【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏

三章 一幕 1話-1

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 赤紅あかくれないの季節が冬の気配に包み込まれる十二月一日。氷が張るような気温ではないが、朝方は吐く息が白い。ベッドから抜け出ることが億劫になる季節だ。人肌が恋しい、と表現した最初の人物は誰だっただろうか。

 月日が過ぎ去るのは早いもので、レオンハルトが隣国のエーシャルワイドで凶龍を討伐してから三年が経った。

 レオンハルトはさらに美しく成長し、身長が伸びたことで大人っぽくなったばかりか、手足はバランス良く長くなり、顔立ちには色香が加わった。
 兄のエドヴァルドが絵に描いたような王子様なら、レオンハルトは物語に出てくる騎士のようだと言われている。
 そのような視線を向けられていると、当然、二つ名もつく。
 魔法使いでありながら剣を扱うこと、そして、魔物の討伐などで漆黒の騎士服を着ることに由来して、レオンハルトは『漆黒の魔剣士』などと呼ばれている。それを始めて聞いた時、彼は眉間に深い皺を作った。

 また、今までレオンハルトの才能を濁してきた王家が、はっきりと『大陸一の魔法使いであり、騎士である』と公表したことも相まって、王国史上2人目の魔剣士の誕生だと、世間は沸いた。それに伴い、レオンハルトの前の魔剣士―――つまり、王国史上初の魔剣士ニルス・シュナイダーの物語を綴った書籍や、彼と彼の主でもあった王女をモデルにした恋物語が、再び脚光を浴びているらしい。
 とにかく、そういう周りのレオンハルトへの評価もあって、最近は、以前にも増して令嬢令息の視線が煩い。


 変化があったのは、レオンハルトだけではない。ルヴィウスもまた、愛らしさはそのままに、甘く艶っぽい雰囲気を纏う、可憐だがどこか凛とした少年に成長している。
 社交界には彼を見守るサロン『銀月会』なるものがあるらしく、そこでは『庇護欲はそそられるものの、どちらかというと跪きたい』という者が多いとか。
 その噂を聞いた時、レオンハルトは頭が痛くなる想いがした。

 このように耳目を集める存在として成長した二人には、公私ともにいろいろと制約が付き纏う。レオンハルトはそれを見越して、ルヴィウスの十二歳の誕生日に魔道具のバングルを贈った。
 頻繁に魔力交換をする必要がなくなった二人は、徐々に会う回数を減らしてきた。
 二日に一度を三日に一度に。三日に一度を四日に一度に。現在は、だいたい十日に一度のペースで会っている。そして、二週間に一度は王宮の青薔薇園で婚約者としての交流茶会。これは公式的なものとみなされ、記録が残る。

 子どもの頃を想えば不自由な環境になったとは言え、会えない日はお揃いのバングルに組み込まれた通信魔法で、他愛もない話をし、言葉を交わした。忙しくても、眠る前の数十分の会話が、二人には繋がっていることを確かめる大事な時間だ。

 十二月に入ったばかりの今日は、交流茶会の日。レオンハルトは青薔薇園でルヴィウスを待ちながら、魔道具で周囲を温めたガゼボの椅子に座り、読みかけの本のページをめくる。
 とは言っても、目は文字を追っていないし、内容は頭に入ってこない。

「殿下、その本、読んでます?」

 呆れた口調でそう言うのは、ハロルド・レーベンドルフ。レーベンドルフ伯爵家次男で、イーリスが連れてきたレオンハルトと同い年の側近だ。
 ブラウンの瞳に、はしばみ色の長めの髪を、いつも後ろで一つにまとめている。
 魔道具設計と魔方陣に刻む数理学を得意としているが、自他ともに認める平凡顔の変わり者。伯爵家で厄介者扱いされていたこともあり、現在は藍玉宮の側近用に用意された部屋に住んでいる。また、時折レオンハルトに睨まれていることも付け加えておきたい。主に、ルヴィウス案件で。

「ハロルド、分かっていても黙っているのが側近の心得だと、何度言ったら分かるんだ。気を利かせろ」

 ハロルドに注意を促したのは、ガイルだ。平民出身のため、家名はない。赤茶の髪に濃緑の瞳、ルヴィウスと同い年だが、レオンハルトより頭一つ分、背が高い。
 顔立ちが整っており、“騎士枠”ではレオンハルトと人気を二分している。ヒースクリフとイーリスに実力を買われて引き抜かれ、王国騎士団近衛隊所属の若手騎士となり、今はレオンハルトの護衛騎士を兼任している。寝泊まりは藍玉宮ではなく、騎士団寮だ。
 多くを語らないガイルだが、その身の上は幸せとは言い難い。
 両親はすでに他界し、食べていくためにも唯一の肉親である六つ離れた妹を孤児院に預け、自らは平民の身ながら衣食住が約束されている騎士団へ飛び込んだという。

「お前たちは思っていたより仲がいいな」

 レオンハルトがそう言うと、ハロルドとガイルは目を丸くする。

「いやいやいや、どこを見てそう思ったんですっ?」
 ハロルドが右手を振りながら慌てた。
「悪いとは言いませんが、良くもないと思いますが……」
 困惑の表情でそう言ったのは、ガイルだ。
 レオンハルトはそんな二人に「そういうところだよ」と眉尻を下げて笑みを浮かべた。

 歳の近い二人の側近。彼らは、レオンハルトに相談もなく決められ、ある日突然押し付けられた。初日こそ苛立ってはいたものの、ハロルドの遠慮のない態度や物言い、損得なく騎士としての職務を全うしようとする真面目なガイルを、レオンハルトは気に入っている。

 レオンハルトは再び、読みかけの本のページをめくった。しかし、蒼い瞳が文字を追うことはない。彼は視線だけを開いたページに落とし、先日の禁書庫に関する出来事に思考を巡らせた。
 
 
 それは、三日前の朝方のことだった。
 レオンハルトは、いつもより早い時間に目が覚めた。魔道具の時計で時刻を確かめ、ベッドの上に起き上があり、しばらく物思いにふけった。

 何か、夢を見ていた気がする。そして何故か、誰かに呼ばれたような感覚が、耳の奥に残っている。

「行かないと……」

 無意識に、そう呟いていた。そして気が付いたら、禁書庫で一冊の禁書を手にしていた。
 それは、この三年、一度も姿を現さなかった、凶龍討伐の時に出現した予言書のような禁書。そこには、こう書かれていた。

 ~~~~~~~~~~

 お前の前に現れた凶龍は、前回と違う形だっただろうか。
 そうであったのなら、叡智はすでにこの世界に呼ばれ、時が経てば闇が現れる。

 彼らは大いなる存在と物語に呼ばれ、管理者と筥を次の段階へと引き上げために存在している。

 はこを守れ。安全に、かつ、確実に、理の外へ出られるように。

 油断すれば足元をすくわれ、またやり直しをしなくてはならない。
 もし筥が戻らなければ、お前も永久に眠るといい。
 けれど、私たちはお前を信じている。
 私たちは魂の一部を切り取り、欠片を媒介にして答えを輪廻に埋め込んだ。
 きっと、お前の助けになるはずだ。

 お前は私を継ぐ者であり、私の愛し子。
 お前が約束を忘れていようとも、私たちはお前を待っている。

 ~~~~~~~~~~

 レオンハルトが討伐した凶龍は、双頭だった。前回―――つまり、三百年前の出現時は尾が二股。その形状が違うことは明らかだ。

 もし禁書が予言書のような役割をしているのなら、叡智なる者はもうこの世界にいるということになる。

 気になるのは『闇が現れる』という不穏な一文。そして『理の外』という言葉。

 理とは、この世界の秩序を保つため、神が定め、世界を循環させる力のようなものだ。その外へ、とはどういうことなのか。どれもこれも曖昧で、見当もつかない。

 ともかく、妙な禁書はこれで三冊目。その表紙には『四番目』と刻まれていた。
 そして、以前立てた仮説は、間違っていないことが証明された。
 禁書庫から戻ったレオンハルトの魔力量が、増えていたのだ。それも、体内で生成する魔力量が、だ。

 禁書庫で培ってきた知識のおかげで、魔力をコントロールすることに苦労することはなく、余剰分はバングルを通してルヴィウスが受け取り無効化してくれるため、いまのところ早急に対応が必要になる問題は起きていない。
 だが、何か異変が起きるようなら、対処を考えなければならないだろう。その場合、役に立つのはやはり禁書庫だ。

 この三年、レオンハルトは数えきれないほど禁書庫に通った。けれど、世界は広く、多くの知識が溢れている。おかげで、訪れるたびに、新しい発見がある。
 例えば、古代語や神聖文字より古く、読むことが出来ないと思われていた言語が、竜語だという新事実。
 竜の言葉を読んだり話したりするためには、古代竜に匹敵する魔力量が必要らしい。それを知った時のレオンハルトの落胆と言ったら、例えようもない。
 古代竜レベルと言ったら、神に等しい。人の身に宿すには、大きすぎる魔力量だ。さすがに、レオンハルトも諦めざるを得なかった。

 禁書庫のことに思考が流されていたレオンハルトは、意識を切り替えるために、一つ息をついた。
 そして、読書に集中できないもう一つの理由に、思いを馳せる。
 レオンハルトが集中を欠く二つ目の理由。それは、ルヴィウスの行動だ。

 今年の六月、ルヴィウスは十五歳になった。そのタイミングで二人は話し合い「上は触ってもいいことにしよう」と決め、キス以上の行為を解禁した。

 王子様だろうが、庇護欲そそる公爵令息だろうが、健全な男子である。二人は話し合い以降、互いの肌を触れ合わせる秘密の逢瀬を重ねてきた。

 その行為に少しの変化があったのは、レオンハルトが十六歳になった先々月、十月の半ば頃だ。

 昔から無垢ゆえの積極的な面があったルヴィウスだが、経験値を得て強請るのが上手くなってきている。
 先日会った時など「もうダメだ、終わりだ」と言うレオンハルトに対し、ルヴィウスは、あの桃のような可愛らしい唇を尖らせて「いいもん、夢の中のレオにしてもらうもん」と愛らしく拗ねた。

 ―――待てまて、夢の中の俺はルゥに何をどこまでしているんだ。

 こういうことは、自分がリードするものだと思い込んでいたレオンハルトは、小悪魔な一面を持つルヴィウスに翻弄されっぱなしだ。
 
 もうこの際、我慢するのはやめて次の段階に進んでしまおうか……。

 いや、それはダメだろう。
 レオンハルトはまた溜息をつき、本を閉じてテーブルの上に置いた。
 
 
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