健全なる社会

荒深小五郎

文字の大きさ
5 / 11

5

しおりを挟む
「スカート姿の女性が高台からジャンプしたら、下着ぐらいは見えるだろう。当然のことだ」

「当然ですって!」

再びおばさんがヒステリーを起こして叫んだとき、進行役の男もさすがに迷惑そうな顔をした。

「わざわざなんでそんなアングルで描くのよ! 女性蔑視としか思えないわ! 不潔だわ! 上から見下ろした図でも描けばいいじゃない!」

「そんなアングルで描いたら、迫力も何もない。芸術的視点だ」

「芸術的視点ですって! 漫画ごときに何が芸術よ! 大体、女性を高台からジャンプさせるってどういうこと? 危険じゃないの! 女性蔑視だわ! 子供が真似をしてケガをしたらどうするのよ!」

『漫画ごとき』という単語に怒りを感じたが、東風平は冷静さに努めて口を開いた。

「子供が真似をしないよう親が指導すればいい。高いところから飛び降りたらケガをすることくらい子供でもわかるだろ? 一体、誰が子供をケガさせたくて、漫画を描くというのだ。私が描きたかったのは、主人公とヒロインが絶体絶命の危機を勇気と智恵を振り絞って克服していくことなのだ。読者の子供たちには、主人公たちに共感して、それから困難に立ち向かう力や勇気を学んでほしいのだ」

「な、何が智恵や勇気よ! 漫画から学ぶことなんてないわ!」

「あんたは若い頃、漫画を読んだことがないのか?」

「そんな下劣なもの読むに堪えないわ」

「かわいそうに。夢のない人生だったんだな――それにしても、ろくに漫画を読んだこともない人間が委員になっているとはどういうことだ」

「な、なんですって!」

赤木は声にもならぬ叫び声を何度も上げていた。

「委員会を侮辱する気か! 侮辱罪で訴えるぞ!」

北川が叫んだが、東風平はかまわずに持論を続けた。

「性描写の件だが、青少年を対象にしているのだから、適度の描写があるのは当然だ。思春期の子供にはそれくらいの刺激が必要だ。もちろん私自身は、対象となる読者の年齢は考慮しているし、昔流行したような、無意味な裸などを描いてはいない」

途中、何度もヤジが入ったが、東風平はきっぱりと言い切った。さらに続ける。
「そもそも漫画というものは夢や希望を与えるものなのだ。現実には難しいことを登場人物たちがするのを見て、読者は溜飲を下げるし、共感もする。あんたらは性描写を目くじらたてて削除するが、性欲なんてものは本能に起因するものだ。それを規制してはかえって性犯罪が起こるだけだ」

持論を展開する東風平に対して、委員たちはといえば、感情露わにそれぞれの性格にあった憤慨を示していた。

性犯罪が少しも減っていないのは統計上の事実である。盗撮や痴漢だけでなく、監禁やレイプといった凶悪犯罪も増加の一途を辿っている。児童売春も一向に減らない。

エロ本や風俗店、ネットのエロ画像がなくなったからだと東風平は思っている。
現実にそういった商売はアングラ化し、暴力団の資金源になっているとさえ言われている。

性的なものだけではない。
黄門様は悪人を懲らしめる前に印籠を出すようになり、カタルシスがなくなり視聴率が落ち、番組は打ち切りになった。

戦隊ヒーロー物で女性がピンクの役をするのはジェンダーに反すると言われ、挙句は5人がかりで敵を倒すのはいじめを連想させると放送中止に追い込まれた。
告発した人間たちには、敵が手下の戦闘員を多数連れているのが見えなかったらしい。

未来から来た猫型ロボットは、主人公の空想だったと連載を終了させられた。

ワカメちゃんのスカートは長くなった。

古い民話や童話でさえ、残酷なシーンがあると改訂命令が下り、赤ずきんちゃんはオオカミに食われたのではなく、誘拐されたということになり、赤い靴を履いた女の子は脚を切られず、すんなりと靴が脱げたことに改訂されていた。

悪人が説得によって簡単に改心するという、共産主義国のプロパガンダめいた偽善的な作品ばかりが目立つようになり、多くの人気作品が消えていった。

人々は現実との乖離にうんざりしていたのだろう。

東風平の持論を聞いて、委員たちはそれぞれの性格にあった反応を見せていた。
北川は机を何度も叩きながら叫び、赤木はヒステリーを起こしてわけのわからないことを喚いている。
    

    

    
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

処理中です...