【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏

三章 一幕 3話-1

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 レオンハルトたち一行がエスタシオに到着した翌日。今日は、大聖堂を挟んで迎賓館とは反対側にある議事堂の外交用会議室にて、今回の来訪の目的である、ヴィクトリア王国と神聖国エスタシオの和平協定会議が開かれている。

 横に長い形状で造られた議事堂は、千の部屋と百の階段があり、尖塔とステンドグラス、経典に出てくる神々の施しを図案化した繊細な彫刻で彩られた、観る者を惹き付ける建築物だ。ここも、迎賓館と大聖堂と同じく、主要な観光名所でもある。

 その議事堂の一室で、レオンハルトは“第二王子”の笑顔を張り付けたまま、内心では罵詈雑言の限りを尽くしていた。

 会議は定刻通り、両国の各十名の外交官と、代表者であるレオンハルト、そしてアルフレドの二十二名で始まった。
 和平協定とは言え、国交摩擦による問題はなく、単純な定期交流の一環。今までの協定内容を継続するだけである。そのため、会議とは言っても、互いに項目を確認し合うだけで、難しい問題など起こりようもなかった。
 それなのに、会議の終盤に取り巻きの聖騎士たちを連れて乗り込んできた百々華が、議場を引っ掻き回し、終了時刻が予定より一時間も押している。

「悪い案ではないと思いますが……、その必要もないと言いますか……」

 エスタシオ側の外交官の一人が、そう言葉を濁す。他の者たちも、強く反対しないが、賛成もしない。そんな中、一貫して反対意見を表明しているのはアルフレドだ。

「私は反対です。第二王子殿下にはすでにご婚約者様がおられます。それに、二国間は政略結婚が必要になるような関係性ではない。モモカ嬢を新たに婚約者に据える必要などありません」

「そのご婚約者様、今日はいないみたいだけど?」百々華が冷笑して言う。「王子の婚約者がこういう場に出て来られないって致命的じゃん。あたしのほうが断然レオンに相応しい証拠でしょ」

 百々華の勝ち誇った表情とルヴィウスを侮辱する言葉に、レオンハルトはこれ以上黙って居られなかった。

「お言葉ですが、聖女様。我が婚約者は誰よりも私に相応しい存在です。私が是非にと願って結ばれた縁。それに、あなたに我が国の事情に口を出す資格はないかと思いますが」

「資格ならあるでしょ。未来の王子妃だもの」

「私の伴侶はルヴィウスであって、あなたではありません」

「だからぁ、あいつじゃダメなんだって。そういう運命なのー。なんで分かんないかなぁ」

 ―――お前に運命など感じたことないわっ!! くそっ、黙りやがれ!!

 レオンハルトの感情が魔力を伴ってあふれ出る。議場内の空気が震え、その場に居合わせる者の肌がひりつき出す。
 さすがにこれ以上怒らせるのはマズいと思ったのか、百々華の傍に控えていた取り巻きの聖騎士が、彼女に何かしらを耳打ちした。
 百々華は「ふんっ」と不服さを隠しもせず、乱暴に席を立つ。

「じゃあ、婚約者は諦めるから王国に視察に行かせてよ。それくらいはいいでしょ。帰るまでに決めといてよね」

 そう言い捨てた百々華は、取り巻きを連れて騒々しく議場を出て行った。

 数拍の沈黙が流れる。レオンハルトは、辛抱堪らず声を上げた。

「なんなんだっ、あの女! 頭おかしいだろっ!」

「殿下、本音が出ております」
 レオンハルトの隣の席に座っていた王国の外交官が、そっと耳打ちした。「あ……」と急いで口に手を当てたレオンハルトだったが、あとの祭り。
 しかし、誰もが同じことを思っていたらしく、エスタシオ側の外交官らも「いえ、こちらこそ大変申し訳なく……」と恐縮する始末だった。

「とにかく、」場を仕切りなおしたのはアルフレドだ。「モモカ嬢の要求を通す必要はありません。王国への視察は保留。殿下の婚約者に擁立するなど、もってのほかです」

「では、」議長を務めているエスタシオの外交官が最終確認を行う。「協定は今まで通り締結ということでよろしいですね。異議のある方は挙手を」

 挙手する者はなく、満場一致で和平協定は修正なく再締結となった。
 その後、各文書の読み上げ確認および、代表者であるレオンハルトとアルフレドが必要な各書類に署名を施し、明後日の調印式にて交わす証書の文面確認を終えると、会議は解散となった。

 公式的な硬い空気から解放された外交官たちは、互いの親睦を深めようと各々歩み寄り、食事やティータイムの誘いなどで盛り上がっている。レオンハルトは彼らの気安い関係を眺めながら、両国が今後も良好な関係を続けていけそうだと確信を得た。
 無論、聖女問題は残っているのだが。しかし、それについては帰国してしまえば王国が口を出すことではない。ルヴィウスに被害が及ばなければ、滞在中はのらりくらりかわしてしまえばいい。

「殿下、お疲れさまでした」

 声を掛けてきたのはアルフレドだ。彼は振り向いたレオンハルトに手を差し伸べている。皆の手前、和平協定再締結の証として、握手でもしておこうという事だろう。

「マイスナー卿もお疲れさまでした」

 王子の仮面を張り付けたまま、レオンハルトはアルフレドの手を握った。大きな手がしっかりと握り返してきたかと思った瞬間、ぴりっ、と小さな痛みが走る。咄嗟に手を離そうとしたが、アルフレドがそれを許さなかった。

「殿下、念のためです」

 短くそう告げたアルフレドが、にこり、と微笑む。神聖力を流そうとしているのだと、すぐに気づいた。百々華が力を使っていた場合を考え、アルフレドが自然に見える形で浄化を掛けたようだ。

 軽く握り返すと、アルフレドから魔力とよく似た力が流れ込んでくる。魔力とは似て非なる神聖力。それはまるで、纏わりつくようにレオンハルトの心臓に宿った。
 少しすると、アルフレドが「いかがですか」と問いかけてきた。レオンハルトは「大丈夫です」と答え、手を解いた。

「殿下、このあと少々よろしいでしょうか」

 アルフレドが、レオンハルトをティータイムに誘うかのように言った。レオンハルトにとって、願ってもない申し出だった。彼には言っておきたいことがあるのだ。

「もちろんです。場所を変えましょう」
 レオンハルトはにこやかに答えた。

「では、私の執務室へ。議事堂の中にありますから、このまま向かいましょう」

 それにレオンハルトは頷き、傍にいた外交官へ移動先を伝える。護衛を呼ぶと提案されたが、必要ないと返した。国の代表である以前に、大陸一の魔剣士と聖剣の主である。自分とアルフレドが共闘することがあるとしたら、勝てない相手など存在しないだろう。

 議事堂の廊下を並んで歩きながら、レオンハルトとアルフレドは他愛もない話をした。
 王国の歴史であったり、食文化であったり。思いのほかアルフレドが王国の内情に詳しく、レオンハルトは感心した。その反面、自分はもう少しエスタシオのことを学んでくるべきだったという反省点も浮かぶ。

 二人の会話はおおむね和やかなものだったが、アルフレドがルヴィウスに関わる会話を振ったことで、その雰囲気が硬いものになる。

「いつも殿下のお傍にいらっしゃる護衛騎士の方は、ルヴィウス様にお付けになられたのですか?」
「えぇ、部屋には結界を張ってきましたが、心配なので」
「過保護なのですね」
「過保護くらいがちょうどいいと思っています」
「殿下がルヴィウス様を溺愛されているという噂は、エスタシオでも有名ですよ」
「それを覆す噂が昨日から市井に出回っているようですが、あまり楽しいものではありませんね」

 レオンハルトは釘を刺すつもりで、昨日の大聖堂での一件を婉曲的に伝えた。ルヴィウスの耳には入らないようにしているが、たった一晩で、百々華から彼を庇ったアルフレドの姿が、歪んだ噂として広まっているのだ。

『第一聖騎士団の聖剣の主が、隣国の王子の婚約者と結ばれない恋をしているらしい』

 広めたのは、百々華の取り巻きで、第三聖騎士団所属の者たちだということは、すぐに判明した。噂の広まりが異常に早いのは、彼らがあちこちで囀っているからだろう。それだけなら馬鹿な笑い話で済んだのだろうが、純粋にミサに参列していた市井の信徒たちがルヴィウスとアルフレドの姿を目撃しており、それが噂に信憑性を持たせてしまった。
 場に居合わせただけで、どんな揉め事があったのか真実を知ることなく、自分が見たものと第三聖騎士団の縷言を無意識に紐づける。悪意はないが質が悪い。人は往々にして、自分を疑うということをしない。

「私がついていながらルヴィウス様に怖い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」
「それについては謝罪を受け入れたくありません。が、今後の貴国の対応によっては許しましょう」
「噂についても重ね重ね申し訳ございません」
「そちらは構いません。一時いっときのことですから」
「ルヴィウス様の耳には」
「部屋に軟禁してますので知らないはずです」
「殿下にそのようなご趣味がおありだとは」
「自分でも驚いてますよ。ルゥを囲ってることに、安心している自分がいるんです。このまま籠の中の鳥のように閉じ込めてしまえたらと思う自分が恐ろしい」
「自覚のある独占欲ですね。それほど愛していらっしゃるのでしょう」
「それはもう自信を持って言えます。だから無駄ですよ、ルゥを口説こうとしても」
「おや、お気づきでしたか」
「俺の婚約者に目をつけるとは、人を見る目はあるようですが、譲る気はさらさらありません」
「ふふふっ、愛し合うお二人の間に割って入るほど愚かではありませんよ」

 アルフレドがルヴィウスに手を出すつもりはないと分かったためか、その後の二人の会話は、再び穏やかなものになる。街のどの店が美味しいだとか、普段の剣の稽古をどうしているだとか、アルフレドの聖剣のことだとか、取り留めのない話をしながら、連れ立って歩いた。
 
 
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