【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体

五章 一幕 2話-2 △

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 それからの日々は、穏やかで楽しいものだった。

 物を食べる習慣はなかったが、人のまねをして森の果実を食してみた。
 そうやって、味覚を知った。

 ウェテノージルが見てきた外の世界の人間は、服というものを着ていた。
 だから、真似して服を纏ってみた。

 二人で手を繋いで歩くことを覚えた。
 触れ合っていることを、嬉しいと感じた。
 そうすると、もっと触れたくなって、すり寄ってみた。
 そうしたら、ウェテノージルが抱き締めてくれた。その温度が、温もりが、たまらなく胸を締め付けて、私も彼を抱きしめ返した。

 離れがたい、胸を焦がすような感情が渦巻いて、どうしようもなくなって、私たちは誰から教わることなく、唇を重ねることを覚えた。

 もっと、もっと触れたくて、お互いの体のあらゆる場所に口づけた。
 しばらくすると、強い刺激を覚える場所が幾つかあることを知った。堪えきれない衝動に突き動かされて、私たちは初めて一つになった。

 だから、私は知ったのだ。

「ねぇ、ジル」

 私はウェテノージルの逞しい胸にすり寄り、彼を抱きしめて言った。

「これが愛してるなんだね」

 そうだ、これが愛しているということだ。
 私にとって、ウェテノージルは愛する存在なのだ。種族も立場も、何もかもを超えて、共に在りたいと願う存在。

「そうだな、私もエルを愛しているのだと思う」
「思うってなに、はっきりしてよ」

 ふくれっ面を向けると、ジルは「悪かった」と口づけをしてくれた。

「エルを愛している。ずっと一緒だ、これからもずっと」

 その言葉に、私は幸せを感じた。
 私もウェテノージルも、永遠を生きる。私たちにとっては、ずっと共に在ることの誓いは、文字通り永遠の誓いなのだ。


 やがて、私たちが住まう森に、人が建物を造り始めた。それは神殿と呼ばれるもので、イグドラシエルと私は神と崇められた。

 授けたこともない経典に、持ち込まれる供物。果物はありがたかったが、色鮮やかな鉱石や黄金、生物の血肉は厄介だった。

 やがて、神殿から離れた場所が騒がしくなった。人間が争いを始めたのだ。
 毎日、多くの人が命を枯らしていった。
 毎日、怨嗟の声が響くようになった。

 その頃から、イグドラシエルが不調を訴えるようになった。世界樹の浄化が追い付かなくなってきたのだ。

 私は何度もイグドラシエルを癒した。彼が体を持たず、世界樹のままだったら、もっと大きな苦痛に苛まれていたことだろう。

「ジル…、ぎゅってして……」

 弱々しく手を伸ばしてくるイグドラシエルを、私は抱きしめて、癒し続けた。

 そうして過ごしていたある日、神殿の台座に、神官服を着た九人の人物が現れた。
 彼らは三日前に生まれた、自分たちとは色の違う肌を持つ赤子を台座に寝かせた。
 そして経典とやらを読み上げ、彼らが言うところの聖水を赤子に垂らし、純白の布を掛けた。そしてあろうことか、五人で赤子を押さえつけ、三人が刃物を振り下ろし、一人は私たちに向かって祈りという名の呪詛を吐いた。

『我らの双子神よ。邪教徒の下に生まれた無垢な魂を捧げます。どうぞ、あなた様方の教えを知らぬ罪深き者たちに神の鉄槌を』

 吐き気がした。

 私たちは彼らに何かを教えたことはない。
 それに、私たちを神と崇めずとも、怒りなど抱かない。
 勝手に祀り上げ、勝手に私たちを理解したかのように振舞い、勝手に争いごとを始め、身勝手極まりない願いを呪いのように嘯く。

 こんなもののために、イグドラシエルは苦しんでいるのか。

 こんなもののために、私たちはここに縛られているのか。

 世界の理は、こんな者たちを循環するに値すると判断しているのか。


「ジル…、傍に、居て……」

 イグドラシエルはそう呟いて、私が造った彼の体ごと消えてしまった。その喪失は、私を憤らせた。
 同時に、私がどれほどイグドラシエルを想っていたかを知らしめた。

 共に在りたいと、触れて、抱きしめて、口づけた日々が恋しい。
 私の名を呼び、笑い、歌うように話し、愛を囁いてくれたイグドラシエルが愛おしい。

 私のイグドラシエル。
 私のすべて。
 私の世界そのもの。

 私は、私からイグドラシエルを奪った者たちのことが、許せなかった。

 人は醜い。
 争い、奪い、甚振り、殺し合い、騙し、同じ種族であるにも関わらず些末な違いを忌み嫌い、互いの尊厳を蔑む。
 人の歴史は、最初から諍いばかりだった。
 誕生以降、それが途絶えたことは一度もない。
 人の歴史から、争いごとが消えることはないのだ。

 それは何故か。理由は単純明快だ。

 自己の認識は、他者を認識する事から始まる。
 私とイグドラシエルがそうだったように。

 対極にあるものを認識する為には、対が必要だ。
 平穏や平和を望む心が存在する時、それは同時に諍いや殺戮をも呼び寄せる。

 自らの行いの結果は、自らに帰結する。それこそがこの世界の理ではないのか。

 だから私は壊すことに決めたのだ。
 私が大切に思う者を苦しみから解放する為に。
 この世界に本当に必要なのはイグドラシエルであって、醜く、未熟で、愚かで、浅ましくおぞましい、あんな生き物ではない。

 だから、燃やし尽くした。目につく限りの村を、街を、都市を、人々を。
 そうして焼け野原にし尽くし、燃える大地に降り立った時、私は気付いたのだ。

 あぁ、私も同じではないか。
 私が憎み、蔑み、踏み躙った人間と等しく同じ、醜い怪物に成り果てたのだ。

 人に心さえ無ければ、この世界は平穏だろう。
 何が有益かだけに焦点を絞り、喜怒哀楽は単なる表現の手段でしかなく、もたらされる結果だけを有意義なものと見做して行動する生き物だったのなら、争いなど生まれない。

 笑ったほうが良いからそう行動し、怒ったほうが正しいからそのように表現し、悲しむ場面だから涙を流す。
 そういう世界は、一見、正常に回っているように見えるだろう。

 だが、人から心を取り上げたとしたら、それは果たして人なのだろうか。

 私には後悔がある。心を持ったが故の後悔だ。
 心が無ければ、私はイグドラシエルに恋をすることなどなかった。

 けれど、心があったからこそ、私はイグドラシエルを愛した。
 心が無ければ、イグドラシエルを愛せなかった。

 だからきっと、私は永遠に後悔し続けるだろう。
 イグドラシエルを愛さない世界など、私が生きる世界ではないからだ。

 私は、神の代理人でありながら、世界より個を選ぼうとした。
 だから私は、罰を受けた。これ以上、世界を壊さないよう、十の欠片にバラバラに分けられてしまったのだ。


 あぁ、ジル。私だけの竜。
 君がいたから、私は苦しみを耐えることができた。
 君がいてくれたから、私は恋を知った。

 君の力を宿した魂が目の前で十に割れた時、私は世界など壊れてしまえばいいと思った。
 私は君と同じく神の代理人であったのに、私は世界より個を選んだのだ。
 だからきっと、これは私たちへの罰なのだ。


 そうして私たちは、永い眠りについた。
 すべてを忘れていたことを思い出したのは、再び目を覚ました時だった。

 すまなかった。

 君は、最初にそう言った。
 君が私たちのためにどれほど苦しんだか、想像もつかない。

 だから、決めたのだ。
 今度は、私たちの番だと。

 ジルにとっての私のように。

 エルにとっての私のように。

 私たちのように愛し合いながらも、他者を慮る慈悲を併せ持つ者。
 きっと、お前はそうなれると信じている。


 物語を歩み始めた私の愛し子。
 世界の理に挑む私の継承者。

 あの日の約束を、お前は覚えているだろうか。
 過去とは、今へ続く未来で、希望を見つけるため、足掻き、抗い、前を向くためにある。

 名を呼ばれた日。
 初めて触れた日。
 愛おしいを知った日。
 生と死が同じ意味を持っていた『私』に、生きることを教えてくれた。
 魂を散り散りにしてでも、この宿命に縛り付けたいと思うほどに。

 理は私たちを最後まで試すだろうが、それならそれで挑めばいい。
 大いなる力が、最後の審判を下すかもしれないが、きっとそれすらもお前なら跳ねのけてしまうだろう。

 どうか、どうか、今度こそ、お前があの子の温もりを抱きしめられますように。

 きっと君は、最後の欠片を元に戻すまで、私たちのことを思い出すことはないだろう。

 それでもいい。それでも、今度は私たちが覚えている。
 お前と過ごしたあの日々を。
 君と喧嘩したあの日々を。

 お前に
 君に

 名を許された、あの日のことを。
 私たちは、覚えている。

 これは、私たちの物語。
 そして、お前たちの物語。
 運命は変えられる。使命ならば挑むことができる。

 私は君と、君の大切な者の幸せを願っている。
 だから、怖れずに前へ進め。

 お前はもう何を為すべきか知っているはずだ。だから、今度こそ、お前の願いを諦めてはいけない。

 お前は私を継ぐ者。
 君は私の愛し子。

 お前たちは、
 君たちは、

 私たちの希望で、未来だ。
 
 
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