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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 4話-1
しおりを挟む夜の帳が降りるのを待って、レオンハルトとルヴィウスは黒曜門から宮殿の外へでた。
門を護る騎士に「いってらっしゃいませ」と笑顔で送り出された二人は、せっかくだからと、しばらく手を繋いで星を見ながら夜の散歩を楽しむ。
今までのこと、これからのこと。そんな他愛もない話をしながら、穏やかな風が吹く夜道を寄り添って歩く。
レオンハルトの右手には竜と世界樹の紋様が彫られた銀の宝石箱が抱えられており、彼の左手はルヴィウスの右手に繋がれている。
森を横目に、崖が視界に入るかどうかの位置までやって来ると、どちらからともなく互いの体を抱き締めるようにして、レオンハルトの「飛ぶよ」という合図で転移魔法が展開した。
転移先は、イグドラシエルを護り続け、暴虐のドラゴンと呼ばれ、恐れられたウェテノージルがいた暴虐の谷だ。しかし谷はもう、その名とは真逆の様相となっている。
谷を埋めつくすほど咲き誇る蒼い花。柔らかく風が吹くと、花びらが舞う。それはまるで、イグドラシエルとウェテノージルの紡いできた想いの色のようだ。
見上げれば満天の星空が広がっている。一年前はまだ魔素濃度の影響で空気が霞んでいたし、魔の森には魔物がいたこともあり、星空を楽しむような状況ではなかった。
「ルゥ、行こうか」
レオンハルトはルヴィウスに手を差し伸べた。ルヴィウスは「うん」と頷き、その手を取る。二人は見えない意思に導かれるままに進んだ。
花が咲き誇る谷を歩いていると、強い風が吹きつけた。それに視界が奪われた次の瞬間、風が静まり、目を開けた二人の前に、緑豊かな森が現れる。振り返っても、谷はどこにも存在しない。
苔が生し、空へと伸びるように弧を描く骨には蔦が巻き付いている。その先には泉があり、中心には枯れかけた世界樹。死してなお、イグドラシエルを護り続けたウェテノージル。そこに寄り添い、いつか再び出会うことを約束し、今日までの永い、永い日々を待ち続けたイグドラシエル。今夜、ようやく二人は再び出会い、永遠の絆を手に入れる。
レオンハルトとルヴィウスは躊躇うことなく泉に足を踏み入れる。膝上あたりまでを濡らしながら世界樹の元まで行き、レオンハルトが銀の宝石箱を根元にそっと置いた。
蓋を開けると、中には二人がそれぞれ預かったウェテノージルとイグドラシエルの魂の欠片とも言える、赤い実が二つ。
誰に教えられたわけでもないのに、レオンハルトにはこのあと、何をどうすればいいかが分かっていた。
『我が名は偉大なる獅子と条理。ただ一人の者との契約は果たされた。我は我に還り、其方の望みは叶えられ、永遠に二つの魂は結ばれ輪廻に戻ることを許可する』
それは、古代語でも、竜語でも、魔法を展開する呪文とも違う、神聖なる言語で唱えられた約束と赦しの言葉だった。言葉は祝詞として赤い実に捧げられ、赤い実は僅かに光ると、きらきらと粒子を生み出す。煌めく光りの粒子はやがて人の形を模し、レオンハルトとルヴィウスの前に二人の人物が姿を現した。
ゆっくりと目を開けたのは、蜂蜜色の黄金の瞳に蒼く長い髪、精悍な顔つきの長身の男性だ。彼は微かに笑みを浮かべ、隣に現れた長い銀の髪、漆黒の瞳と美しい顔立ちに白い肌の男性を抱き寄せる。
二人とも、ゆったりとしたストラのような法衣に似た服を纏っている。ウェテノージルは黒地に金の刺繍、イグドラシエルは白地に銀の刺繍で装飾が施されていた。
「エル、やっと会えた」
「ジル、会いたかった」
ウェテノージルとイグドラシエルは互いを愛おしそうに抱きしめあう。感動の再会。どうやら二人には、レオンハルトとルヴィウスが見えていないようだ。
他人様の逢瀬の様子を正視するわけにもいかず、レオンハルトは「後ろ向いていようか」と小声で提案し、ルヴィウスは「そうだね」とやはり小声で同意する。二人は気恥ずかしさを覚えながらも、何食わぬ顔で世界樹に背を向けた。とは言え、会話は聞こえてしまうわけで。
「ジル、顔をよく見せて」
イグドラシエルが目を潤ませながら、ウェテノージルの頬を両手で包み込む。
「こんな顔でよければいくらでも見ればいい」
ウェテノージルは目を細め、自分の頬を包み込むイグドラシエルの手に自らの手を重ねた。
「エル、待たせて悪かった」
「ううん、いいんだ。こうしてまた会えたから」
「もう二度と離れない。この先もずっと、何度生まれ変わろうと何度でも出会える。私たちはもう魂が絡まっているから」
ウェテノージルの言葉に、イグドラシエルが「嬉しい」と呟く。もう一度強く抱きしめあった二人は、唇を重ね合わせ、吐息を混ざり合わせて深く、深く口づけた。
どのくらい口づけに夢中になっていたのか、「ん゛ん゛っ」とわざとらしい咳払いが聞こえる。レオンハルトが自分たちの存在を主張したようだ。
「すまない、お前たちを忘れていた」
「会えてうれしいのは分かるが人前なんだ、自重してくれ、ウェテノージル」
そう言い返したレオンハルトは遠慮なく世界樹を振り返った。ルヴィウスも、申し訳なさそうに二人を振り返る。
「お前は相変わらず不遜だな」
ウェテノージルの物言いに、レオンハルトは眉根を寄せる。
「どういう意味だ」
「そのままの意味だ。まぁ、今のほうがずっといいがな」
「はぁ?」
「気にするな。私の独り言だ」
満足そうに微笑むウェテノージルに、レオンハルトは怪訝な表情で首を傾げた。
「ルヴィウスはすっかり私の祝福が定着したね」
そう言ったのはイグドラシエルだ。
「はい。ウェテノージル様のおかげもあって、魔法も上達しました」
「そうか」ウェテノージルが得意げに頷く。「お前がレオンハルトの傍に居るためにはそれなりの魔力量も必要だからな」
「それは、長生きをすると言う意味でしょうか」
そう問いかけたルヴィウスに、イグドラシエルが無邪気に笑って答える。
「そうだよ。ジルの欠片を一時でもその身に宿し、私の祝福を授かったことで、ルヴィウスは人の域を超えて不老のまま長生きするからね」
「えっ、僕、老いないんですかっ?」
「あれ、言ってなかったっけ。死ぬまで今の姿のままだよ。さすがにレオンハルトと同じ不死とはいかないけれどね」
「それ、どれくらいか聞いても?」
レオンハルトが疑問を投げかける。答えたのはもちろんイグドラシエルだ。
「千年くらいかなぁ」
「せんねんっ?」×2
レオンハルトとルヴィウスは声を合わせて驚く。
レオンハルトの予想の数倍だ。彼から数百年という話は聞いてはいたが、ルヴィウスはもっと少なく見積もっていたため、軽く眩暈を起こしかけた。
「そんなに驚かないでよ~。千年じゃないと困るからね~」
イグドラシエルは今にも踊り出すのではないかと思うほどに楽しそうだ。彼とは正反対に、ルヴィウスはレオンハルトに寄り掛かり「千年…? それ、どれくらい……?」と、ぶつぶつと呟いている。そんな彼を支えながら、レオンハルトは「ルゥ、しっかり」と苦笑した。
「それで、どうするつもりだ、レオンハルト」
ウェテノージルが不敵に笑う。
「どうするって、なにがだ」
「ルヴィウスは千年を生きる。お前は永遠を生きる。千年が人にとって途方もなく永い時間であっても、終わりは必ずくるものだ。お前はその時、どうするつもりだ?」
ウェテノージルの問いかけに、レオンハルトの眼差しが鋭くなる。
ルヴィウスは少しだけ不安になり、レオンハルの手をぎゅっと握りしめた。レオンハルトは表情を和らげルヴィウスに顔を向けると、蒼色の瞳を細めた。
「ルゥを永遠に連れていく。その方法はルゥが生きている千年の間に見つけてみせる」
レオンハルトは強い口調で言い切ったあと、ルヴィウスを安心させるために彼の額に口づけを落とした。ルヴィウスは、ほっとした顔で微笑みを返す。
「そうか。そう決めたのならいい。まぁ、見つけ出す必要はないが」
ウェテノージルの言葉に、レオンハルトとルヴィウスは、ぱっと彼に顔を向ける。ウェテノージルだけでなく、イグドラシエルも「そうだね」と微笑んでいる。
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