
「もし、屋上で突風が吹いて、『運悪く』あたしがその風にあおられて転落しちゃったりしたら、きっと峰岸くん、寝覚めが悪いよね」
「よしてよ、縁起でもない」どこをどうひねったらそんな発想ができるのか。彼女を教室まで迎えにいったときのしおらしさはどこへいったのやら。
「そんなことが起きないように、ぼくがついているんだろ?」
ぼくはため息をついて、宮島に応えた。まったく、たとえ冗談だとしても、よくそんなことがいえるものだ。感心半分、あきれ半分で宮島に目を向ける。
屋上についたぼくたちは、手頃な場所がないかと、きょろきょろとあたりを見回した。
屋上は、不自然なくらいにがらんとしていた。いつもなら、太陽の黒点観測をしている天文部の連中だとか、何かの大会だの、校内行事だののために練習をするブラバンの連中だとかの姿がちらほらとしているというのに。
たぶん、そんなことは気にしなければどうという事はないのだろう。けれども、なんだかひどくいやな予感がして、ぼくは先に立ってすたすたと歩き出した宮島を呼び止めた。
「ねえ、宮島。場所、かえない?」ぼくの言葉に、宮島は立ち止まり、振り返った。「どうして?」
たとえ見習いとはいえ、本職の魔法使いに向かって「いやな予感がする」なんていっていいものかどうか。迷ったのも一瞬だった。
「なんか、いやな予感がするんだ」ぼくの言葉に、宮島はいたずらな笑みを返してきた。
「なに、峰岸くん。もしかして、あたしがいったこと、気にしてるの?」
宮島がいったこと? ……ああ、突風に吹かれてどうのこうの、ってやつか。ぼくは首を横にふった。「そんなんじゃないよ。でも……」
「なんとなく、そんな予感がする、ってこと?」
宮島の問いに、ぼくはしっかりとうなずきを返した。彼女は少しの間首をかしげ、そして「わかった」うなずいた。「峰岸くんがそういうんなら」
けれどもそれは遅すぎた。最初にぼくが「場所を変えよう」といったときに、無理矢理彼女を引っ張っていれば、こうはならなかったのかもしれない。けれども、そう。
それは起きてしまったのだ。
ばしっ。
奇妙な音とともに、巨大な光の塊が落ちてきた。
そう。それは、確かに「光の塊」としかいい様のないものだった。そして、それを追うように、もう一つ、黒い人影がぼくらの目の前にふってくる。
「このぉっ! 逃がしゃしねえ、っていっただろ!」黒い人影がそういうのと同時に、光の塊は、あろう事かぼくらの方へと向かってくる。
「峰岸! 宮島! そいつを校舎に入れるな!」
反射的に、ぼくはその黒い人影……大山さんの指示に従っていた。屋上から校内へと続くドアをぴしゃりと閉め、光の塊の進路をふさぐ。光の塊は、ぼくの閉じたドアに進路を阻まれ、ボールか何かのようにはねとばされる。一度、二度、三度バウンドした光の塊は、四度目の着地でしっかりと地面をつかみ、進路を変えて大山さんから逃れようとする。
その光の塊の進行方向に、宮島がいたというのは、彼女の「不運」が招き寄せた偶然だったのか、それともその光の塊が、あえて進路をそちらに向けたのか。
ともあれ、結果としてその光の塊は、驚きのあまりか、ぴくりとも身動きしないでいる宮島に向かって、猛然と突き進んでいった。
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