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最終章:神様が紡ぐ恋物語
最終章 5話-1
しおりを挟むふわふわと、やわらかく上質な真綿に優しく包まれている感覚がした。レオンハルトの意識はそうやって、永いようで短い夢を見る。
空に岩が浮かび、岩には木々が生い茂り、泉が沸き、滝が流れ落ち、翼や角がある馬が跳ね、小型の竜が飛び、どこからともなく花びらが舞ってくる。
この不思議な空間の中央には、巨大な白い神殿が存在している。見たことも訪れたとこともないのに、それは懐かしさを呼び起こす風景だった。
『フォルティスレオ様、今日は創世神様に呼ばれていましたよね? 遅れますよ。そろそろ起きてください』
うるさい。そう答えた男の視界に、艶やかな長い黒髪を一つに束ねた、銀の瞳を持つ美しい人物が映り込む。どこか、雰囲気がルヴィウスに似ていた。
『お前はいつもやかましいな』
そう文句を返した男―――フォルティスレオは、再びベッドに潜り込む。どうやらレオンハルトの意識は、このぐうたらな男の中にあるようだ。
『必要なことを申し上げているだけです。ほら、起きましょう。遅れますよ』
『構うものか』
『構ってください。叱られるのは私なのですよ』
『お前もいい加減諦めろ。私のような出来損ないの傍に居ても損するばかりだぞ』
『損得でお傍にいるわけではありませんよ』
『損得じゃない理由などあるか』
『私はただ、貴方のお傍にいたいだけです』
『傍に居るだけでいいのか?』
『はい、私はレオ様を愛しておりますから』
『勝手に愛称で呼ぶな』
『愛しているのはいいのですか?』
『お前は上げ足ばかり取るのだな』
『文句を言わないでください。それに、私のことは愛称で呼んでくださる約束だったではないですか』
『そんな約束をした覚えはない。お前の勘違いだ、ルーセンテウス』
『お約束はしました。それより、質問に答えてもらっていません。私がフォルティスレオ様を愛していることはいいのですか?』
そう言ったルーセンテウスという美しい男は、懲りずにフォルティスレオの体を揺り動かす。フォルティスレオはしばらく揺さぶられるままでいたが、そのうち深いため息をつき、寝返りをうつとルーセンテウスの手を強く引っ張った。そうして彼をベッドへと引きずり込む。
『私のルーは細かいな。そんなに呼び方が大事か?』
『私にとっては大事なのです』
『ならば私のことも愛称で呼ぶか?』
『よろしいのですか?』
ルーセンテウスが目をキラキラさせてフォルティスレオを見上げる。
『創世神に会わなくていいと言ってくれたら許そう』
『そういうわけにはいきません。お仕度をしてください』
『今日は会う気分じゃない』
『会う気分になったことなどないではないですか』
『うるさいな、まったく。ルー、お前の今日の仕事は私の二度寝に付き合うことだ』
『フォルティスレオ様、二度寝は仕事ではありません』
『知らん。私にはお前がいればそれでいい』
フォルティスレオはぶっきらぼうにそう言い、ルーセンテウスをぎゅっと抱きしめて目を閉じる。
ルーセンテウスは大人しくフォルティスレオの腕の中に収まると、そのうち背中に腕を回して目を閉じた。
その後も、フォルティスレオとルーセンテウスは共に日々を過ごしていく。レオンハルトの意識は相変わらずフォルティスレオの中にあって、そのうち二人の関係性や人物像がはっきりとしてきた。
驚くことに、このぐうたらな男、フォルティスレオは、次代の創造主候補だった。世界を作っては管理し、生命と時を循環させる。神界でもかなり高貴な地位にいるようだ。
ルーセンテウスは彼の従者で、身の回りの世話をしているようだが、主従よりももっと親密な関係のようだ。神を人の価値観に代入していいか疑問が残るところだが、ルーセンテウスはフォルティスレオを愛しているようだったし、フォルティスレオも明らかにルーセンテウスを愛していた。が、どうも彼にはその自覚がないようだ。
ぐうたらで、どこからどう見ても神とは思えない態度のフォルティスレオだが、彼は創造の天才だった。しかし、先を見通す能力が高いばかりに、作った世界をよく壊した。造っては壊し、消滅させては一から造り直す。そんなことを繰り返しているうち、彼は出来損ないと呼ばれるようになった。
けれど、レオンハルトにはフォルティスレオがわざと世界を壊し続けているように見えた。その理由がどこにあるかまでは、分からなかったけれど。
その後もフォルティスレオは、何百と言う世界を造っては壊し続けた。そして、とうとう彼を生み落とした創世神に罰を受けることになった。
造った生命をあまりにも軽々しく扱いすぎる、という理由で、ルーセンテウスを取り上げられたのだ。ルーセンテウスはフォルティスレオの代わりに罰を受け、輪廻に封印されてしまった。
この出来事は、フォルティスレオに怒りと憎しみ、そして後悔の感情を生じさせる。
『私の従者をお返しください』
フォルティスレオは、創世神の神殿に乗り込み、開口一番に訴えた。創世神は感情を露わにするフォルティスレオを満足げに見下ろし、「お前は、大事なものが足らないな」と言った。そして、こう告げた。
『返してほしければ、漆黒の塔にいる罪人と契約することだ。そうすれば、お前にとって大事なものがなんなのか、理解できるだろう』
フォルティスレオは一言の反論も許されず、神殿を追い出された。仕方なく、漆黒の塔へ向かい、牢獄に入れられた罪人と話をすることにした。
罪人の名は、ウェテノージル・プリケプス。フォルティスレオと同じく、創世神が生んだ神のひと柱だ。蜂蜜色の黄金の瞳に長い青髪の彼は、創造される数多の世界を見極め、必要に応じて先導者を降臨させる役割を持つ神だった。しかし彼はその役割を遂行する過程で、同種族である世界樹の神、イグドラシエル・イニティウムと出会い、恋に堕ちた。
神界において、神同士の恋は禁忌とされている。魂が結び合い、体を溶け合わせることにより、互いが管理する領域が混ざり合い、創造された世界が歪んでしまうからだ。
複数の世界に混沌と歪みを生んだウェテノージルとイグドラシエルは、罪人となった。
ウェテノージルはイグドラシエルの神格と共に漆黒の塔に閉じ込められ、神格を取り上げられたイグドラシエルは、輪廻に封印された。奇しくも、イグドラシエルはルーセンテウスと同じ場所に封じられていたのだ。
正しく神格を持つ者は、輪廻の領域には入れない。しかしそれは、“正しい”神格さえなければ輪廻に入り込み、干渉できるということでもある。
一人の神の力では無理でも、二人の神がいれば知恵も力も創造も二倍だ。
フォルティスレオとウェテノージルは、互いに返してもらうべき唯一の存在を取り戻すため、契約を結ぶことにした。
『ルティス、物事を成し遂げるためには、物語がいる』
ウェテノージルがフォルティスレオを”ルティス“と呼び、そう言った。フォルティスレオは「物語?」と眉根を寄せる。ウェテノージルは語るように聞かせる。
『物語は世界を創造し、生命を生み、心を動かし、感情を知り、叡智を与え、永遠を生きる。ルティス、私と私の物語をお前の創造に飲み込め。そうすれば、私は神の成り損ないではなくなり、私の魂に縛られたイグドラシエルも輪廻の封印から引き寄せられ新たに生まれ落ちてくる』
『だが、神格を失う』
『それこそが目的だ。神でなくなれば、私たちは禁忌ではなくなる』
『ルーセンテウスはどうなる』
『ルーセンテウスを呼ぶのはお前の役割だ。ルーセンテウスがお前にとってどんな存在なのかを知れば、おのずと次にどう行動すればいいかが分かる』
『分からなければどうなる』
『ルーセンテウスには会えず、お前は出来損ないのまま消滅する。ルーセンテウスを取り戻したければ創造主たる神のひと柱になれ』
『私が失敗すれば、お前もイグドラシエルも消滅することになるぞ』
『構わん。私とイグドラシエルにとって、どちらかを欠くことは、世界が無いようなものだ』
『ウェテノージルにとって、イグドラシエルは世界そのものなのか?』
『そうだ。イグドラシエルは私にとって、ただ一つの世界で、愛する人だ。私たちは互いを愛しすぎた。他の世界がどうなろうと構わないほどに。だから私には神の資格など必要ない。成り損ないで構わないし、創造主になどなりたくない。ただイグドラシエルと共にあれたらいい。だからお前の世界に私を堕とせ。お前は愛おしいという感情が分かっていない。それが分かった時、お前はルーセンテウスに会えるだろう。その方法を教えてやる』
強い瞳で言い切ったウェテノージルに、ルティスは「わかった」と頷いた。
二人はそのまましばらく、永い、永い物語を作り上げるための話し合いに没頭することになる。
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