【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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二章:狂った龍と逆さの鱗

二章 紡ぎ話ー2

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 鋼がぶつかり合う音が聞こえる。五層の円環を描く王宮の二層目、正門に向かって右側の区画にある騎士団専用の円型訓練場では、トーナメント形式で若手騎士の模擬戦が行われていた。

 この国の防衛を担う騎士団は、全部で五つの組織で成り立っている。
 国王と王妃を警護する近衛。王太子の警護を主とする第一、レオンハルト専属の第二、王宮内の警備を任されている王宮騎士団とも呼ばれる第三。そして、市井の警邏隊と王都の安全を守る王都隊。
 これらの隊に所属するためには、毎年三月末までに訓練生として見習い騎士の登録を行い、七月に行われる模擬戦で、実力を披露する必要がある。
 勝ち上がるのはもちろんだが、高位の者の目に留まれば血筋に関係なく五つある組織のどこかに登用されるか、貴族家の護衛騎士として身を立てることも出来る。
 とにかく、貴族家の後継者でないものや平民にとっては、人生を栄転させるまたとない機会だ。

「久しぶりだな、アレン」

 ヒースクリフが訓練場に目を向けたまま、隣に立つアレンに声を掛けた。その声音には、国王としてではなく、父としての感情が滲んでいる。ヒースクリフの隣の席に座っているイーリスも、聴覚だけをこちらに向けているようだ。

「はい、陛下。此度もご招待ありがとうございます」
「レオンの討伐の話は聞いたか?」
「えぇ、無茶をされたようですが、ご無事でなによりです」
「あの子は自分の力を過信している。私たちが知らないだけで、今までも魔の森で危険を冒してきたかもしれない。どうにか出来ないのか」
「殿下の魔力が強すぎて、我々でも追従は難しいかと」
 ヒースクリフは一つため息をついた。
「エルグランデルの魔法使いたちでも無理なら、ヴィクトリア王国の魔法使いにはもっと無理だな」
「王たる故の才能です。殿下は屠る側の存在ですので、あまりご心配されませんよう」
「その言い方は気に入らない」

 ヒースクリフは鋭い視線でアレンを射抜いた。

「あの子が何者であろうと、レオンは私の愛する息子だ」
「失礼いたしました。失言をお許しください」

 頭を下げたアレンに、ヒースクリフは脚を組み替えて「いい、許そう」と答えた。

「アレン」今度はイーリスが声を掛けてくる。「例の鱗ですが、宝物庫に結界を張って保管してあります。グラヴィスに聞いていますね?」
「はい、聞いております」
「レオンが、使い道は分かるが、使い方が分からないと言っていました。貴方はどうすればいいか、知っていますか?」
「その時が来れば、“王”と“資格者”―――殿下とルヴィが知ることになるでしょう。我々も鱗が必要なこと以外の記録を持っていません」
 期待した答えを得られなかったイーリスは「そう」と少し俯いた。

 それからしばらく、三人は言葉を交わすことなく、訓練場で繰り広げられる若手騎士たちの熱意ある戦いを見つめた。

 トーナメントも残すところあと三戦。試合場に、これから勝負に臨む騎士たちが姿を見せる。現れたのは八名。ここで勝ち残れば次は準決勝だ。

「そう言えば」ヒースクリフが思い出したかのように呟いた。「どこかの男爵家の長男が有望株だという話を聞いたが…」
「ダリウス・アンヘリウムのことでしょうか」
 アレンが社交界の噂の一つから、ヒースクリフの呟きを補足する。
「ダリウス・アンヘリウム……、最近も聞いたような気がするな」
 ヒースクリフは考え込む。アレンは少し眉根を寄せて、苦い表情をした。
「ダリウス・アンヘリウムは先日、狩の最中に落馬しております」
 言葉を選ぶようなアレンに、ヒースクリフはきゅっと右の拳を握り「そうか」と静かに返した。そして、数日前に補佐官から聞かされた報告を思い出す。

 毎朝、ヒースクリフは執務室で国内の動向を補佐官に報告させている。その際、貴族の訃報も知らされる。数日前に聞いた訃報の中に、十七歳になる男爵家子息の名があった。それが、ダリウス・アンヘリウムだ。

「王都まで噂が広がるくらいの実力であれば、この目で確かめたかったものだな」
 独り言のように呟いたヒースクリフに、イーリスは「えぇ、そうですね」と小さく相槌を打った。

 試合の場に並んだ八名が、ここまでの健闘を讃え合っている。
 準々決勝までくれば、五つある騎士団のいずれかに所属、または貴族家に声を掛けられることは決定したのも同然。その所為か、少し緊張感が緩んでいるようにも見えた。だが一人だけ、静かな闘志を瞳に湛える騎士がいた。

 赤茶の髪に濃緑の瞳、切れ長の目に筋の通った鼻、薄い唇。まだ幼さを残した顔立ちをしているが、これから鍛えて背が伸びれば、絵に描いたような騎士に成長するだろう。

 アレンは赤茶髪のその騎士に目を奪われた。理屈ではない。全身で惹かれているのが分かる。自分の中に引き継がれた祖先の血が騒いでいる。

「恐れながら、陛下……」

 アレンは視線を騎士に縫い留めたまま、ヒースクリフに声を掛けた。
 ヒースクリフがアレンを見上げると、彼は歓喜に震えた瞳で訓練場を見つめていた。

「アレン、気になる騎士がいるのか?」
「はい、あの赤茶の髪と濃緑の瞳をした子です」

 長い付き合いだが、こんなにも我を忘れたかのような表情をするアレンは初めてだ。
 ヒースクリフはふっと笑い、「少し待て」と離れたところに待機していた護衛騎士を呼ぶ。ヒースクリフ専属の護衛騎士はすぐに傍へと侍り、片膝をついた。

「あの赤茶の髪の若手騎士、名は?」
「はっ、名はガイル。歳は十二。商人だった両親が事故で亡くなり、妹を孤児院に預けて訓練生として入隊いたしました。実力は確かで今回の優勝候補です」
「近衛が目をつけている騎士か。興味深い。下がっていいぞ」

 騎士は、こくり、と頷き、無駄のない動きで元居た場所へ戻っていった。

 ヒースクリフとイーリスがアレンの様子を伺うと、彼の瞳孔は縦長に開き、口元は三日月を描くように笑っている。

「アレン、そんなに気になるの?」

 イーリスが声を掛けると、アレンはガイルという名の若手騎士から視線を外すことなく、予想外の答えを独り言のように呟く。

「見つけた、僕のつがい

 イーリスもヒースクリフも、驚いて目を丸くする。

 魔の森の向こうにある北の国、エルグランデル皇国のとある公爵家の流れをくむ者は、自らの伴侶をつがいと呼び、その個体を判別することがあるらしい、とは聞いていた。まさか、アレンの番がこんなところで見つかるとは。

 イーリスは、ふふっ、と笑い、アレンに手を貸してやることにする。

「クリフ、」イーリスがヒースクリフを呼ぶ。「ガイルを近衛で引き取りましょう」
「そうだな。まだ十二だ。我々の傍に置いてしばらく保護し、レオンの側近候補にしよう。そうすれば貴族家や他の騎士団から横やりを入れられることもない。それでいいか、アレン」

 ヒースクリフの申し出に、アレンは深々と頭を下げた。

「お気遣いありがとうございます、陛下。いずれ時が来ましたら、自ら迎えに参ります」

 ヒースクリフが「そうしてくれ」と苦笑いする。これはあの騎士、逃げられないな。そんな予感がした。

 アレンが姿勢を元に戻し、訓練場に目を向けた時、十二歳の少年騎士は、自分より年上の大きな騎士の首元に剣を突き付けていた。

「そこまで! 優勝者はガイル!」

 勝者が決まり、歓声が沸く。訓練場の中心で模擬剣を高らかに上げて笑う少年は、自分の未来があずかり知らぬところで決まったことに、気づくはずもなかった。
 
 
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