【完結】神様が紡ぐ恋物語と千年の約束

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三章 二幕:呪いと時の神の翼

三章 二幕 3話-4

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「ガイル……」

 力なくレオンハルトにもたれ掛かっていたルヴィウスが、小さくガイルを呼ぶ。

「はい、ルヴィウス様」
「ハロルドを、呼んでおいて……」
「承知しました。すぐに呼びます」

 そう答えると、ガイルは伝言蝶を取り出し、ハロルドへの伝言を込めるとすぐに飛ばした。蝶は二度ほど羽ばたき、すぅっ、と姿を消す。

 道中、ルヴィウスの体調は徐々に悪化した。息が浅くなり、顔が青ざめていく。
 レオンハルトは不安を押し殺し、ルヴィウスを抱きしめて背中をさすりながら励まし続けた。

 藍玉宮に着くと、レオンハルトはルヴィウスを横抱きにして馬車を降り、待機していた侍女に宮廷医を呼ぶよう指示を出すと、すぐさま自室へ向かう。
 外傷は浅いが、精神的につらいのか、ルヴィウスは抱き上げられたまま、レオンハルトの胸にすり寄っていた。

 自室前には、事前に連絡を受けていたのか、数名の侍女が待機していた。彼女らに扉を開けさせて中に入ると、いつも自分が眠っているベッドへとルヴィウスを横たえる。

 ルヴィウスの顔色が、さっきよりも悪い。侍女たちに温かいタオルや飲み物を用意するよう伝え、一度下がらせた。

「ルゥ、すぐ医者がくるから。傷の確認をさせたらすぐに治癒魔法を―――……ルゥ?」

 レオンハルトがルヴィウスの頬に手を滑らせる。
 浅い息を繰り返すルヴィウスが、僅かに目を開けた。嫌な予感がし、反対の手を彼の胸元へと滑らせる。
 その瞬間、心臓からの血液に乗って巡る悪意の気配が、レオンハルトの手のひらに流れ込んできた。

「あの女、呪いを掛けたのか!」

 エスタシオから帰国したあと、万が一のことを考えて、解呪について調べておいた甲斐があった。
 そう思い、解呪のための術を展開するため古代語を呟こうとしたレオンハルトの唇を、ルヴィウスの冷たい指先が抑える。

「れお……、解か、な、ぃで……」
「なに言ってる! すぐ解かないと呪いが心臓に絡みつくぞ!」
「と、めて……、ぼく、の……し、んぞ、う……」
「バカ言うな! 今すぐ解呪し―――」
「そこまで!」

 声と同時に、ルヴィウスの胸の上にあったレオンハルトの手を、誰かが掴んで引っ張った。
 勢いのまま振り返ると、急いで走ってきたのか、ハロルドが肩で息をしていた。

「よかった、間に合った」

 そう言い、ハロルドは手に持っていた小型のトランクをベッドの端に広げた。中には魔道具や魔法使いの杖―――スタッフが入っている。

「何をしている、ハロルド。それは何だ」

 トランクから出てきた拳ほどの大きさの黄金の懐中時計。時間は11:11を示している。どうやら狂っているようだ。

「ルヴィウス様、心臓を止めてって言ってましたよね? その決意、変わりませんか?」

 ハロルドの言葉に、ルヴィウスは力なく頷いた。

「止める⋯⋯? 心臓を⋯⋯?」

 何を言っているんだ。レオンハルトは、ルヴィウスとハロルドのやり取りが、理解出来なかった。何を言っているのかも、どういうことなのかも、分からない。
 言葉として聞き取れたはずの音を、言語として理解するのに何度かの瞬き分の時間が必要だった。そして、やっとハロルドの言葉を脳が解析した瞬間、背筋が凍った。

「そんなことさせるものか! 俺なら解呪できるんだぞ!」
「そうですね。でも、ダメです」
「どうして!?」
「あの女が掛けた呪いですよ? 殿下が解呪しようとすることくらい、織り込み済みだと思いませんか?」
「は……?」
「殿下が、ルヴィウス様にかけられた呪いを解呪する。それを予想して呪いをかけているとしたら、解呪した瞬間、ルヴィウス様は永遠に目を覚まさなくなります」
「そ、んなこと……―――っ、そんなこと、やってみなければ分からないだろう!」
「いいえ、そうなるんです」
「なんで言い切れる! どうしてそうだって分かるんだ!」
「“ルヴィウス”を失ったあなたが、世界を壊すと知っているからです」

 ハロルドの瞳は、真っ直ぐにレオンハルトを捉えていた。
 いい加減なことを言っているわけではないと、分かる。でも、意味が分からない。なのに、胸の中に、すとん、と落ちて納得できてしまう。
 ルヴィウスを失ったとしたら、世界を壊しても構わないと思うであろう自分を、こんなにも容易く想像できてしまう。

「殿下、後でご説明します。とにかく今はルヴィウス様です。ルヴィウス様の心臓を止めると言いましたが、正確には、ルヴィウス様の時間を止めて、世界から彼だけを切り離します」
「そんなこと出来るのか」
「えぇ、ゼロは偉大な数字ですから」

 そう言い、ハロルドは懐中時計の形をした魔道具を、ルヴィウスの胸の上に置いた。その下には彼の心臓がある。

「ルヴィウス様、聞こえますか?」

 ハロルドの呼びかけにルヴィウスは小さく頷いた。そして声にならない音で「おねがい」と唇を動かす。

「お任せください。必ずお助けします」

 ハロルドの揺るぎない言葉に、ルヴィウスが僅かに微笑む。それを確かめたハロルドは、レオンハルトに指示を出した。

「殿下、この魔道具に魔力を流してください。ルヴィウス様が一日に必要とする量の十倍。十日分です。殿下なら、それくらいの魔力、作れますよね?」

 確かに出来る。魔力をコントロールする古代語を使えば、体内で生産する魔力を増幅できるからだ。だが、レオンハルトは怖くて動けなかった。解呪しても、この魔道具を使っても、ルヴィウスが必ず無事でいる確信が持てない。

「殿下、時間がありません。絶対に大丈夫ですから、お願いします」
「絶対なんか、ない……、もし、ルゥが居なくなったら……」

「殿下、」ハロルドはレオンハルトの肩を揺り動かした。「ボク、言いましたよね? レオンハルト殿下を愛しているルヴィウス様を見るのが好きなんだって。死なせませんよ、絶対。あなたが世界を壊すこともありません。聖女の思い通りになんてさせない。そのためにボクは、あなたとルヴィウス様のお傍にいるのですから。それに、ボク、ハッピーエンドが好きなんで」

 普段はちゃらんぽらんな言動が多いハロルドが、頼もしく見える。
 レオンハルトは「なんだ、それは……変な奴だな……」と眉尻を下げた。そして、ふぅ、と一つ息をつき、ルヴィウスに寄り添う。

「ルゥ」

 汗で額に張り付いた前髪をよけて、そっと口づけをする。そして自分の額とルヴィウスの額をくっつけて、震える声で囁いた。

「ずっと一緒だよ、ルゥ。愛してる。だから、俺を置いていかないで」

 レオンハルトの涙がルヴィウスの頬を濡らした。ルヴィウスが掠れた声で「傍にいる」と応えてくれる。

 気持ちが定まったのか、レオンハルトは魔力を増幅させる古代語を呟いた。そしてハロルドの指示通り、十日分の魔力をルヴィウスの胸の上に置かれた魔道具にゆっくり、確実に流し込む。

 レオンハルトが魔力を込め始めると、懐中時計が動き出した。
 11:11から1:01へ、そして2:02へ、さらに魔力を注ぎ込むと、3:03、4:04と針が動いていく。

 レオンハルトは懐中時計の仕組みに気づき、10:10を目指して魔力を流し続ける。
 7:07を超えると、さすがにレオンハルトの額にも汗が滲み始める。けれど、ここで止めるわけにはいかない。レオンハルトは魔力を増幅させる古代語を重ね掛けした。すると、心臓が、ぎゅっ、と締め付けられる。それに耐え、ひたすら魔力を流し続けた。

 魔道具の針が10:10を指し示す。レオンハルトは顎へと伝ってきた汗を拭い、ハロルドを振り向いた。

「できた。あとはどうしたらいい?」
「ここからはボクが術式を展開します」

 その言葉に、レオンハルトはすぐに答えられなかった。
 ハロルドは魔道具士だ。魔法使いではない。術の展開など、出来るのだろうか。
 しかし、ハロルドの真剣な瞳を見て、レオンハルトは「わかった」と、彼に場所を譲った。

 ハロルドは魔法使いのスタッフを手に取り、深呼吸を二回した。そうして集中力を高めると、魔道具の上で杖を振るい、術式を展開する。

 $$
 T(t)=\frac{1}{1+e^{-k(t-t_0)}}
 $$

 それは、見たこともない数理式だった。古代語でもない、神聖文字でもない。しかも陣型を取っていない。

 これは、いったいなんだ。レオンハルトは、自分の理解が及ばない魔法があることに驚きを隠せない。

 レオンハルトの戸惑いを他所に、ハロルドは詠唱とは違う、不思議な呪文を唱え始めた。それと同時に、魔道具の短針と長針が回り始める。

「$T(t)は時間の流れを示す関数であり、$t$は現在の時間、$k$は時間を止める瞬間を示す。$t=t_0$となり、$T(t)$は0に収束する。これにより、汝の時は流れを止め、世界の理を超越する」

 カチリ、と時計の針が止まる感覚がした。魔道具の懐中時計の針は、0:00を指し示している。
 それは、世界からルヴィウスだけが切り離されたことを意味していた。

 レオンハルトは背中が粟立つのを感じた。

 ―――はこを守れ。安全に、かつ、確実に、理の外へ出られるように。

 エスタシオへ行く前に、禁書庫で読んだ一文が頭をよぎる。これはきっと、すでに決められていたことなのだろう。
 だから、余計に自分が許せない。ルヴィウスを苦しめると知っていたら、何が何でも防いだのに。

「ルゥ⋯⋯っ」

 生も死も超越して眠るルヴィウスの穏やかな顔。その頬に手を伸ばし、小さく、小さく名前を呼んだ。当然のことながら、反応はない。
 レオンハルトの蒼い瞳から、涙がこぼれ落ちる。

 ―――俺の唯一。俺の一番大切な存在。俺の総て。ルゥがいないなら、この世界に意味なんかない。

 レオンハルトは奥歯を噛み締め、拳を握りしめた。
 何もいらない。何も望まない。なんだって差し出すから、どうか、どうか、この大切な存在をこの手から取り上げていかないで。
 
 
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