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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 4話-2
しおりを挟む「それはどういう意味だ」
「そのままの意味だ。レオンハルト、お前は私とは違う。私はこの世界に古代竜として生まれ、神の代理人となり、魔王にもなった。それは物語が必要だったからだ」
「物語?」
「そうだ。盟約は果たされ、お前はお前の物語を生き、大事なものは何かを学んだ。大事なものを手に入れたお前は、もう間違うことはないだろう。お前がいったい何者なのか、そろそろ思い出せ」
「俺が……何者か……?」
レオンハルトは戸惑いに蒼い瞳を揺らす。
ウェテノージルは、ふっ、と笑った。
「そのうち分かる。とりあえず逆鱗を食んで眠れ」
ウェテノージルがそう言い、レオンハルトはここへ来た当初の目的を思い出した。いろいろと疑問が残る会話ではあったが、とにかく早急に、レオンハルトの体内にあるウェテノージルの欠片を返すため、逆鱗で体を造り変えなければならない。
レオンハルトは指を鳴らし、専用の亜空間に収納していた逆鱗を納めた宝石箱を呼び寄せた。そこで、はた、と疑問が沸く。
「詠唱や祝詞はいらないのか?」
レオンハルトのその問いに答えたのは、ウェテノージルだ。
「呪文となる言葉がいる。だが、声に出す必要はない」
「ルゥの時と同じ祝詞でいいのか?」
「そんなわけあるか。筥であったルヴィウスを造り変えるのとは違うんだぞ。“お前”を取り戻す呪文だ。教わらずとも、お前はすでに知っている。あらゆることを、な」
「いや、ぜんぜん思いつかないけど」
「心配するな、“お前”はそういうヤツだ」
「は? それどういう意味?」
「さぁな」
ウェテノージルは不敵に笑った。そしてエルをしっかりと抱き寄せる。
「エル、先に行け。後で追う」
「ここまで待ったんだから、輪廻にも一緒に行く」
「レオンハルトに返すものがある。私とは違い、エルはもう魂だけになってしまった。このまま残れば亡者になりかねない。先に行って待っていてくれ」
「嫌だよ! 輪廻で離れてしまったらどうするのっ?」
「離れない。さっきも言ったが、私たちの魂は絡まっている。二千の間ずっと魂が傍にあっただろう? これからは何度生まれ変わろうが、どちらか先に生まれ落ちたほうに引っ張られて必ず出会うことになる」
「ぜったい……?」
「絶対だ。レオンハルトとルヴィウスとは違う形だが、私たちも永遠に離れられない。嫌だったか?」
「嫌なわけないでしょ! 控え目に言って大歓迎だよっ!」
「それなら良かった。そういうわけだから、先に行って私を安心させてくれ。私もすぐ追う」
「それ、どのくらい待てばいいの……?」
イグドラシエルは拗ねたような表情でウェテノージルに問う。やっと会えたのだから、片時も離れたくないと思うのは仕方のないことだろう。
ウェテノージルはイグドラシエルが愛おしくて仕方ないといった表情で、彼の髪をゆったりと梳いた。
「逆鱗で体を造り変え終わる程度の時間があれば充分だから、単純に十日ほどだろう」
これに驚いたのはレオンハルトだ。
「そんな短期間でいいのか? ルゥの時は三ヶ月掛かっただろう?」
「ルヴィウスとお前を一緒にするな。お前は存在自体が特別仕様だ」
「なんかよく分からんが、そういうことだと理解しておく」
「そうしておけ。眠っているうちに理解する。―――ルヴィウス」
急に名を呼ばれたルヴィウスは、きゅっと表情を引き締める。
「はい、なんでしょうか」
「レオンハルトの意識がなくなったら、持ってきた赤い実を傍らに置き、泉に半身を浸した状態で寝かせておけ」
「結界を張ったほうがいいですか?」
「ここに足を踏み入れられるのはお前たちだけだ。だが心配だというなら好きにするといい。長くても十日後には目を覚ますだろう。迎えに来てやれ」
「分かりました」
「よし。他に聞いておきたいことはないか? エルは輪廻に旅立つし、私は残ると言っても自我のない状態になる。もう二度とお前たちと言葉を交わすことは出来ないぞ」
ウェテノージルの言葉にレオンハルトは、首を横に振った。特に聞きたいことは無いようだ。
しかし、ルヴィウスはそうでなかったようだ。
「あの……、また会えますか?」
「私たちにか?」
予想外の問いかけだったようで、ウェテノージルが目を丸くする。
「えぇっと……、輪廻に戻るのなら、生まれ変わるわけですし……、僕は千年生きるみたいだし……、だから、またどこかで会えるかなと……」
ルヴィウスの言葉に、イグドラシエルとウェテノージルは顔を見合わせ、そのあと声を上げて笑った。
「あははっ、さすがルヴィウスだね! ほんと可愛いっ」
「まったくだ。望めばお前の近くに生まれてきてやってもいいぞ」
「え……、僕、そんなにおかしなこと言った……?」
「さぁ……、俺にも分からん……」
「まぁ、いつかレオンハルトに教えてもらえ。お前がレオンハルトに愛が何なのかを教えたようにな」
「いや、だから俺が何を知っていると言うんだ」
むすっ、と口を曲げたレオンハルトに、すでに足元が消えかかっているウェテノージルが「お別れだな」と言う。
「次に目が覚める時には、お前は“お前”を取り戻しているはずだ」
その言葉にレオンハルトが眉根を寄せると、ウェテノージルは「さっさと逆鱗を食め」と急かす。レオンハルトは「わかった」と答え、宝石箱から逆鱗を取り出し、口に含んだ。
「レオンハルト」
ウェテノージルと同じように光りの粒子として足元から消え掛かっていたイグドラシエルがレオンハルトを呼び、別れの言葉の代わりに答えに繋がる言葉を告げた。
「もう君は、心のない出来損ないの神様じゃないよ」
ウェテノージルとイグドラシエルが、その姿を光りの粒子へと変えていく。それと同時に、逆鱗を食んだレオンハルトの意識が遠のきはじめる。
イグドラシエルとウェテノージルが混ざり合った光りは、レオンハルトを祝福するように彼の体を一周、くるり、と回る。そしてその光りの半分が、きらきらと煌めきながら、蒼い空へと昇って行った。イグドラシエルが、輪廻へと還っていく。
それをなんとか見送ったレオンハルトは、抗うことをやめ、意識を手離す。瞼が重みに耐えきれず、目を閉じる。
遠くでルヴィウスに名前を呼ばれた気がした。レオ、と。そのことに、微かに残った意識が反応する。
―――ルゥ…………、俺の……私の最愛……、私のすべて……、私のルーセンテウス……
それが、ウェテノージルの言うレオンハルトが自分を取り戻す呪文だという認識は、彼にはなかった。だが、それは確実に呪文となり、口の中の逆鱗を体に取り込んでいく。
レオンハルトの体が地面に倒れ込む前に、ルヴィウスは彼を抱き留めた。そのまま、ゆっくり、ゆっくりと、ルヴィウスはレオンハルトの体を支えながら、彼を世界樹の泉に半身を浸した状態で横たえた。そして、世界樹の根元に置いたままだった宝石箱を持ってきて、傍らに置く。
宝石箱の中には、赤い実がひとつ。消えたもうひとつは、イグドラシエルが持っていったのだろう。ルヴィウスはそう判断した。
しばらく見守っていると、残された赤い実とレオンハルトの心臓の上にあたる辺りを、ウェテノージルが光りの粒子となって循環するように漂い始める。こうやって十日間をかけて、ウェテノージルは魂を回収し、レオンハルトはその身に宿る力に耐え得る体を得ていくようだ。
「おやすみ、レオ。あとで迎えに来るからね」
そう囁いたルヴィウスは、レオンハルトの額に口づけをした。
次にレオンハルトが目を覚ました時、ウェテノージルはすでに居ないだろう。言葉として届かなくとも、彼の魂が輪廻へ還るところを見送ることが出来るといい。
そう思いながら、ルヴィウスはレオンハルトの蜂蜜色の髪を撫で、もう一度、今度はその頬に愛おしさを込めて口づけをした。
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