【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 10話

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 ある誰かには、人生で一番特別な今日が来て、ある誰かには、人生最悪の不幸が訪れたとしても、世界は何事も無かったかのように周り巡る。
 それが不変の法則であり、これからレオンハルトが守護していく法則。そしてそれは、もう二度とレオンハルトには訪れない“日常”だ。

「顔色が良くなったな」

 レオンハルトはルヴィウスが眠るベッドに腰かけ、穏やかなその寝顔を見つめた。
 そっと手を伸ばし、魔力遮断の術が施された手袋越しに、ルヴィウスの頬を撫でる。

 この特別な手袋は、レオンハルトの状況を知ったアルフレドが、カトレアに「柘榴の宮殿の宝物庫にあるはずだ」と探させたものだ。
 柘榴の宮殿とは、エルグランデル皇国の王宮だ。手袋は、アルフレドが先代の管理者だった頃、大きすぎる魔力の影響により、クレア王女―――今のマイアンを傷つけないために作った魔道具の一種。

 この手袋に加え、アルフレドは、彼とマイアンの神聖力を吹き込んだ指輪も用意してくれた。
 レオンハルトの右の小指にはめられている銀の指輪。そこに込められた聖剣の主と教皇の特別な神聖力には、魔力制御が追い付かずあふれ出てしまうレオンハルトの魔力を、相殺してくれる効果がある。
 少なくとも、3ヶ月はもつ、とのことだ。その間に、人と接する時は魔力を制御できるように訓練が必要だろう。

 アルフレドは「付け焼刃のようなことしか出来なくて申し訳ない」と言っていたが、彼のおかげで、レオンハルトはなんとか、人のように振舞えている。アルフレドとマイアンが手を差し伸べてくれなければ、レオンハルトは大切な人に別れの言葉一つ、言えなかったことだろう。

 レオンハルトはただ、ルヴィウスを見つめ続けた。
 ここは、公爵邸にあるルヴィウスの私室だ。婚約者になってから何度も、何度も通い続けた、大切な場所。

 夜中に出入りした窓扉、隣に座って秘密の話をしたソファ、これまでレオンハルトがルヴィウスへ贈ったプレゼントを大切に管理しているチェスト、そして、何度も一緒に寝転がったベッド。
 部屋中に、ルヴィウスとの思い出が溢れている。けれど、もう二度と、訪れることはないだろう。

 レオンハルトの視界が、ゆらり、と揺れた。知らずしらずのうちに、涙が溢れてきたようだ。
 それを手袋で拭ったレオンハルトは、一つ息をつく。そして再び、ルヴィウスの頬に手を伸ばした。

「愛してるよ、ルゥ」

 返事は、戻ってこない。それでも、ルヴィウスは生きている。目を覚ますまで、まだ時間が掛かると、神の力を手に入れたレオンハルトは知っている。

 あの日から二日。レオンハルトは今日、十八になった。
 ルヴィウスと婚約して以来、祝いの言葉をもらえない初めての誕生日。それがこんなにも寂しいだなんて、思いもしなかった。でも、時が経てばこれにも慣れるのだろう。きっといつしか、愛おしさも寂しさも切なさも、忘れ去っていくに違いない。
 そうやって心を失くしていかなければ、悠久の時を独りで歩くことは出来ないのだから。


 あの日、ルヴィウスを抱きかかえて戻った血まみれのレオンハルトを目の当たりにし、ガイルやハロルドたちは顔を真っ青にして慌てた。心配してくれたのだと思うと、嬉しかった。

 藍玉宮の騒ぎを聞きつけたヒースクリフやイーリスが、公務を放り出して飛んできて、無事でよかったと涙声で言ってくれた。
 遅れて来たエドヴァルドも「最後まで心配かけて」と怒っていた。

 そのうち、ルヴィウスの事を知らされたグラヴィスやノアールが訪れ、無事を確かめた後、レオンハルトにも「ご無事でなによりです」と安堵の表情を浮かべた。

 こんなにも、自分を大事にしてくれる人たちを悲しませるのかと、レオンハルトはどう言葉にすればいいのか悩み、そして心の赴くまま、イーリスの前に立って、くしゃりと無理やり笑顔を作って言った。

「母上、人として産んで大事に育ててくれたのに、人のままでいられなくて、申し訳ありません」

 あなたは何も悪くない。どうか気に病まないで。そう伝えたかったのに、イーリスはレオンハルトを抱きしめようとした。
 だから、すぐさま距離を取った。手に入れた膨大な魔力が、触れた者を傷つける、だからごめんなさい、と伝えると、彼女は声をあげて泣いた。
 そして、どうして謝るの、と。あなたも泣いていいのよ、と言ってくれた。

 崩れ落ちそうなイーリスを支えながら、ヒースクリフが「私の息子だということはずっと変わらない」と、強い口調で言ってくれた。レオンハルトの瞳より淡い色をしたその瞳は、潤んでいた。

 エドヴァルドは「レオンが何者でも、私がレオンの兄をやめることはないよ」と目を潤ませて、拳を握りしめ肩を震わせていた。

 それから禁書庫での話を手身近に話して、そのあとグラヴィスも交え、ルヴィウスに逆鱗を使うことを告げた。
 グラヴィスは、息子の筥としての役目が終わることに、どこか安堵しているようにも見えた。

 本来であれば世界樹が力を貸してくれるはずだったのだが、レオンハルトは禁書庫で最後の力を得、神の代理人になった。
 神の一片を使うに値する資格を得たレオンハルトに、世界樹の手助けはいらない。何をどうすればいいのか、教えられずとも本能が知っている。

 宝物庫で眠っていた一枚の逆鱗。ルヴィウスの為にレオンハルトが命がけで手に入れた虹色の鱗。当時は手のひらほどの大きさだったが、内包した神力が経過した年月の分だけ凝縮し、いまは親指の爪より少し大きい程度の大きさに変化している。
 それを手にしたレオンハルトは、眠るルヴィウスの唇を開き、鱗を舌の上に置いた。
 そして、手に入れた力のひとつ、竜語で祝福を与える。


 私の愛おしい子。
 私の寵愛を一身に受ける運命の子。
 生まれ変わる時が来た。
 夢路を辿り、再び目を覚ませ。
 私は永久とわに彼方の倖せを祈ろう。


 祝福を唱えるレオンハルトの声には、煌めくような魔力が宿っていた。その魔力を逆鱗が吸い、蕩けるように消えうせた鱗が、新たな魔力となってルヴィウスの体をめぐる。
 そうしてルヴィウスが持つに相応しい魔力の器が出来るまで、彼は眠り続けるのだ。

 長きにわたりレオンハルトの魔力を受け取ってきたルヴィウスの潜在的魔力量は、先の討伐戦での活躍や、間違って転移したとは言え、広大な魔の森を越えエルグランデルへ転移できるほどだ。数か月は目が覚めないだろうというのが、レオンハルトの見立てだった。

 次に目を覚ました時、ルヴィウスは “普通”を手に入れている。そうしてルヴィウスは、レオンハルトとは全く別の時間軸を歩いていくことになるのだ。
 その事実は、レオンハルトに別れを決意させるのに充分な理由になった。


 規則正しい呼吸を繰り返し、ベッドに横たわるルヴィウスを見つめるレオンハルトは、この離れがたい気持ちをどうにかして振り切ろうとしていた。

 いつもそばにあった温もりを確かめるように、レオンハルトはルヴィウスの頬を撫でる。
 手袋をしている所為で、彼の体温が感じられない。
 右手を取り、バングルへキスをした。そうしてバングルが耐えられるだけの魔力を込める。自分がいない間も、ルヴィウスに危険が及ばないように。

 あの日外してしまった自分のバングルは、もうレオンハルトの左手首には戻らない。なぜなら、ルヴィウスでなければ付けられないからだ。けれど、手離すことは出来なくて、チェーンに通して剣帯に付けている。

「殿下……」

 遠慮がちにガイルが声を掛けてくる。レオンハルトは振り返らずに「なんだ」と答えた。

「せめて、ルヴィウス様が目を覚ましてから御発ちになられてはいかがでしょうか」

「俺がエルグランデルへ行かないと、魔素の濃度が下がらず魔物が出続ける。ヴィクトリア王国にも、エルグランデル皇国にも。俺は第二王子であり、世界樹の守護者で、神の代理人だ。役目は、果たさないと」

「ですが……」

「それに、ルゥにはちゃんと、もう一度考えてほしいんだ」

「何を考えるって言うんですか」

 会話に割って入ったのはハロルドだ。いつの間にか、部屋に入ってきていたらしい。

「殿下は分かっていません。考えるまでもなく、ルヴィウス様は殿下の伴侶でいたいはずです」
「死なない化け物の伴侶になりたいと、本気で思うとでも言うのか」
「殿下は化け物ではありません。今の言葉、ルヴィウス様の前で言えますか。言ったらどう答えるか、殿下なら分かるでしょう?」

「閣下のつがいちゃんの言うとおりだよ」

 声の主を振り返ると、シェラが開いた扉に寄り掛かっていた。

「でもまぁ、殿下の気持ちも分からないでもないよ。オレだって、王国の人間からしてみたら魔力が強くて長寿だから人間離れしてるって言われるだろうしさ」

 言いながら、シェラはレオンハルトとは反対側のベッドの端に座る。

「ルヴィちゃん、寝顔も可愛いね」

 そう言ってルヴィウスに触れようとしたシェラの手を、レオンハルトが叩きはらう。

「触るな」

 睨みつけてくるレオンハルトを見て、シェラは満足そうに笑った。

「ほら、ルヴィちゃんのこと大好きじゃん。やせ我慢はやめて、連れて行けばいいのに。それに、今すぐには無理でも、触れられる方法が見つかるかもしれないだろう? 殿下がその大きすぎる魔力をコントロールできるようになったら、前みたいに触れ合えるんじゃないの?」

「そんな簡単な話じゃない。それに、無理やり連れて行きたくない。ルゥの意思を尊重したいだけだ」

「殿下はただ怖いだけだろ。ルヴィちゃんが不死の身になった自分をどう思うのかが。自分を置き去りにして老いていくかもしれないこの子の未来が。一人取り残される永遠が」

 レオンハルトは言い返せず、ぐっ、と拳に力をこめる。シェラはその様子を窺いつつ、ため息をついた。

「時間が必要なのは殿下も同じだよ。気持ちが定まらないんでしょ。いったん離れるって決めたなら、そうしようよ。殿下にはオレたちがいる。ルヴィちゃんにはガイルやハロルドたちが居てくれる。今まで一緒に居すぎたんだよ」

 シェラの言葉に、レオンハルトは、そうかもしれない、と思った。

 ルヴィウスを助けるために、禁書庫に入って力を受け取った。そのことに、後悔はない。
 ルヴィウスが居ない未来など、あり得ない。だから、ルヴィウスが生きている世界を守るための選択だった。けれど、ルヴィウスが過去になった時、そして、そこへ向かっていく未来を生きていく時、どうしたらいいのか分からない。
 なにより、ルヴィウスはあの時、意識がなかった。どれほどルヴィウスを愛していても、どれほど愛されていても、選ばされることと、選ぶことは似て非なるものだ。

 だから、ルヴィウスには、よく考えて答えを出してほしい。

 それでも、傍に居たいと言ってくれたなら……。
 だけど、せっかく手に入れた“普通”を、わざわざ捨てるようなことをしてほしくはない。自分のことなど忘れて、幸せに過ごしてほしい。
 そう思うことが正しい愛の形なのではないか。つい、そんな心にもないことを考えてしまう。

「殿下、ちゃんとお別れしておいで。閣下と下で待ってるから。ほら、つがいちゃん達、行くよ。二人にしてあげなって」

 シェラはガイルとハロルドを連れ出すと、静かに扉を閉めた。

 レオンハルトはもう一度、ルヴィウスの頬を撫でた。

 シェラは、魔力がコントロールできるようになれば触れられるかもと言っていたが、それは単純に可能性の問題だ。
 神に近い存在と人。二つの存在が混じり合うことは、禁忌とも言える。気持ちさえあれば乗り越えられるなんて、お伽噺でしかない。

「あいしてる、ルゥ」

 涙が、レオンハルトの頬を伝った。

 はじめて、一番をくれた。
 はじめて、唯一だと言ってくれた。
 手を繋いで、抱きしめて、触れて、口づけて、肌を重ねて、一つになることの愛おしさを教えてくれた。
 間違った強さと、隠していた弱さを、そっと抱きしめて、癒してくれた。

「ルゥ…っ、愛してるんだ……っ」

 誰よりも、何よりも、愛している。それだけは、この先なにがあろうとも変わらない。だけど、それだけで生きていけるほど、強くない。

 自分たちは、この世界で存在自体が“特別”だった。
 “普通じゃない”二人だったから、“普通”の日常を過ごすことができた。
 でも、もう“普通じゃない”のはレオンハルトだけになってしまった。
 また、誰にも触れられない日々が始まる。
 置き去りにされていくことを受け入れ、あらゆることを諦め、純粋にルヴィウスの幸せを願うには、時間がいる。

 そんな日が訪れるかわからないが、今は離れておくべきだ。神の代理人たる自分は、永遠にルヴィウスを縛る魔法があることを知っているし、その術を彼にかけることも出来てしまう。
 自分の力の恐ろしさや、孤独に苛まれる苦しみに耐えかねて、ルヴィウスを生きながらに屍人にしかねない。

「ごめん、ルゥ……」

 だから、置いていく。ここに、残していく。一緒には行けない。君にはちゃんと、君の場所で、君の幸せを考えてほしい。それを心から良かったと思える自分でいたい。だから。

「今は、さよならしよう、ルゥ」

 そっと囁いて、レオンハルトはルヴィウスに顔を近づける。
 指先一つ分まで近づいた時、ぴりっ、とした違和感がした。これ以上近づけば、レオンハルトの魔力がルヴィウスを傷つける。

 きゅっと唇を引き締めたレオンハルトは、ルヴィウスの唇を、手袋をした自身の右手で隠し、長い、長いキスをした。

 もう二度と、会えないかもしれない。
 世界の果てを見に行く約束も、果たせない。
 けれど、遠く、遠く離れたところからでもいいから、どうか、どうか、君を想うことだけは許されますように。
 どうか、どうか、記憶に焼き付いた君を、永遠に忘れずにいられますように。
 
 
 ***************
 お読みいただきありがとうございます。
 これにて持ち上げて落としての四章は終わりです。
 次回から、物語の終盤 二幕構成の五章に入ります。
 ウェテノージルとイグドラシエルも出てまいります。
 久しぶりいちゃいちゃは五章一幕後半にて。
 五章二幕では、二章の紡ぎ話に出てきたとある男爵家のお話も、回収してまいります。
 最終章に向けていましばらく、お付き合いくださいますと嬉しいです。
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