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五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 8話-3
しおりを挟む懐かしい話や近況報告など、三人の和やかな会話がしばらく続いた。そして、湯呑の茶を飲み干す程度の交流が済んだあと、おもむろにシロウが時計を見、心なし居住まいを正した。
「そろそろお暇せねばなりませんね。無事に解決することを願っております」
「ありがとうございます。明日の夜、先にご連絡しておいた我が国の外交官を連れて再度伺います」
「えぇ、お待ちしています。先触れに伝言蝶をお送りください。殿下をお迎えに上がります」
「シロウ殿が直接ですか?」
「もちろんです。私は殿下の専用窓口ですからね」
シロウの言い方に、ルヴィウスは不安になって眉根を寄せる。
「あの……、ご迷惑になっていませんか……」
遠慮がちに尋ねられ、シロウは目を丸くする。どうやら、冗談交じりの発言を、ルヴィウスは真剣にとらえてしまったようだ。
シロウは声を上げて笑った。
「ははっ、まさか、そんなことはあり得ません。むしろ、大国の王族と親しいことは、私の仕事上の武器にもなります。互いに益のあることです。もちろん、殿下は私の年の離れた友だと思っておりますが」
にこり、と笑うシロウに、レオンハルトが嬉しそうに年相応の笑顔を浮かべる。
「もちろん俺もです」
レオンハルトの言葉に、シロウは満足げに頷いた。
「それから……」
そう呟いたシロウは、伏し目がちに視線を下ろすと、両の手を組んだ。
「戻られたらヴィクトリア国王陛下にお礼をお伝えください」
「父に、ですか?」
「えぇ、書簡や返礼品などによる公式的な感謝をお伝えすることが出来ませんので」
「それは、どういう……」
レオンハルトは事情を知らないようだった。それに気づいたシロウは、いくつかヒントを与えることにした。こちらからすべてを話すのではなく、“気づかれた”のであれば、“仕方がない”からだ。
「我が国が先月、風害に遭ったことはご存じでしょうか」
「東の海の街ですね」
答えたのはルヴィウスだった。東の海の街は、二人でお忍びの日帰り旅行をした地区だ。
レオンハルトは、はっと表情を強張らせたあと、「承知しました」と頷く。
シロウは二人の察しの良さに「ありがとうございます」と微かに微笑んだ。
エーシャルワイドの東にある海辺の街が、風害によって大きな損害を受けたのは先月のことだ。レオンハルトとルヴィウスがこの痛ましい出来事を知ったのは、風害から二週間後。魔の森の討伐や襲撃事件の直後であり、騎士の名誉の葬送、アンヘリウム領のことやダリウスの件で慌ただしくしている最中のことだった。
現在、風害対策の第一段階が済んでいるとは言え、住居や仕事を失った者も多く、現地では炊き出しも行われている。今後は救助・救援の段階から街の復旧作業に対策が移るわけだが、そこには莫大な費用が掛かる。
国政が身近にあるレオンハルトには、シロウたちの苦悩が良く分かった。責任ある者に必要なのは、分かりやすい善意ではなく金策だ。そして国と国とでのやり取りの場合、個人の気持ちがどうであろうと、議会の承認を得なければ救いの手を差し伸べることは出来ない。
今回、ヒースクリフはエーシャルワイドに対し、災害助成を行いたかったのだろう。しかし、魔の森の討伐や大夜会、そこで発表する大掛かりな決定事項に対し議会の承認を得るために、あらゆる手段を使った。そのため、エーシャルワイドへの災害助成を議題に上げることで、別の承認を取り下げる事態になる恐れもあり、悩んでいたに違いない。
しかしそこに、タイミング良くレオンハルトがアンヘリウム男爵夫妻捕縛に際し、エーシャルワイドの国境門で待機する案を持ち掛けてきた。ヒースクリフは閃いた。金銭が動かない“ついで”ならば、議会の承認は必要ない。
大夜会出席のため、エーシャルワイドの首長夫妻は王国へ来る必要がある。彼らは移動手段として、凶龍討伐時にレオンハルトが設置した転移陣の利用を予定していた。しかし、エーシャルワイドには魔法使いがいない。そのため転移陣を作動させるために魔石を用意する必要に迫られるのだが、転移用の魔石は高価だ。
今回、災害が起きてしまったことで、追加の緊急予算を組むことになったエーシャルワイドにとって、往復分の魔石購入は大きな負担になる。だからと言って、大国の招待を断るのも難しい。
これは王国側にとっても、対応が難しい問題だった。災害助成をするにしても、魔法使いを派遣するにしても、魔石を提供するにしても、議会の承認がいる。また、魔石をヒースクリフが個人的に用意するにしても、問題視されることは目に見えている。
しかし、レオンハルトの魔力を事件解決の協力への対価とすれば、金銭に換算する必要がないうえに首長夫妻や彼らに伴う外交官らを転移陣で移動させることが可能で、時間も節約できる。
加えて、ヒースクリフやエドヴァルドは、災害後の大変な時期に夜会へ出席してくれたことを、“個人的に”感謝するだろう。もともとエーシャルワイドとエスタシオ、そしてエルグランデルからの出席者には、“出席の礼”として贈り物を用意している。そこに“個人的な贈り物”がいくつか紛れたところで、目立つものではない。
エーシャルワイドは魔石を購入するはずだった予算と、ヒースクリフらからの“個人的な贈り物”を街の復興費用に充てられる。そしてこれらの対応について、公式的な記録が残らないようにするためには、書簡等のやり取りがあってはならない。
これが、シロウの言う「書簡や返礼品などによる公式的な感謝をお伝えすることが出来ません」の理由だ。
「シロウ殿、よければ帰国時も俺に首長夫妻らを送らせてください」
「いえ、帰りの分の魔石はなんとか用意できそうですから」
「そう言わずに。帰国は大夜会の2日後ですよね。お送りするくらいの時間は取れますから。それに、父は俺が帰りも首長夫妻を送ることになると考えているはずです。ぜひ、お願いします」
レオンハルトが強く申し出ると、シロウは眉尻を下げて微笑んだ。
「ありがとうございます。首長と関係者にはそのように伝えておきます」
シロウの言葉に、レオンハルトは、こくり、と頷いた。
ちょうどその時、ドアがノックされる。シロウの部下が「王国の騎士の方がおみえです」と声を掛けてくる。レオンハルトとルヴィウスを呼びに来たのだろう。
三人で部屋を出て、まずはシロウとその部下を見送る。それから、迎えに来た騎士と共に、レオンハルトとルヴィウスは捜査隊が待機している部屋へと向かった。
部屋には、騎士が17名、財務部からの調査官が10名、法務部から判事補やその助手らが3名、合計30名の捜査隊がレオンハルトたちを待っていた。
レオンハルトとルヴィウスは、彼らとこの後の手順を確認し合い、最終準備を終えると、予定の時刻に作戦を開始することにした。
「ルゥ、転移陣の固定を頼む」
レオンハルトはそう指示を出し、ルヴィウスが「わかった」と頷くのを確認すると、指先一つ鳴らして床に大きな転移の魔術陣を展開する。30人全員を一度に転移させる大型の転移陣だ。
規格外の魔法を目にし、捜査隊の面々はどよめく。しかし当のレオンハルトはすでに姿を消していた。先にアンヘリウム男爵家の前へと転移し、向こう側にこちらを引っ張るための魔術陣を展開していることだろう。
ルヴィウスは捜査隊全員が陣の中へ入っているか確認し、外れている者がいないよう、整列を促した。そして魔術陣の頂点にあたる場所に膝をつくと、そこに両手を置き、魔力を流す。
レオンハルトによれば、転移先から対象者を引っ張る際、大人数を対象にすると僅かに魔術陣の魔力が歪むらしい。転移が大きく失敗することはないようだが、10回に1回程度の割合で何人かが10メートルほど離れた場所に転移してしまう。それを防ぐために、送り出す側または着地側どちらかの転移陣に強い魔力を流す必要があるとの説明だった。
『準備はいいか?』
右のピアスから通信魔法でレオンハルトの声が聞こえる。全体への通信のようだ。捜査隊の者たちが一斉に「はい!」と返事をした。
『ルゥも問題ないか?』
「もちろん、いつでも大丈夫」
『では、三つ数えたら転移する―――3、2、1』
転移陣が淡く光りを放ち、陣の中にいた捜査隊が全員一斉に姿を消した。
ルヴィウスは立ち上がると、一羽の伝言蝶を呼び出す。手の中に閉じ込めた蝶に礼と、再会の言葉を託し、そっと宙へと解き放った。伝言蝶はその場で二、三度羽ばたき、シロウへと伝言を届けるために飛び立った。
それを見送ったルヴィウスはレオンハルトが展開した大型の転移陣を解除し、ふっと一つ息を吐いて気持ちを落ち着かせた後、レオンハルトの左手首のバングルを座標にして転移魔法を展開した。
ふわり、と浮遊感がルヴィウスを包み込む。
シロウへと伝言蝶が届く頃には、捜査隊の待機用に使用されていた部屋は、誰かがいた形跡も気配も消えうせ、静まり返った空間が広がるばかりだった。
※※※※※※※※※※※※
BL大賞に投票くださいました方、ありがとうございました。
心より、お礼申し上げます
近況ボードに投稿しようかと思いましたが、こちらに記載したほうがお伝え出来るのではと思いまして、追記させていただきました。
初めての作品で諸々足りていないところばかりですが、とても励みになりました。
ありがとうございます。
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