神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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五章 一幕:お伽噺と魔王の正体

五章 一幕 6話-7

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 レオンハルトはブランケットごとルヴィウスを抱きしめて、白く柔らかい頬に鼻先を擦り寄せる。

「ルゥ、お風呂入ろうか」

 そう呟くと、ひと呼吸おいて、「入る」と返事と共に頷きが返ってきた。

 レオンハルトは、テーブルの上に置いていたピアスやバングルを一旦亜空間へと収納し、ルヴィウスを抱きかかえるとバスルームへと向かう。

 ルヴィウスが抱き着きながら「転移しないんだ?」と揶揄ってくる。レオンハルトは「ルゥを抱っこしたいから」と音を鳴らしてキスをした。
 ルヴィウスは「そっか」と嬉しそうに笑って、レオンハルトにきゅっと寄り添う。どうやら、機嫌は直ったらしい。

 ルヴィウスにとって、こんなに甘えられる人はレオンハルトだけだ。いつも、どこでも、人前では『第二王子の婚約者 公爵令息ルヴィウス・アクセラーダ』だった。騎士団に入ってからは『王国史上三番目の魔剣士ルヴィウス』でなければいけなかった。

 どんな嫌味を言われても平気な顔をしていた。騎士団で謂れのない中傷や嫌がらせを受けても、自分は強いからと言い聞かせていた。
 けれど、本当はいつだって、レオンハルトにこうして甘えたかった。レオンハルトも、同じように甘えてくれたらどんなにいいだろう。

 その後もルヴィウスは取り繕うことなく「大好き」とレオンハルトに甘えた。レオンハルトも誰にも見せたことのない顔で笑い、ルヴィウスをとことん甘やかす。
 二人で湯船に浸かり、離れてからこれまでどう過ごしたかを話した。そうしてお互いがどれほどこの日を待ち焦がれていたかを知った。

 もう二度と離れたくはない。けれど、今すぐに共に生活できるわけではない。そのどうしようもない状況をひと時だけでも忘れたくて、バスルームでもう一度抱き合った。

 風呂から上がり、着替えを済ました二人は、再びウッドデッキのカウチソファに座って、しばらく湖畔を眺めた。
 手を繋いで、寄り添って、時々キスをして。そうして何でもない、けれど二人にとっては特別な時間が過ぎていく。

 不意に、繋いでいた手の指先に、チリッ、と微かな痛みが走り、ルヴィウスが体をビクつかせた。レオンハルトはすぐに原因に気づき、手を離し、互いの間に間隔を置く。

 幸せな時間の終わりを告げる合図だ。不完全な祝福が、長時間大きな魔力の影響を受けたルヴィウスの中に残るレオンハルトの魔力の残滓に、その効果をかき消されてしまったようだ。

 レオンハルトはイグドラシエルにもらった七色のヴェールをルヴィウスに纏わせ、そっと抱き寄せた。

「魔素の濃度が落ち着くまで、まだ少し掛かる。魔物も、数は減っているがランクの高いものがまだ出現する。だから、俺はエルグランデルを離れるわけにはいかない」

 ルヴィウスはレオンハルトの背に腕を回し、ヴェール越しに彼の頬に自分の頬を擦り寄せた。

「僕も、まだレオの魔力が体に残ったままだから、そっちには行けない。それに、九月に最終討伐隊が組まれることが決まってるし、エディ兄さまにはそれに参加してほしいって言われてるんだ。義兄になるんだもの、協力したいよ」
「危ないことはしないでほしい」
「わかってる。君に自分を大事にしてほしいって言っておいて、僕が自分を大事にしなかったらおかしいでしょ。それに、王国側の魔物は去年の大討伐の成果でランクが低いものばかりだから、安心して。あの時一番活躍したのはレオだから分かるでしょ」
「それでも万が一ってことがあるだろう?」
「それを防ぐために君が自動発動する防御魔法をピアスに組み込んでくれるんでしょ?」

 ルヴィウスは小さく笑い、レオンハルトは「そうだけど」と呟く。それでも心配なものは心配なのだ。

 抱きしめる腕を解いたレオンハルトは、亜空間に収納しておいたピアスとバングルを呼び出した。金と銀のバングル、そして蒼サファイアとブラックダイヤモンドのピアス。

 レオンハルトはまず、ルヴィウスが右耳に付けるピアスを手に取った。手の中に封じ込め、囁くように古代語を唱える。組み込まれた術式が一度真っ新になり、一度だけ自動展開する防御魔法が新たに上書きされる。
 レオンハルトはそれをルヴィウスに差し出した。ルヴィウスが手を広げると、レオンハルトは彼に触れないよう、そっとピアスを手のひらの上に置く。

 ルヴィウスがピアスを右耳に付けている間に、レオンハルトは左耳用のピアスを手に取った。右耳のピアスと同じように、手のひらに閉じ込め、古代語を唱える。蒼サファイアに、魔の森の周波数に干渉を受けない通信魔法が組み込まれた。
 それをルヴィウスに渡したレオンハルトは、自分のブラックダイヤモンドのピアスにも同じような術式を組み込む。ただし、右耳のピアスにはルヴィウスのピアスが防御魔法を展開したことを知らせる術式を入れた。

「これでいつでも話せる」
「うん。いつでもレオの声が聴けるから嬉しい」

 そう笑うルヴィウスが愛おしくて、レオンハルトはヴェール越しにキスをした。

 それから、バングルの術式の組み替えに取り掛かる。

 ルヴィウス用の金のバングル、そして自分用の銀のバングルを重ね、両手で包み込むように持つ。

 意識を集中し、まずは金のバングルに組み込んだ防御魔法の陣を外した。それから、新たに位置魔法と状態関知魔法を組み込む。さらに、互いのバングルを座標に転移できる陣を書き加えた。
 これでいつでも互いの位置も状況も分かり、もしもの時はルヴィウスのところへすぐに飛ぶことが出来る。
 そのことに、レオンハルトの気持ちは満たされた。この感情が、強い独占欲だということを、彼なりに理解している。

「はい、できたよ」

 そう言い、レオンハルトは金のバングルをルヴィウスに差し出した。ルヴィウスは少し考えたあと、右手首を差し出す。

「レオの意志がないと外せないようにして」
「いいの?」
「うん。もし何かあってこれを外さないといけないなら、僕もレオみたいに手を切り落とすからいいの」
「いいわけないだろうっ! 何言ってるんだ!」

 焦って声を上げたレオンハルトに、ルヴィウスは、ふふっ、と笑った。
 揶揄われたのだと分かり、レオンハルトは小さくため息をつく。ルヴィウスがどんなふうに自分のことを心配しているか、分かっているようで、分かっていなかったようだ。

 レオンハルトは内心、もう二度と自分をないがしろにするような行為はやめよう、と誓った。こんなに心臓が締め付けられる思いを、ルヴィウスには二度としてほしくない。

「じゃあ、どっちかの意志があればいいようにして?」

 ルヴィウスの提案に、レオンハルトは「確かに」と目を瞬かせた。
 それなら他人には外せないが、お互いどちらかの意志で外せる。万が一のことがあっても安心だ。

 レオンハルトはルヴィウスの右手首にバングルをはめると、留め金へと自分の魔力を流した。

「ルゥも自分の魔力を流して。ここの留め金のところ」

 ルヴィウスは「わかった」と答え、レオンハルトが指し示した留め金に自分の魔力を流す。僅かに留め金が光った。
 これで、自分かレオンハルト、どちらかの意志で外すことが出来るようになった。

「俺にもはめてくれる?」

 銀のバングルを差し出されたルヴィウスは「もちろん」と笑顔を浮かべ、レオンハルトの左手首にバングルをはめた。そして自分のバングルにしたように、留め金に魔力を僅かに流す。続いてレオンハルトも、留め金に魔力を流した。

「離れてても、これでいつも一緒だね」

 ルヴィウスは嬉しそうに、でも、どこか少しだけ寂しそうに笑った。今度はいつ会えるだろうか。そんな不安が胸の奥にあるのだろう。
 その気持ちを察したレオンハルトは、ヴェール越しにルヴィウスの頬を撫で、蒼い瞳を細めて言う。

「ルゥも長距離転移魔法が出来るようになったんだ。これからは、エルグランデルとヴィクトリアに分かれて暮らしていても、週に一度はここで会おう。次の日が騎士団の休日なら泊ってもいいし。それなら寂しくないよ」

 そう告げると、ルヴィウスは大きく目を見開き、そのあと泣きそうな顔で眉根を寄せて唇を引き結んだ。
 溢れそうになる想いが零れないよう、我慢しているのだ。そんな些細なことでさえも、レオンハルトにとっては愛おしくて仕方がない。

「ルゥ、我慢しなくていいんだよ。俺にはいっぱい甘えて。ルゥが強いこと知ってるけど、寂しいなら寂しいって言っていいんだ。俺だって、ルゥに弱いとこ、いっぱい見せてるだろう? だから、ね?」

 レオンハルトに諭すように言われたルヴィウスは、小さく頷き、そのあとヴェールごと彼の胸に飛び込んだ。

「嬉しい……っ、レオに会えるって分かってたら、もっと頑張れるから……っ」

 涙声のルヴィウスを抱きしめ返し、レオンハルトは「俺も」と呟いて、愛おしい背中を何度もさすった。
 それからひとしきり抱きしめあって、何度かヴェール越しに口づけをした。
 
 
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