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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 2話-3
しおりを挟むどれくらいそうしていたのか、ルヴィウスの体内がレオンハルトの魔力で満ちるころ、彼のほうから唇を離した。
ルヴィウスはもっとして欲しくて、離れたそれを無意識に追う。とろり、とした銀月色の瞳は、熱に浮かされたように濡れて揺れている。
ちゅっ、とレオンハルトの唇が落ちてきて「終わり」と言われ、名残惜しく思いながら離れると、彼が何でもないことのように言った。
「必要に駆られてこういうことするのも、あと少しだと思うと、ちょっと寂しい気がするな」
ルヴィウスは、え? と、一つ瞬きをする。説明が足りなかったと気づいたレオンハルトは、可愛い婚約者の髪を耳にかけてやりながら言った。
「いま、魔力操作の練習してるんだ」
「レオはもう出来るよね?」
「他の人とは違う操作だよ。一般的な魔力操作は魔力をどれだけ放出するか、だろ? 日常的に魔道具を使うし、魔法使いもどれくらいの魔力量で術式を展開すればいいかを身につけることは魔法の基本だ。だからみんな、放出量の加減を身につけるために魔力操作を訓練する。ここまではいい?」
うん、とルヴィウスは頷いた。
「俺の場合は、体内で生んでしまう魔力と、外から取り入れた魔力を増幅してしまう能力を操作する訓練をしているんだ。成長したことで魔法が上達して、コントロールが効くかもしれないことに気づいたんだよ。いつまでも枷をつけていたくないしね。出来るようになれば、ルゥに定期的に魔力を吸ってもらわなくても大丈夫になる。もちろん、ルゥには俺の魔力をこれまで通り渡すよ。前みたいに誰にも触れられない生活には戻ってほしくないし。受け渡し方もね、俺がいなくても魔力を渡せるように新しい魔道具の研究をしてて、最近完成したんだ」
レオンハルトは朗らかな表情で語った。ルヴィウスは、彼の説明がうまく呑み込めない。
今まで、唇を触れ合わせ、唾液を混ぜ合わせ、魔力交換の応用で互いの日々の生活を支えてきた。この数年間、会える日はいつも。
ルヴィウスにとってはそれが当たり前で、レオンハルトの温かさを直接感じられる口づけという行為は、彼をいつも幸せにした。なにより、レオンハルトにとって自分は特別で、必要とされるに値するのだと、強く信じられる理由でもある。
頭を殴られたかのような衝撃で、ルヴィウスは動けなくなってしまった。
―――僕はもう、いらないの……? じゃあ、僕はどうしたらいいの……?
ルゥ、と優しく名前を呼んで、レオンハルトが抱きしめてくれる。ルヴィウスは怖くなって、ぎゅっと抱きしめ返した。
この温もりも、与えてもらえなくなるのだろうか。レオンハルトに抱きしめられる温かさや心地よさを知ってしまったルヴィウスに、魔力を融通してもらうだけの関係など耐えられるはずもない。
けれど、レオンハルトに返せるものを持たないルヴィウスに、彼を引き留める術はない。
レオンハルトは魅力的な人だ。ルヴィウスという婚約者がいるにも関わらず、令嬢令息が声を掛けてくる。
この前も、大きな茶会で国一番の美少女と言われる令嬢に声を掛けられていたと、父であるグラヴィスが言っていた。その女性は明らかにレオンハルトに恋慕の情を抱いていた、と。
それを聞いてもルヴィウスは、他人事のように「へぇ」と思う程度で、平気だった。なぜなら、レオンハルトにはルヴィウスを必要とする理由があるからだ。
だが、さっきの話からすると、レオンハルトが自分を必要とする理由がなくなるのではないだろうか。そうしたら彼自身も、誰か別の人のものになってしまうかもしれない。
もし、もういらないと言われたら。
もし、レオンハルトが自分ではない人を求めたら。
ルヴィウスの容姿を、愛らしいと評価してくれる人はいるが、ずば抜けて整っているわけではない。社交的でもなければ、才能に秀でているわけでも、憧れを抱かれるような存在でもない。
自分が持っているものと言えば、公爵家という後ろ盾だけ。何も持たない自分がレオンハルトに求められなくなったら、そこにどんな価値があるのだろう。
「ルゥ、何か不安なことでもある? 大丈夫だよ、何にも心配しないで」
そう言い、レオンハルトは再度、ルヴィウスの唇を塞いだ。きゅっと抱き締められ、逃げられない。
レオンハルトとの口づけは、気持ちがいい。時折、意識が飛んでしまうほどだ。だからこそ、ルヴィウスの頭に今日習ったことがよぎる。
いろいろな種類の口づけ。肌と肌の触れ合い。内側に、彼の熱を受け入れる行為。
もし、口づけの先にある行為に進むとしたら、レオンハルトの指が最初に触れるのはどこだろう。
もし、深く抱き合えたとしたら、レオンハルトは房事の最中にどんなことを囁いてくれるのだろう。
もし、その相手が自分ではなかったとしたら……。
―――僕がいらなくなったら、別の人ともこうするの?
その可能性が過ぎった瞬間、ルヴィウスの頭が、さぁっと冷えていく。
―――どうしよう、怖い。
ルヴィウスがそう感じた時、レオンハルトに、つぅ、と腰を撫でられ、びくっと体が跳ねた。
「いや……っ!」
身をよじって腕から抜け出すと同時に、ルヴィウスはレオンハルトを突き飛ばしていた。
はっ、と気づいた時には、お互いの間に一人分の隙間が出来ていた。
「あ……、ご……ごめ、んなさ、い」
手が、震えていた。何に謝っているのか、分からなかった。
レオンハルトがどんな表情をしているのか確かめるのが怖くて、ルヴィウスは俯いて両手をしっかり握りしめる。
「ルゥ」
いつも通りの、優しい声。だけれども、ルヴィウスの体は、びくり、と震えてしまった。
ふぅ、と、レオンハルトがため息をつく。その瞬間、ざっ、と氷水を浴びせられたような感覚に襲われた。
―――嫌われた? 僕のこと、嫌になったのかな? レオに、嫌われるの? そんなの無理……っ! 耐えられない……っ!
「レオ……っ、僕―――」
顔を上げると、そこにレオンハルトの姿はなかった。代わりに、彼の髪と同じ色の伝言蝶が羽ばたいている。
ルヴィウスはそれを、そっと手のひらに包み込んだ。蝶の羽ばたきが止むのを感じ、手を開く。すると、蝶は美しく煌めいた文字に姿を変え、代わりに、レオンハルトが残した言葉が宙に浮かぶ。
『怖がらせてごめん。ルゥが俺を許せるようになるまで、触らないようにするね』
煌めきながら浮かぶ謝罪と後悔の言葉は、しばらくすると消えてなくなった。
初めて見た黄金の伝言蝶。レオンハルトの新しい術式が施されていたのだろう。僅かな時間そこに存在し、言葉を伝える役目を終えると儚く消える、美しい蝶。
「なんで……っ」
何も無くなった宙を見つめたままのルヴィウスの眦から、涙が零れ落ちる。
どうして、レオンハルトを拒絶してしまったのだろう。彼も自分も、人に触れられないことにずっと傷ついてきたというのに。その苦しみを分かってあげられるのは自分だけなのに、彼をひどく傷つけてしまった。
「レオ……、ごめんね……っ」
形すら残さないレオンハルトの言葉に、ルヴィウスはしばらく涙を止めることが出来なかった。
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