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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 2話-4
しおりを挟む広い部屋に一人残されたルヴィウスは、レオンハルトが出て行った扉をしばらく見つめ、溜息をついたあと、ソファに座りなおした。そのうち、誰もいないことに気が抜けて、行儀が悪いとは思いつつ、寝ころぶ。
窓の外では、常春の庭で小鳥が囀っている。到着直後の嵐のような出来事が遠い過去のようだ。
ルヴィウスは目を閉じて、今日を振り返ってみる。
自分は、レオンハルトの役に立てているだろうか。失敗はしていないだろうか。彼の婚約者として、毅然とした対応が出来ていただろうか。
どの疑問にも、誰も答えてはくれない。なにより、正解が分からなくて自分に自信が持てない。
ルヴィウスはこの訪問で、なるべく愛想よく接することに努めている。出立前、外交官らに、今回の役目はレオンハルトの隣で微笑み、花を添えること、と言われたからだ。
それがどう役立つのか分からないが、与えられた役目を全うすることが臣下の務め。しかし、聖女だと言っていた百々華へは、微笑んで黙っていることなんて出来なかった。
あんなふうにあからさまにレオンハルトに触れる人など、今まで一人もいなかった。これが嫉妬というものだろうか。レオンハルトの様子を見る限り、彼女に靡くとは思えないが、それとは別に、彼に勝手に触れられたことに苛立ちを覚えた。
―――僕だけのレオなのに……
そんなことを思うのは浅ましいだろうか。
レオンハルトが好きだ。彼がいなければ、自分の世界はずっと灰色だっただろう。外に出て誰かと話す機会もなかったかもしれない。誰かを好きになることも、それがいずれ愛になるだろう予感がすることもなかったはずだ。
きゅっ、と体を丸めて、溢れそうな嫌な気持ちを封じ込めようとした時、扉をノックする音がした。
「ルヴィウス様、アルフレドです」
その声にルヴィウスは勢いよく起き上がった。
「は、はいっ、今いきますっ」
慌てて扉へと走り寄り、取っ手に手を掛けて引いた。
レオンハルトが室内に掛けた結界が、ルヴィウスの右手首のバングルを通し、アルフレドを許可するのを感じる。それだけで、レオンハルトがアルフレドを寄こしてくれたのだと言うことを知った。
室内に招き入れられたアルフレドは、にこり、と人好きのする笑顔を浮かべる。
「殿下から、ルヴィウス様を大聖堂に案内してほしいと言いつかりました。お疲れでなければ、私にご案内させてください」
「はい、お願いします。あの、お忙しいのにお手数おかけします」
「いいえ、むしろ光栄です。殿下に第一騎士団から一人つけてほしいと言付かった時は、誰が拝命するか揉めまして、場を収めるため私が参りました」
「え、どうしてそんなことに……」
目を瞬かせるルヴィウスに、アルフレドは苦笑した。
「ルヴィウス様はご自分の評価が低いようですね。殿下の目がないところで、堂々と愛らしいルヴィウス様のお相手ができるのです。我こそはと手を上げる者ばかりですよ」
アルフレドの言葉に気恥ずかしくなったルヴィウスは、「そうでしょうか」と頬を赤らめて俯く。
「お昼寝の最中でしたか?」
そう言い、アルフレドがルヴィウスの髪を撫でた。寝ぐせがついていたのだと気づかされたルヴィウスは、さらに顔を赤らめた。
「お支度をお手伝いしても?」
こく、こく、と二度頷くルヴィウスの手を取ったアルフレドは、その小さな手を引いて鏡台の前に彼を座らせる。
少し乱れていたところをブラシで丁寧に梳き整えると、「お着替えされますか?」と聞いた。
どうしたものか、と考え込んだルヴィウスに、アルフレドは自身が持ってきたフード付きのロングケープを見せる。
「ルヴィウス様は目立ちますから、平民と思われるようその恰好のまま、上からこちらを被りましょう」
綺麗な淡い水色のケープだ。貴族が街に出かける際、市井の人と同じような恰好をすることはある。そして、貴族、平民に関わらず、顔を隠したい人はフード付きのロングケープを被る。暗黙のルールとして、そのような恰好をした人には必要のない声掛けをしないこと、とされている。エスタシオにも似たような風習があるようだ。
ルヴィウスはありがたくケープを借り、アルフレドと共に部屋を出た。
瞬間、右手首のバングルが少し暖かくなる。どうやらレオンハルトが探索魔法の範囲を絞ったようだ。過保護すぎる婚約者の対応に、ルヴィウスは人知れず笑みを浮かべた。
迎賓館を西口から出ると、この国のシンボルとも言える、ルラ・サンジニオ・ノラテ大聖堂が姿を現す。
巨大なドーム型の大聖堂のファサードには、エスタシオが誇る偉大な宗教彫刻家ルベーニが手掛けた、経典から着想を得たという彫刻が施されており、宗教美術の神髄を集めたかのような壮麗さが目を惹く。
ファサードを支えるコリント式円柱は、繊細な彫刻と装飾が特徴的だ。
聖堂の正面広場は楕円形の形をしており、大聖堂の荘厳さを引き立てられるよう設計がされているという。
中央には泉の中に立つオベリスク、周囲には聖人像が十一体並べられている。どれもみごとな彫刻だった。
エスタシオはこの大聖堂だけでなく、中央都市エミリオールをはじめ、各都市に宗教的建造物とその景観を損なわない街づくりがされている。
聖騎士らの働きもあり、どの街も比較的治安が良いため、ヴィクトリア王国やエーシャルワイドから観光客が訪れることで有名だ。
特にこのルラ・サンジニオ・ノラテ大聖堂は、建築技術とステンドグラスに歴史的価値があり、一七〇年前の和平協定締結後、幾度も王国の技術者たちがその技術を学ぶために派遣されている。
ルヴィウスは時間を忘れて大聖堂の外観に見惚れていた。が、時刻を知らせるためなのか、鐘が鳴り響き、荘厳な芸術と神聖さに意識を持っていかれていたルヴィウスは我に返った。
傍でじっと待っていてくれたアルフレドに「お待たせしました」と恥ずかしそうに苦笑する。
「いえ、お気になさらず。我が国が誇る大聖堂に見惚れていただけたのなら嬉しい限りです。さぁ、中へ参りましょう」
アルフレドに手を差し伸べられたルヴィウスは、「はい」とその手を取った。
大理石の階段を上がり、蔦や華を模した彫刻が施された重厚な扉から入ると、大聖堂の中は宗教美術を凝縮した美しさに彩られていた。
宗教画を模した大きなステンドグラスはもちろんのこと、柱の一つひとつに施された芸術的彫刻に目を奪われる。
中でも、大天蓋の壮麗さには圧倒された。
ねじれた柱に躍動感あふれる天使の彫像、祈りを捧げるための長椅子にも細かな彫刻で装飾が施されており、中央にはベルベットの敷布。
正面には神教の神リシウスが穏やかな微笑みを浮かべて鎮座し、右奥にはリシウスの母であり聖母と言われるリーリア像がある。
どちらも大理石による滑らかな肌の質感と繊細な表情が、息を飲むほどに美しい。
聖堂内ではキャンドルのほのかな明かりと、その雰囲気を損なわない程度の魔道具の照明が配置され、夕刻前のミサが行われていた。
三〇〇名が座れる席数の半分が埋まる程度の信徒が参列しており、ほんのり甘い香の匂いが漂う。
ミサも終盤のようで、祭壇に近いところで経典を読む神官の声が、厳かに大聖堂に響いていた。
「わたしの命令を護るのが、わたしの友である。わたしがあなた方を愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。愛は忍耐強く、愛は情け深く、愛は妬みません。また、愛は誇らず、高ぶりもしません。愛は総ての律法の総括です。―――経典にはこのように記されています。ここで言う愛とは、単なる感情を超えたものです。神と人、そして人々同士の間に存在する深い絆であり、行動を伴うものです。愛は互いのために尽くし、赦し、奉仕することを意味します。貧しい人々を助け、病人を看病し、孤独な人を慰め、迫害される人々を擁護することも、愛なのです。では皆さま、最後に祈りを捧げましょう」
神官の言葉に、ミサに参列している人々が手を組んで祈りを捧げる。隣のアルフレドが膝をつき祈りを捧げているのを見て、ルヴィウスも同じように祈った。
教えられずとも、そうすることが自然だと感じた。神の前では、家柄や階級など意味をなさない。そんな気がした。
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