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感情的で、一過性ブームに乗りやすい日本人のこと、『子供のため』という大義名分と、国からの命令であるという強みを背景に、その弾圧は苛烈を極めた。
戦前に『非国民』という単語を連発していた連中と方向性こそ違えど、その精神構造は同じであったと言っていいだろう。
連載中の漫画のほとんどは、暴力シーンやヌードがあるからと連載中止に追い込まれ、テレビ番組からは、身体を張った過激な芸を売り物にしていた多くのタレントが、下品、危険、野蛮と見なされ姿を消していった。
雑誌や娯楽番組そのものが法律の存在により作りにくくなり、数が減った。
弱小出版社や弱小ゲーム会社は倒産の憂き目に遭い、インターネットに関しては、有害サイトの運営者が次々と逮捕された。
またパソコン販売の際には、フィルタリングソフトのインストールが義務づけられた。
だが、失業に苦しむタレントたちを尻目に、『すこやか法』は自らをすこやかに成長させた。
数度の法案改正により、司法を飛び越した判決の受け渡し、警察機関への悪質な制作者の逮捕命令、さらには密告の奨励などが委員会の権限として加えられた。
有識者の中から選ばれた委員たちは、任期も延長され、今やその権力は絶大なものとなり、彼らに目を付けられるのを恐れ、メディア関係者は常に顔色をうかがっているという。
東風平もまた、多くのものを失った。
月に3本抱えていた連載はすべて休止に追い込まれ、世間からはまるで悪者のように扱われた。
東風平の漫画は人気があったので、見せしめとしての意味もあったと思われる。
漫画家たちは、絶望してペンを折る者もいれば、法律を受け入れて、教科書的な道徳漫画を描く者と半々であった。
受け入れた者を責める気は、東風平にはない。
彼らも食うためには作風を変える必要があっただろうし、一時的に爆発的な富を蓄え生活に余裕のあった東風平とは事情が違う。
東風平自身は、この法律が出来たとき、自分には関係ないと高をくくっていた。
主にローティーンを対象に空想的な漫画を書く東風平の作風には、ひどい暴力や、セックスシーンがあるわけでもない。
思春期の子供を対象に描いているので、喧嘩のシーンを描いたり、アクションの際に女性の下着が見えるなどのお色気シーンがあるにはあったが、思春期の少年相手には当然の関心事であり、それが悪影響を与えているなどとは到底思ってはいなかった。
そもそも、東風平自身、女性を玩具のように扱った漫画や、グロテスクな残虐シーンを描く漫画には嫌悪感を覚えていて、描く気も描いた気もさらさらなかった。
しかしながら、東風平の周囲も徐々にあわただしくなり、友人の漫画家たちが何人も呼ばれては帰ってこなくなる日々が続いた。
衝撃であったのは、東風平がアシスタントとして世話になった大御所漫画家が委員会の意見に従わず投獄され、ついには獄中で抗議の自殺をしたことであった。
それに対し、委員会を支持する左翼系の大手新聞社が『社会悪の敗北死』と書き立てたことに東風平の怒りは爆発し、反骨心を大いに掻き立てられた。
東風平は公然と言論・表現への弾圧に反旗を翻し、抗議にたいしては敢然と立ち向かい、委員会への出席要請も拒み続けた。
出版社への圧力により、発表の機会がなくなった作品には、信頼できる同志たちとともに、地下活動にて自主出版を始めるなど、徹底して抗戦した。
一部マスコミで同調する動きが見え始めて、委員たちも東風平の存在が目障りになったのだろうか、結果が拉致まがいの強制連行である。
自宅兼仕事場から、暴力的に自らと多くの作品資料を無理矢理持ち出されたことを、東風平は一生忘れることができないであろう。
戦前に『非国民』という単語を連発していた連中と方向性こそ違えど、その精神構造は同じであったと言っていいだろう。
連載中の漫画のほとんどは、暴力シーンやヌードがあるからと連載中止に追い込まれ、テレビ番組からは、身体を張った過激な芸を売り物にしていた多くのタレントが、下品、危険、野蛮と見なされ姿を消していった。
雑誌や娯楽番組そのものが法律の存在により作りにくくなり、数が減った。
弱小出版社や弱小ゲーム会社は倒産の憂き目に遭い、インターネットに関しては、有害サイトの運営者が次々と逮捕された。
またパソコン販売の際には、フィルタリングソフトのインストールが義務づけられた。
だが、失業に苦しむタレントたちを尻目に、『すこやか法』は自らをすこやかに成長させた。
数度の法案改正により、司法を飛び越した判決の受け渡し、警察機関への悪質な制作者の逮捕命令、さらには密告の奨励などが委員会の権限として加えられた。
有識者の中から選ばれた委員たちは、任期も延長され、今やその権力は絶大なものとなり、彼らに目を付けられるのを恐れ、メディア関係者は常に顔色をうかがっているという。
東風平もまた、多くのものを失った。
月に3本抱えていた連載はすべて休止に追い込まれ、世間からはまるで悪者のように扱われた。
東風平の漫画は人気があったので、見せしめとしての意味もあったと思われる。
漫画家たちは、絶望してペンを折る者もいれば、法律を受け入れて、教科書的な道徳漫画を描く者と半々であった。
受け入れた者を責める気は、東風平にはない。
彼らも食うためには作風を変える必要があっただろうし、一時的に爆発的な富を蓄え生活に余裕のあった東風平とは事情が違う。
東風平自身は、この法律が出来たとき、自分には関係ないと高をくくっていた。
主にローティーンを対象に空想的な漫画を書く東風平の作風には、ひどい暴力や、セックスシーンがあるわけでもない。
思春期の子供を対象に描いているので、喧嘩のシーンを描いたり、アクションの際に女性の下着が見えるなどのお色気シーンがあるにはあったが、思春期の少年相手には当然の関心事であり、それが悪影響を与えているなどとは到底思ってはいなかった。
そもそも、東風平自身、女性を玩具のように扱った漫画や、グロテスクな残虐シーンを描く漫画には嫌悪感を覚えていて、描く気も描いた気もさらさらなかった。
しかしながら、東風平の周囲も徐々にあわただしくなり、友人の漫画家たちが何人も呼ばれては帰ってこなくなる日々が続いた。
衝撃であったのは、東風平がアシスタントとして世話になった大御所漫画家が委員会の意見に従わず投獄され、ついには獄中で抗議の自殺をしたことであった。
それに対し、委員会を支持する左翼系の大手新聞社が『社会悪の敗北死』と書き立てたことに東風平の怒りは爆発し、反骨心を大いに掻き立てられた。
東風平は公然と言論・表現への弾圧に反旗を翻し、抗議にたいしては敢然と立ち向かい、委員会への出席要請も拒み続けた。
出版社への圧力により、発表の機会がなくなった作品には、信頼できる同志たちとともに、地下活動にて自主出版を始めるなど、徹底して抗戦した。
一部マスコミで同調する動きが見え始めて、委員たちも東風平の存在が目障りになったのだろうか、結果が拉致まがいの強制連行である。
自宅兼仕事場から、暴力的に自らと多くの作品資料を無理矢理持ち出されたことを、東風平は一生忘れることができないであろう。
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