健全なる社会

荒深小五郎

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あくまで『自主規制を望む』という勧告によるものであるが、メディアは委員会を恐れ、使うことはない。辞書からもこれらの単語は消されている。

昔の作品が再版される際には『背丈の不自由な人』『体型の不自由な人』『頭髪の不自由な人』と笑止な文言で改訂されている。

言葉狩りにとどまらず、文字狩りも盛んになり、『嫁』『姑』などという漢字は女性差別だと意見が上がり、今ではそれぞれ『女扁に光』『女扁に輝」と書かねばならない。文化大革命も真っ青である。

東風平は文字が制定された文化的背景を無視した横暴に激しい憤りを感じていた。

ましてや、誰かうるさい奴が差別だと騒ぎ出したら、何でも通ってしまう風潮が気に入らない。

漫才コンビを身長差のある二人が組んでいたら、差別的だと解散させられたケースがあった。

チビなのを逆手にとってコミカルな動きで人気だったタレントは失業に追い込まれた。

もちろん、彼らに対しては何の保障もない。

CMで「GWぐらい家でゆっくりしましよう」とタレントが言うのを、「旅館業者が客の減少で苦しんでいるのに、無神経だ!」と旅館経営者から抗議があり、企業は放映中止することになった。

水を大切にしようというキャンペーンのポスターで、女性がずぶぬれになっている写真を使ったところ、性的なものを連想させる、したたる滴がお漏らしを連想させると女性団体から抗議があり回収された。

子供たちが大好きだったア◯パンマンも、敵をバイキンと呼び、暴力で解決するのは良くないという声から大幅に改定された。

さらには白面の食パンマンをカッコいいとみなし、色黒のカレーパンマンをブサイクとみなすのは黒人差別につながるという飛躍した論理により、両キャラクターは姿を消した。

このような、抗議に弱腰な姿勢が注意マニアたちを調子に乗らせたともいえるが、ずいぶんと窮屈な社会になったものだと東風平は思う。

キ◯ガイというのが、精神異常者に対して失礼とは誰が言い出したのであろうか? 

片◯落ちが片腕のない人に対して失礼とは、本当に片腕がない人が言い出したのであろうか?

東風平の曾祖母は自分のことを目◯らと言っていたが、そこから差別意識は感じなかった。

東風平自身、デブと言われ傷ついたこともあるが、別にテレビやラジオでデブという言葉を聞いてやめろと抗議しようなどと思ったことはない。

言葉にはニュアンスが重要だと東風平は考えている。

相手を指さして「デブ」と叫べばそれは差別だろうが、テレビで普通に使われていれば、決して自分が名指しされたわけではない。

それを自分のことを言われたように感じるのは被害妄想ではないのか。

何よりも、作品中にそのような単語があっただけで、差別を助長していると決めつけるのが気に入らない。

全体を読んで、その中で主題を読み取る力もなく、前後の文脈をも無視して、禁忌の単語があるだけで作品全体が否定される。

作中で、差別用語を乱発する相手を悪人扱いしてこらしめていても、この連中はそれが漫画やゲームであるというだけで、よく確認もせず、発禁処分にしているのだ。

「そんなに窮屈な世の中にしてどうする? 誰もが傷つかない言葉なんてあるか? あれだめ、これだめでは何も言えないし、出来やしない。誰かが『傷ついた』『差別だ』と言えば、何もかもが禁止されてしまう。結果として、子供たちは遊び場も、遊びそのものも奪われた。ゲームをだめというが、ゲームしかできないような社会にしたのは誰だ? 元々、ひどいものが氾濫していたのは事実だ。ある程度の規制については、私も否定はしない。しかし、あんたらはやりすぎた。『水清ければ魚住まず』というだろう。何でも禁止しては、結局、みんなが何かにびくびくして生きなければならないような窮屈な世の中になってしまうんだ。こんな社会が理想の社会か!」

東風平は滔々と述べ、4人を見渡した。
反応はさまざまであったが、少なくとも感銘した者はいないようであった。

「理屈を言うな! 理屈を!」

北川が怒鳴り散らした。下手な理屈を言っているのが自分たちだということに気づいていないらしい。
    

    


    
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