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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 3話-1
しおりを挟む一月十三日。百々華たち”聖女御一行”が来訪して四日目。
今日は、明日の舞踏会についての最終打ち合わせという名目の下、交流茶会をする予定だ。
いつものように先に青薔薇園を訪れたレオンハルトは、ルヴィウスが来るのを待っている間、彼のことだけを考える。
昨日は様子がおかしかったから、どうしたのか聞いてみようか。それとも、何も聞かずにこれでもかと言うほど、甘やかしたほうがいいだろうか。
そんなことを考えながらレオンハルトは、暖房用の魔道具でガゼボとその周辺を温め、ハロルドとガイルを傍に控えさせて、無駄に本のページをめくっていた。
連日にわたる百々華への対応で、心の平和が削り取られているレオンハルトにとって、ルヴィウスは砂漠の中のオアシスだ。もうすぐルヴィウスに会える。そう思うだけで、心穏やかでいられる。
しかし、平穏は突然に壊されるもの。
例の聖女―――いや、闇烏が、前触れもなく現れたのだ。
おかげで、ルヴィウスのことを考えて幸せに浸っていたレオンハルトは、最低最悪の気分に突き落とされた。
「だからぁ、道に迷っただけだって言ってるでしょっ」
百々華がガイルに食って掛かっている。温かそうな毛皮のコートを着ているから、気を遣って暖房が効いているガゼボに入れてやる必要もなさそうだ。
レオンハルトは感情の抜け落ちた目で百々華を眺めていた。
「お言葉ですが、迷ってたどり着ける場所ではありません」
ガイルは先ほどから、同じ文言を繰り返している。
それに対し百々華は、ぶつぶつと「なんで効かないの」とか「どうして」とか文句を呟いている。おおかた、ガイルに魅了を掛けているのだろう。
ガイルはアルフレドから貸与された魅了をはじき返すアーマーを付けている。そのため、近くにいようが何をされようが、百々華の力は弾かれるのだ。
そのうえ、エスタシオを離れ神聖力を食えなくなった彼女の力は、徐々に弱まっている。
明日の夜には、アルフレドが転移陣を使って捕縛に来る。その頃にはこの太々しい態度の闇烏も、ただの人となっていることだろう。つまり、今日を乗り切ればルヴィウスに危険が及ぶことはない。
「もうっ! あたしはレオンと話したいだけなのに! なんで邪魔すんのっ? あたしは聖女なのよっ? 昨日だって、アント……いや、アンテ……なんだっけ? あーっ、もういいやっ! とにかく! 昨日はなんとかっていう男爵家の子が呪われてるって言うから、ボランティアで浄化してあげたんだから! すっごく喜ばれたの! ご褒美にレオンを独り占めしたっていいでしょっ!」
「お言葉ですが」
それまで傍観を決め込んでいたハロルドが、ガイルの横に立った。
「ここは王族の居住区です。賓客とは言え、許可のない方が入っていい場所ではありません。それに、警備用の魔道具や魔術陣が作動しなかったとなれば、手引きした間者がいた可能性が考えられます。聖女様につきましては間者の炙り出しにご協力を―――」
「あんなの、あたしの力に掛かれば無効化できるに決まってるでしょ。っていうか、モブは黙ってて。あたし、イケメンとしか話す気ないの」
百々華の言葉に、ハロルドは気持ちよいほど感情が抜け落ちた笑みを浮かべる。
優男に見えるが、ハロルドはなかなか芯のある男だ。それこそ、レオンハルトがこういった場を任せるくらい、信頼を置いている。
ハロルドは「バカな女」と声に出さずにあざ笑う。百々華はバカにされたと感じ取り、「なんですってっ?」と表情を歪めた。
ハロルドは再び感情のない笑みを浮かべ、反撃に出る。
「つまり聖女様は、ご自身で警備を潜り抜けてこられたと?」
「そう言ってるでしょ!」
「では、迷子ではありませんね」
「はぁっ?」
「となれば、狙いはなんでしょうか。居住区までの厳重な警備を潜り抜けてくるということは、可能性としては殿下の暗殺が考えられますが」
「バカなこと言わないでよ! 攻略したいキャラを暗殺してどうすんのよ!」
「聖女様、意味不明な言葉を羅列されても困ります。これはエスタシオに抗議すべき案件です。あなたは今、ヴィクトリア王国に対し、侵略を仕掛けてきたも同然なのですよ」
「言いがかりつけないでよ! レオンと話したいだけだって言ってるでしょ!」
「暗殺でも侵略でもないという証明は出来ますか? 出来なければ聖女様を罪人として裁かねばなりません」
「だから! あたしは聖女っ! 敬われて当然の人間がどうやったら罪人になるのよ!」
「王族の安全を故意に脅かす者は極刑に値します。このケースの場合、エスタシオでもあなたは断頭台行きになりかねませんが、まだ喚き散らすおつもりですか?」
ハロルドの威圧と無慈悲な言葉に、百々華が押し黙る。
ガゼボから様子を見ていたレオンハルトは、ハロルドの評価を完全に改めることにした。
―――あいつ、いつもふざけているくせに、やたら頼もしいじゃないか
レオンハルトは口元に笑みを浮かべて席を立った。
「ハロルド、もういい、戻れ」
レオンハルトの指示に「はい」と答えたハロルドは、すぐにガゼボへと戻る。そしてレオンハルトに耳打ちをした。
「殿下、今のやり取り、映像球に納めてあります」
そう言い、手のひらに収まるサイズの丸い水晶玉のような魔道具を、ちらり、と見せてきた。
レオンハルトは「よくやった」とハロルドの肩に手を置く。いつの間に作ったんだか、まったく。そう思いつつ、何か褒美を取らせなければ、とも考える。
「聖女様」
レオンハルトはガゼボから出ると、百々華の前に立ち、彼女を見据えた。
「本日のご予定は迎賓区の庭園で、ダンデル伯爵家とバジリス伯爵家、両家が主催するお茶会にご参加の予定だったはずです。予定通りご出席されるということであれば、貴賓館へお送りする“だけ”で今は済ませましょう」
「それはレオンが送ってくれるの?」
「当然です」
「そう。ならいいわ、許してあげる」
レオンハルトのこめかみに、ぴきっ、と力が入った。無論、ガイルもハロルドも、怒りで拳を握りしめる。
許しを請う立場のお前に、なぜお許しをもらう必要があるのか。なにより、貴賓館への送迎は気遣いではなく、監視だ。警備を潜り抜けてくる危険人物を、魔法が使えない王宮騎士に任せられるわけがない。
「じゃあ、さっそく行こ。ついでにお茶会のエスコートもしてよ、レオン」
そう言い近づいてきた百々華を、レオンハルトは、すっと避けた。
「聖女様、私はあなたに名を許していませんし、触れることも許可していません。茶会にはご自身がお連れになった聖騎士とご出席ください」
そう冷たく言い放ったレオンハルトは、ガイルに百々華を送るための馬車の用意を、ハロルドにはルヴィウスを迎える準備をするよう指示を出す。
百々華は不機嫌を隠そうともせず、レオンハルトを睨みつけていた。
馬車に百々華を乗せると、レオンハルトとガイルが同乗する。
最初こそ話しかけてきた百々華だったが、レオンハルトが無視を決め込んでいたため、しばらくすると口を閉じ、大人しくなった。
第五層の王族居住区から貴賓館までは、間に政経区を挟むため、かなり距離がある。
王宮内で魔法を使うのはご法度のため―――もちろん表向きであり、レオンハルトは対象外だ―――、居住区から政経区、その先の迎賓区まで馬車に乗り、関係者とそうでないものとを分けるために設けられた宮内警備門を通過する必要がある。
この警備門も、四層の政経区、五層の王族居住区を守備するための厳重な警備の一つだ。この中央に位置する二つの区域の警備は、三層の迎賓区とは比べ物にならない。
政経区を抜けると、迎賓区に入る。
正面には正門をはじめ、商人や使用人、騎士や文官・医官等が使う東西南北の各警備門へと続く迎賓門がある。この門にも安全対策のため警備が敷かれており、申請のないものは入れないようになっている。
左手には貴族に開放している庭園やホール、右手には迎賓館があり、貴賓として迎えられた人々が宿泊する貴賓館はその奥にある。
「ここで止めてくれ」
ガイルが小窓から御者に向かって指示を出す。「承知いたしました」と返事があり、馬車は静かに止まった。
政経区との境にある警備門を抜け、回廊を右に進めば迎賓館が、左に進めば庭園がある位置だ。
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