【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 二幕:呪いと時の神の翼

三章 二幕 3話-3 △

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「いたいっ、いたいっ、いたあーいっ!」

 百々華が大げさに声を上げたことで、オルトランが騎士の本能から剣に手を掛ける。そのまま相手が誰かを確かめることなく、彼は抜いた剣をルヴィウスの首筋に向かって突き出した。

 目撃した令嬢や婦人らが、悲鳴を上げる。しかし、ルヴィウスは微動だにしない。
 実践で剣を振るったことはなくとも、彼の剣術センスはレオンハルトやガイルも認めるほどのもの。相手が本気で命を狙ってきているかどうかくらい、瞬時に判断がつく。が、怪我をしないわけではない。

 ルヴィウスの右首筋に赤い線が出来、そこから、じわり、と血が滲みだす。レオンハルトが飛び出そうとしたが、ガイルが強く引き留めた。

「聖女様から手を離せ」

 オルトランが殺気立った目でルヴィウスを睨む。
 しかしルヴィウスは、軽く受け流し、自分の首の皮を切り裂いた剣を流し見た。そしてもう一度、オルトランへと視線を戻す。
 そして静かに、堂々と、品位を保ったまま言い返した。

「彼女の手を掴んだ代償が、私の首という事でしょうか。神聖国エスタシオ聖騎士団副団長オルトラン・オブリ―殿」

 ルヴィウスはオルトランを鋭く見据えた。
 オルトランは“卿”と呼ばれなかったことに苛立つ。暗に、お前は騎士の器ではない、と言われていると理解したのだ。

「聖女の体に勝手に触れるなど、万死に値する行為! 即座に撥ねなかったことをありがたく思え!」
「私はあなたに温情をかけられたとでも?」
「聖騎士である以上、誰が相手であろうと赦しの機会は与えねばならぬ。言い分があるのなら聞いてやる」
「ではオルトラン殿、貴公の国で聖女様はどの程度の地位にあらせられるのか、不肖な私めにお教えいただけませんでしょうか」
「分かり切ったことを! そんなことより、さっさと聖女様の御手を離せ!」

 オルトランの短絡さにルヴィウスは右の眉を上げ、「いいでしょう」と百々華から手を離した。
 オルトランは剣を下ろすと、百々華の手を取り傍へ引き寄せ、労わる言葉を掛ける。百々華は左手首を抑えながら、ルヴィウスを憎々し気に睨みつけた。

 これが聖女とは、底が知れている。ルヴィウスは首筋から流れる血がシャツの襟やクラバットを赤く染めていくのを気にも留めず、不敵に笑った。

「何を笑う!」オルトランは怒気を込めて言う。「貴様、先ほど聖女様の地位について聞いたな。聖女様は我が国を導く方の御一人。王国で言うなれば王族と同等である!」

「なるほど」

 ルヴィウスはそこで初めて、ハンカチを取り出し、首の傷に当てて止血を始めた。

「王族と同等。で、あれば、聖女様は何度首をはねられればいいのか分かりませんね」
「なんだと!?」
「初めて王国にいらっしゃった日からこれまで―――いいえ、エスタシオを我々が訪問した時から、聖女様は我が国の第二王子殿下、レオンハルト・ルース・ヴィクトリア殿下を、許可がないまま愛称で呼び、なおかつ、幾度も御身に触れました。そちらと同等の対応を我が国がするとなれば、聖女様は何度断頭台へ行けばいいのでしょうか」
「貴様、それ以上の侮辱は許さんぞ! 名前を名乗れ!」
「これは失礼いたしました。エスタシオに参りました際、聖騎士団の皆さまにはご挨拶させていただいておりましたので、てっきり覚えてくださっているかと」
「お前の顔など知らん!」
「そうですか、アルフレド様が団長をおつとめの第一聖騎士団の皆様とは直接ご挨拶したのですが、覚えていらっしゃらないと? 聖堂にも参りましたから第二聖騎士団の方も私の顔はご存じかと思いますが」
「騎士団は再編成があったのだ! 名を名乗れと何度言えば―――……っ」

 ルヴィウスはオルトランを視線一つで黙らせた。冷たい視線で射抜かれた聖騎士の額には、冷や汗が浮かんでいる。
 相手が怯んだと分かり、ルヴィウスは余所行きの笑顔を浮かべると、愚かな聖騎士に対し、皆が見惚れるようなボー・アンド・スクレープで名乗った。

「では改めまして。私はアクセラーダ公爵家のルヴィウス・アクセラーダと申します。レオンハルト殿下の婚約者ですので、あえて地位を語るのであれば、準王族となります」

 ルヴィウスの正体を知った途端、オルトランは青ざめた。百々華を護るためとは言え、高位貴族で王族婚約者に傷をつけてしまった。そのうえ、よくよく考えれば王宮で剣を抜いている。しかも、多くの人の目があるところで。

「ところで聖女様」

 姿勢を元に戻したルヴィウスが目を向けると、百々華は怯えたように、ふるっ、と体を震わせる。

「なによっ」

 百々華なりの強がりに、ルヴィウスは貴族然とした笑みを浮かべる。

「聖女様は、淑女教育をお受けになられていらっしゃらないのでしょうか」
「はぁ?」
「自由恋愛が主流の時代とはなりましたが、相手の許可なく愛称を呼んだり、婚約者や恋人、伴侶でもないのに体に触れたりするのは、いかがなものかと思います。聖女という地位には権力がつきまとうもの。それに伴う責務と品格が求められるのは当然ではありませんか?」
「なにが言いたいのっ?」
「あなたは国の代表としてここにおいでです。あなたの行動が、そのまま神聖国エスタシオの評価につながるのだと、なぜお分かりにならないのです」
「うるさいわね! なんであんたにそんなこと言われなきゃいけないわけっ?」
「聖女様がご自身の責務をお忘れのようでしたので、若輩者ながらご助言をと」
「あたしは聖女なの! みんなを癒すのが仕事なの! みんなに愛されて、みんなに感謝される存在なのよ! あんたと違ってね!」
「聖女様、役割と責務は似て非なるものですよ」
「バカにして! さっきからウザいのよ! なんなのっ? なんの権利があって突っかかってくるわけっ?」
「権利ですか? 私には聖女様に忠告する権利がございます。レオンハルト王子殿下の婚約者は私です。ですから、二度と殿下に触れないよう―――っ」

 パンっ、と小さな風船が割れるような音がした。百々華がルヴィウスの頬を叩いたのだ。

「あたしの手首を掴んだこと、これでなかったことにしてあげる」

 ルヴィウスは叩かれた左頬を抑えることなく、百々華を見据えた。彼女も負けじとルヴィウスを睨みつけてくる。そして、近づいてきたかと思うと、右の人差し指をルヴィウスの胸の中心に置き、ぼそっと怨嗟を呟いた。

「レオンの運命の相手はあたしなの。あんたじゃないのよ。さっさとくたばって」

 呪いを込めた言葉を吐き終わった百々華は、身を翻す。
 オルトランは狼狽した表情で彼女の後を追った。どうやらルヴィウスの首に傷をつけたことを、謝るつもりはないようだ。

 去っていく二人の背中を少し見送ったあと、ルヴィウスは振り返り、優雅な笑みを浮かべた。

「殿下、お騒がせして申し訳ございませんでした」

 他人行儀にそう言い頭を下げるルヴィウスに歩み寄ったレオンハルトは、「かまわない」と返し、そっとルヴィウスの肩を抱いた。
 ここは公の場。いまここに居るのは、第二王子と婚約者の公爵子息。堪えなければならないと、レオンハルトは肩を抱いたほうとは別の手の中にあるルヴィウスのバングルを握りしめた。

「ガイル、馬車を。アクセラーダ公子の手当てをする」

 レオンハルトの声が、僅かに震えていた。彼の指示を受けたガイルは「承知いたしました」と頷き、馬車の手配に向かう。

「ルゥ……」

 今にも泣きだしそうな表情のレオンハルトに、ルヴィウスは痛みを堪えて笑った。

「レオ、まだ皆が見てる。みんなの王子様に戻って。それから、僕の傷は治さないで。せっかく痛い思いして作った証拠なんだから」

 レオンハルトは、ぐっ、と喉の奥に力を込めた。
 こんな時、いつも自分の立場が邪魔をする。
 ルヴィウスが剣で傷つけられた時、魔法を展開してオルトランを吹き飛ばしてやりたかった。首の傷だって、頬の痛みだって、今すぐにでも治癒魔法をかけてしまいたい。
 だが、そうすればルヴィウスの頑張りが無駄になる。だから、今は耐える。我慢して、我慢して、すべて終わったら、これでもかというほど甘やかして、そして叱ってやらなくては。自分を犠牲にするようなやり方はしないで、と。

「外したバングル、ガイルから預かってる」

 なんとか冷静さを装うことが出来たレオンハルトに、ルヴィウスは「うん、あとでね」と笑い返した。

 ルヴィウスは、百々華とレオンハルトの間に割り込む直前、彼と繋がっているバングルを外してガイルに預けた。
 バングルにはあらゆる保護魔法が掛けられている。特に、ルヴィウスに明確な悪意や殺意を持って放った攻撃は、そのまま返ってくる仕掛けになっているため、負傷するのは攻撃したほうなのだ。
 普段はそれでいいかもしれないが、今回は違う。場所は王宮、周りには貴族たちの目、相手は隣国からの貴賓とくれば、こちらが不利になりかねない。ルヴィウスはそこまで考えて、バングルを外したのだろう。

 レオンハルトはルヴィウスとともに馬車に乗り込むと、すぐに藍玉宮へ向かうよう指示を出す。転移することも考えたが、ルヴィウスがそれを嫌がったのだ。
 せめて急ぎたかったものの、出血が止まっていることもあり、振動で痛みが出てしまうことを心配して、揺れを抑えるほうを優先した。
 
 
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