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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体
五章 一幕 1話-1
しおりを挟む静かに年が明け、窓から見える赤褐色の風景も見慣れてきた一月中旬。
レオンハルトは、カウチソファに足を投げ出すように座りながら、窓の外を見ていた。
雪は降らないものの、年中冬の始まりのような気温のエルグランデル皇国。
青空が見えることは稀で、空気は乾き、数日おきに砂嵐が駆け抜けていく。
森林や植物、穀倉地帯はあるが、厳しい気候に耐えられる品種ばかりの所為か、色合いはくすんでいるものが多い。
レオンハルトがエルグランデル皇国へ来て三ヶ月あまり。大きすぎる魔力を制御することにも慣れ、誰かに触れることは出来なくとも、同じ空間で過ごすことは可能になった彼は今、長らく空座だった玉座がある柘榴の宮殿で暮らしている。
赤い土を原材料とした建築材で建てられた宮殿であることから、宝石のガーネットを意味する柘榴と呼ばれるようになった宮殿だ。
赤い石材で覆われ、独特の色合いを持つこの宮殿は、堅牢で重厚であるだけでなく、一年のうち数日だけ顔を出す太陽の光を浴びると、一層鮮やかに輝く。宝石の名を冠している謂れはここにある。
宮殿と呼ぶに相応しく、ファサードには精巧な彫刻や装飾が施され、窓枠やバルコニーの手すりなど、細部にまで芸術的な美しさが追及されている。
その内部も外観に劣らず、装飾品や美術品が数多く収蔵されており、訪れた者の目を楽しませる。
宮殿の外観は横に長い形状で、玉座の間を中心に、左は執務室に貴族院や政治部、その向こうに騎士団の訓練場や厩舎、武器庫に騎士寮がある。
左は五つの迎賓の間、大中小のホール、貴賓の宿泊部屋が並び、最奥には古代魔法で防御された宮殿の主の住居区となっている。レオンハルトが今いる場所は、この住居区の三階だ。
皇国の中心から南側に位置するここは、魔の森と皇都の間に建っている。横に長い形状は、魔物から民を守るための要塞を兼ねているからだ。
魔の森と宮殿の間には荒野が広がり、森から溢れた魔物がすぐに分かるようになっている。
エルゾーイの面々と交戦し、カトレアと初めて顔を会わせた場所は、この荒野の西のはずれだ。
あの頃は、ずっとルヴィウスと一緒にいられると信じて疑わなかった。
「ルゥ……」
レオンハルトは、ルヴィウスの名を呟いて、お揃いのバングルを両手に握りしめた。そんなことをしても、ルヴィウスと繋がれるはずもないのに。
そろそろ、ルヴィウスが目を覚ます頃だ。
体内に出来上がった器が自然界から魔素を集め、ルヴィウスの魔力として定着し、体の隅々まで行き渡り、細胞の一つ一つからレオンハルトの魔力が消える頃には、王国は秋を迎えていることだろう。
手紙一つ残さずに黙って置いてきたことを、どう思うだろうか。
泣くだろうか。
怒るだろうか。
それでも、“人”は忘れる生き物だ。忘却は、神が人に与えた恩恵。大切なものを失くしても、辛いことがあっても、最愛との別れの後も、生きていけるように人は造られている。
レオンハルトは、この国にきて三ヶ月が経ったことに実感が持てない虚しさから、深いため息をついた。
誰と話しても心が動かないことに気づいたのは、何日目のことだっただろう。
だから、必要なこと以外は話をしなくなった。
食事をしても味がしないことには、早々に気が付いた。
だから、食べるのをやめてしまった。
眠ればルヴィウスが夢に出てきて、会いたくて堪らなくなる。
だから、眠ることを放棄した。
そんな状態のレオンハルトに、カトレアやエルゾーイの面々は事ある毎に語りかけてくる。特に、シェラは辛抱強くレオンハルトを構った。
いや、シェラは辛抱強くというより、遠慮なく、と言ったほうが正しいだろう。
一昨日のシェラも、やや強引なものだった。
レオンハルトが執務室で書類仕事をしていたところに、サンドイッチとスープが乗ったトレーを持ってやってきたのだ。
「主君、昨日も晩飯を残したって聞いたけど。エルグランデルは食料が豊富じゃないんだからさ、用意されたらちゃんと食べないとダメだろ」
「手つかずで残してるから誰か食べるだろ」
「それはそうかもしれないけどぉ。ちなみにちゃんと寝てる?」
シェラの小言に、レオンハルトはため息をついた。
「シェラ、いちいち俺に構うな。何度も言うが、俺は食べなくても寝なくても死なない。普通の人間と一緒にするな」
「だからこそでしょ。人だったことを忘れないためにも、食べて、寝て、人と話す。そうしないと、そのうち心も失くしちゃうぞ。だいたい、食べたくない、寝たくないじゃなく、人じゃないってことを言い訳にしてる時点で、人でありたいって思ってる証拠じゃん。だったら、人らしさを手離したらダメでしょ」
そう訴えかけるシェラに、レオンハルトは何かを言いかけ、やはり口を噤んだ。そんな彼にシェラは「食べるまで監視しま~す」と仁王立ちで睨みつけてくる。
レオンハルトは仕方なく、味のしないサンドイッチを口にした。
あれこれ気遣ってくれるのはありがたい。そうされることで、まだ人だった頃の自分を繋ぎとめていられるような気もする。
けれど、日に日に、人から遠ざかっているのも事実だ。
食べなくても、死なない。
寝なくても、死なない。
心が、動かない。
今までも、強すぎる魔力の所為で生と死の境界が曖昧ではあった。だが、傷つけば痛いし、息が出来ないのは苦しい。だから、“生きている”を実感できていたところはある。
でも今は、痛いとか苦しいとか、そういう感覚がどこか麻痺していて、時々、生と死のどちらに自分がいるか分からない時がある。
つまり、神の代理人になって分かったことは、永遠に生きるということは、永遠に死んでいることと同義だということだ。
ここへきて、もう三ヶ月―――いや、まだ三ヶ月。
ウェテノージルを継いだレオンハルトは、魔力量はもちろんのこと、技術そのものもいつの間にか向上し、さらには以前に禁書庫で見かけたにも関わらず読むことが難しかった古代の文字、竜語を自在に操れるようになっていた。
それ以外にも、この世界の成り立ちや、人が扱うことの出来ない魂に関わる神の御業とも言える術までをも、教わることなく理解できしまっている。
禁書庫の能力そのものが、レオンハルトのものになった影響だろう。
その変化はレオンハルトに、人ではなくなった実感をより強くもたらした。
しかし、そういった変化がある一方、変わらないこともあった。
唯一、人らしさを失わない“感情”というままならないものだ。
心など、無くしてしまったと思っていた。何をしても、心が動かないから。
なのに、ルヴィウスを想うと、レオンハルトの心は悲鳴を上げる。
ルヴィウスを想うたびにこみ上げてくる愛おしくて狂おしい衝動も、手を伸ばせば触れられる距離にいない辛い気持ちも、言葉すら交わせない寂しい気持ちも、この胸の中から消えてくれない。
けれど、そこから学んだことはある。
最愛の人がいなくとも、季節は巡っていくのだということ。そして、どんなに離れても、ルヴィウスを想う気持ちは募るばかりだということ。
「ルゥ……、会いたい……」
呟いて、バングルを握りしめる。
会いたい。
でも、会ったら抱きしめてしまう。
抱きしめたら、離せなくなってしまう。
そしてきっと、傷つける。
そうなったら、ルヴィウスを失わないために、ルヴィウスの総てを奪ってしまうだろう。
生きながら、死を与える―――永遠を施すことが出来る魔法は、存在する。
神の代理人となったレオンハルトには、やろうと思えばそれが出来てしまう。
一度でもその術を施されたら、死にたくても、終わらせたくても、偽物の永遠がそれを許さない。ルヴィウスが後悔したとしても、取り消せない。
狂わせて、壊して、人形のようにしてしまうかもしれないのなら、離れて、諦めて、いつか見送って、寂しさと悲しみに慣れるほうがいい。
いいや、きっと、それでは耐えられない。だから、ルヴィウスがこの世界から旅立つ日が来たら、永遠に目覚めない魔法を掛けよう。そうして擬似的にでも、共に逝ければそれでいい。
『主君、準備が整いました』
右耳のピアスから、カトレアの声がした。
ここでは誰もレオンハルトを『殿下』とは呼ばない。いつの間にか、誰もがレオンハルトのことを『主君』と呼ぶようになった。
まるで、以前の自分はどこかに消えうせてしまったように感じる。
レオンハルトはソファから立ち上がり、「今行く」と返事をした。
バングルを剣帯に留め、壁のフックから剣を取る。そして騎士団が出陣を待つ、荒野と宮殿を隔てる黒曜門へと転移した。
**********
物語後半までお付き合いくださいましてありがとうございます。
一幕の後半までいちゃいちゃ回はありませんが、最終章へ向けて順番に色々なことを回収してまいりたいと思いますので、お付き合いくださると嬉しいです。
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