31 / 177
二章:狂った龍と逆さの鱗
二章 紡ぎ話-1
しおりを挟む雨季が過ぎ去り、新緑に夏色が混ざり始めた七月十日。アクセラーダ公爵家当主執務室には、グラヴィスとアレンの姿があった。
「無事に受け取れたようだね」
アレンが紅茶のカップをソーサーに戻しながら言った。
レオンハルトが一時的に行方不明になり、王宮が大騒ぎになった数日後、王太子であるエドヴァルドが、レオンハルトの捜索に尽力してもらった礼状と礼品を携え、エーシャルワイドを訪れた。彼は使節団代表として令状や礼品を届けただけでなく、午餐の席で立派に外交をやり遂げた。レオンハルトから預かった手紙をシロウへと手渡すことも忘れず、翌日には凶龍討伐の見返りを受け取り、無事に帰国した。
「まさか宝玉も差し出してくるとは思わなかったな」
グラヴィスが足を組み替えて言った。
「おかげで僕の魔道具が役に立って上手く隠せたよ」
アレンが満足げに笑う。
現在、王家の宝物庫には二つの神の遺物、逆鱗と、龍が右手に持っていた宝玉が納められている。
エーシャルワイド側としては、凶をもたらすものという理由でヴィクトリア王国へ宝玉を押し付けたかのような格好だ。厳重に管理された二つの神物は、レオンハルトの予想通り、魔法省が研究を理由に口を出してくる気配があった。が、そこはヒースクリフが上手く立ち回り、凶龍の他の素材を無償譲渡という餌を撒き、興味を逸らすことに成功している。無論、この先どう出てくるかは未知数だ。
「それにしても、早いものだね。ルヴィも十二歳か」
先週四日に行われたルヴィウスの誕生日パーティーの様子を思い返したのか、アレンは小さく笑った。
今回の誕生日パーティーは、ルヴィウスの社交界デビューでもあり、第二王子の婚約者として披露される初の公の場だった。
王家と公爵家の縁繋ぎとあって、これまでは噂や記事を鵜呑みにしていなかった貴族の間では「実際は今時めずらしい政略結婚では」と噂されていた。
だが、レオンハルトのエスコートを受けながら会場に入場したルヴィウスを見て、噂は一掃されてしまった。市井で人気の恋愛小説は本当だったようだ、と。
「殿下の溺愛っぷりはさすがだったね」
アレンの言い草にグラヴィスは「そうだな」と微苦笑して紅茶を口にした。
「とにかく、鱗が手に入ってよかったよ」
「使うかどうかは、ルヴィに任せたい」
「それはもちろんだよ。嫌がる子に使わせたくないもの。でも、必要な時に無かったら困るでしょう?」
「本当に必要な時が来るのか?」
「来るよ。殿下が成人するまであと五年。十八歳になる頃には必要になるはずだ」
「どう考えても今の二人が離れる選択肢はないと思うがな」
「想いあっているが故に、離れることが必要になるんだよ」
アレンの言葉にグラヴィスは、そんなものだろうか、と懐疑的だ。アレンは困ったように眉根を寄せて微笑む。
「僕も伝え聞いたことしか知らないから、そういうものだと言うしかないけど。でも、彼らはこの世の理から外れる存在だから」
そう言われ、グラヴィスは表情を曇らせた。
「あまり、辛い思いをさせたくない……」
「それは僕も同感だよ。もちろん、レアも。そうそう、レアが君に会いたいって言ってた」
「カトレア様が? はじめて会った時は欠乏症の症状で意識が朦朧としていたから、私にしてみたらほぼ初対面に近いな」
「ははっ、レアってばヴィーに忘れられてる」
「代わりに謝っておいてくれ……。それと、できれば普通に…平時に会いたい、と」
「上手く事が運べば可能だよ。普通に会うこと」
「上手くいけば、だろう?」
「そうなるよう、僕たち大人が力を合わせるんじゃないか。及び腰にならないでよ」
「君とは経験値が違うんだから、無茶を言わないでくれ」
「経験値って言うけど、単純に倍生きてるだけだよ。それに最近、体の変化を感じるんだ。細胞一つずつが目覚めていく感じ? 今では三ヶ月向こうに居るのが精いっぱいだ。そのうち、こっちにずっと居るようになって、君たちと一緒に歳を取っていくことになるんじゃないかな」
「それならそれでいい。君にはずっと助けられてきた。私も、ルヴィも、殿下も」
「そんなに恩義に感じないでよ。僕は受けた恩を返しているようなものだよ。父のエルビスと兄のルーカスは、“ミックス”の僕を受け入れてくれた。もしルヴィが“資格者”でなかったなら、僕は君の代まで秘密を引きずることはなかっただろうに。貧乏くじ引いたね」
「そんなふうに言うな。私はこれで良かった思っている」
「え?」
「君と血が繋がっていることだ。もっと父から学びたかったが、予想より早く逝ってしまったからな。君は私にとって親代わりであり、兄のようでもある。だから、これからもここに来てくれ。向こうに行けなくなったら、公爵家にいてくれればいい」
「ルーウィック領じゃなくて?」
「それはあくまで出自を隠すためだ。君は我がアクセラーダ家の直系じゃないか。しかも母君はエルグランデルの公爵家のご息女。血筋だけを見ればアクセラーダを継ぐことだってできる」
「それは言い過ぎじゃない?」
「考えておいてくれという話だ」
「ノアールがいるのに?」
「ルヴィが“資格者”なんだ。ノアの恋が成就する可能性はゼロじゃない」
グラヴィスの言葉に、アレンは「どこまでも父親だね」と微笑んだ。
二人の間に、互いを慮る静寂が訪れる。
長い間、ただの親類という関係で過ごしてきた。けれど、レオンハルトが誕生し、彼のために神に遣わされたかのようにルヴィウスが生まれ、アレンとグラヴィスは、ただの親類ではいられなくなった。だが、それは彼らに亀裂を生むどころか、救いをもたらした。二人は特殊な状況下にいるが、それでも誰が何と言おうと、家族なのだ。
心地よい静寂を終わらせるように、扉をノックする音が入り込む。グラヴィスが「なんだ」と応答すると、執事が扉を開けることなく「ルーウィック伯爵の馬車のご用意が整いました」と告げてくる。それを聞き、アレンが立ち上がった。
「じゃあ、行くね、ヴィー」
「今年も騎士団の模擬戦を見るのか?」
「そうだよ。辺境伯爵家はそういうお膳立てでもないと陛下たちと会う約束が取れないから」
「我が家に入ってくれればその面倒はなくなるぞ」
「ふふっ、たしかにそうだね」
「しばらくは王都にいるのだろう?」
「もちろん。向こうよりこっちにいることのほうが長くなってきたからね」
「それこそ我が家に入ればあっちこっち行かずにすむぞ」
「すごい勧誘してくるじゃん」
朗らかに笑いうアレンを、グラヴィスは黙って見つめた。本気だと察したアレンは、茶かすことなく答えた。
「あの子たちの幸せを見届けたらね」
「約束だぞ」
念を押すグラヴィスに「わかった」と答えたアレンは、手を振って執務室を後にした。
静かに閉じたドアを見つめ、グラヴィスはこれからのことを思い小さくため息をついた。
32
あなたにおすすめの小説
脳筋剣士と鈍感薬師 ~騎士様、こいつです~
季エス
BL
「ルカーシュは、駄目よ」
その時胸に到来した思いは安堵であり、寂しさでもあった。
ルカーシュは薬師だ。幼馴染と共に、魔王を倒すために村を出た。彼は剣士だった。薬師のルカーシュは足手纏いだった。途中で仲間が増えたが、それでも足手纏いである事に変わりはなかった。そうしてついに、追い出される日が来たのだ。
ルカーシュはそっと、瞼を伏せた。
明日、明日になったら、笑おう。そして、礼と別れを言うのだ。
だから、今だけは、泣いてもいいかな。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
【完結】塩対応の同室騎士は言葉が足らない
ゆうきぼし/優輝星
BL
騎士団養成の寄宿学校に通うアルベルトは幼いころのトラウマで閉所恐怖症の発作を抱えていた。やっと広い二人部屋に移動になるが同室のサミュエルは塩対応だった。実はサミュエルは継承争いで義母から命を狙われていたのだ。サミュエルは無口で無表情だがアルベルトの優しさにふれ少しづつ二人に変化が訪れる。
元のあらすじは塩彼氏アンソロ(2022年8月)寄稿作品です。公開終了後、大幅改稿+書き下ろし。
無口俺様攻め×美形世話好き
*マークがついた回には性的描写が含まれます。表紙はpome村さま
他サイトも転載してます。
吸血鬼公爵の籠の鳥
江多之折(エタノール)
BL
両親を早くに失い、身内に食い潰されるように支配され続けた半生。何度も死にかけ、何度も自尊心は踏みにじられた。こんな人生なら、もういらない。そう思って最後に「悪い子」になってみようと母に何度も言い聞かされた「夜に外を出歩いてはいけない」約束を破ってみることにしたレナードは、吸血鬼と遭遇する。
血を吸い殺されるところだったが、レナードには特殊な事情があり殺されることはなく…気が付けば熱心に看病され、囲われていた。
吸血鬼公爵×薄幸侯爵の溺愛もの。小説家になろうから改行を増やしまくって掲載し直したもの。
亡国の王弟は女好きの騎士に溺愛される
コムギ
BL
アラバンド国の王弟ルカーシュは、騎士のシモンによって地下牢から救い出された。
その時、肌に触れたシモンに、やけどのような怪我を負わせてしまう。
ルカーシュは北の魔女の末裔であり、魔力を持っていた。
魔力を持たない者に触れると、怪我をさせてしまうという。
騎士団長からの命令で、シモンはルカーシュの護衛につくことになった。
※他サイトにも掲載しています。
祖国に棄てられた少年は賢者に愛される
結衣可
BL
祖国に棄てられた少年――ユリアン。
彼は王家の反逆を疑われ、追放された身だと信じていた。
その真実は、前王の庶子。王位継承権を持ち、権力争いの渦中で邪魔者として葬られようとしていたのだった。
絶望の中、彼を救ったのは、森に隠棲する冷徹な賢者ヴァルター。
誰も寄せつけない彼が、なぜかユリアンを庇護し、結界に守られた森の家で共に過ごすことになるが、王都の陰謀は止まらず、幾度も追っ手が迫る。
棄てられた少年と、孤独な賢者。
陰謀に覆われた王国の中で二人が選ぶ道は――。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる