【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏

三章 一幕 2話-5

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 また鐘が一つ、鳴った。しばらくすると、聖堂内がざわめき出す。ミサが終了したのだ。

「お手をどうぞ」

 アルフレドに手を差し出され、ルヴィウスはその手を取って立ち上がる。

「もう少し近くでご覧になりますか?」

 その問いかけには、首を横に振った。神様に近づきたいわけではないからだ。

「では、そこに座りましょう。もう少しここに居たいのでしょう?」

 その問いかけに、ルヴィウスは頷いた。
 アルフレドは人の機微に敏いようだ。こちらの要望をすぐに捉えてくれる。
 彼はレオンハルトより一〇cmほど背が高く、容姿も整っている。ミサを終えた信徒たちの様子を見れば、アルフレドがいかに人目を惹く人物かよく分かった。

 聖堂の一番後ろの椅子の隅に二人で腰かけると、ルヴィウスは呟くように言った。

「アルフレド様は、すごくモテそうですね」
「唐突ですね」
「なんか、すごい視線を感じるので……。僕一人だったらこんなに視線を集めたりしないなって」
「ルヴィウス様、一人称は“僕”なんですね」
「あ……」しまった、と口を押えたが、もう遅い。
「かまいません。むしろ気楽にしてもらえたら嬉しいです。ところで、一つお伺いしたいのですが」
「はい、なんでしょうか」
「ルヴィウス様と第二王子殿下は政略的なご婚約でしょうか」
「えぇっと……、そうかもしれませんが、なんと言うか……」
「お気持ちが通じ合っていらっしゃるのですね」
「はい……、レオが僕の伴侶でよかったと思っています」
「そうですか。久しぶりに可愛らしい子に会えたと思ったのですが、これは難しそうですね」
「えっ、それは、その、どういう意味で……」
「お気持ちがなさそうなら、いっそのこと口説き落とそうかと思ったのですが、やめておきますね」
「冗談……ですよね……?」
「ふふっ、えぇ、冗談です。これでも既婚者ですから」
「ご結婚されているのですかっ?」
「えぇ、年上の伴侶がいます。彼の立場上公表はしていませんが、秘密というわけではありません」
「どんなお方かお聞きしても……?」
「そうですね……、何度生まれ変わろうとも、何度でも出会い、恋に堕ちたいと思うような人です。それから、少しだけルヴィウス様に似ています」
「どんなところが似てますか……?」
「可愛らしいところですよ。だから、あなたを可愛らしいと思ったのは本当です」
「そ……、そう、ですか……」
「こんなに可愛らしい方が、剣を握ると人が変わるとお聞きしました。そういうギャップも大きな魅力なのでしょうね」
「そんなことは……、僕の剣術は実践経験のない趣味みたいなものですし……」
「そうやって顔を赤らめて可愛い顔をするから、変な虫に寄って来られるんでしょう。王子殿下も気が気じゃないでしょうね」
「そんなことないと思いますけど……」
「なるほど、無自覚でいらっしゃる。これは殿下もご苦労されることでしょう」

 アルフレドから投げかけられる言葉の数々に、ルヴィウスは恥ずかしくなってしまった。
 会話が途切れたちょうどその時、二人に近づく者の気配がして、アルフレドがルヴィウスを隠すように体の位置をずらした。

「マイスナー卿、少しだけお時間よろしいでしょうか。聖下の件でご相談が」

 遠慮がちに話しかけてきたのは、ミサを担当していた者とは別の神官だ。教皇の件と言われては、無碍にもできまい。

「今は警護中だ。後ほど時間を作るから―――」
「アルフレド様」ルヴィウスがアルフレドの腕にそっと手を置いた。「ここにいますから、お話されてきてください」
「しかし……」
「大丈夫です。レオが保護魔法を掛けてくれていますから」

 それでも悩んだアルフレドは、帯剣していた剣を鞘に収まった状態で外し、躊躇いもなくルヴィウスに持たせた。それを見た神官が驚愕の表情を浮かべる。

「ルヴィウス様、こちらは聖剣です」
「え……」
「私は聖剣の主です。私が私の意志で聖剣を渡した者を、聖剣は代理人として認め、守護します。見える範囲に居ていただくのはもちろんですが、念のため、この剣でも護らせてください」
「あ、りがとう、ございます……」

 ルヴィウスは礼を言い、ずしり、と重い剣を両手に抱える。

 アルフレドと神官は数メートル先に移動して、話を始めた。
 ルヴィウスは預けられた聖剣が気になり、鞘を撫でてみる。

 唐草の彫と黄金の縁取りが美しい象牙色の鞘だ。柄にはめ込まれている深紅の宝石は魔石だろうか。
 この世の邪悪を切り裂く聖剣。主を選び、持ち主と認められた者だけが剣を抜くことが出来ると言う伝説の剣。
 実在することは知っていたが、こんなところでお目に掛かれるとは思わなかった。それに、アルフレドが持ち主なら納得だ。教皇の名代を務められる人物であり、第一聖騎士団の団長を務めていることに加え、人柄も神聖力も申し分ない。

 聖剣に見惚れていると、不意に、ルヴィウスの周囲に風が纏わりついた。目深に被っていたフードが、ぱさり、と取れてしまう。
 明らかに、風の魔法だった。悪意がないと判断したのか、バングルの反射魔法は発動しなかったようだ。

「こんなところで何してんの、あんた」

 予期せず背後から声を掛けられ、驚いたルヴィウスは、がたん、と音を立てて立ち上がり振り返る。

 百々華だ。いつの間に近くに来ていたのだろう。しかも、迎賓館で会った時とは、どこか雰囲気が違う。
 鋭い視線、氷のような無表情、纏っている威圧感。背中が粟立って、本能が“逃げろ”と言っている。

 ―――怖い……

 ルヴィウスは無意識に聖剣を握りしめた。
 百々華はルヴィウスが何を持っているかに目ざとく気づくと、分かりやすく表情を歪めた。

「それ、聖剣でしょ。なんであんたが持ってんの?」
「アルフレド様から、お預かりしました」

 声が震えないよう、腹に力を込め、はっきりと答える。だが、背筋の寒気が治まらない。ルヴィウスに向けられるあからさまな見えない刃に、足が震えた。

「アルがあんたに預けたって言うの? まさか、聖剣の代理人とか言われたわけじゃないでしょうね」

 言われた。とは、言えなかった。百々華の表情が、まるで邪悪な闇そのもののようだったからだ。

「否定しないってことは言われたんだ? なんなの、あんた。あたしのためのイベントなのに、横取りするとかサイテー」
「なんのことだか、分かりかねます」
「はっ、いい子ぶって、ちょっと顔が可愛いからって、いい気になってんじゃないの? 大して役に立たないくせに。レオンの婚約者の座につけたのだって、あんたに価値があったんじゃなくて、公爵家の息子だからでしょ。自分では何もできないくせに、当たり前みたいに王子様の隣にいて恥ずかしくないわけ? あたし、あんたみたいなやつ大っ嫌いなの。だから―――」

 ―――死んでくれる?

 音にせずにそう呟いた百々華が、ルヴィウスに手を伸ばしてきた。
 ぎゅっと聖剣を握りしめ、目をつむる。
 冷たい空気が針のように近づいてくる気がした。あと少しでルヴィウスに百々華の手が届こうとした、その瞬間。

「痛っ!!」

 バチっ、と火花が散り、百々華が悲鳴を上げた。彼女が連れていた聖騎士がすぐさま駆け寄ってきて、ルヴィウスに手を伸ばしてくる。

「貴様! 聖女様に何を―――ぐぅっ」

 唸るような声がすると同時に、自分を包み込む温かさ。目を開けると、アルフレドが庇うようにルヴィウスを抱きしめていた。危害を加えようとしていた濃緑の制服を着た聖騎士の手首を掴み、睨みつけている。

「ルヴィウス様、お怪我はございませんか」
「大丈夫、です……」

 そう答えたルヴィウスは、無意識にアルフレドに縋りついた。それほど百々華が恐ろしく感じられていたのだ。

 アルフレドは掴んでいた聖騎士の手首を離し、ルヴィウスを抱き締めなおす。
 他意はなく、単純に安心させたい気持ちからだったが、如何せん周りに人の目があった。
 聖剣の主と、隣国の麗しき公爵子息。どこの世界でも、結ばれない悲恋は人気の物語で、人々は真実より自分が求める展開を、さも真実かのように話すものだ。

「濃緑の制服、お前は第三騎士団だな。部外者が教会で何をしている」

 護るべき者を掌中に収めたことで、アルフレドはこの事態を招いた者へ追及を始める。

「わ、私は聖女様の護衛を……」
「第三騎士団の職務は市井の警護だ。護衛ではない。それに、モモカ嬢に護衛騎士をつけた覚えはない。教会預かりで教育中のはずだ。そうですね、モモカ嬢」
「知らないわよ、勝手に護衛してくれるし、勝手に外に出してくれるんだもの」
「モモカ嬢、これ以上の勝手は―――」

「それはこっちの台詞よ」

 百々華はアルフレドを強く非難した

「これ以上あたしの邪魔をしないで。攻略出来ない奴らなんていらないのよ」

 そう言い捨て、百々華は自分に従う聖騎士たちを連れて、教会の奥へと消えて行った。

 アルフレドは小さく溜息をつき、ルヴィウスの肩をさする。

「戻りましょう、ルヴィウス様。きっと王子殿下がお部屋でお待ちです」

 アルフレドにそう言われ、小さく頷いたルヴィウスは、震えながらも「ありがとうございます」と、手に持っていた聖剣を彼に返した。このまま持っていては、落としてしまいそうだった。

 訳が分からない恐怖と、自分に向けられた身に覚えのない憎悪に、体が震える。
 彼女は、確かに死んでほしいと言った。憎しみが籠ったかのような淀んだ色の瞳で、ルヴィウスに終わりがくることを願っていた。あれを殺意と言わず、なんと言うのだろう。

 アルフレドに連れられて部屋に戻ると、打ち合わせを終えたレオンハルトがいた。人目も気にせず、ルヴィウスはレオンハルトに抱き着く。

 気持ちがぐちゃぐちゃだった。とにかくレオンハルトに甘えて、安心したかった。

「ルゥ、何があった?」

 レオンハルトの優しい声がする。ルヴィウスは「何にもない」と言い、レオンハルトの背中に手を回し、ぎゅっ、と彼を抱きしめる。

「殿下、後でお時間をいただけますか」

 アルフレドが遠慮がちに声を掛けた。レオンハルトが頷く。

 何があったのか、知られてしまう。それが無性に悲しかった。女性一人うまくあしらえないことに、レオンハルトは呆れたりしないだろうか。嫌われたくない。期待に応えられなくて残念に思われたくない。でも、どうしたらいいのか分からない。

 ルヴィウスはしばらくの間、何もかもを忘れさせてくれるあたたかな温もりから、離れられなかった。
 
 
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