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五章 二幕:呪われた亡者の救済
五章 二幕 9話-1
しおりを挟むルヴィウスは足が土を踏みしめる感覚を捉えると、目を開けた。
「体調は? どこも何ともない?」
声のしたほうを見上げると、レオンハルトが心配そうな顔をしてルヴィウスを見つめていた。ルヴィウスは可笑しくなって小さく笑った。
「レオの魔術陣を固定してただけで、大したことしてないよ。自分で言うのもなんだけど、大陸で二番目に優秀な魔剣士だよ? 過保護すぎじゃない?」
「それくらいルゥが大事なの」
「ありがとう、なんともないから大丈夫だよ。それで、男爵家の捜査はどうなって―――……、うわぁ……」
ルヴィウスは目の前に広がる光景にドン引きするしかなかった。
転移した先は、贅の限りを尽くしたかのような男爵家の正面エントランス。広範囲にレオンハルトの魔力で練り上げられた結界壁の気配がすることから、逃亡のリスクをゼロにするため、男爵家の邸宅全体に結界を張ったことが分かる。つまり、レオンハルトは最初から敷地内に転移し、捜査隊もそこへ引っ張ったのだ。
門を護る警備兵は蚊帳の外へ出され、敷地内にいた使用人らは突然現れた第二王子と騎士たちに驚き、右往左往したに違いない。
彼らが動揺している隙に遠慮なくエントランスに押し入り、法務部の担当者に強制捜査令状を読み上げさせ、集まってきた使用人らに睡眠魔法を掛けたところへ、ルヴィウスが転移してきたようだ。
誰一人傷つけていないのだが、大人数があちこちで倒れ込んでいる風景は、たとえるなら大量殺人現場の様相である。
「殿下……、我々が同行した意味がありませんよ……」
背後にいた騎士が、正直な気持ちを吐露する。
レオンハルトはにこやかな表情で彼を振り返る。
「寝てる人間が重いこと、知ってるか?」
「もちろん知ってます」
別の騎士が怪訝な表情で眉根を寄せて答える。
「見ての通り全員眠らせたから、騎士たちは手分けして使用人全員を運んで拘束」
「はいっ?」全員が声を揃えて驚いた。
「お前たちが同行した意味、あるだろう?」
悪戯が成功したかのような表情で指揮権を振るうレオンハルトに、捜査に同行した騎士たちは、天井を仰ぎ見て「うそだろ……」と呟いたり、「さすが殿下……」と肩を落としたり、はたまた「捜査じゃなくて訓練じゃん……」とため息をつく者もいた。
「ほら、さっさと作業に取り掛かれ」
レオンハルトが朗らかに指示を出す。すると、まとめ役を担っている騎士が、ぱんっ、と手を一つ叩き、騎士たちの視線を自分へと向けさせた。
ルヴィウスは、彼の名前はなんだっけ、と記憶を辿る。短髪の黒髪に、三白眼。あぁ、確か、第二騎士団で三番隊長をしているシガール・ベッセンだ。
「殿下のおかげで今日は怪我の心配がなくなった。二人一組になって邸内の人間を拘束後エントランスへ運ぶように。キリング、スカイルの両名は私と男爵夫妻の捜索にあたる。以上、行動開始!」
シガールの指示で騎士たちが機敏に動き出す。文句を言いつつも、やはり騎士。普段の訓練の成果があらわれている。
「殿下、これはちょっと、やりすぎ感が否めません……」
騎士たちが散っていったのを見送ったあと、残る捜査隊のメンバーのうち、法務部に所属する初老の判事補が眉間の皺を深くしてレオンハルトにやんわりと抗議してきた。
レオンハルトは目を瞬かせ、少しだけ首を傾げる。なぜそんなことを言われるのか、と納得いかないようだ。彼は黙っているような性格ではない。言い負かされるのは初老の判事補のほうだろう。そう予想しながら、ルヴィウスは事の成り行きを見守ることにした。
「やりすぎ、とはどういう意味だ?」
レオンハルトが右の眉を僅かに上げ、少し不機嫌そうに言い返す。
「そのままの意味です、殿下」
「しかしエンディミオン伯爵、俺は貴殿が強制捜査の令状を読み終わるまで大人しく待っていたぞ」
「読み終わるのを待っていたのではなく、睡眠魔法を掛けるのを待っていた、の間違いではありませんか……。とにかく、私が申し上げたいのは、転移先がすでに敷地内という強硬策はいかがなものかと」
「では、正門前に転移して結界を張り、我々が中に入ることを男爵が許すまで兵糧攻めにしたほうが良かったか? そうすれば大夜会には間に合わないし、餓死者が出たと思うが」
レオンハルトの物言いに、エンディミオン伯爵は自身の眉間をぐりぐりと揉み解し、そのあと深い、深いため息をついた。
「いえ、男爵家の罪状はすでに決まっておりますし、怪我人も出ていないようですから、良しとしましょう」
「伯爵は話が分かる人間のようだな。覚えておこう」
「恐縮です。では、財務部とともに、男爵の執務室から調べます」
「よろしく頼む。それと、これを預けておく」
レオンハルトは手袋をはめた右の手のひらの上に懐中時計を召喚すると、エンディミオン伯爵へと手渡した。
「ハロルドが造った覚醒魔道具だ。睡眠魔法を解除したい者の額に当ててリューズを押せ。対象者が目を覚ます」
エンディミオン伯爵は再び眉間に皺を寄せた。が、今度は口元が笑っている。
「殿下と言い、レーベンドルフ家の次男と言い、規格外ですな。ありがたく使わせてもらいます」
そう言ったエンディミオン伯爵は、ジャケットの内ポケットに大事そうに懐中時計をしまい、財務部と法務部の捜査隊を引き連れ、二階の当主執務室へと向かった。
彼らを見送ったあと、レオンハルトはルヴィウスへと手を差し伸べる。
「俺たちはリーノのところへ行こう」
うん、とルヴィウスがレオンハルトの手を取った瞬間、彼らは一瞬にしてエントランスから邸裏の雑木林の奥にある、アンヘリウム男爵家の者たちが“離れ”と呼ぶ寂れた小屋の前に降り立っていた。
「こんなところに……」
呟いたルヴィウスの声には、いろいろな感情が込められていた。
一般的な狩猟小屋よりは大きいものの、おおよそ貴族の者が暮らす住まいとは言い難く、使用人が住むにもお粗末なリーノの住処。
ヒビが入った窓ガラスに、壁の穴を塞ごうとしたであろう不格好な木の板、地面に近い部分には、草や苔が生えている。
見上げた先にある屋根は今にも剥がれ落ちそうで、煙突がないことから暖炉を備えていないことが分かった。最近は魔道具で部屋を暖めたり涼しくしたりして快適に過ごす場合がほとんどだが、この建物を見る限り、そのような便利な魔道具を与えているとはとても思えない。
レオンハルトは小屋のドアの前へ進み出て、申し訳なさ程度に役割を保っている錆びたドアノッカーを鳴らした。すると、家の中から何かを落とす音と走る音が聞こえる。リーノが中にいることは確かなようだ。
ルヴィウスがどうしたものかと悩んでいると、レオンハルトは立て付けの悪いドアを無遠慮に開け、中へと足を踏み入れた。
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