健全なる社会

荒深小五郎

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言うに事欠いて卑怯者とは何だと東風平は憤慨した。

「麻薬中毒の青少年は増加の一途を辿り、重大な社会問題だ。それをありもしないこととはなんだ!」

「話をすりかえないでって言ってるのよ! 人を女だと思って馬鹿にして! 子供のためを思って日夜がんばっている私たちをなんだと思っているのよ!」

議論にならないのに呆れて、東風平は『フン』と鼻で笑った。

それが尚更相手を刺激したようであった。

「笑ったわね! あんた今、私を笑ったわね……」

赤木は声を狂犬のようにうならせて東風平を睨んだ。

東風平はといえば、うんざりとして返答する気もしない。

すると――

「何だその態度は! このどチンピラが!」と、今度は男の叫び声が雷鳴のように轟いた。

理屈も何もかもを吹き飛ばす、有無を言わせぬ声の主は、東風平から向かって右端に座る男性委員であった。

ジャガイモに落書きをしたようなゴツゴツとした顔に覚えがあった。

かつて、保守系政党で武闘派として鳴らした元国会議員の北川という男であった。

小柄ではあるが、声は大きく、うやむやな答弁をする政治家や官僚を怒鳴りつけるパフォーマンスが人気を博し、一時期は半ばタレント扱いされて、メディアで活躍した人物であった。
    
しかし、昔の父権を思い出させるようなパフォーマンスとはうらはらに、本音の部分では、政権が交代すればさっさと主義主張を変えて女性の味方をするという、したたかで節操のない男であった。

北川は東風平に対し、侮蔑の目を向けているようであった。

小太りで、長髪、眼鏡、ぼろぼろのジーンズに汗のしみた白いTシャツを着て、さらにバンダナを巻いているようなファッションが、こういう人間には受け入れられないのであろう。

「漫画なんてくだらんものを描いとるからそんな人間に育つんだ! 性根をすえなおせ!」

この発言は差別ではないのだろうかと東風平は疑問に思ったが、正義の味方と思いこんでいる人間に対して、1ナノグラムほどの良心の呵責を期待することさえ無駄であろう。

「漫画をくだらんものと言い切ったあんたの発言はよく覚えておこう」

東風平も負けじと元々低音な声を生かし、いわゆるドスを効かせて言い返した。

すぐさま、「なんだと!」と、北川が叫んだが、東風平は相手を腕組みをして睨み、叫び声とともに続く罵詈雑言に対しては、無言での対応を決め込んだ。

無闇矢鱈に怒鳴る相手ほどたいしたことがないというのが東風平の経験則である。

「静粛に!」

さすがに気まずくなったのか、進行役の男が口を挟んだ。

「過激な発言は控えるように! 繰り返す! 以後、そのような相手を威圧するような発言や態度を禁ずる!」

禁止するのが好きな奴らだ、と東風平は舌打ちした。

第一、なぜ相手は何もたしなめられずにこちらだけが非難されないといけないのか。

相手を威圧しているのは向こうではないか。

不満ながらも、東風平は一触即発の態度を解き、視線を進行役の男へと変えた。

この銀縁眼鏡の男についても東風平は見覚えがある。

一時期にワイドショーなどでコメンテイターとして見かけた藪という人物であった。

欧米かぶれで、何かと先進国の例を挙げては、自慢たらしく喋っていた男だ。

本業はどこかの大学の助教授であるらしいが、なぜか芸能ネタやファッションについて偉そうにコメントしていたのを東風平は記憶している。

そのいずれもが浅薄な知識であったことも。

「暴力に関する君の見解はわかった。時間がもったいないので、次の質問をさせてもらう。例えば、この漫画だが、女性の下着が見えているシーンが12箇所も存在している。中には性器こそ見えてはいないものの、入浴シーンなど過激な描写もあり、青少年の性的関心を煽る不謹慎な描写と言わざるを得ない。これについてはどう弁解するか?」

質問とともに、男は拡大コピーした東風平の作品をわざと見せびらかした。

それを見て、赤木のおばさんが悲鳴に近い声をあげたが、東風平は無視した。
    

    
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