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五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 8話-2
しおりを挟むレオンハルトが気恥ずかしさから起き上がれずにいたところに、ドアをノックする音が聞こえた。
タイミングがいいのか、悪いのか。来訪者に対応するべく、レオンハルトは無駄に咳払いしたあと、「どうぞ」と応えた。
「失礼します」
挨拶とともにドアが開き、懐かしい顔が現れる。
きっちりとエーシャルワイドの軍服を着た、ヒースクリフより少し若く凛々しい面立ちなのに、人好きのする顔の男性だ。
真っ直ぐな瞳と、以前と変わらず短く刈り上げた黒髪、そして灰色の瞳。軍服の左胸には、以前よりも数が増えた部隊章をはじめとするバッヂ。襟元の階級章は将補のままだが、階級が以前よりも上がっているようだ。
「お久しぶりです、殿下」
そう言って笑顔を浮かべた男性の名は、シロウ・イタガキ。凶龍討伐時、レオンハルトを信頼し、あらゆる協力を惜しみなくしてくれた軍人だ。今回のアンヘリウム男爵家の件についても、彼が力を貸してくれた。
シロウへ連絡を入れたのは、わずか二日前のことだ。国内で捜査隊を動かすことで逃亡やリーノへの加害が懸念されたため、エーシャルワイド側にいったん部隊を待機させる案が出た。
断られることも念頭に置き、だめもとで連絡を入れたところ、シロウがいろいろと手を尽くしてくれた。急な依頼だったにもかかわらず、転移陣を仮設させてもらえただけでなく、部隊の待機部屋の用意はもちろん、レオンハルトとルヴィウスには貴賓室を使わせてもらい、快適に過ごさせてもらっている。
シロウは柔らかい笑顔から凛とした上官の顔に戻ると、背後に控えていた部下2名に指示を出す。
「少し殿下たちと話す。お前たちは廊下で待つように」
はっ、と啓礼した部下らは、機敏な動きで手を下ろしたあと、一つ頭を下げて、ドアを閉めた。
見えないところでもきっと、決められた通りの動きで回れ右をし、ドアの両端に一人ずつ、手を後ろに組んで立っていることだろう。
「お久しぶりです、シロウ殿」
レオンハルトは笑顔でシロウに歩み寄り、手袋をはめた右手を差し出した。手袋には魔力遮断の術が掛けられている。努力の甲斐あって魔力制御は無意識下でも出来るようになったが、ルヴィウス以外の人と触れ合う時には、万が一を考えて、この魔道具を着用するようにしている。
「いい男に成長されましたね、殿下」
シロウはレオンハルトの手をしっかりと握りしめ、感慨深げに微笑んだ。
「今回はご協力ありがとうございます。大所帯でお邪魔することになってしまい、申し訳ありません」
「いいえ、殿下は凶龍を倒し我が国に幸運をもたらしてくれた勇士です。捜査隊の待機に部屋を貸す程度、どうということはありません」
穏やかな挨拶を交わしたところで握手を解いたレオンハルトは、振り返りルヴィウスの下へと戻る。シロウも後に続いた。
ルヴィウスはシロウが傍へやってくるまで、右手を胸に置き、頭を下げたまま礼を尽くす。
「紹介します、俺の婚約者のルヴィウス卿です。―――ルヴィウス、シロウ・イタガキ殿だ。ご挨拶を」
はい、と頭を上げたルヴィウスは、敬意を表すため胸に右手を置いたまま、名乗った。
「ルヴィウスと申します。事情がありまして、アクセラーダの姓から離れております」
シロウは一つ頷き、すっと右手を差し出した。
「幕僚長のシロウ・イタガキです。卿のご事情は伺っております。王家と公爵家の権力をもってすれば容易く入団できるところを、情勢と規則を鑑みて身分を捨てる選択をなさるとは。さすが、殿下が選ばれた方ですね。気持ちいいほど潔い」
ルヴィウスは「恐縮です」と答え、シロウの手を取った。
挨拶を終え、それぞれがソファに腰を下ろすと、タイミングを見計らっていたかのようにドアがノックされた。
シロウが「入ってくれ」と返事をする。どうやら彼が気を遣い、お茶の用意を頼んでくれたようだ。男女二人の給仕が現れ、卒なくお茶の用意をする。任された任務を終えた彼らは、静かにドアを閉めて出て行った。
シロウが「どうぞ」と茶を勧める。レオンハルトとルヴィウスは、久しぶりに飲む湯呑に入った緑茶を「いただきます」と、慣れた作法で味わった。すっきりとした独特の爽やかさと、紅茶とは違う茶葉の香りが、気持ちさえも穏やかにしていくようだった。
「おいしい……」
ルヴィウスは、ほっとして表情を緩ませる。
「我が国の茶をお気に召していただけたならよかった」
「時々茶葉を取り寄せるんですが、なぜか同じ味わいにならないんですよね」
そう言ったのはレオンハルトだ。シロウは原因に心当たりがあり、彼の疑問にすぐに答えた。
「それは水の違いでしょう」
「水、ですか?」
ルヴィウスが湯呑の中の緑茶に視線を落とす。
シロウは「はい」と頷いて続けた。
「ヴィクトリア王国の王都とエーシャルワイドは遠く離れています。環境が違えば、土や岩盤、森や山の造りも変わります。水という同じ天からの恵みも、濾過される地盤の種類によって硬さや柔らかさといった口当たりが変わりますから、そう感じるのでしょう」
「水に硬いとか柔らかいがあるなんて考えてもみませんでした」
ルヴィウスは感心したように目を輝かせ、湯呑のなかの緑茶を見つめながら言う。
「エーシャルワイドの食文化が奥深いのは、そういった繊細な味覚を持ち合わせているからなのですね」
そう言うルヴィウスの言葉に、レオンハルトが思い出したかのように呟く。
「食と言えば、やはり生の魚介の美味さには驚かされました」
「お二人で東の海まで行かれたのは2、3年ほど前のことでしたね」
「その節もたいへんお世話になりました」
無理を言ったという自覚のあるレオンハルトは、苦笑して頭を下げた。ルヴィウスも一緒になって頭を下げる。シロウは「いいえ、お気になさらず」と笑った。
レオンハルトが「エーシャルワイドの生魚を食べに行こう」と言い出したのは、3年ほど前のことだ。彼の当時の魔力量をもってすれば、ルヴィウスを抱えて二度の転移魔法でエーシャルワイドの東の端、海のある街まで飛べる。
二人で弾丸日帰り旅行を決行することになったはいいが、さすがに国境を無断で越えるのは気が引けた。とは言え、王族と高位貴族が国境を超えるとなると、通常の手続きでは大騒ぎだ。
そこでレオンハルトは、シロウに伝言蝶を飛ばし、入国審査なしでの転移の許可を取り付けた。無論、後日ヒースクリフの知るところとなり、レオンハルトは大目玉を食らったのだが。
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