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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 3話-2
しおりを挟む「訓練だよ。闇魔法の特性は?」
「えぇっと……、対象物の退化、です……」
「それはさっき聞いた。退化の根本とはなんだ」
「根本、ですか……、えぇっと……」
セザールは回答に窮した。彼に限らず、エルグランデルの魔法使いたちは実技に全振りしすぎで、理論は後回しにしているようだ。
レオンハルトはセザールの答えを待つのを止め、説明した。
「退化の根本は、時間を先に進めることだ。あらゆる生物は時間の経過とともに退化していく。闇属性はその退化を操る。まるで死に向かっていくかのように思えるだろうが、見方を変えれば闇魔法は時間を先に進める魔法属性でもある。エルグランデルは魔素濃度の影響で作物が育ちにくい土壌だ。土壌の改良も進めたいが、現状では穀倉地として確保できる範囲も限られている。この問題は大公領となった後、移住や人口問題に大きくかかわってくるだろう。そこで、セザールの出番だ」
「わ、私の、出番、ですか? どう考えてもお役に立てそうもありませんが……」
セザールは目を瞬かせて戸惑った。
「そんなことないよ、セザール」
ルヴィウスがレオンハルトの会話を引き継いだ。
「君の闇魔法は、対象物の時間を先に進める。本来なら半年かかる麦の成長を、短縮させることができる。そう考えるのは僕たちの勘違いかな?」
思いつきもしなかった闇魔法の使い方に、セザールは呆然とした。
「セザール、お前には作物の品種改良の陣頭指揮と研究を任せたいんだ。これから人口が増えていくだろうエルグランデルの食糧問題の解決に、力を貸してくれないか」
レオンハルトは、上に立つ者だけが持つ人を魅了する雰囲気を纏い、セザールにこれまでにない提案をした。
セザールは、答えようとして口を開き、なんと言葉にすればいいか分からず、口を閉じる。それをしばらく繰り返した。
壊すのではなく、生かす。今までの人生で使ってきた闇魔法は、いつだって破壊だった。今回、後継者候補に挙がった際も、この闇魔法がかなり足を引っ張った。血筋は問題なく、知識や当主としての力量も、他の候補者より抜きんでていた。そのため、カトレアがセザールの名を誰よりも早く候補に挙げたほどだ。
しかし、彼の闇属性を危険視する老獪らを頷かせることに時間を要した。今後も他の候補者に譲れとあらゆる妨害をしてくるだろう。そう予想して身構えていたが、レオンハルトとルヴィウスの申し出を受け、結果を出せば、誰にも文句を言われない後継者となることは明白だ。
セザールはきゅっと拳を握りしめ、強い決意を持ってレオンハルトを見据えた。
「お任せください。必ず結果を出します」
「よろしく頼む。計画を進めるにあたって欲しい人材はあるか?」
「そのあたりは別途、報告書にまとめて提出いたします」
「わかった。出来上がったらウルスに渡してくれ。他に何か希望は?」
レオンハルトの問いかけにしばし逡巡したセザールは、ちらり、とシェラを見た。
目が合った瞬間、シェラはぎこちないほど不自然に顔を背ける。
そんな分かりやすすぎるセザールとシェラのやり取りに、カトレアやエルゾーイのメンバーが「あ~、そういうこと」と生暖かい目を向ける。
しかし、レオンハルトとルヴィウスは茶化す気にはなれなかった。特にレオンハルトにとってシェラは、自分に想いを向けてくれたことがあるだけでなく、ルヴィウスと離れ、つらい時期を過ごしていた時、精神的にかなり助けられた恩もある。恋心を受け取ることはできなくても、彼がレオンハルトにとって大切な人の一人であることに変わりはない。
「セザール」
真剣なレオンハルトの声音に、セザールの背筋が、きゅっと伸びる。彼だけでなく、他の者たちもレオンハルトの纏う鋭利な気配に、身を強張らせた。
「シェラが欲しいのか」
単刀直入な物言いに、シェラがぎょっとし、セザールは息を飲んだ。しかし、ここで怯むわけにはいかないと己を奮い立たせたセザールは、拳を握りしめ、レオンハルトの目を見返した。
「はい。シェラを伴侶に指名したいと思っています」
「シェラがお前の番か?」
「そうです。今までの立場では難しく、声を掛けることさえ諦めてきました。ですが、公爵家後継者となれば、皇国の英雄エルゾーイの一人であるシェラに見合う立場と言えます。私はもう、諦めたくありません」
しばらくセザールから視線を外さなかったレオンハルトだったが、大きなため息とともに執務机に突っ伏した。
「なんで俺の周りの奴らはどいつもこいつも番に選ばれる運命にあるんだ……」
ガイル然り、ハロルド然り。今度はシェラが選ばれた。イルヴァーシエル公爵家の血筋はどうなっているのだ。
「あの…、主君……、やはり、お許しはいただけないのでしょうか……」
オロオロしながら弱音を吐くセザールに、シェラが「お許しを貰うべきはオレじゃない?」と文句を言う。確かに、許しは本人に貰うべきだろう。
レオンハルトは起き上がり、椅子に深く座りなおすとセザールに目を向けた。
「セザール、それは俺が決めることじゃない。もちろん、俺に許しが必要なことでもない」
はっとしたセザールは「わかりました!」と晴れやかな顔になる。これは釘を刺しておかなくては、と思ったのはレオンハルトだ。
「いいか、セザール。シェラを泣かしたら消し炭にするからな」
「心配いりません! 全力で口説き落として、絶対に幸せにします!」
いやもう、その全力が心配なんだよ。そう言いたいところを飲み込み、ため息を一つつく。
「どうして人前でそういうこと言うんだよ! セザールのばかっ」
文句を言ったのはもちろん当事者のシェラだ。彼の気分を害したのだと、セザールは「ごめんなさい、怒らないで」と一生懸命に宥めている。セザールに構われているシェラの表情は、どこからどう見ても、すでに絆されている顔だった。
レオンハルトが彼の気持ちを知って以来、シェラとは顔を合わせればどこかぎこちない日々だった。会えばどこか哀しそうな瞳で笑い、いつも通りの対応をするシェラ。彼の瞳の色が和らいだのはいつだっただろう。彼が無理をして笑わなくなったのは、いつからだっただろうか。きっと、セザールが関係しているに違いない。
「レオが振られる日も近そうだね」
レオンハルトの耳元で、ルヴィウスが小さく囁く。
一人離れてソファに座り大人しくしていた今日のシェラの行動も、レオンハルトを気にしてのことではなく、セザールを意識してのことだったのだろう。ソファに居たシェラを呼んだ時、彼はレオンハルトから目を逸らしカトレアを見たと思ったが、実は彼女の隣にいたセザールを盗み見ていたに違いない。
「そうだといいな」
レオンハルトはセザールとシェラの様子を見守りながら、ルヴィウスの耳元で答えた。セザールとの関係が進んだら、そんなこともあったとレオンハルトへの恋心を笑い話にする日がシェラに訪れるだろう。どちらにしても、彼が幸せになる日をこの目で見られるといい。
レオンハルトとルヴィウスは、誰にも見つからないよう、そっと手を繋いだ。
―――どうか、シェラが幸せになりますように
そう願い、レオンハルトは竜語で、ルヴィウスはイグドラシエルから授けられた祝福で、ほんの些細な、おまじない程度の祈りを捧げる。
誰にも気づかれないほどに小さくささやかな祈りだったが、それはシェラの周りを僅かにきらきらと輝かせ、すっと彼に吸い込まれていった。
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