2 / 11
2
しおりを挟む
感情的で、一過性ブームに乗りやすい日本人のこと、『子供のため』という大義名分と、国からの命令であるという強みを背景に、その弾圧は苛烈を極めた。
戦前に『非国民』という単語を連発していた連中と方向性こそ違えど、その精神構造は同じであったと言っていいだろう。
連載中の漫画のほとんどは、暴力シーンやヌードがあるからと連載中止に追い込まれ、テレビ番組からは、身体を張った過激な芸を売り物にしていた多くのタレントが、下品、危険、野蛮と見なされ姿を消していった。
雑誌や娯楽番組そのものが法律の存在により作りにくくなり、数が減った。
弱小出版社や弱小ゲーム会社は倒産の憂き目に遭い、インターネットに関しては、有害サイトの運営者が次々と逮捕された。
またパソコン販売の際には、フィルタリングソフトのインストールが義務づけられた。
だが、失業に苦しむタレントたちを尻目に、『すこやか法』は自らをすこやかに成長させた。
数度の法案改正により、司法を飛び越した判決の受け渡し、警察機関への悪質な制作者の逮捕命令、さらには密告の奨励などが委員会の権限として加えられた。
有識者の中から選ばれた委員たちは、任期も延長され、今やその権力は絶大なものとなり、彼らに目を付けられるのを恐れ、メディア関係者は常に顔色をうかがっているという。
東風平もまた、多くのものを失った。
月に3本抱えていた連載はすべて休止に追い込まれ、世間からはまるで悪者のように扱われた。
東風平の漫画は人気があったので、見せしめとしての意味もあったと思われる。
漫画家たちは、絶望してペンを折る者もいれば、法律を受け入れて、教科書的な道徳漫画を描く者と半々であった。
受け入れた者を責める気は、東風平にはない。
彼らも食うためには作風を変える必要があっただろうし、一時的に爆発的な富を蓄え生活に余裕のあった東風平とは事情が違う。
東風平自身は、この法律が出来たとき、自分には関係ないと高をくくっていた。
主にローティーンを対象に空想的な漫画を書く東風平の作風には、ひどい暴力や、セックスシーンがあるわけでもない。
思春期の子供を対象に描いているので、喧嘩のシーンを描いたり、アクションの際に女性の下着が見えるなどのお色気シーンがあるにはあったが、思春期の少年相手には当然の関心事であり、それが悪影響を与えているなどとは到底思ってはいなかった。
そもそも、東風平自身、女性を玩具のように扱った漫画や、グロテスクな残虐シーンを描く漫画には嫌悪感を覚えていて、描く気も描いた気もさらさらなかった。
しかしながら、東風平の周囲も徐々にあわただしくなり、友人の漫画家たちが何人も呼ばれては帰ってこなくなる日々が続いた。
衝撃であったのは、東風平がアシスタントとして世話になった大御所漫画家が委員会の意見に従わず投獄され、ついには獄中で抗議の自殺をしたことであった。
それに対し、委員会を支持する左翼系の大手新聞社が『社会悪の敗北死』と書き立てたことに東風平の怒りは爆発し、反骨心を大いに掻き立てられた。
東風平は公然と言論・表現への弾圧に反旗を翻し、抗議にたいしては敢然と立ち向かい、委員会への出席要請も拒み続けた。
出版社への圧力により、発表の機会がなくなった作品には、信頼できる同志たちとともに、地下活動にて自主出版を始めるなど、徹底して抗戦した。
一部マスコミで同調する動きが見え始めて、委員たちも東風平の存在が目障りになったのだろうか、結果が拉致まがいの強制連行である。
自宅兼仕事場から、暴力的に自らと多くの作品資料を無理矢理持ち出されたことを、東風平は一生忘れることができないであろう。
戦前に『非国民』という単語を連発していた連中と方向性こそ違えど、その精神構造は同じであったと言っていいだろう。
連載中の漫画のほとんどは、暴力シーンやヌードがあるからと連載中止に追い込まれ、テレビ番組からは、身体を張った過激な芸を売り物にしていた多くのタレントが、下品、危険、野蛮と見なされ姿を消していった。
雑誌や娯楽番組そのものが法律の存在により作りにくくなり、数が減った。
弱小出版社や弱小ゲーム会社は倒産の憂き目に遭い、インターネットに関しては、有害サイトの運営者が次々と逮捕された。
またパソコン販売の際には、フィルタリングソフトのインストールが義務づけられた。
だが、失業に苦しむタレントたちを尻目に、『すこやか法』は自らをすこやかに成長させた。
数度の法案改正により、司法を飛び越した判決の受け渡し、警察機関への悪質な制作者の逮捕命令、さらには密告の奨励などが委員会の権限として加えられた。
有識者の中から選ばれた委員たちは、任期も延長され、今やその権力は絶大なものとなり、彼らに目を付けられるのを恐れ、メディア関係者は常に顔色をうかがっているという。
東風平もまた、多くのものを失った。
月に3本抱えていた連載はすべて休止に追い込まれ、世間からはまるで悪者のように扱われた。
東風平の漫画は人気があったので、見せしめとしての意味もあったと思われる。
漫画家たちは、絶望してペンを折る者もいれば、法律を受け入れて、教科書的な道徳漫画を描く者と半々であった。
受け入れた者を責める気は、東風平にはない。
彼らも食うためには作風を変える必要があっただろうし、一時的に爆発的な富を蓄え生活に余裕のあった東風平とは事情が違う。
東風平自身は、この法律が出来たとき、自分には関係ないと高をくくっていた。
主にローティーンを対象に空想的な漫画を書く東風平の作風には、ひどい暴力や、セックスシーンがあるわけでもない。
思春期の子供を対象に描いているので、喧嘩のシーンを描いたり、アクションの際に女性の下着が見えるなどのお色気シーンがあるにはあったが、思春期の少年相手には当然の関心事であり、それが悪影響を与えているなどとは到底思ってはいなかった。
そもそも、東風平自身、女性を玩具のように扱った漫画や、グロテスクな残虐シーンを描く漫画には嫌悪感を覚えていて、描く気も描いた気もさらさらなかった。
しかしながら、東風平の周囲も徐々にあわただしくなり、友人の漫画家たちが何人も呼ばれては帰ってこなくなる日々が続いた。
衝撃であったのは、東風平がアシスタントとして世話になった大御所漫画家が委員会の意見に従わず投獄され、ついには獄中で抗議の自殺をしたことであった。
それに対し、委員会を支持する左翼系の大手新聞社が『社会悪の敗北死』と書き立てたことに東風平の怒りは爆発し、反骨心を大いに掻き立てられた。
東風平は公然と言論・表現への弾圧に反旗を翻し、抗議にたいしては敢然と立ち向かい、委員会への出席要請も拒み続けた。
出版社への圧力により、発表の機会がなくなった作品には、信頼できる同志たちとともに、地下活動にて自主出版を始めるなど、徹底して抗戦した。
一部マスコミで同調する動きが見え始めて、委員たちも東風平の存在が目障りになったのだろうか、結果が拉致まがいの強制連行である。
自宅兼仕事場から、暴力的に自らと多くの作品資料を無理矢理持ち出されたことを、東風平は一生忘れることができないであろう。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる