神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体

五章 一幕 1話-2

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 宮殿の裏手に位置し、魔の森との狭間にある荒野へ出入りするための黒曜門。
 レオンハルトが漆黒の騎士服を纏い現れると、総勢二〇〇名の騎士が一斉に跪く。先頭にはカトレア、その後ろにエルゾーイの七名。

 レオンハルトはエルグランデルへ来てから三日に一度、こうして騎士団を引き連れ魔の森の魔物討伐を続けてきた。
 その甲斐もあり、魔物の数は激減している。それに比例して魔素の濃度も下がってきていた。
 あとは、世界樹がレオンハルトを呼び、正常に機能するようになれば、先代の管理者ニルス亡き後、長きにわたり閉鎖するしかなかった国を、再び開くことが出来る。

 魔素が薄まれば、皇国の人間は徐々に王国の平均寿命と同じになると言われている。それは、皇国の民にとって悲願でもあった。

 長い寿命は生命力を強くしたが、出生数を極端に減らした。この国の人にとっては恋や愛は物語の中の出来事で、よほどの幸運に巡り合わない限り、単純に魔力の相性の良い者同士が結ばれる。

 だが、ニルスの治世ではその事情に縛られなかった。彼とクレアにより、皇国はあらゆる面で自由と発展を享受した。しかし、管理者は神の代理人とは違う。ニルスの没後、皇国の民たちは再びこの地の呪縛に縛られた。

 全盛期の皇国を知る者たちが次代に望みを託し、託された次代の者たちが耐え忍び、さらに次の代へと望みを託し始めた頃、レオンハルトという新たな希望が生まれ落ちた。
 レオンハルトが自分のことをどう思っていようが、皇国の民にとって彼は、紛うことなき光りなのだ。
 ただ目の前に立つだけで、絶対の忠誠を捧げたくなるほどに。

「立て」

 命令すると、跪いていた騎士たちが息を合わせたかのように立ち上がる。その光景はまるで一つの生命体のようで、息を飲むような壮大さがある。

 レオンハルトはすべての騎士に指示が届くよう、通信魔法の範囲を全体に広げた。

「部隊を七つに分けて最終討伐を行う。―――ゲルニカ」

 レオンハルトに名を呼ばれたエルゾーイのリーダー、短い黒髪に緑の瞳の大柄な騎士、ゲルニカがよく通る声で「はい」と一歩前へ出る。

「ゲルニカの部隊には第三地区の対処を頼む。あそこは砂漠化が進んでいる。炎系魔法を存分に使え」

「承知しました。必ずご期待に応えます」

 そう返答したゲルニカは、左手を拳に握り、胸の前に当てて頭を下げた。

 ゲルニカの忠義に頷いて答えたレオンハルトは、「次に、シェラ」と名前を呼ぶ。
 すると、「はいよー」と軽薄な返事とともに、赤髪を一つに纏めた優男が前に出た。

 荒野で交戦した時は、気配を消した一太刀が印象的だった。ルヴィウスを「ルヴィちゃん」と呼び始めたのはこの男だ。
 そして、こちらに来てからレオンハルトのことを誰よりも気にかけてくれたのも、彼だ。

「シェラの部隊は第五地区を。ワームの巣があるところだ。慎重に頼む」

「了解。オレの部隊、あぁいうの相手にするの得意だから任しといて」

「油断して痛い目をみても治してやらないぞ」

「そんなこと言って~、主君が他人の怪我をほっとくような冷血漢じゃないことくらい、みんな知ってるって」

 ふざけているような物言いに、レオンハルトはため息をつく。

 運がいいのか悪いのか、シェラの部隊には今日が初陣だという騎士がいたはずだ。シェラのこのふざけた態度は、おおかた、その新人騎士の緊張をほぐしてやる狙いもあるのだろう。

 レオンハルトはシェラの額を、こつん、と小突いた。

「怪我したヤツがいたら連れてこい。頭と胴がくっついていれば治してやれる」

 そう言うと、シェラは満面の笑みを浮かべ、自分の部隊を振り向く。

「みんな聞いたかっ? オレたちの部隊は絶対の安全を約束されたぞー!」

 シェラの煽りに答えた部隊員たちが、おおーっ、と右手を高く上げて雄叫びを上げる。なかなかのチームワークだ。これだけ纏まっていれば心配ないだろう。

「次はジーク」
「はいはーい」

 黒髪に青い目、どこかあどけなさが残る小柄な男が跳ねるように前に出る。
 以前の交戦の時、レオンハルトに魔術で作った鎖を放ってきた魔剣士だ。繊細な魔力操作はレオンハルトも一目置いている。シェラと同様、受け答えが軽いことが玉に瑕だが。

「ジークたちには第四地区に行ってもらいたい」
「あ~、あの蔦だらけの森だねぇ」
「得意だろう? そういうの」

 ジークは「まぁね~」と自信ありげに笑った。

「次、パラオ」

 黒髪を三つ編みにした細目の騎士が、こくり、と頷いて前へ出る。
 エルゾーイの中では珍しく魔力が少なく、スピードを重視した剣技が持ち味の騎士だ。
 とにかく寡黙で、単語を中心とした独特な会話を繰り広げるため、部隊の騎士たちは意思疎通に苦労しているらしい。

「お前には第六地区を頼みたい。魔法耐性がある魔物が多い場所だ」

 パラオは、こくり、と頷いた。

「お前が誰よりも多く仕留めるだろう。任せたぞ」

 そう声を掛けると、パラオの目が大きくなり、心なし頬が染まった。そしてパラオは、無言で右の拳を高らかに掲げる。
 それに反応するように、彼の部隊の騎士たちも一斉に拳を掲げた。一糸乱れぬ行動に、ザッ、と空気が舞い上がるようだった。

「次はシルヴィオ」
「はぁい」

 金髪に赤い瞳、頬に十字傷があるシルヴィオが手を挙げて進み出る。
 相手に行動を読ませない陽動戦が得意な騎士で、エルゾーイの中では随一の陽気さを持つ。彼もまた、シェラやジーク同様、受け答えが軽い。

「お前は第七地区」
「えぇー、イノシシ狩りやだぁ」
「なら第一、第二と交換しようか?」
「遠慮しまぁす。そこのボス、連携プレーでないと倒せないもん」

「じゃあ、第一と第二は僕たちの取り分だね、ラーイ」
「そうだね、俺たちに持ってこいのエリアだね、ルーイ」

 そう言って、呼ばれる前に一歩前に出てきたのは、小柄な茶髪のショートヘアの双子の魔剣士で、双子ならではの連係プレーが持ち味のラーイとルーイだ。
 荒野でレオンハルトと交戦した時、最初に飛びかかってきた二人は、兄弟仲がとてもいい。

「ラーイとルーイ、二部隊で対応するからエリアの広さも他の部隊の倍だが、大丈夫か?」

「任せてよ、主君。僕の部隊が追う役で」
 と、ルーイ。

「俺の部隊が仕留める役割を担うから」
 と、ラーイ。

 高みの見物しててね、とそっくりな顔で笑う双子に、レオンハルトは「頼んだぞ」と声を掛けたあと、カトレアを振り返る。

「最後にカトレア」
「はい、主君」
「お前にはこのあとの総指揮を任せる」
「主君はどちらへ?」

「暴虐の谷へ行く」

「お一人で?」
「古代竜の成れの果て、暴虐のドラゴンと戦いたい奴がいるなら連れていくが?」

 カトレアはすかさず「遠慮いたします」と苦笑いする。他のエルゾーイたちも「冗談じゃない」と目も合わさない。

 これは仕方のない反応だ。荒野での交戦時、ルヴィウスが落ちそうになった谷の奥深くには、神代の時代が終わった頃、古代竜が住んでいたと言われている。
 世界樹で浄化された魔素を取り込む古代竜は理性があり、言葉を話し、叡智を人に授けた。まさに、人にとっては文字通り神の代理人だった。

 しかし、世界樹が魔素を浄化できなくなると、古代竜は狂化し、多くの街を破壊し尽くして、いつしかアンテッドとなった。
 有害で濃度の高い魔素を吐き出す化け物となった古代竜。姿を見た者はいない。何故なら、古代竜は谷から出てくることがないうえに、足を踏み入れるだけで黄泉へ堕ちると言われ近付くことが出来ないからだ。
 以来、あの谷は暴虐の谷と呼ばれるようになり、そのに住みつく古代竜もまた、暴虐のドラゴンと呼ばれるようになった。

 討伐は不可能と言われてきた暴虐のドラゴンだが、人ではないレオンハルトならそれが可能だ。
 暴虐のドラゴンがいなくなれば、けた違いに魔素が薄まる。
 レオンハルトは、暴虐のドラゴンを討伐することで、世界樹が自分を呼ぶのではないか、と考えていた。

 レオンハルトは改めて騎士たちを眺め、主としての言葉を掛ける。

「皆、魔剣士として最善を尽くせ。ただし、死ぬことは許さない。誰一人欠けることなく帰還せよ。頭と心臓さえ無事なら俺がいくらでも治してやれるが、その時感じる痛みは現実だ。捨て身の行動は許可しない。怪我をするなとは言わないが、必ず五体満足で戻れ」

 騎士たちが胸の前に拳を掲げ、ガシャンっ、と鎧が鳴る。
 レオンハルトは一つ頷くと、カトレアに「指揮を頼む」と指揮権を譲り、黒曜門を振り返ると同時に転移魔法を発動した。
 
 
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