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二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 3話-1 ※
しおりを挟む翌日も、雨だった。
ルヴィウスは朝食も食べずに自室に閉じこもり、ベッドに潜り込んで丸くなっていた。
体調が悪いわけではない。何もしたくないだけだ。できれば、何も考えたくない。だけど、昨日のレオンハルトとのことを思い出しては、後悔がせり上がってきて、泣けてしまう。
昨夜は、ベッドに入ってからずっとそうだった。それがいけなかったのか、今朝は最悪だった。
なかなか眠れなかった所為か、明け方近くにふと意識が遠のいた。そして、夢を見た。レオンハルトと二人きりで過ごす、甘い夢だ。でも、それは甘いだけでは終わらなかった。
夢の中で、レオンハルトが優しく笑ってルヴィウスを抱きしめる。可愛い、と囁いてキスをくれる。
顔中に降るレオンハルトからの口づけに、ルヴィウスはくすぐったくて彼に身を寄せた。
レオンハルトの首に腕を回して、何度も深い口づけを交わす。
そのうち、レオンハルトの手が服の中に滑り込んできた。
胸の頂をいじったり、腰から下へと降りた先を撫でたり。ルヴィウスは、今まで聞いたこともない甘い声をもらす。
なんか、変な感じがする。そう言ったルヴィウスに、レオンハルトは「これは気持ちいいことだよ」と言った。
教え込まされているのだ、と分かった。レオンハルトが触れるところすべてが、気持ちいいところなのだと。感じるたびに、声を出してもいいのだ、と。
レオンハルトに支配されているような感覚に、ルヴィウスの体が悦びで震える。
互いの兆しはじめた熱を布越しにすり合わせると、レオンハルトが甘い吐息をもらした。
―――あぁ、この吐息すら僕のものなんだ。
そう信じられて嬉しかった。吐息すら自分に与えてくれるこの人に、いったい何を差し出せるだろう。
だから一つキスをしたあと、「ほしいものはある?」と聞いた。そうしたらレオンハルトはルヴィウスの背骨を、つぅっ、と下へとなぞり、その先にある閉ざされた蕾を撫でて「ここに俺を入れて」と言った。
そこで、夢から醒めた。
なんて夢を見てしまったのか。恥ずかしさで顔を覆った。
ベッドサイドの時刻を示す魔道具は、まだ起床時刻前を示している。もう眠れないだろう。そう思って仕方なく起き上がった時、下腹部が、ぬらり、とした。
気持ち悪くて、恥ずかしくて、情けなくて、誰にも知られたくなくて、涙を堪えながら浴室へ駆け込んだ。
これが、今朝のことだ。
昨日といい今朝といい、ルヴィウスにはダメージが大きい。
「レオ……」
呟いて、レオンハルトのお下がりのジャケットをぎゅっと抱きしめた。
肌触りのいい絹が織り込まれた、紺色の布地に金のボタンの上品なジャケット。
初めて会ったあの日、噴水に落ちたあと貸してもらったものだ。綺麗に洗ったあと返却を申し出たが、もう着られる大きさではないから、とそのまま貰った。すぐに自分も背が伸びて、次のシーズンには着られなくなっていた。でも、捨てられなかった。なぜなら、個人的にはまだ、何かを贈りあったことがないからだ。
誕生日や式典などのタイミングで、カフスボタンやブローチなどを贈り合うことはあったが、それは王室と公爵家のそれぞれの予算から出ていて、選ぶ際も親に「このあたりでどうか」と聞かれて頷くことしか出来なかったものばかりだ。思い出の物とは、とても言えない。
今度の誕生日、レオンハルトはプレゼントを楽しみにしていて、と言っていた。きっと、個人的な物だ。初めての思い出の品になるはずだ。なのに、彼を拒絶してしまった。
「レオ……、ごめんね……」
謝罪を呟くと、鼻の奥が痛んで、視界が歪んでくる。
出逢ってからずっと、レオンハルトはルヴィウスに、愛おしいとは何かを教え、与えてくれる人だった。
嫌われてしまっただろうか。どうしてあんな態度を取ったのか、自分でもよく分からない。怖いと思ったのは確かだ。それは何に対してだろう。彼自身? いいや、あり得ない。では、知ったばかりの肌を重ねる行為? そうかもしれない。でも、嫌じゃない。怖いけど、嫌なわけじゃない。むしろ、初めてはレオンハルトがいい。
つぅ、と涙が零れたちょうどその時、ドアをノックする音と、侍従の声がした。
「ルヴィウス様、ご昼食をお持ちしました。入ってもよろしいでしょうか」
「いらないっ。ほっといてっ」
八つ当たりだ。すぐに後悔したが、謝罪は出来なかった。采配する立場にあるならば、下の者へ礼は伝えても謝罪は口にするな。アクセラーダ公爵家の決まり事。謝罪するような事態を招く采配はするな、という父の教えだ。
ワゴンの音と侍従の控えめな靴音が遠ざかっていく。
自分の不甲斐なさに、唇を噛み締めて上掛けのシーツを被りなおした。今日は本当に最悪だ。誰の所為でもなく、自分の所為なのだけど。こういうことを自業自得と言うのだろうか。
しばらくすると、またノックの音が響いた。ルヴィウスは、のそり、と起き上がり「はい」と答えた。今度は八つ当たりなどしない。せめて、きちんと受け答えしよう。そう心に決めた。
「ルヴィ、入ってもいいかしら?」
美しくさえずるようなこの声は、姉であるノアールだ。
「姉上……少し待ってください」
そう伝えると、ドアの向こうから「わかったわ」と返答がくる。
ルヴィウスはベッドから降り、皺だらけの服を手早く着替える。きょうだいとはいえ、病人でもないのに情けない身なりは見せたくない。
こげ茶のスラックスに、襟に蔦の刺繍が施されたシャツを選んで着替えると、自らドアを開け、「お待たせしました」とノアールに顔を見せた。
父譲りの銀髪に、母譲りのエメラルドの瞳を持つ美貌の後継者、ノアール・アクセラーダ。ルヴィウスの五つ上の姉であり、公爵家嫡女であり、王太子エドヴァルドの大切な友人。今は王立アカデミーに通っている。専攻は経営学だ。
ふと、ノアールが両手に大切に持っている、蒼いベルベット地に薔薇模様の装飾が施された、宝石箱に目が行った。そのあと、後ろに控えていたメイドに気づく。彼女が押してきたであろうワゴンには、軽食と茶器が乗っている。
「準備してもらったら下がらせるから、入れてくれないかしら?」
そう言われれば追い返すことは出来ない。ノアールをソファへと案内し、メイドが準備を終えるまで待った。役目を終えると、メイドは「失礼いたしました」と下がり、部屋から出ていった。
二人きりになってすぐ、ノアールはそっと、丁寧に、宝石箱をテーブルに置いて言った。
「朝食も昼食も抜いたと聞いたわ。いったいどうしたのかしらね、可愛い弟君は」
それには「申し訳ありません」としか言えない。
「少し食べなさい。体を壊してしまうわよ」
「姉上、今日はお休みなのですか?」
「今日は講義が二つだけなの。と言うか、話を逸らそうとしてもダメよ」
「でも……食べたくない……」
ルヴィウスの頑なな様子に、ノアールは溜息をつく。
「悩みがあるなら聞くわよ? まぁ、十中八九この箱の送り主の所為だと思うけれど」
ノアールは、こつん、と宝石箱を小突いて言った。
「これ、レオから……?」
「そう、第二王子殿下から。今朝、早馬で届いたの。なんだと思う?」
ルヴィウスは「わかりません」と答えた。
窓を打つ雨音が聞こえる。さきほどより強く降り出したようだ。
どうしたらいいのか、分からない。レオンハルトに何と言ったら許してもらえるか、分からない。そもそも、赦しを乞うことは正しいのだろうか。
会いたい、会いたい、会いたい。彼に会いたい。彼の声を聴いて、抱き締めてもらって、いつものように「大丈夫だよ」と言ってもらいたい。
「ねぇ、ルヴィ、殿下と婚約解消する?」
「いっ、嫌ですっ! ぜったいやだっ!」
即座に否定したルヴィウスに、ノアールは満足げに「よかった」と微笑む。
「じゃあ、ひとまず殿下には婚約は継続って伝えておいてもらうわね」
「レオが言ったんですかっ? 解消しようってっ?」
「ルヴィが、王子殿下のことが嫌いならね」
「嫌いなわけありませんっ! 世界で一番好きですっ!」
「ふふっ」ノアールは楽しそうに笑った。「そういうのは本人に伝えてあげて。エディが困ってたわ。弟がこの世の終わりみたいな顔してるって」
「王太子殿下が……、レオのことをそう言ってたんですか?」
ルヴィウスの問いかけにノアールは「そうよ」と答えた。
ノアールは、レオンハルトの兄で王太子のエドヴァルドと仲がいい。それこそ、愛称で呼び合うほど。姉の言葉を信用するのであれば、王太子とは親友だそうだ。
きっとアカデミーで、ノアールとエドヴァルドはレオンハルトとルヴィウスの話をしたのだろう。弟を心配しながらアカデミーから帰ってきたら、レオンハルトからの贈り物だと、宝石箱が届いていた。両親と姉は家族会議をしたに違いない。誰が、元気のない末っ子に声を掛けるべきか。
「ねぇ、ルヴィ。何があったか聞かないけれど、王子殿下は年上の私から見ても立派な方よ。年齢詐称してるんじゃないかってくらいね。だけど、ルヴィと一緒にいるときは年相応に見えることがある。エディが悔しがってたわ。弟があんなに無邪気に笑うのは、ルヴィと一緒にいる時だけだって。愛されてるのね、ルヴィ」
ノアールの言葉に涙が滲んできてしまい、零れる前に手の甲で拭った。そして、心配かけてごめんなさい、と謝る代わりに、小さなサンドイッチを手に取る。無言で頬張るルヴィウスの姿を、ノアールは優しい眼差しで見つめた。
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