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三章 二幕:呪いと時の神の翼
三章 二幕 3話-2
しおりを挟む「殿下、次の公務までお時間がございません。聖女様の担当聖騎士に迎えにくるよう伝言蝶を飛ばしてございますので、こちらでお降りください」
ガイルの報告に、レオンハルトは「わかった」と頷くと、戸惑う百々華に王子の笑みを張りつけて言った。
「聖女様、私はここで失礼します。馬車はこのままお使いください。護衛をつけますので、聖騎士が到着するまでお降りにならないようお願いします」
そう言い、馬車から足早に降りる。当然、大人しく言うことを聞く百々華ではない。彼女はレオンハルトを引き留めに掛かった。
「お待ちくださいっ、レオン様っ!」
庭園での喋り方とは打って変わり、聞いたこともない甘ったるい口調でそう声を上げた百々華は、レオンハルトの後を追い馬車から降りてきた。
そして、小さな悲鳴を上げたかと思うと、馬車のステップを踏み外し、あろうことかレオンハルトに向かって倒れこんでくる。
ここで手を伸ばさないという選択はないわけで……、レオンハルトは危なげもなく百々華を支えると、呆れたとでも言いたげに溜息をついた。
「レオン様、ありがとうございます」
にこり、と笑い、離れるつもりもなく胸元から上目遣いで見上げてくる百々華。彼女が本性を隠し、か弱い聖女を演じている理由は、すぐに判明した。
この後に予定されている聖女との茶会に招かれている貴族たちのうち、早めに到着した者たちが馬車を降りたところで立ち話をしている。彼らに噂を流させるための目撃者になってもらおうと言うのだろう。
エスタシオでは、あるはずもないアルフレドとの仲を広められ、ルヴィウスが傷つけられた。二度とあんなことは起きないようにしなくてはならない。そのためにも、密かに情報収集しておく必要がある。
レオンハルトが集音魔法を展開すると、よく喋る雀どもの会話が聞こえ始めた。
『あれが聖女様のようね。可愛らしい方だわ』
『なんでも昨日、市井の教会でアンヘリウム男爵のご子息、リーノ様を浄化されたとか』
『まぁ、王都にいらしていたのね。ご長男が亡くなられて、病弱な次男のリーノ様が跡継ぎになられたのでしたわね』
『違うわよ、リーノ様は連れ子じゃない。その下にもう一人いたはずよ』
『それより、歓迎の舞踏会は明日だったかしら。皆さま、招待されまして?』
『聖女様のエスコートはどなたがなさるのかしら?』
『エスタシオから連れてきた聖騎士のどなたかでは?』
『あら、わたくし、第二王子殿下が務めると噂を聞きましたわ』
『そうですの? ではご婚約者のアクセラーダ公子はどうなさるのかしら?』
『それにしても、美男美女でお似合いですわね』
古今東西、人が集まれば騒がしくなるものである。レオンハルトはうんざりした。
「レオン様、あたしたち、あの人たちにはどんなふうに見えるのかしら?」
笑顔を浮かべる百々華に、レオンハルトは第二王子の仮面で微笑む。
殴ってもいいだろうか、という本心を飲み込み「さぁ、わかりません」と答えておく。
さっさと迎えに来い、役立たずの聖騎士どもめ。内心そう思いながらも、人の目がこちらに向いている以上、無理に馬車へ押し戻すわけにもいかない。
レオンハルトは小さく咳払いすると、「聖女様、あちらへ移動しましょう」と柱の陰になる場所へと誘導することに決め、足を踏み出した。その時だ。
「聖女様っ!」
迎賓館側の回廊から、一人の聖騎士が現われる。百々華の最側近であるオルトラン・オブリ―だ。
アルフレドからの情報では、元第三聖騎士団所属で、百々華に心酔しているとのことだった。早い段階で魅了に掛かり、彼女の問題行動を助長している人物だ。
王国訪問に際し編成した、特使聖騎士団。その副団長にオルトランを据えることで、自分の言うことをよく聞く人間が昇格したと思わせ、百々華の油断を誘う計画だ。
百々華が傍に侍らせているだけのことはあり、長身で目鼻立ちの整った顔にブルーグレイの髪と、容姿はかなりいい。が、性格に難があるばかりか、調べれば調べるほど真っ黒になっていく人物だ。
詐欺、窃盗、暴力、恐喝、傷害、強姦、そして表向き事故死となっている者への明確な関与。
オルトランは聖騎士と呼ぶには邪悪すぎる男だった。
アルフレドはその余罪の多さと第三聖騎士団の腐敗に絶句していた。闇烏の問題がひと段落したら、組織を再編成すると憤りを露わにしていた。
オルトランはこちらに駆け寄るやいなや、レオンハルトに一瞬鋭い視線を向けたものの、百々華に手を差し伸べた。
レオンハルトは内心、いやいや敵意を向けられても困るんだが、と一人心の内でごちる。
「聖女様、どちらにいらっしゃったのですか。どれほど心配したことか」
「ごめんなさい、道に迷っちゃったの。あたし、方向音痴だから」
うふっ、と頭の悪そうな顔で笑う百々華に、レオンハルトは空恐ろしさを感じた。
純真無垢だとか、無邪気だとか、天真爛漫だとかいう評価があるらしいが、これはその類とは対極にあるものだ。
「聖騎士殿」
レオンハルトは半ば百々華を押すような形でオルトランに受け渡すと、まずは忠告することを決める。
「王宮内であったからよかったものの、聖女様の安全に関わること。そちらの国の警備体制はどうなっているのか」
「申し訳ございません、第二王子殿下」
オルトランは百々華の隣で深々と頭を下げる。百々華はレオンハルトの傍から離されたことに納得いかないのか、むっとした表情を浮かべていた。
ふぅ、とため息をついたレオンハルトは「顔を上げよ」と言い、オルトランが姿勢を元に戻したところで、今度は第二王子として、国を代表する形で警告を行う。
「聖女様はどこをどう歩かれたのか分からないが、王族居住区の青薔薇園におられた」
「居住区にっ? そんな、どうしてそんなところに……」
「手引きした者がいるとしたら、相応の手段を取らせていただく必要がある。こうも易々と警備を潜り抜けられるのであれば、暗殺を疑われかねない。神聖国エスタシオは王国の転覆をお考えか」
「いいえ! 決してそのような―――」
「違うの、レオン様! レオン様のためなのよ!」
お前は口を出してくるな! そう言いたいのをぐっと堪え、「どういうことでしょうか」と、こめかみを引きつらせながら、感情の抜け落ちた笑顔を向けた。
百々華は、本性を知らぬ者が見たら見惚れるほどの完璧な聖女の笑顔を浮かべて言う。
「あたしが聖女だから」
それがどうした? とは、もちろん声には出していない。
「だからね、あたしがレオンを助けなきゃって思って、会いに行ったの!」
「はぁ?」
百々華の発言が理解不能だったため、ただの言葉の羅列として受け止めるのが精いっぱいになってしまったレオンハルトの思考が、完全停止する。
意味が分からない。脈絡がない。これっぽっちも理解できない。
「あたしには隠さなくてもいいのよ、レオン」そう言い、百々華が手を伸ばしてくる。「だってあなた、魔力過多―――」
「無礼な真似はおやめください」
凛とした声と共に、百々華の手首が掴まれる。
ほぼ同時に、レオンハルトは後ろに控えていたガイルに腕を引かれた。
代わりに、百々華の前に立ちはだかったのは、ルヴィウスだった。
どうして。その疑問が言葉になる前に、ガイルがレオンハルトを背に庇う。そして左手を背中に回し、その手のひらにあるものを見せた。
「殿下、ルヴィウス様から預かりました。受け取ってください」
ガイルの手にあったもの。それは、ありったけの保護魔法を掛けた、ルヴィウスのためだけに作った黄金のバングル。レオンハルトはそれを手に握りしめ、顔を上げた。
―――ルゥ、何を考えてる?
ルヴィウスを危険から遠ざけたくても、注目を浴びてしまったせいで“第二王子”としての行動を強いられている以上、下手に魔法を展開するわけにはいかない。
さらには、ガイルがレオンハルトを庇うために彼の前に立ちふさがっていて、半ば動きを封じられているのも同然。動くに動けない。
「殿下、お叱りはあとで受けます。ですが、いまはルヴィウス様を信じてさしあげてください」
ガイルに言われ、レオンハルトは、ぎりっ、と奥歯を噛み締めて踏みとどまった。まさに、その瞬間。
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