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「スカート姿の女性が高台からジャンプしたら、下着ぐらいは見えるだろう。当然のことだ」
「当然ですって!」
再びおばさんがヒステリーを起こして叫んだとき、進行役の男もさすがに迷惑そうな顔をした。
「わざわざなんでそんなアングルで描くのよ! 女性蔑視としか思えないわ! 不潔だわ! 上から見下ろした図でも描けばいいじゃない!」
「そんなアングルで描いたら、迫力も何もない。芸術的視点だ」
「芸術的視点ですって! 漫画ごときに何が芸術よ! 大体、女性を高台からジャンプさせるってどういうこと? 危険じゃないの! 女性蔑視だわ! 子供が真似をしてケガをしたらどうするのよ!」
『漫画ごとき』という単語に怒りを感じたが、東風平は冷静さに努めて口を開いた。
「子供が真似をしないよう親が指導すればいい。高いところから飛び降りたらケガをすることくらい子供でもわかるだろ? 一体、誰が子供をケガさせたくて、漫画を描くというのだ。私が描きたかったのは、主人公とヒロインが絶体絶命の危機を勇気と智恵を振り絞って克服していくことなのだ。読者の子供たちには、主人公たちに共感して、それから困難に立ち向かう力や勇気を学んでほしいのだ」
「な、何が智恵や勇気よ! 漫画から学ぶことなんてないわ!」
「あんたは若い頃、漫画を読んだことがないのか?」
「そんな下劣なもの読むに堪えないわ」
「かわいそうに。夢のない人生だったんだな――それにしても、ろくに漫画を読んだこともない人間が委員になっているとはどういうことだ」
「な、なんですって!」
赤木は声にもならぬ叫び声を何度も上げていた。
「委員会を侮辱する気か! 侮辱罪で訴えるぞ!」
北川が叫んだが、東風平はかまわずに持論を続けた。
「性描写の件だが、青少年を対象にしているのだから、適度の描写があるのは当然だ。思春期の子供にはそれくらいの刺激が必要だ。もちろん私自身は、対象となる読者の年齢は考慮しているし、昔流行したような、無意味な裸などを描いてはいない」
途中、何度もヤジが入ったが、東風平はきっぱりと言い切った。さらに続ける。
「そもそも漫画というものは夢や希望を与えるものなのだ。現実には難しいことを登場人物たちがするのを見て、読者は溜飲を下げるし、共感もする。あんたらは性描写を目くじらたてて削除するが、性欲なんてものは本能に起因するものだ。それを規制してはかえって性犯罪が起こるだけだ」
持論を展開する東風平に対して、委員たちはといえば、感情露わにそれぞれの性格にあった憤慨を示していた。
性犯罪が少しも減っていないのは統計上の事実である。盗撮や痴漢だけでなく、監禁やレイプといった凶悪犯罪も増加の一途を辿っている。児童売春も一向に減らない。
エロ本や風俗店、ネットのエロ画像がなくなったからだと東風平は思っている。
現実にそういった商売はアングラ化し、暴力団の資金源になっているとさえ言われている。
性的なものだけではない。
黄門様は悪人を懲らしめる前に印籠を出すようになり、カタルシスがなくなり視聴率が落ち、番組は打ち切りになった。
戦隊ヒーロー物で女性がピンクの役をするのはジェンダーに反すると言われ、挙句は5人がかりで敵を倒すのはいじめを連想させると放送中止に追い込まれた。
告発した人間たちには、敵が手下の戦闘員を多数連れているのが見えなかったらしい。
未来から来た猫型ロボットは、主人公の空想だったと連載を終了させられた。
ワカメちゃんのスカートは長くなった。
古い民話や童話でさえ、残酷なシーンがあると改訂命令が下り、赤ずきんちゃんはオオカミに食われたのではなく、誘拐されたということになり、赤い靴を履いた女の子は脚を切られず、すんなりと靴が脱げたことに改訂されていた。
悪人が説得によって簡単に改心するという、共産主義国のプロパガンダめいた偽善的な作品ばかりが目立つようになり、多くの人気作品が消えていった。
人々は現実との乖離にうんざりしていたのだろう。
東風平の持論を聞いて、委員たちはそれぞれの性格にあった反応を見せていた。
北川は机を何度も叩きながら叫び、赤木はヒステリーを起こしてわけのわからないことを喚いている。
「当然ですって!」
再びおばさんがヒステリーを起こして叫んだとき、進行役の男もさすがに迷惑そうな顔をした。
「わざわざなんでそんなアングルで描くのよ! 女性蔑視としか思えないわ! 不潔だわ! 上から見下ろした図でも描けばいいじゃない!」
「そんなアングルで描いたら、迫力も何もない。芸術的視点だ」
「芸術的視点ですって! 漫画ごときに何が芸術よ! 大体、女性を高台からジャンプさせるってどういうこと? 危険じゃないの! 女性蔑視だわ! 子供が真似をしてケガをしたらどうするのよ!」
『漫画ごとき』という単語に怒りを感じたが、東風平は冷静さに努めて口を開いた。
「子供が真似をしないよう親が指導すればいい。高いところから飛び降りたらケガをすることくらい子供でもわかるだろ? 一体、誰が子供をケガさせたくて、漫画を描くというのだ。私が描きたかったのは、主人公とヒロインが絶体絶命の危機を勇気と智恵を振り絞って克服していくことなのだ。読者の子供たちには、主人公たちに共感して、それから困難に立ち向かう力や勇気を学んでほしいのだ」
「な、何が智恵や勇気よ! 漫画から学ぶことなんてないわ!」
「あんたは若い頃、漫画を読んだことがないのか?」
「そんな下劣なもの読むに堪えないわ」
「かわいそうに。夢のない人生だったんだな――それにしても、ろくに漫画を読んだこともない人間が委員になっているとはどういうことだ」
「な、なんですって!」
赤木は声にもならぬ叫び声を何度も上げていた。
「委員会を侮辱する気か! 侮辱罪で訴えるぞ!」
北川が叫んだが、東風平はかまわずに持論を続けた。
「性描写の件だが、青少年を対象にしているのだから、適度の描写があるのは当然だ。思春期の子供にはそれくらいの刺激が必要だ。もちろん私自身は、対象となる読者の年齢は考慮しているし、昔流行したような、無意味な裸などを描いてはいない」
途中、何度もヤジが入ったが、東風平はきっぱりと言い切った。さらに続ける。
「そもそも漫画というものは夢や希望を与えるものなのだ。現実には難しいことを登場人物たちがするのを見て、読者は溜飲を下げるし、共感もする。あんたらは性描写を目くじらたてて削除するが、性欲なんてものは本能に起因するものだ。それを規制してはかえって性犯罪が起こるだけだ」
持論を展開する東風平に対して、委員たちはといえば、感情露わにそれぞれの性格にあった憤慨を示していた。
性犯罪が少しも減っていないのは統計上の事実である。盗撮や痴漢だけでなく、監禁やレイプといった凶悪犯罪も増加の一途を辿っている。児童売春も一向に減らない。
エロ本や風俗店、ネットのエロ画像がなくなったからだと東風平は思っている。
現実にそういった商売はアングラ化し、暴力団の資金源になっているとさえ言われている。
性的なものだけではない。
黄門様は悪人を懲らしめる前に印籠を出すようになり、カタルシスがなくなり視聴率が落ち、番組は打ち切りになった。
戦隊ヒーロー物で女性がピンクの役をするのはジェンダーに反すると言われ、挙句は5人がかりで敵を倒すのはいじめを連想させると放送中止に追い込まれた。
告発した人間たちには、敵が手下の戦闘員を多数連れているのが見えなかったらしい。
未来から来た猫型ロボットは、主人公の空想だったと連載を終了させられた。
ワカメちゃんのスカートは長くなった。
古い民話や童話でさえ、残酷なシーンがあると改訂命令が下り、赤ずきんちゃんはオオカミに食われたのではなく、誘拐されたということになり、赤い靴を履いた女の子は脚を切られず、すんなりと靴が脱げたことに改訂されていた。
悪人が説得によって簡単に改心するという、共産主義国のプロパガンダめいた偽善的な作品ばかりが目立つようになり、多くの人気作品が消えていった。
人々は現実との乖離にうんざりしていたのだろう。
東風平の持論を聞いて、委員たちはそれぞれの性格にあった反応を見せていた。
北川は机を何度も叩きながら叫び、赤木はヒステリーを起こしてわけのわからないことを喚いている。
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