【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

NOX

文字の大きさ
111 / 177
四章 二幕:望まぬ神の代理人

四章 二幕 9話-3 △

しおりを挟む
 
「ごめん……っ、ルゥ……っ」

 自分を、大切にすると約束した。でも、自分を優先すれば、ルヴィウスを危険に晒してしまう。
 だから、これ以外に選択肢はない。

 左腕を伸ばし、バングルより数センチ肘側に狙いを定める。
 短剣を握りしめる右手が、震えていた。ルヴィウスに自分をさらけ出したあの日よりも以前の自分なら、躊躇うことなく切り落とせたのに……。

 目を瞑り、何度か深呼吸した。緊張から、額に汗が吹き出る。
 これ以上、時間を掛けるわけにはいかない。覚悟を決めたレオンハルトは、目を開いた。短剣を握りしめ直し、ぐっと奥歯を噛み締める。
 そして、右腕に加速の魔法を掛け、自分の左手首に振り下ろした。

「アァッ……っ!」

 ごとり、と床に、レオンハルトの一部だった肉片が落ちる。血が噴き出て、辺りを赤く染める。

「はぁっ、はぁ……っ、く……っ」

 激痛で遠のきかけた意識が、不意に浮上する。右手で左手首を抑えていただけなのに、落としたはずの左手が再生されていく。

「うそだ……」

 何事もなかったかのように存在する左手を、握りしめる。切り落としていなかったのか……。
 一瞬そう思い、床に視線を落とすと、大量の血液と、自分の左手だったものが落ちている。

 これが、レオンハルトに最初の自覚を与えた。人ではない者になったのだということが、はっきりと認識できた瞬間だ。

 ぼろり、と涙が零れた。これが神になるということなのか。いいや、これはただの化け物だ。こんな得体の知れないものになってしまった自分を、ルヴィウスはどう思うだろうか。優しいルヴィウスはきっと、大したことはないと笑うのだろう。

「ルゥ……っ」

 ルヴィウスに目を向けると、大きな変化もなく、横たわったままだ。バングルがレオンハルトの体から離れたことで、ルヴィウスへ流れる魔力が止まっているようだ。

「ルゥ……っ、助けて……っ」

 本心が言葉になって零れた。
 怖い……。怖くてたまらない。得体の知れない何かになってしまった自分も、誰にも触れられない孤独も、ルヴィウスを失うかもしれない未来も。何もかもが怖い。

 せめて、ルヴィウスだけは手離したくない。だから、もし、彼が自分を拒むのなら……―――

「違う……っ!」

 違う、違う、違う! こんなくらくておぞましい願いをルヴィウスにぶつけるなんて、できない。
 愛しているのに、同じだけ憎らしいなんて、おかしい。
 手に入らないなら、息の根を止めてでも傍に置いておきたいなんて、狂ってる。

 ルヴィウスはこれから先ずっと、こんな化け物の傍に縛り付けられるのか。
 それは果たして、ルヴィウスが望む幸せと同義だろうか。いいや、そんなことはあり得ない。ルヴィウスはこれから、“普通”を手に入れる。ここから出た後、レオンハルトがそうするのだ。力を手に入れたレオンハルトには、それが出来る。

 求めても、祈っても、手に入れられなかった“普通”。それを手にしたルヴィウスを幸せにするのは、自分のような化け物ではない。

 涙で歪んだ視界に、禁書が映る。最後のページが開かれていたが、ぱたり、と閉じられ、漆黒の裏表紙が現れる。
 そして、裏表紙に銀の文字が浮かび始めた。

 ~~~~~~~~~~

 私はイグドラシエル。
 私たちを継ぐ者、私たちの愛し子。
 近いうち、あなたを呼ぶ。
 ウェテノージルの欠片を持っておいで。
 あなたの望みは、そこで聞く。

 ~~~~~~~~~~

 浮かんだ銀の文字は、ふわり、と浮いて砂のように消え去った。

 消えゆく文字を視線だけで追っていたレオンハルトの傍を、誘導のランプが、くるり、くるり、と回転している。
 テーブルも椅子も、禁書も、跡形もなく片付けられた後だった。
 禁書庫が、出ていけと言っている。

 血まみれの自分のバングルを拾い、ポケットに入れる。意識のないルヴィウスに手を伸ばすと、彼の体が魔力を吸い取っていく感覚がした。
 レオンハルトは自身からあふれ出る膨大な魔力がルヴィウスに害を及ぼさないよう、一時的に彼の体に魔力遮断の膜を張る。そして、魔力が吸収されないことを確認したあと、ルヴィウスをそっと横抱きに抱え上げた。

 ランプが誘導を始める。その後をついて、禁書庫から出た。
 二人が外に出た直後、書庫の出入口はすぐさま閉ざされ、そのうちただの壁と化す。そこにはもう、あの美しい魔術陣は存在していなかった。

 禁書庫は、消えた。永い、永い間、何人もの管理者を見送ってきた役目を終えたのだ。

 レオンハルトはルヴィウスを抱えたまま、階段を上り、祠から出る。
 森の中を風が吹き抜けていく。
 振り返ると、そこにあったはずの祠は、塵が舞うように、光の粒になって風に巻き上げられていった。

 それを見上げたレオンハルトは、誰に教わるでもなく、理解してしまった。

 ここにあったすべての物は、役目を終えて消えたのではない。すべて、元の場所に戻ったのだ。ウェテノージルを継ぐ者となった、レオンハルトの中に。

 レオンハルトはたった今、ウェテノージルと同じ存在になった。神の代理人という、人ではない化け物になったのだ。
 
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~

季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」  その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。  ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。  ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。  明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。  だから、今だけは、泣いてもいいかな。

人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました

よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、 前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。 獣人が支配する貴族社会。 魔力こそが価値とされ、 「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、 レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。 そんな彼を拾ったのは、 辺境を治める獣人公爵アルト。 寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。 溺愛され、守られ、育てられる日々。 だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。 学院での出会い。 貴族社会に潜む差別と陰謀。 そして「番」という、深く重い絆。 レオンは学び、考え、 自分にしかできない魔法理論を武器に、 少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。 獣人と人族。 価値観も、立場も、すべてが違う二人が、 それでも選び合い、家族になるまでの物語。 溺愛×成長×異世界BL。 読後に残るのは、 「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。

【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない

ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。 元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。 無口俺様攻め×美形世話好き *マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま 他サイトも転載してます。

吸血鬼公爵の籠の鳥

江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。 血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。 吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。

亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される

コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。 その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。 ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。 魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。 騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。 ※他サイトにも掲載しています。

祖国に棄てられた少年は賢者に愛される

結衣可
BL
 祖国に棄てられた少年――ユリアン。  彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。  その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。  絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。  誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。   棄てられた少年と、孤独な賢者。  陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...