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エピローグ:千年の約束
エピローグ 1話ー1
しおりを挟む千年の国、ヴィクトリア帝国。建国から千年―――正確には、千年と十七年―――が経つこの国は、神の寵愛を受けていると言われている。
世界の中央に位置する大陸のほとんどを領地とするこの帝国は、短期的な飢饉や経済不況に陥った歴史もあるが、おおむね緩やかな成長を続けている。
小さな小競り合いや解決にいたらない問題もあるが、国を割るような事態になったことは一度としてない。
東には独自の文化を育む穏やかな民主国家エーシャルワイド、西には宗教国家神聖国エスタシオがあり、両国も帝国の恩恵を受け、大きな争乱もなく、今日まで共に大陸に存続してきた。
この千年の間、大小多くの変化が世界に訪れたが、もっとも大きくこの世界を変えたのは、魔法の消失だった。
帝国が誕生する以前、この国がまだヴィクトリア王国とエルグランデル皇国だった頃、現在のアステラ大森林の前身となる魔の森を闊歩していた魔物のほとんどが討伐され、その後、魔素の濃度が薄まり続けたことで、余剰な魔力がなくなり、魔法使いは歴史から消え去った。
神聖国エスタシオにおいても、神聖力が消失して久しい。
人体や自然界、魔石などに魔力は残ったものの、魔法という恩恵を失ったことで人々は生活に不便を強いられた時期もあった。しかし、それでも知恵と技術で新たな時代を切り開き、今では魔道科学と工業技術で世の中は回っている。
生活の変化は経済の変化を促し、経済の変容は治世の在り方を変えた。貴族は解体され、国の統治者は王ではなく、各領地の領主の推薦と民衆の選挙による統治主という地位が制定されて久しい。
そうは言っても、連綿と続いてきた王室や貴族の血筋は容易く歴史に埋もれるわけもなく、もともとの財力はもちろん、各分野においても優秀な人材は組み込まれていき、現在でも国の要人の半数は、いわゆる“由緒ある家系”であることは否めない。
特に、元王家に連なる“御三家”と呼ばれる三家うち、元王室のヴィクトリア家、元公爵家のアクセラーダ家については、民衆からの支持も厚く、今でも、才能ある芸術家や、社会構造を変えるに匹敵する技術を発明する魔道学者、政治や経済を動かす要職に就く者を排出するなど、世間の注目と話題に事欠かない。
しかし、この二家とは違い、影響力は帝国随一と言われる元大公家のグランデル家は、公の場に出てくることが稀なこともあり、陰の支配者だとか、現存する唯一の魔法使いがいるだとか、はたまた魔王のような当主がいるだとか、不穏な噂が絶えない謎多き家門としてその名が知られていた。
「やはり、何かの間違いではないか?」
帝国でも指折りの魔道科学者であるジーニアス・ロッシは、待ち合わせに指定されたロイヤルローズガーデンのガゼボの椅子に腰かけながら、不機嫌そうに眉根を寄せていた。
呼び出された理由に疑念を抱いていることはもちろんだが、待ち合わせ場所が王制時代に貴族らがガーデンパーティーを行っていた王宮地区の一角だということも、彼に心理的圧迫を与えている。
ロッシ家は帝国創立時に魔道具士として活躍したアンヘリウム侯爵家の流れを汲んでおり、由緒正しい、という冠を被らされることがある家門だ。
あまり知られていないが、彼らには先祖代々受け継がれてきた初代当主の記録を必読する、という少々変わった伝統がある。ちなみに、初代侯爵の名はハロルド・アンヘリウム。彼の伴侶はカトレア・アンヘリウムという。彼らがアンヘリウムの名を継いだ当初は男爵だったのだが、その後の功績が目覚ましく、侯爵へと陞爵した。
「間違いにしては手が込みすぎです。堂々とされてください、旦那様。いざという時は私が切って捨ててやります」
勇ましく飄々とそう答えるのは、ジーニアスの妻、アニエルだ。彼女はグランデル領にあるイルヴァーシエル公爵家の子孫の一人で、女剣士として名を馳せている。
不毛の地とも言われていた領地の農地改革を行い、帝国一の穀倉地帯を造ったセザール・イルヴァーシエル公爵が、当時、最強の魔剣士と言われていたシェラを熱烈に口説き落とした話は、千年経った今でも人気の恋愛小説の元ネタとなることが多い。
「アニエル……暴力はダメだよ?」
「しかし、うちの子に婚約者候補を紹介したいなど、何か裏があるやもしれません。シエルの美貌は領内一……いえ、帝国一と言っても過言ではありませんから」
「いやいや、我が子だからって、それはちょっと評価が高すぎじゃないかい?」
「これでも控え目に言っております」
「君は本当に変わってるね」
「お嫌でしたか?」
「僕好みだって意味だよ。皆まで言わせないでよ、アニエル」
「すみません、つい」
照れるジーニアスと、頬を染めるアニエル。その様子を、薔薇を楽しむフリをしつつ、盗み見しながら「うげー……」と苦い顔をする彼らの愛息子、シエル。
長い銀の髪を三つ編みに結い、宵闇の瞳を持つ美しき十七歳の少年は、その容姿に似合わず、不遜な物言いをすることでも有名だ。
「お待たせして申し訳ない、ロッシ殿」
落ち着いた声音ながらも、威厳に満ち溢れた雰囲気を纏って現れたのは、若干二十歳という若さで当主となった、謎多き家門の長、レオンハルト・グランデル。
蜂蜜色の髪に深く澄んだ蒼の瞳、美の女神に愛されたかのような美しい顔立ちと、恵まれた体格。一目見れば老若男女問わず恋に堕ちるという噂に違わず、シエルの美貌を見慣れているジーニアスとアニエルでさえ、レオンハルトにしばし見惚れる。
「ロッシ殿?」
「はっ! 申し訳ありませんっ、閣下に見惚れておりました!」
慌てふためくジーニアスに、レオンハルトは「いい、こういう反応には慣れている」と苦笑いする。
座ってくれ、とロッシ夫妻に席を勧めたレオンハルトは、軽く右手を上げた。するとどこからともなくメイドのような女性たちが現れ、テーブルに茶の用意をしていく。
上質な紅茶に、数種類のクッキー、一口大のケーキが三種類と、小ぶりのサンドイッチ類。
シエルは横目でガゼボを窺いながら薔薇を見ているフリをしていたのだが、十七歳の体は食欲旺盛だ。甘い香りに腹が、くぅ、と鳴り、背に腹は代えられんと、ガゼボに早足で戻った。
席に着くと、さっそくケーキに手を伸ばす。
「こら、シエルっ」
ぺしり、とジーニアスがシエルの手を叩く。目上の人間の前で、早々に茶菓子に手を付けるなどマナー違反だ、と言いたいのだろう。
「構わない。好きに食べるといい」
レオンハルトの許可が出た途端、シエルはジーニアスに「べー」と反抗的な態度を取ってから、再びケーキに手を出した。
一口頬張り、ふにゃり、と表情を緩ませる。レオンハルトはそんなシエルに「美味いか」と聞き、彼が頷くと、「そうか」と静かに笑みを浮かべて紅茶に口を付けた。
ジーニアスは、レオンハルトとシエルを見比べ、歳が三つしか違わないのにこの違いはいったい、と眩暈がするようだった。
「ところでロッシ殿」
「はい、閣下」
話しかけられたジーニアスは、しゅっ、と背を伸ばした。レオンハルトは「そんなに緊張しなくていい」と苦笑いする。ジーニアスは、そう言われても、と思いつつ「はい」と眉尻を下げて強張った笑顔を浮かべる。
レオンハルトは、どうしたものか、と再び紅茶を一口含む。ここは下手に回りくどいことをせず、連絡したとおりの用件で話を進めるほうがいいだろう。そう考え、音もなくソーサーへカップを戻したあと、ジーニアスに改めて顔を向けた。
「今日は貴公のご子息、シエル殿に婚約者候補を紹介したくて来てもらった。候補者が、まずは二人で会いたいと言うのだが、シエル殿をお借りしていいだろうか。もちろん、二人きりと言っても私も同席するので安心してもらいたい」
「いや、あの、急にそう言われましても……」
案の定、ジーニアスは戸惑っているようだ。
レオンハルトは攻め方を変えることにした。仕方ない、ここは妻であるアニエルを攻略することにしよう。
そう決めたレオンハルトは爽やかな好青年に見える笑顔を浮かべて言った。
「私が紹介したいのは、アクセラーダ家の次男、ジルベスタ・アクセラーダだ」
「ジルベスタ・アクセラーダですってっ?」
思惑通り、アニエルが食いついた。レオンハルトは、にこり、と笑う。内心“よし、引っかかった”と思っていることは誰にも内緒だ。
アクセラーダ家は、御三家の一つ。貴族が解体される前は公爵家であり、傍系からの養子と元平民が後継者になった歴史を持つ珍しい家門だ。その当時、当主となったアレン・アクセラーダは妖精のように儚げで美しい魔道具士で、彼の伴侶になった元平民のガイルは”騎士と言えば”の代表格だ。彼らの仲睦まじさは千年経ってもアクセラーダ家では語り継がれているようで、二人は三男三女の子宝に恵まれ、六人の子どももそれぞれの得意分野で名を馳せた。
「閣下、本当にジルベスタ・アクセラーダに間違いございませんか?」
アニエルの再確認に、レオンハルトはしっかりと「間違いない」と頷く。確信を得たアニエルは、レオンハルトの戦略に気づきもせず、興奮して捲し立てた。
「十六歳にして初出場の大陸剣術トーナメントを制し、帝国最強の名を手にしたあのジルベスタ・アクセラーダですかっ?」
「そのジルベスタ・アクセラーダだ」
笑顔を崩さず答えたレオンハルトに、アニエルが「なんてこと……」と眩暈を起こしかける。ジーニアスは「おい、しっかりっ」と彼女を支えながらも、慌てふためいていた。
「身元はしっかりしているが、幾分恥ずかしがり屋で、ご両親にはシエル殿本人の気持ちを確かめた後に正式にご挨拶したいと言っていて、別の場所に待たせている。私を信用して一時間だけシエル殿を預けてくれないだろうか。待っている間、この庭園はお二人の貸し切りにしよう。たまには夫婦水入らず、ゆっくりしたらどうだろうか」
そう提案すると、ジーニアスはシエルを見遣った。シエルは明らかに「行きたい」という表情をしている。ジーニアスはしばし悩んだあと、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
親の了解が取れたとあって、レオンハルトは「行こうか」とシエルを連れ出す。シエルはスキップでもしだす勢いでレオンハルトの後に続いた。
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