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藪はあっけにとられた表情であったし、一番左端にいる女は冷たい目を東風平に向けていた。
それにしても……と東風平は思う。
こいつらはなんとつまらない連中であろうか。
公務員の給与は民間の半分まで減らされ、天下り機関だった特殊法人のほとんどはつぶされた時代だというのに、この連中は政府諮問機関の委員として、高い報酬をもらって、くだらない揚げ足とりに終始している。
東風平はすこやか法が成立したときに、友人の漫画家、山田(ペンネーム:漫画狂人)が呟いていたひとことを思い出していた。
『はじめのうち、この法律もまともに働くだろう。今がひどいという事実はわからなくもない。しかし、数年経ったとき、この法律は委員の存在意義のためだけに存在することになる』
発言主の山田は代表作を連載中止に追い込まれ、ペンを折り、失意の内に故郷へ帰っていった。ペンネームが目を付けられたという噂もある。
世の中のメディアから、ある程度有害と思われるシーンが消えてしまえば、今度はこの委員たちの存在意義がなくなってしまう。
となると、自分たちが高い報酬をもらって、権力を奮い続けるには、逆説的に考えれば、有害なものがなくては困ってしまうのである。
結果として、東風平の漫画程度の表現でも『有害である』と、彼らは指摘してみせしめを行わないとならないのだ。
中年男がお色気シーンに付箋を付けて、数を数えてコピーしている姿を想像すると、滑稽さを通り越しておぞましさを東風平は感じる。
感情的なおばさんと元国会議員の男など会話する価値さえ感じない。
いじめがどうこう、性がどうこうと言っているが、現実に少年少女の犯罪はほとんど減っていないという現状をこの連中はどう考えているのだろうか。
少子化のために総数こそ減少しているため、自分たちのおかげと自負しているのかもしれないが、実際、犯罪の内容は大人顔負けの凶悪なものが増えている現状だというのに。
なぜ、そうなのか、この連中には死ぬまで理解できないにちがいない。東風平はそう思う。
最後の最後まで、自分たちは正しいとこいつらは信じていることだろう。そして、反対する奴は悪者であると決めつけ続けるに違いない。
こんな連中に仲間や師匠は社会的地位や、あまつさえ命までも奪われたのかと思うと哀れで仕方がない。
東風平は無意識のうちに拳を握りしめていた。
力を入れたので安っぽい椅子がきしんだ。委員の連中が座っている椅子は革張りの高級品であるようだが、東風平が座らされているのは、学校支給品以下の粗悪品であった。
(まるで犯罪者扱いじゃないか)
人知れず憤慨する東風平であったが、再び咳払いが起こって、思考を中断された。
「なるほど、確信犯であることを認めたわけね。『適度な性描写があるのは当然』とあなたは言ったわ」
声の主は、向かって左端に座る女性委員であった。
今まで口を開かなかった彼女の声は、少女のようにかわいらしい。
他の連中に気を取られていて気づかなかったが、見ると、まだ30代半ばぐらいの若い委員であった。
お世辞にも美人とは言えなかったが、赤木などとは違い、化粧っ気のない素朴な顔立ちだ。
髪もショートカットで清潔な印象である。
東風平もいつかこんな日が来るのではないかと、以前より委員たちについて信頼できる調査会社に依頼して、素性や評判を調べさせていた。
だが、この委員だけ詳しい素性がわからなかった。残り三人のように、まがりなりにも著名人というわけでもなく、委員会のメンバーに選ばれた理由さえわからない。
わかっているのは安田という名前と、関西でフェミニズム団体のメンバーとして活動していたということだけであった。
「そうよ! あなたは今そう言ったわ! 認めたのよ!」
鬼の首を獲ったかのように叫んだのは、安田ではなく、赤木であった。
安田はひとこと言っただけで、それ以上口を開きはしない。
それにしても……と東風平は思う。
こいつらはなんとつまらない連中であろうか。
公務員の給与は民間の半分まで減らされ、天下り機関だった特殊法人のほとんどはつぶされた時代だというのに、この連中は政府諮問機関の委員として、高い報酬をもらって、くだらない揚げ足とりに終始している。
東風平はすこやか法が成立したときに、友人の漫画家、山田(ペンネーム:漫画狂人)が呟いていたひとことを思い出していた。
『はじめのうち、この法律もまともに働くだろう。今がひどいという事実はわからなくもない。しかし、数年経ったとき、この法律は委員の存在意義のためだけに存在することになる』
発言主の山田は代表作を連載中止に追い込まれ、ペンを折り、失意の内に故郷へ帰っていった。ペンネームが目を付けられたという噂もある。
世の中のメディアから、ある程度有害と思われるシーンが消えてしまえば、今度はこの委員たちの存在意義がなくなってしまう。
となると、自分たちが高い報酬をもらって、権力を奮い続けるには、逆説的に考えれば、有害なものがなくては困ってしまうのである。
結果として、東風平の漫画程度の表現でも『有害である』と、彼らは指摘してみせしめを行わないとならないのだ。
中年男がお色気シーンに付箋を付けて、数を数えてコピーしている姿を想像すると、滑稽さを通り越しておぞましさを東風平は感じる。
感情的なおばさんと元国会議員の男など会話する価値さえ感じない。
いじめがどうこう、性がどうこうと言っているが、現実に少年少女の犯罪はほとんど減っていないという現状をこの連中はどう考えているのだろうか。
少子化のために総数こそ減少しているため、自分たちのおかげと自負しているのかもしれないが、実際、犯罪の内容は大人顔負けの凶悪なものが増えている現状だというのに。
なぜ、そうなのか、この連中には死ぬまで理解できないにちがいない。東風平はそう思う。
最後の最後まで、自分たちは正しいとこいつらは信じていることだろう。そして、反対する奴は悪者であると決めつけ続けるに違いない。
こんな連中に仲間や師匠は社会的地位や、あまつさえ命までも奪われたのかと思うと哀れで仕方がない。
東風平は無意識のうちに拳を握りしめていた。
力を入れたので安っぽい椅子がきしんだ。委員の連中が座っている椅子は革張りの高級品であるようだが、東風平が座らされているのは、学校支給品以下の粗悪品であった。
(まるで犯罪者扱いじゃないか)
人知れず憤慨する東風平であったが、再び咳払いが起こって、思考を中断された。
「なるほど、確信犯であることを認めたわけね。『適度な性描写があるのは当然』とあなたは言ったわ」
声の主は、向かって左端に座る女性委員であった。
今まで口を開かなかった彼女の声は、少女のようにかわいらしい。
他の連中に気を取られていて気づかなかったが、見ると、まだ30代半ばぐらいの若い委員であった。
お世辞にも美人とは言えなかったが、赤木などとは違い、化粧っ気のない素朴な顔立ちだ。
髪もショートカットで清潔な印象である。
東風平もいつかこんな日が来るのではないかと、以前より委員たちについて信頼できる調査会社に依頼して、素性や評判を調べさせていた。
だが、この委員だけ詳しい素性がわからなかった。残り三人のように、まがりなりにも著名人というわけでもなく、委員会のメンバーに選ばれた理由さえわからない。
わかっているのは安田という名前と、関西でフェミニズム団体のメンバーとして活動していたということだけであった。
「そうよ! あなたは今そう言ったわ! 認めたのよ!」
鬼の首を獲ったかのように叫んだのは、安田ではなく、赤木であった。
安田はひとこと言っただけで、それ以上口を開きはしない。
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