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三章 一幕:聖なる乙女という名の闇烏
三章 一幕 3話-2
しおりを挟む幾つもの部屋を通り過ぎ、階を一つ上がった一番奥の部屋にたどり着く。アルフレドが「こちらです」と、繊細な彫刻が施された重厚なドアを開けた。
部屋へ招き入れたレオンハルトにソファを勧めたアルフレドは、魔道具で湯を沸かし、茶を淹れる。ミント系のハーブティーなのか、爽やかな香りがした。
ティーセットをテーブルに並べたアルフレドは、カップにハーブティーを注ぎ、ソーサーにセットしたものをレオンハルトの前へ置く。
「どうぞ―――っと、毒見係が必要ですね」
「いえ、お構いなく。俺、毒が効かないんで」
「え……、それは、どういう……」
「体質ですかね? 体内で浄化してしまうみたいで」
「それはまた……なんと言うか……。まさか、毒で暗殺されかけたことが?」
「そんな阿呆いませんよ。継承争いもないのに」
「ではなぜお気づきに?」
「間違って魔の森のリンゴを口にしてしまって、口の中がビリビリしたから帰って植物辞典を開いたら、毒リンゴだったことがあって。八つの時です。俺、魔力がものすごく多いんですよ。それで帳消しにしちゃうみたいで。あ、こういうこと誰にも言ってないんで、内緒にしといてください」
「他にも内緒のことがあるような言い方ですね」
勘の鋭いアルフレドに、レオンハルトは苦笑して「どうでしょうか」と濁した。
こんな些細なやり取りでも、レオンハルトが幾つもの危険を無自覚に潜り抜けてきたことが分かる。彼は誰にも言わないのだろう。それは王子だからなのか、それとも周囲に心配を掛けたくないからなのか。
―――どちらにせよ、まるで昔の自分を見ているようだ。いつかそれが、自分の首を絞めることにならなければいいが……。
アルフレドは、自分が淹れたハーブティーを美味しそうに飲むレオンハルに目を向け、彼が悩んだり、困ったりした時には手を差し伸べなければ、と考えた。
「本題ですが……」アルフレドが畏まって言う。「モモカ嬢の件です」
「あぁ、聖女だと言っている女ですね」
「彼女は、ある日突然、大聖堂前の泉から現われました」
「オベリスクが立っている泉ですか?」
「はい、そうです。大勢が見ていたため、聖女だという認識で彼女の存在が広まってしまいました。実際、神聖力は強いほうです」
「エスタシオでは強い神聖力を持って産まれると教会所属になると聞きました」
「えぇ、その通りです。日常生活に使用する以上の強い神聖力持ちは、幼いころから教会に所属し、神官や聖騎士になります。自ら選ぶと言うより、神の選択により道が決まるのです。私が聖剣の主になったように」
「だからマイスナー卿が第一聖騎士団の団長で教皇の名代?」
「その通りです。聖剣に選ばれた者は、その代の教皇を支える立場にあります」
「特別強力な神聖力を発現した者が教皇となるのですよね? 今まで権力に溺れる者がいなかったことが驚きですけど」
「それは神聖力が宿る原則に経典の教えがあるからでしょう。教皇は神に選択された者です。経典そのものでなくてはなりません。神聖力の強さの度合いも、そうではないかと言われています。ですから、教皇直属の第一聖騎士団と高位神官は神聖力が強く、次いで第二と下位神官、人並み以上の神聖力があるというだけの者は第三聖騎士団に所属します」
「完全なる能力主義社会というわけですか」
「他国から見ればそうかもしれませんが、我々からすれば神に与えられた使命です」
レオンハルトには納得いかないものがあったが、「そうですか」と言うに留めておいた。
どこか不自由さを感じる社会構造にも思えるが、自分と考えが違うからと言って、それが間違いというわけでもない。世界には、人の数だけ正解が存在する。争いごとの多くは、その正解が異なることで摩擦が衝突に発展し、後戻りできない状態に陥ることを言う。
レオンハルトはハーブティーを一口飲み、アルフレドが自分をここへと連れてきた真意を語らせるため、会話を途切れさせた。そして、カップをソーサーに置き、眼差し鋭くアルフレドを見据える。
「それで、マイスナー卿が本当に話したいことはなんでしょうか。今までのお話からすると、あの聖女もどきが神聖力を持っているのはおかしい気がしますが」
「その通りです。自己のためだけに力を使うことは、経典に反します。ですから我々は、彼女を聖女ではなく闇烏だと考えています」
「やみがらす?」
「はい。経典の中に出てくる闇の僕です。国を混乱に陥れ、呪いや疫病を蔓延させると言い伝えられています。神聖力と似た力を持ち、教皇以外はその区別がつきません。対応できるのは闇烏に匹敵する神聖力や魔力の持ち主だけです」
「だからマイスナー卿や第一聖騎士団には彼女の魅了が効かない?」
「やはり殿下にも魅了を掛けていましたか」
「初日にあからさまだったもので。逆に助かりました。分かっていれば対策も取れます。王国側の人間には全員魅了返しの魔石を持たせてありますから。聖堂でルゥの傍を離れる時、聖剣を貸してくださったそうですね。それも闇烏対策?」
「そうです。聖剣は、私以外の者が触れることも、鞘から抜くことも出来ません。ですが、私が代理人と決めた者は可能です。帯剣しているだけでも邪を払います」
「ルゥを護ろうとしてくださったんですね」
「当然です。ですが、殿下のことですから、ルヴィウス様に保護魔法を掛けておられたのでは?」
「えぇ、掛けてあります。とびっきり強力なやつ。マイスナー卿がルヴィウスに聖剣を貸してくださらなかったら、闇烏は自分が掛けた術の返り討ちにあっていたでしょうね」
「その保護魔法、呪いも弾きますか?」
「は……?」
聞き間違いだろうか。レオンハルトは一瞬、何も考えられなくなってしまった。
呪いなど、古代の遺物でしかない。そもそも、呪いは神の領域だ。神が人に干渉するために使う力が、呪いの原点。禁書庫で学んだ知識から、レオンハルトはそう結論付けている。
一般的には、呪いは呪術師が行うものとして知られている。だが、この大陸に―――いや、この世界に呪術師はいない。永い、永い歴史の中で、呪いを使役する呪術師は淘汰された。それも当然のことだろう。人が神の真似事をするのだ。その代償は大きく、ひどく重い。
強力な力を必要とする呪いの術は、魔力だけでは成立せず、術を発動する際に自身の生命力を使う。強力な呪いになればなるほど、多くの力と供物となる特別な素材が必要で、術式も複雑かつ難解。要は、術の展開が、求める結果に見合わないのだ。人一人を呪おうと思ったら、十人の呪術師と高位の魔物アースドラゴンの心臓がいるという記録さえある。
「お会いしていただきたい方がいます」
アルフレドは立ち上がり、いったんドアへ向かうと内鍵を掛けた。そして天井まである大きな書棚の前へ移動すると、何冊かの本を手前へ引き出す。最後に書棚の中央に表紙が見えるように納められていた経典に、聖剣をかざした。すると、棚がゆっくりと横へと開いて、そこに隠し通路が現れた。
「殿下、教皇グリフィード聖下にお会いいただけませんでしょうか」
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