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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体
五章 一幕 1話-3
しおりを挟む地面に足が付く感覚を覚えたレオンハルトは、すっと目を開ける。そして瞬時に、自分の周りに保護魔法を展開した。
魔素の濃度も濃ければ、瘴気も酷い。
エルグランデルで生まれ育つ人でさえ、一分ともたないだろう。暴虐の谷は、それくらい毒性が強い空間だ。
人ではなくなったレオンハルトに大きな影響はないが、魔力酔いのような症状が出ても煩わしい。そういった状態異常を避けるための備えとして、保護膜を張る術は有効だ。
暴虐のドラゴンが住まう谷は、陽の光すら届かないほどの真の闇に覆われていた。
周囲を照らすため、レオンハルトは幾つもの魔法の明かりを飛ばす。
その光りから逃れるように、闇がざわめき、蠢き、ざわざわと奥へと移動していく。
光りに近い闇は、塵となって消えていった。霧散したのは、魔力の弱い小さな名もなき魔物のようだ。つまり、この闇すべてが“そう”なのだろう。
ならば、とレオンハルトは両手を一度重ね、集めて練った魔力を、両腕を広げると同時に一度に放出させた。
瞬発的に光りが大きく弾けるだけの魔法だが、闇が一気に消え去っていく。
はらはら、と闇だった物が雪のように空から降って来る。闇でしかなかった空間が、純白の景色へと変わった。
降り積もる白い闇の残骸が、レオンハルトが歩くたびに彼のブーツを僅かに沈める。
葉のない白い幹と枝を持つ木々が、辺り一面に生えていた。生気を感じられないそれは、まるで焼け残った骨のようだ。
歩を進めていくと、レオンハルトより劣るものの、大きな魔力の流れを感じた。
その方角へと足を進めると、やがて巨大な骸が現れた。
骨だけになった、小さな城ほどもある巨体。
丸くなり、眠っているかのような格好だ。鋭い牙に二本の角、背には大きな羽根、そして長い尾がある。
ドラゴンだ。それも、とびきり巨大な。
「これが、暴虐のドラゴン……?」
討伐できない本当の理由は、すでに死んでいたからだ。
大きな魔力を持った魔物は、死ぬと腐って有害な魔素を吐き出す。それが、魔の森が長い年月を掛けて広大になった理由の一つでもある。
神代の時代の終わりに存在した、神のごときドラゴンであれば、死するだけでその骸が闇そのものになるのも当然のことかもしれない。
レオンハルトはドラゴンの骸に近づき、その鼻先を、すいっ、と撫でた。
「古代竜……」
違和感が、頭をよぎる。
神が地上を去ったあと、古代竜は世界樹が浄化した魔素をここで取り込み、理性を持ち、人の言葉を話して、叡智を授けた。まるで、神の代理人であるかのように。
それがある時から―――世界樹が魔素を浄化できなくなった時から、狂化した。古代竜は多くの街を破壊し、有害で濃度の高い魔素を吐き出す化け物となった。
どこかで聞いたような話だ。まるで魔王ジルの寓話のような……。
そこまで考えが至ったところで、レオンハルトは、はっとしてドラゴンの骸を見上げた。
「まさか、この古代竜がウェテノージルなのか」
その名を呟いた瞬間、レオンハルトが触れていた部分から骸が、ざらり、と崩れ始めた。
崩れた先から光の粒になり、きらきらと宙に舞う。崩壊と呼ぶには美しすぎる光景だ。
それに見惚れていると、不意に高い周波数の金属音のような耳鳴りに襲われる。
咄嗟に耳を覆い、目を瞑る。
膨れ上がるような白い光りが、レオンハルトに襲い掛かる。なんの音も聞こえなくなった彼が目を開けたとき、そこには、二人の人物がいた。
長い銀の髪に宵闇の瞳を持つ美しい容姿の中性的な人と、蜂蜜色の黄金の瞳に蒼い髪の長身の男。
こちらからは二人が見えるが、向こうからはこちらが見えないらしい。
幻惑魔法に捕らわれたのかと思ったが、二人の人物はレオンハルトをすり抜けて移動したり、居ないかのように振舞ったりする。
しばらく様子を窺っているうちに、これがこの場所に残された思念のような、記憶のようなものだと気が付いた。なぜなら、二人の人物の言葉だけでなく、気持ちすらも流れ込んでくるからだ。
彼らがこの場所に残した感情が、無機質だったレオンハルトの心を撫でていく。
戸惑い。興味。苛立ち。嬉しさ。切なさ。愛おしさ。苦しみ。哀しみ。怒り。憎しみ。そして、絶望と破壊。
最後に訪れたのは、再生と希望だった。
レオンハルトは透明な壁に隔てられたまま、彼らの身に起きたことを、まるで体験するかのように“読んだ”。
それは、無から始まり、恋を経た、永遠の愛の物語。
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