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第8杯 ②
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岡島ますみは自分を一度落ち着かせようと、息を吸い込んだ。
そして、その効果が出たのか、言葉が鮮明に聞える。少し離れたあたし達にも聞き取れるくらいだった。
「なぜ、ここに?」
「君と話をちゃんとしたいから、来たんだ」
「ここへは来ないでって言ったわよね」
「……ああ」
「お互いのプライベートな領域(テリトリー)には、踏み込まない、約束の、はず」
「ああ――――でも、今はここにいる」
「あなたとは、いい解決策は話あえない」
神経がまいっている様子のマス姉は、テーブルから離れ去ろうとする。その時、男性が引きとめた。
「愛しているんだ、ますみ」
「久賀(くが)さん……放して」
「いや、放さない。君が僕の話を聞くまでは」
マス姉に“久賀さん”と呼ばれた男性は、力強く彼女の腕を握ったまま、放さない。黙ったまま、何も言わずふたりは見つめ合うのだった。
「あれ、見ろよ」
洋輔がそう言って指さしたのは、今にでもカウンターを飛び越えそうな哲太さんだった。
あたしの目から見ても、彼はふたりの様子に、動揺しきっている。
哲太さんもあたし達も、みんなふたりの様子を見ているしかなかった。
「ますみ、座ってくれないか?」
“久賀さん”は冷静にマス姉を席にうながし、座らせる。
「コレ、忘れたろ」
そう言って取り出したのは女性物の雨傘。
無言でそれを受け取るマス姉。
「頼むから、そんな態度を取らないでくれないか?」
「この状況でどんな態度をしろって、言うの?」
「普通のだよ、冷静に話そう」
「今までどれだけ、あたしがあなたに……」
マス姉の言葉が途切れ、それ以上話を続けるのに戸惑っている様子。
戸惑いは“久賀さん”を想ってなのか、この場にあたしたちがいるかなのかはわからない。
冷静な表情の“久賀さん”は、そんな想いを無視して、話の先をうながす。
「あなたに、その先は?」
「何度も、辛いおもいをさせられてきた」
「もうわかった……よ」
「あなたはあたしを愛してない」
少しずつふたりの感情がたかぶるのが、あたし達にもわかった。ふたりの声がどんどん大きくなっている。
「どうして、わかってくれないんだ」
「じゃなきゃ、こんなにあたしを苦しめられる訳ない」
「今までうまくやってこれたじゃないか」
「よしてよ――――もう、疲れたのよ」
「なぜ、今になってなんだ?」
「あたしも、自分の人生を歩きたいの」
「もう、歩いているじゃないか?」
「いいえ、あたしがあなたと一緒にいる限り無理よ」
「君なしで生きていけと……」
「今更、よくもそんな事をヌケヌケと言えるわね」
久賀さんに対して嫌悪感が増したマス姉。涙ぐむ目から涙を流さないように必死にこらえている。
ふたりの今の会話だけじゃ、あたしたちには、事情がまったくのみ込めないのだった。
「――――お互いわかっていたはずだろ?」
「わかっていた?」
「ああ、大人の付き合いだろ」
「本気で言ってるの、それ?」
「今さら、なんなんだよ」
“久賀(くが)さん”の悪態をつく姿を見て、心底マス姉は落胆している。
今までの憤りの限界が達したらしく、いつの間にかふたりのいるテーブル前に哲太さんが立っていた。
「あんたなぁ、ふざけるなよ!」
哲太さんは座っている“久賀さん”の首根っこを勢い良く掴んだ。
突然の事に驚き慌てふためく“久賀さん”の姿は、本当に怯えている様。
「あれ、止めに入った方がいいんじゃないかな?」
「いいじゃなくね」
藤井くんがそう言ったのを、涼しい顔で即答する洋輔。
ふたりのやり取りを見ていたが、あたしは何も言えずにいたのだった。
まだ、視線の先には首根っこ掴んだ哲太さんの姿がある。そんな彼に“久賀さん”は怯えながらも、反論する。
「なっなんだ君は。き、君には、関係ないだろっ」
「関係なくても、ますみさんを悲しませる奴は」
ふたりの男の間にマス姉が割って入る。
「お願い、哲太」
“久賀さん”をかばうマス姉のすがる顏が、哲太さんには切なすぎて、まともに見る事ができない。彼は腰砕けになった“久賀さん”の首から力なく手を放した。
「ったく、この男はお前に気があるんじゃないのか?」
「そんなんじゃ、ない」
「なら――――寝たのか?」
“久賀さん”の言葉に再度頭に血が上って、りんごのように真っ赤な顏の哲太さん。
「こいつっ!」
哲太さんが殴り掛けたのを、マス姉がもう一度止める。
「やめて!」
「こんなすぐ暴力をふるう男、どうせ学(がく)もないんだろ」
「今、そういうのは関係ないんじゃない。それに哲太とは寝てなんかない」
「だろうな、君には不似合だ。こんな暴力男」
ネクタイを締めなおした久賀さんが、クズでもみるよな目を哲太さんに向けた。
「君は引っ込んでてくれないか」
哲太さんの肩を手で押しのける。そして、視線をマス姉に移すのだった。
「やっぱり、僕の事を愛しているんだろう。だから、かばってくれたんだろう、ますみ」
そう言って、マス姉の肩を抱き寄せようと、“久賀さん”は腕を伸ばす。ところが、彼女はその腕をスルリとかわした。戸惑いのせいなのか、彼の顔が少し険しくなる。何も言わずただ黙ったままジッと彼女をみるのだった。
マス姉はそんな“久賀さん”を見ずに、荷物を彼に押し付ける。
「はい、コレ。もう――――十分でしょ」
納得できない“久賀さん”は皮肉交じりに鼻を鳴らした。
「フン。よ~く……わかったよ」
「なら、もう用はないでしょ」
マス姉はCafeの出口の方に腕を伸ばして、ココから出て行く事を、“久賀さん”にうながす。今度はしっかり、彼の顔を見据えるのだった。
観念した様子の“久賀さん”は無言で歩く。その後ろにマス姉がついて歩く。ゆっくりと出口に向かうが、急に彼がピタっと歩みを止める、出口の前で。
「ああ、そうだな。こんな気配りのない店員とほとんど客がいなくて、薄汚い店には用はないね。言っちゃなんだが、出されるコーヒーもまずそうだ」
自動ドアが開いて、何かが、自動ドアの向こうにある壁に勢いよく吹っ飛んだ。
そして、その効果が出たのか、言葉が鮮明に聞える。少し離れたあたし達にも聞き取れるくらいだった。
「なぜ、ここに?」
「君と話をちゃんとしたいから、来たんだ」
「ここへは来ないでって言ったわよね」
「……ああ」
「お互いのプライベートな領域(テリトリー)には、踏み込まない、約束の、はず」
「ああ――――でも、今はここにいる」
「あなたとは、いい解決策は話あえない」
神経がまいっている様子のマス姉は、テーブルから離れ去ろうとする。その時、男性が引きとめた。
「愛しているんだ、ますみ」
「久賀(くが)さん……放して」
「いや、放さない。君が僕の話を聞くまでは」
マス姉に“久賀さん”と呼ばれた男性は、力強く彼女の腕を握ったまま、放さない。黙ったまま、何も言わずふたりは見つめ合うのだった。
「あれ、見ろよ」
洋輔がそう言って指さしたのは、今にでもカウンターを飛び越えそうな哲太さんだった。
あたしの目から見ても、彼はふたりの様子に、動揺しきっている。
哲太さんもあたし達も、みんなふたりの様子を見ているしかなかった。
「ますみ、座ってくれないか?」
“久賀さん”は冷静にマス姉を席にうながし、座らせる。
「コレ、忘れたろ」
そう言って取り出したのは女性物の雨傘。
無言でそれを受け取るマス姉。
「頼むから、そんな態度を取らないでくれないか?」
「この状況でどんな態度をしろって、言うの?」
「普通のだよ、冷静に話そう」
「今までどれだけ、あたしがあなたに……」
マス姉の言葉が途切れ、それ以上話を続けるのに戸惑っている様子。
戸惑いは“久賀さん”を想ってなのか、この場にあたしたちがいるかなのかはわからない。
冷静な表情の“久賀さん”は、そんな想いを無視して、話の先をうながす。
「あなたに、その先は?」
「何度も、辛いおもいをさせられてきた」
「もうわかった……よ」
「あなたはあたしを愛してない」
少しずつふたりの感情がたかぶるのが、あたし達にもわかった。ふたりの声がどんどん大きくなっている。
「どうして、わかってくれないんだ」
「じゃなきゃ、こんなにあたしを苦しめられる訳ない」
「今までうまくやってこれたじゃないか」
「よしてよ――――もう、疲れたのよ」
「なぜ、今になってなんだ?」
「あたしも、自分の人生を歩きたいの」
「もう、歩いているじゃないか?」
「いいえ、あたしがあなたと一緒にいる限り無理よ」
「君なしで生きていけと……」
「今更、よくもそんな事をヌケヌケと言えるわね」
久賀さんに対して嫌悪感が増したマス姉。涙ぐむ目から涙を流さないように必死にこらえている。
ふたりの今の会話だけじゃ、あたしたちには、事情がまったくのみ込めないのだった。
「――――お互いわかっていたはずだろ?」
「わかっていた?」
「ああ、大人の付き合いだろ」
「本気で言ってるの、それ?」
「今さら、なんなんだよ」
“久賀(くが)さん”の悪態をつく姿を見て、心底マス姉は落胆している。
今までの憤りの限界が達したらしく、いつの間にかふたりのいるテーブル前に哲太さんが立っていた。
「あんたなぁ、ふざけるなよ!」
哲太さんは座っている“久賀さん”の首根っこを勢い良く掴んだ。
突然の事に驚き慌てふためく“久賀さん”の姿は、本当に怯えている様。
「あれ、止めに入った方がいいんじゃないかな?」
「いいじゃなくね」
藤井くんがそう言ったのを、涼しい顔で即答する洋輔。
ふたりのやり取りを見ていたが、あたしは何も言えずにいたのだった。
まだ、視線の先には首根っこ掴んだ哲太さんの姿がある。そんな彼に“久賀さん”は怯えながらも、反論する。
「なっなんだ君は。き、君には、関係ないだろっ」
「関係なくても、ますみさんを悲しませる奴は」
ふたりの男の間にマス姉が割って入る。
「お願い、哲太」
“久賀さん”をかばうマス姉のすがる顏が、哲太さんには切なすぎて、まともに見る事ができない。彼は腰砕けになった“久賀さん”の首から力なく手を放した。
「ったく、この男はお前に気があるんじゃないのか?」
「そんなんじゃ、ない」
「なら――――寝たのか?」
“久賀さん”の言葉に再度頭に血が上って、りんごのように真っ赤な顏の哲太さん。
「こいつっ!」
哲太さんが殴り掛けたのを、マス姉がもう一度止める。
「やめて!」
「こんなすぐ暴力をふるう男、どうせ学(がく)もないんだろ」
「今、そういうのは関係ないんじゃない。それに哲太とは寝てなんかない」
「だろうな、君には不似合だ。こんな暴力男」
ネクタイを締めなおした久賀さんが、クズでもみるよな目を哲太さんに向けた。
「君は引っ込んでてくれないか」
哲太さんの肩を手で押しのける。そして、視線をマス姉に移すのだった。
「やっぱり、僕の事を愛しているんだろう。だから、かばってくれたんだろう、ますみ」
そう言って、マス姉の肩を抱き寄せようと、“久賀さん”は腕を伸ばす。ところが、彼女はその腕をスルリとかわした。戸惑いのせいなのか、彼の顔が少し険しくなる。何も言わずただ黙ったままジッと彼女をみるのだった。
マス姉はそんな“久賀さん”を見ずに、荷物を彼に押し付ける。
「はい、コレ。もう――――十分でしょ」
納得できない“久賀さん”は皮肉交じりに鼻を鳴らした。
「フン。よ~く……わかったよ」
「なら、もう用はないでしょ」
マス姉はCafeの出口の方に腕を伸ばして、ココから出て行く事を、“久賀さん”にうながす。今度はしっかり、彼の顔を見据えるのだった。
観念した様子の“久賀さん”は無言で歩く。その後ろにマス姉がついて歩く。ゆっくりと出口に向かうが、急に彼がピタっと歩みを止める、出口の前で。
「ああ、そうだな。こんな気配りのない店員とほとんど客がいなくて、薄汚い店には用はないね。言っちゃなんだが、出されるコーヒーもまずそうだ」
自動ドアが開いて、何かが、自動ドアの向こうにある壁に勢いよく吹っ飛んだ。
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