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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体
五章 一幕 5話
しおりを挟む乾いた風が城壁を撫で、赤褐色の葉が舞い落ちる。空は薄っすらと雲がたなびき、陽の光りを和らげていた。
レオンハルトがエルグランデル皇国に来て、八ヶ月が経った。王国の暦では六月。今日は二十五日、ルヴィウスの十八歳の誕生日だ。
思えば、昨年のルヴィウスの十七歳の誕生日が、すべての物事が動いた始まりの日だったのかもしれない。文字通り、激動の一年だったと思う。
たった一年で、自分も周りも大きく変わった。変わらないのは、ルヴィウスが自分を愛してくれていること。そして、自分がルヴィウスを愛していること。それだけだ。
「まだ平気そうか?」
レオンハルトは自室のソファに座り、隣で手を繋いでいるシェラに問いかけた。
「まだ大丈夫そう」
シェラは指を絡めて繋いでいるレオンハルトの右手を、にぎにぎ、と握って弄びながら楽しそうに笑った。
「だいぶ長く調整出来るようになったんじゃない? 三十五分を超えたね。新記録だよ、主君」
そう言われ、レオンハルトはテーブルの上に目を向ける。
二組のティー・セットと時計。時計の針を確かめると、確かに、シェラと手を繋ぎ始めてから三十五分が経過していた。
ルヴィウスと再会を約束した日からほぼ毎日、レオンハルトは人に触れられるように魔力制御をする訓練を続けてきた。最近は制御に加え、自分自身に魔力遮断の薄い膜を張る術も重ねがけしている。
そうすることで、他人と接触が可能になるのでは、と考えたのだ。二つの術の重ねがけの効果は絶大だった。目標は、無意識での制御と遮断の常時展開だ。
ルヴィウスに触れたいのはもちろんだが、案外、他人に触れられない―――というより、他人がレオンハルトに触れられないのは、困ることが多い。
握手などの挨拶はもちろんのこと、うっかりレオンハルトに触れれば火傷のような傷がつく。いくらレオンハルトが一人で身支度出来るとは言え、彼にまったく触れずに身の回りの世話をするのは難しい。
そんな状況であるため、レオンハルトは人が居る時は常に気を張っていなければならず、精神的にとても疲れるのだ。
最初のころは、一人で訓練を行っていた。ところが、制御に加えて、慣れない魔力遮断の術を展開したところ、術が強すぎた所為で「また主君が消えた」と騒ぎになりかけたのだ。
以来、「一人じゃ心配だから」と、シェラが訓練の相手を買って出てくれている。面倒見の良さがエドヴァルドを彷彿とさせるところがあり、性格も遠慮のない態度も気に入っているせいか、レオンハルトはシェラをよく傍に置いている。
「訓練に付き合わせて悪いな」
レオンハルトが申し訳なさそうに告げると、シェラはあからさまに不服そうな顔をした。
「こういう時は謝罪よりお礼じゃない?」
「確かにそうだな。ありがとう、シェラ。前から思っていたが、シェラは面倒見がいいな」
「ん~……、このタイミングで話すのは何か気を遣わせそうだけど、隠しておくことでもないから白状すると、オレ、三人兄弟の長男なんだよね」
「弟が二人いるのか」
「正確には、二人いた、だね。二人とも魔物にやられた傷がもとで死んだ」
「そうか……」
「そんな申し訳なさそうな顔しないでよ。主君が来てくれたおかげで、オレみたいに家族を亡くす人間がいなくなる日が来るんだからさ」
「そうなってくれたらいいと思う」
「そうなるでしょ。もう効果が出始めてるじゃん。最近は魔物の数がホントに減ったよ。魔素も徐々に薄まってきてるし。オレ、この前、生まれて初めて皇国で青空を見たよ。晴れることはあっても、青空が見られることなんてなかったから。青空って、あんなに青いんだな。超感動した。この調子なら来年には王国の人たちもこっちに来られるようになりそうじゃない?」
「そうなってもらわないと俺がこっちに来た意味がないな」
「それにしてもどういう仕組みになってんのかね、魔物とか魔素とか世界樹とか」
「さぁな、俺にもよく分からん」
「当事者なのに?」
「こういうのは“そういうものだ”と思ったほうが楽じゃないか?」
「いい加減~」
シェラは楽しそうに笑った。レオンハルトも「そうだな」と笑う。
「そう言えば、プレゼントは用意したの? 今日、ルヴィちゃんに会いに行くんでしょ」
「プレゼントは用意してない。代わりに試したい術式があって、それをルゥのバングルに組み込もうと思ってる」
「へぇ、どんな術式?」
「魔の森を越えられる通信魔法。ハロルドの作った通信魔道具の仕組みから閃いて、魔術陣に出来ないかと思ってやってみた」
「相変わらず規格外なことするね、主君」
「名前でいいぞ」
「ん?」
「公式の場じゃないんだ。主君じゃなくて、レオンでいい」
レオンハルトがそう言いながら真摯な眼差しを向けると、シェラは少し頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
「じゃあ、レオンって呼ぼっかなー」
「そうしてくれ」
「ふふっ、なんかいいな、レオンって呼べるの。あ、そうだ、手以外のとこにも触れるか試したくない?」
そう言われ、レオンハルトは目を瞬かせる。確かに、手以外の場所で試したことはなかった。
「ちょっとハグしてみようよ」
シェラが手を離すと同時に、両腕を広げる。
レオンハルトは少し躊躇ったものの、試したい気持ちが勝り、すぃっ、とシェラを抱き寄せた。
頬に、シェラの赤い髪が触れる。久しぶりの他人の体温。レオンハルトは安堵を覚え、ふっ、と息をついた。人の温もりは、自分が人であったことを思い出させてくれるものらしい。
「大丈夫そうか?」
そう聞くと、シェラは「なんともないよ」とレオンハルトの髪を撫でた。
とく、とく、とく、とシェラの心音が聞こえる。レオンハルトはしばらく目を閉じて、シェラの温もりに身を委ねた。
自分の心音、シェラの心音、そして時計の秒針の音が重なっていく。心地いいだけの時間が漂い、流れ、二人を包み込んでいく。
どれくらいそうしていたのか、不意にシェラが身じろぎをした。これ以上触れ合っていては、自分の魔力で怪我をさせてしまうかもしれない。そう感じたレオンハルトが腕を緩めて離れかけた時、シェラがそれを追うように、顔を近づけてきた。
そして、レオンハルトの唇に、シェラのそれが重なる。
突然の行為に驚きすぎて、押し返すことも、振り払うことも、ましてや拒絶することも出来なかった。ただ、頭が真っ白になり、その行為を受け取ることしか出来ない。
気が付いた時には、シェラのほうから体を離してくれていた。
「おっ、新記録達成、四十五分」
何事も無かったかのように、シェラが振舞う。それこそ、さっきのキスは勘違いだったのかもと思うほどに。
「そろそろ行ったほうがいいんじゃない? ルヴィちゃんを待たせてもよくないしさ」
「シェラ、さっきの―――」
「ストップ! ごめん、それ以上は待って」
シェラはレオンハルトの言葉を遮った。そして、シェラ自身の両手をぎゅっと握りしめ、きつく目を瞑る。
「ちょっとだけ待って。ちゃんと分かってるから。もう少しだけ……もう少しだけでいいから、オレの気持ち、無かったことにしないでほしい」
そう訴えるシェラに、レオンハルトは何かを言いかけたが口を噤んだ。
何をどうしたって、シェラの気持ちに応えることは出来ない。でも、『ごめん』なんて言いたくない。だって、彼は恋をしてしまっただけ。何も悪いことはしていない。
「シェラ」
レオンハルトはシェラの名を呼んで、彼の傍に跪いた。そしてシェラの右手を両手に包み込んで彼を見上げる。
シェラは今にも泣きそうな顔をしていた。きっと、隠しきれなかった気持ちが口づけとしてあふれ出てしまったことに、後悔しているに違いない。
「シェラの気持ちもキスも、無かったことにはならないよ」
「え?」
目を丸くするシェラがどこか可愛らしくて、レオンハルトは柔らかく笑いかけた。
「俺がここへ来てからずっと、シェラはいつも心配してくれて、声を掛け続けてくれて、構ってくれた。シェラがいつも俺のことを普通の人のように扱ってくれたから、俺は人であり続けられた。シェラは俺にとって、大事な人だよ。ルゥへ向ける想いとは違う意味だけれど、少なくとも、愛称を許すくらいにはシェラが大切だ」
「もぉ~っ、なんでそういうこと言うかなぁ。振られるって分かってるのに、惨めじゃん」
「シェラ、俺はまだ何も言ってないよ」
「でもオレの気持ちには応えられないじゃん。レオンはルヴィちゃんを愛してるんだから」
「そうだよ。俺はルゥを愛してる。だから、シェラ、気持ちに整理がついたら、俺を振って」
予想もしていなかったことを告げられたシェラは、潤んだ眼を瞬かせる。
「……なにそれ、意味わかんねぇ」
「シェラみたいないい男に靡かないなんて損したなって、俺を振ってよ。ね?」
「なんだよ、それ……、めっちゃ残酷なこと言うし……」
「ぜんぶ俺が悪いんだよ。ぜんぶ俺の所為にしていいから」
「そういうとこだよっ、この人たらし!」
シェラは半ば無理やりにレオンハルトの手を振りほどいた。
レオンハルトは立ち上がり、そっとシェラの傍から離れる。これ以上は、シェラを余計に傷つけてしまうと思った。
シェラは内心、ひどく後悔していた。気持ちがバレたこと。欲に勝てず、口づけをしてしまったこと。そして、手を振り払わなければ、もう少し恋しい温もりに触れられていたこと。
ルヴィウスからレオンハルトを奪おうなどとは、考えていない。そんな望みなど、これっぽっちも抱いていない。最初から叶わない恋だと知っている。恋に堕ちたと自覚した瞬間に、報われないと理解した。でも、思い通りにならないのも、また恋だ。
俯くシェラを包み込むように、ふわり、とレオンハルトの香りが舞い降りる。
顔を上げると、レオンハルトが自分のロングケープをシェラに頭から被せたところだった。
表情を見られたくないだろうと気遣っての行動だとは分かっているが、その優しさが今のシェラには辛かった。しかし同時に、この上なく幸せにもする。
「行ってくる。夜には戻るよ」
レオンハルトの声が降って来る。シェラは「わかった」と頷いた。
数秒後には、レオンハルトの姿は無かった。八ヶ月ぶりのルヴィウスとの逢瀬。なんの憂いもなく、楽しんできてほしかったのに……。
「オレのバカ……」
なんで我慢できなかったんだ。どうして気持ちが溢れてしまったんだ。絶対に言わないと、絶対にバレないようにしようと決めていたのに。
「ったく、タチが悪い人たらし王子様め」
いっそのこと、この場で振ってくれればよかったのに。応えられない、そう言うだけで終わらせられたのに。優しさが残酷さに変わることを分かっていない。それくらい、レオンハルトが恋愛に対して純粋だという証でもある。
当たり前だ。彼にとっては、初恋も、恋の成就も、永遠の愛も、すべてはルヴィウス一人だけのものなのだから。
「なんでオレはこんな面倒くさい恋愛しちゃったかなぁ……」
シェラはレオンハルトが被せてくれたロングケープごと自分の体を抱きしめて、ほんの一時、叶わない恋と恋しい人の残り香に酔いしれた。
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